ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

著作家、パブリックスピーカーである、

山口周さんの

知的好奇心をそそられる本、

 

ニュータイプの時代

 

 

を紹介してきました。

 

今回6回目、最終回です(^^;

 

今回は、

この本の中で、

私が背筋が伸びたというか、

感銘を受けたところを紹介しますね。

 

 

今この瞬間の

社会のありようを前提にして、

 

そのなかでいかに

功利的に動けば

ゲームに勝てるか、

 

という問題意識に

現代人の多くは

囚われすぎているように

思います。

 

 

どきっ・・・

 

どういうことでしょうか。

 

 

社会や組織の

ありようについて、

その是非を問うことなく

「世の中とはそういうものだ」

と割り切った上で、

 

システムを変革するのではなく、

自分自身を

システムに最適化して

ゲームに勝つ、

 

ということに

血道を上げる人が

あまりにも多い。

 

 

う~ん、私も、

そうだったかも

しれません・・・

 

 

そのような努力の末に、

めでたく高額の収入と

他者からの嫉妬や羨望を

勝ち取る人がいるのも

事実でしょう。

 

そして、

そのような

「勝ち組」といわれる人を見て

 

「彼らと同じような

努力をすれば、

自分も同じようになれる」

 

と考えるナイーブな人が

ごまんといて、

これが一種の

「市場」として成立している

側面があります。

 

 

たしかに・・・

 

私は、いわゆる、

「勝ち組」といわれるほどには、

なれませんでしたが(^^;

 

周りを見渡しても、

たとえば、

MBA取得を目指すような人の

ホンネは、

そんなような気がします。

 

このような、

 

「システムに対して

無批判に最適化して

美味しい立場を得ようとする人」

 

というのは、

オールドタイプの典型なのですが、

それには問題が2つあるといいます。

 

1つ目を紹介します。

 

 

現在の社会システムに

適応して成功した人を

模倣し続ければ、

現在の問題ある社会システムは

ますます強固で

動かし難いものとして

存続してしまう、

 

ということです。

 

 

たしかに・・・

 

その社会システムの中で成功した人は、

自分の既得権のためにも、

あえて、

システムを変革しようとはしませんよね。

 

むしろ、守ろうとする。

 

当たり前です(^^;

 

 

昨今では、

高度な教育を受けた

エリートの中ですら

 

「この残酷な社会で

どのように勝ち残っていくか」

 

などという

視座の低い論点を立てている人が

見られますが、

 

そもそも

「残酷な社会」など

誰も望んでいません。

 

もし私たちの社会が

「残酷な社会」

なのであるとすれば、

 

教育を受けたエリートが

本当に考えなければいけないのは

 

「残酷な社会でどう勝つか」

などという卑賎な論点ではなく、

 

そもそも

「なぜ私たちの社会は

残酷なのか」

「どうすれば柔和で公平な社会が

できるのか」

 

という論点であるべきでしょう。

 

 

・・・共感します。

 

ノブレス・オブリージュ

という言葉があります。

 

本来、エリートと呼ばれる人は、

我欲をある程度は捨てて、

社会のために力を尽くすのが、

義務だと思いますが、

 

たしかに昨今のエリートは、

自分が勝ち残ることを優先している人が

多いような気もします(^^;

 

 

「なぜ私たちの社会は

残酷なのか」

 

「どうすれば柔和で公平な社会が

できるのか」

 

 

・・・

 

改めて突き付けられると、

考えさせられますね。。

 

私は、一進一退しながらも、

潮流としては、今の世の中は、

柔和で公平な社会が実現する方向へ、

少しずつ動いているという

実感がありますが、

 

でも、

それが実現するのは、

かなり先になるような気もします。

 

では、そのなかで、

私自身は、

いったい何ができるのか、

(私はエリートでは、

まったくありませんが(^^;)

 

そうですね・・・

 

持ち場(職場)での実践を心がけるのと、

あとは、

産業カウンセラーの役割としても、

柔和で公平な社会が実現するように、

自分ができることを取り組んでいきたいと

思っています。

 

 

山口周さんは、

今の世の中を、

哲学者ハイデガーの

「世界劇場」にたとえて、

説明しています。

 

 

すべての人は

世界劇場において

役割を演ずるために

世界という舞台に

放り出されています。

 

(中略)

 

ここで問題となってくるのは

「現存在と役割の区別」です。

 

多くの人は、

世界劇場で役割を演じている

耽落(役割に埋没)した自分と、

本来の自分を区別することが

できません。

 

カッコいい役割を

もらっている人は、

役割ではなく

自らの現存在を

「カッコいい」と考え、

 

ショボい端役をもらっている人は、

役割ではなく

自らの現存在を

「ショボい」と考えてしまいます。

 

 

なるほど・・・

 

単なる劇場での

「役割」にすぎないのに、

それが、本来の自分だと、

勘違いしてしまう。

 

 

そして、

当たり前のことながら

主役級の役割を

もらっている人は

ごく少数に過ぎません。

 

多くの人は

ショボい端役を与えられた

大根役者として

世界劇場の舞台に

立つことになり、

 

役割を演じるのに

オロオロと四苦八苦しています。

 

一方で、

役になり切って

高らかに歌い踊る

主役級の人々に

嫉妬と羨望の混ざりあった

複雑な感情を抱くか、

 

その真逆に

「ああはなりたくないよね」

といった態度を

取ってしまったりするわけです。

 

 

たしかに・・・

 

今の世相を、

うまく表現されていますね。

 

 

この世界劇場で

演じられている劇には

いろんな問題があります。

 

この世界が

健全で理想的な状況にある

と思っている人は、

世界に一人もいないでしょう。

 

つまり

世界劇場ということでいえば、

この劇の脚本は

全然ダメな脚本だ

ということです。

 

したがって、

この世界劇場の脚本は

書き換えられなければ

ならないわけですが、

 

ここで浮上してくるのが

 

「誰がその脚本を書き換えるのか」

 

という論点です。

 

 

そうですね・・・

 

しかし、

考えてみたら、

世界劇場で力を持っている花形役者

(オールドタイプのエリート)には、

脚本を書き換える必要はないわけですね。

 

今、活躍できているわけですから(^^;

 

むしろ、現状のままの脚本のほうが

いいということになる。

 

 

今の世界劇場に

完全には適応できていない人、

 

端役を押し付けられた

大根役者にはもちろん、

脚本を改変する

インセンティブがあるわけですが、

 

多くの大根役者は

「脚本の歪み」

を是正することよりも、

 

「どうやったら自分も

花形役者になれるのか」

 

という問題ばかりに

気をとられて

花形役者から搾取される

いいカモになっており、

 

ますます脚本の歪みを

強固にしてしまっています。

 

 

・・・いいカモとは、

手厳しいですが(^^;

 

でも、そのとおりですね。

 

仮に花形役者になれたとしても、

その他の大多数の人は、

大根役者のままで不遇なわけですし、

 

いつ、

花形から降ろされるのではないかと、

ビクビクしながら演じることになります。

 

やはり、

一部の人は花形として活躍できるが、

その他大多数の人が、

大根役者として不幸なままの脚本は、

脚本それ自体がダメなわけです。

 

では、

どうすればいいのか。

 

 

結局のところ、

この劇の脚本を書き換えるには、

 

舞台の上で適切に振る舞うことで

したたかに発言力・影響力を

高めながら、

 

脚本そのものへの

批判的な眼差しは失わないという

二重性を持った人によるしか

ありません。

 

そして、

そのような二重性を

破綻なく持った人物こそが、

システムの改変を担う

ニュータイプだと

いうことになります。

 

 

そうですね・・・

 

オールドタイプが

まだ権力を握っている社会や組織で、

まずはある程度、認められる。

 

そこで発言力・影響力を高めつつも、

 

「自分さえよければ、それでいい」

と、その中に埋没することなく、

 

「一部の人が成功者で、

それ以外の人が不幸を感じる世の中は

おかしい」

 

という思いは、常に胸に秘めておく。

 

そして、チャンスをうかがい、

自分の影響力の及ぶところから、

少しづつ変革していく・・・

 

私は、微力ながらも、

そんなニュータイプを目指したいと

考えています(^^)

 

 

 

------------------------------------------------

 

 

 

以上、

6回にわたって、

山口周さんの

ニュータイプの時代

 

 

を紹介・解説してきました。

 

私は、

どちらかといえば、

オールドタイプ寄りの人間なのですが(^^;

 

これからは、

ニュータイプの要素も開発して、

しなやかに、心ゆたかに、

生きていきたいという気持ちになりました。

 

今の時代、

「何かがおかしい」

と違和感を感じている人にもおすすめです!

 

示唆に富み、

知的好奇心がそそられる本だと思います。

 

 

 

 

-------------------------------------------------------

 

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回からは、

別の本を紹介・解説いたします。

 

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

何を着ようかちょっと迷うような、

今日この頃ですね(^^;

 

 

著作家、パブリックスピーカーである、

山口周さんの本、

 

ニュータイプの時代

 

 

を紹介しています。

 

前回は、

哲学者のスピノザの

「コナトゥス」という言葉、

すなわち、

「本来の自分らしい

自分であろうとする力」

(価値観に近いと思います)

のことを紹介しました。

 

もちろん、

「コナトゥス」

は人によって違うわけですが、

 

では、

今の変化の激しい時代に、

「コナトゥス」を高めるには、

どうすればいいのか。

 

失敗を恐れずに、

いろいろと「試してみる」

しかないということですが(^^;

 

これについて、

スタンフォード大学の

クランボルツさんの有名な

「計画された偶発性」

という理論があります。

 

 

ジョン・クランボルツは、

米国のビジネスマン

数百人を対象に

調査を行い、

 

結果的に成功した人たちの

キャリア形成のきっかけは、

80%が「偶然」である

ということを

明らかにしました。

 

 

成功者の80%は、

たとえば、

大谷翔平くんのように、

子どもの頃に強く抱いた夢を

追いかけ続けて、成功した、

というわけではないんですね。

 

そうではなく、

「偶然」が重なって、

成功者の位置に辿り着いた。

 

これは、

立身出世という意味だけでなく、

ほんらいの自分であること、

すなわち、

「コナトゥス」

も同じではないかと考えます。

 

 

キャリアは

偶発的に生成される以上、

中長期的なゴールを設定して

頑張るのはむしろ危険であり、

 

努力はむしろ

「いい偶然」

を引き寄せるための

計画と習慣にこそ

向けられるべきだと主張し、

それらの論考を

 

「計画された偶発性

=プランド・ハップンスタンス・

セオリー」

 

という理論にまとめました。

 

 

キャリア理論では有名な、

 

「計画された偶発性」

(Planned Happenstance)

 

ですね(^^)

 

もちろん、

計画や目標は、

あるに越したことはないですし、

それに向かって、

コツコツ努力することは

大切なことですが、

 

「中長期的なゴール」

にあまりにも縛られると、

可能性をつぶしてしまう恐れがある。

 

では、

「いい偶然」を引き起こすためには、

何が必要なのでしょうか。

 

クランボルツさんは、

以下のポイントを挙げています。

 

 

<好奇心>

自分の専門分野だけでなく、

いろいろな分野に視野を広げ、

関心を持つことで

キャリアの機会が増える。

 

<粘り強さ>

最初はうまくいかなくても

粘り強く続けることで、

偶然の出来事、

出会いが起こり、

新たな展開の可能性が増える。

 

<柔軟性>

状況は常に変化する。

一度決めたことでも

状況に応じて

柔軟に対応することで

チャンスをつかむことができる。

 

<楽観性>

意に沿わない

異動や逆境なども、

自分が成長する機会に

なるかもしれないと

ポジティブに捉えることで

キャリアを広げられる。

 

<リスクテイク>

未知なことへの

チャレンジには、

失敗やうまくいかないことが

起きるのは当たり前。

積極的にリスクを取ることで

チャンスを得られる。

 

 

・・・いかがでしょうか。

 

特に、

<好奇心>

が基本になるような気がします。

 

まとめると、

「オープンマインド」

ということでしょうか。

 

 

このクランポルツの指摘を

先ほどのスピノザの指摘に

重ね合わせてみれば、

 

私たちにとって重要なのは、

自分のエイドス

(姿形や立場によって、

良い悪いを確定してしまうこと)

にしたがって、

選り好みするようなことはせず、

 

どのような対象にも

自分のコナトゥスを

高める機会が

あるかもしれないと考え、

オープンに機会を

受容していくこと

なのだということがわかります。

 

これこそが、

特に変化が激しく、

職業リストそのものが

どんどん書き換わっていくような

時代にあって求められる

ニュータイプの思考様式です。

 

 

なるほど・・・

これがニュータイプの思考様式

なんですね。

 

 

一方で、

オールドタイプは

計画にこだわります。

 

長期の計画を立て、

その計画を

頑なに実行しようとし、

 

思いがけずやってきた

機会に対して

自らを閉ざし続けるのが

オールドタイプの

行動様式といえます。

 

 

・・・

私は、どちらかといえば、

オールドタイプです(^^;

 

今までのキャリアにおいても、

ちょっと、オープンマインド、

柔軟性に欠けていたというか・・・(^^;

 

 

昨今、

「リカレント」

「リスキリング」

という言葉をよく目にします。

 

いわゆる、

「学び直し」ですね。

 

人生100年時代、

私も人生の後半戦に向けて、

いろいろと準備を進めておりますが、

 

まずは、

自分の価値観にフィットしたことを学ぶ。

(嫌々やっても、苦しいだけですので)

 

老後の不安解消、

生き残るために仕方なく学ぶ

(今の世の中の風潮ですね・・・

もちろんそれも少しはありますが(^^;)

のではなく、

 

あくまで、

人生を豊かにするために学ぶ。

 

学び続ける中で、

オープンマインドを保ちながら、

出会いを大切にして、アンテナを張りつつ、

 

偶然のチャンスがあれば、

柔軟に対応する。

 

そんな姿勢でいたいと思っています😊

 

 

なお、

山口周さんの

キャリア論に特化した本としては、

 

仕事選びのアートとサイエンス

 

 

今回紹介したような内容を、

さらに詳しく述べられた本です。

 

 

「仕事選びを予定調和させることはできない。

自分をオープンに保ち、

いろいろなことを試し、

しっくりくるものに落ち着くしかない」

 

 

ご自分のこれからキャリアを悩まれたり、

転職をしようか迷っている方には、

ヒントになると思います。

おすすめします(^^)

 

あと、

人生を中長期で計画するのではなく、

特に50代からは、

3年単位で計画することを提唱した本、

 

50代からは3年単位で生きなさい

 

 

前に取り上げた本です。

まだの方は、

よかったらブログご参照ください(^^;

 

 

 

 

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次回もこの本の続きを紹介しますね(^^;

(たぶん最終回)

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

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追伸

アントニオ猪木さん追悼

ということで、

 

猪木さんが引退のときに朗読した詩、

(一休禅師作?といわれている)

を紹介させていただきますね(^^)

 

 

「この道を行けば

どうなるものか

 

危ぶむなかれ

危ぶめば道はなし 
 

踏み出せば

その一足が道となり

その一足が道となる

 

迷わず行けよ

行けば分かるさ」

 

(道)

 

 

・・・勇気が湧いてきますね!

 

この詩、

私の結婚式披露宴で、

友人が(ふざけ半分で)

朗読してくれましたよ(^^;

 

30代の頃、

遊びでバンドのまねごとをしていたのですが、

この詩にインスパイアされて、

歌詞を書いたりもしました(^^;

 

友人から

プレゼントで貰った本。

 

 

猪木詩集「馬鹿になれ」

 

「馬鹿になれ」

 

タイトルが最高ですね~(^^)

 

おお、今、

アマゾンでプレミアになっている!

(絶対売りませんが)

 

 

「迷わず行けよ

行けば分かるさ♪」

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

急に寒くなってきましたね(^^;

 

著作家、パブリックスピーカーである、

山口周さんの刺激的な本、

 

ニュータイプの時代

 

 

の内容を、

紹介・解説しております。

 

この中で、

「ニュータイプのキャリア戦略」

について述べられているところが、

なかなか有益だと思ったので、

 

今回から、その箇所を、

皆さんとシェアさせていただきますね。

 

引用します(^^)

 

 

17世紀に

オランダのハーグで活躍した

哲学者のスピノザは、

 

人であれモノであれ、

それが

「本来の自分らしい

自分であろうとする力」

をコナトゥスと呼びました。

 

コナトゥスという言葉は

もともとラテン語で

 

「努力、衝動、傾向、性向」

といった意味です。

 

 

コナトゥス?

 

私は初めて目にした言葉ですが(^^;

「努力、衝動、傾向、性向」

といった意味なんですね。

 

この場合、

「価値観」とも近いと思います。

 

 

スピノザは、

その人の本質は、

その人の姿形や肩書ではなく、

コナトゥスによって

規定されると考えました。

 

当然のことながら、

コナトゥスは多様であり、

個人によって

異なります。

 

 

そうですね。

人それぞれ違うはずです。

 

 

さて、

私たちは

「良い・悪い」

という評価を、

社会で規定された

絶対的尺度として

用いていますが、

 

スピノザによれば

それらの評価は

相対的なものでしかなく、

文脈に依存して決定されます。

 

ではどのような文脈に

依存するのかというと、

その人のコナトゥスを

高めるのであれば

「良い」ということになり、

その人のコナトゥスを、

毀損するのであれば

「悪い」ということです。

 

つまり、

この世に存在している

あらゆるものは、

それ自体として

「良い」とか「悪い」

ということはなく、

 

その人のコナトゥスとの

組み合わせによって決まる、

とスピノザは考えたわけです。

 

 

そうですね・・・

 

つまり、

「良い」「悪い」

は絶対的なものではなく、

 

人それぞれの

「価値観」によって、

「良い」「悪い」

は決まってしまう。

 

 

もしあなたが

自然の中に身を置いて、

活力が高まるのを

感じたのであれば、

 

自然はあなたの

コナトゥスにとって、

「良い」ということになります。

 

一方で、

孤独に苛まれやすい人が

自然の中に身を置いて、

疎外感を感じたのであれば、

自然はその人のコナトゥスにとって、

「悪い」ということになります。

 

 

どきっ・・・

 

私は一人山歩きが好きですし、

自然の中にいると、

癒されて、すっきりするタイプですが(^^;

 

たしかに、

孤独や疎外感を感じる人もいるんですね・・・

 

世間的にも、

アウトドアやソロキャンプブームで、

「自然礼賛」というか、

「自然が好きな人で悪い人はいない」

(逆にいえば自然が嫌いな人はイヤな人)

みたいな風潮がありますが、

 

それは、あくまで、

その人たちの価値観(コナトゥス)

にすぎないわけであって、

暗に押し付けるものではないんですね(^^;

 

 

私たちは

極めて変化の激しい時代に

生きており、

 

私たちを取り巻く事物と

私たち個人の関係は、

常に新しいものに

取って代わられていくことに

なります。

 

このような時代にあって、

何が「良い」のか

「悪い」のかを、

世間一般の判断に基づいて

同定することはできません。

 

 

そうですね・・・

 

今の変化の激しい時代、

万人に共通する「正解」などない・・・

 

では、どうすれば、

見つけられるのか?

 

 

私たちが、

自分の人生を

賢人として楽しむためには、

 

つまるところ、

さまざまなものを試し、

どのような事物が

自分のコナトゥスを高めるか、

あるいは毀損するのかを

経験的に知っていくことが

必要になります。

 

 

さまざまなものを「試す」・・・

 

トライアル&エラー、

 

自分で試行錯誤しながら

見つけていくしかないんですね。

 

 

これに対置される考え方が、

姿形や立場によって、

その人の

「良い」「悪い」

を確定してしまうという

考え方です。

 

(中略)

 

ギリシャ語では

エイドスと呼びます。

 

 

コナトゥスの対置が、

エイドス・・・

 

 

たとえば

男性・女性というのは

一つのエイドスですが、

ではだからといって

 

「あなたは女だから、

これが好きなはずだ」

 

「あなたは男だから、

こうするべきだ」

 

というのは、

コナトゥスを無視した

押し付けになってしまいます。

 

 

そうですね。

 

たとえば、

いくら権威のある人、

 

親が言ったから、

学校の先生が言ったから、

社長が言ったから(笑)

 

といっても、

その人のコナトゥスを高めるものとは

限らないわけです。

 

人それぞれ、

価値観は違うわけですから(^^;

 

 

そのように

押し付けられたものが、

本当にその人の

コナトゥスを高める

「良い」ものであるか

どうかはわかりません。

 

私たちは

自分の姿形や立場といった

エイドスに基づいて

 

「私はこうするべきだ」

「私はこうしなければならない」

 

と考えてしまいがちですが、

 

このようなエイドスに基づいた

自己認識は

往々にして

個人のコナトゥスを毀損し、

その人がその人らしく

生きる力を

阻害する要因になっています。

 

 

私たちは、つい、

「べき」「ねばならない」

思考で捉えてしまいがちですが、

 

たしかに、それが行き過ぎると、

自分を見失ってしまう・・・

 

「べき」「ねばならない」

は、ホントの自分を見つめなくてもいいので、

ある意味、楽なのですが、

 

それは、一種の「逃げ」というか、

責任放棄ともいえるんですね。

(と、自分を指さしていいます(^^;)

 

 

このような

変化が激しく、

「良い・悪い」の観念が

暴力的に他者に押し付けられる

時代だからこそ、

 

私たちは

自分のコナトゥスを

高める事物を

さまざまに試していくことが

必要になります。

 

 

他者から押し付けられる、

「べき」「ねばならない」

に逃げることなく、

 

自分のコナトゥスを高めるには・・・

 

失敗を恐れずに、

いろいろと「試してみる」

しかないということですが(^^;

 

これについて、

スタンフォード大学の

クランボルツさんの有名な

「計画された偶発性」

という理論があります・・・

 

 

・・・次回紹介させていただきますね(^^;

 

 

-----------------------------------------------------

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回に続きます・・・

 

 

-----------------------------------------------------

 

 

おまけです(^^;

 

あれっ、いないと思ったら、

 

 

クローゼットのスーツの下に(^^;

 

 

 

 

ウチの玄関に最近よく遊びにくる、

(妻がエサをあげるから?)

私たちが通称

「タキシー」と呼んでいる野良ちゃん。

 

やっと撮影できました(^^;

 

あれっ・・・

 

ブロ友のcheese-parisさんの

ブログにたまに登場する、

「くろちゃん」にちょっと似てるかも(笑)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

著作家、パブリックスピーカーである、

山口周さんの本、

 

ニュータイプの時代


 

を読んで、

私の印象に残ったところを、

紹介・解説しております。

 

人には、

「ニュータイプ」と「オールドタイプ」

という2つのタイプがあります。

 

ニュータイプは、

 

 

自由で、

直感的で、

わがままで、

好奇心の強い人材

 

 

オールドタイプは、

 

 

従順で、

論理的で、

勤勉で、

責任感の強い、

いわゆる

「優秀な人材」

 

 

これからの時代は、

ニュータイプが活躍するというのが、

著者の主張です(^^)

 

(私は優秀ではないですが、

どちらかといえばオールドタイプ(^^;)

 

前回、

「意味」の重要性について、

紹介、解説をしましたが、

 

今回は、

「モチベーション」について。

 

ニュータイプは、

「好奇心」

すなわち、

内発的動機に駆動されて動く。

 

対して、

オールドタイプは、

「命令」

すなわち、

承認欲求に駆動されて動く。

 

といいます。

 

例として、

アムンセンとスコット

によって競われた

南極点到達レースが紹介されています。

 

ご存知の方も多いと思いますが、

イギリスのエリート軍人である

スコットが率いる部隊は、

最終的に全滅してしまう・・・

 

勝利したのは、

ノルウェイの探検家、

アムンセンが率いる部隊。

 

 

このレースは

軍人エリートの家系に生まれ、

自らもそうありたいと願う

スコットと、

 

幼少期より

極地探検への憧れを抱き続け、

人生そのものを

一流の極地探検家になるために

プログラムした

アムンセンのあいだで争われ、

 

そして

アムンセンの圧倒的な勝利に

終わりました。

 

ここで注目したいのが、

この2人を駆り立てていた

「モチベーション」です。

 

 

モチベーション?

どう違うのでしょうか。

 

 

同じ「南極点到達」という

目標に向かって活動しながら、

彼ら2人は大きく異なる

モチベーションに

駆動されていました。

 

スコットのモチベーションは、

おそらく海軍から与えられた

ミッションを完遂し、

高い評価を得て出世する

という点にあったでしょう。

 

一方で、

アムンセンのモチベーションは、

おそらく南極点に最初に到達し、

探検家として名を成したい、

というただそれだけのもの

だったでしょう。

 

つまり、

スコットが

「上司から与えられた

命令を完遂して評価されたい」

という承認欲求に

突き動かされていたのに対して、

 

アムンセンは

極めて内発的な

モチベーションによって

突き動かされていた、

ということです。

 

 

なるほど・・・

 

同じようなパターンで、

たとえば、

インターネットの黎明期、

 

IBMやNTTといった大企業が、

検索エンジンや電子商取引などの事業で、

好奇心に突き動かされて起業した個人に、

敗れたといいます。

 

つまり、勝敗は、

資源の多寡ではなく、

「モチベーション」

すなわち、

「内発的動機」があるかどうかで決まる!

ということですね。

 

その「内発的動機」を大切にするのが、

「ニュータイプ」だという・・・

 

・・・もちろん、

私たちには、

「生活」という名の現実がありますので、

いつも「内発的動機」にしたがうわけには

いきません。

 

時には、

嫌な仕事や、めんどくさい雑事にも

取り組まなければならない(^^;

 

他人から評価されたいという

承認欲求で頑張って、

結果的に、成長できる時もあります。

 

ただし、それによって、

自分の「内発的動機」を、

あまりにも押し殺してしまうと、

 

自分自身を見失ってしまいます(^^;

 

自分が、いったいどんなことに、

モチベーション、すなわち、

「内発的動機」が湧くのかを把握して、

 

それを、仕事や生活の場に、

うまく組み入れていく・・・

 

それが、

「これでいい」と、

自分自身が心から納得できる、

充実した人生に、

繋がっていくような気がします。

 

心掛けていきたいです😊

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回に続きます(^^;

 

 

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おまけ

 

 

シダンゴ山という、

低山に登りました(^^;

 

ちなみに、

シダンゴとは、

昔この地に住んでいた、

仙人の名前だそうです。

 

前日雨だったせいか、

途中でヤマビルに何度か襲われましたが・・・😲

(ヤマビルファイターをスプレーして、

何とか無事でした(^^;)

 

 

 

湘南方面を望む。

 

riricoさんのブログで拝見して以来、

リアルで見たいと思っていたら・・・

 

 

 

彼岸花に出会えました(^^)

 

 

 

コスモスも🌸

 

若い頃は、

花には興味すらなかったのですが、

中年になって、少しずつ、

その美しさを味わえるようになってきました(^^;

 

 

中津川、なかなかダイナミック!

 

 

癒されます😊

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

シルバーウイーク後半、

東日本は、

雨のところが多かったですね(^^;

 

明日の日曜日は晴れる?

ようなので、

ちょっと山のほうに出かけて、

自然に触れ合いたいと思います(^^)

 

山口周さんの本、

ニュータイプの時代

 

 

を紹介・解説しています。

 

この本、なかなか刺激的というか、

触発されます!

 

前回、

ニュータイプとオールドタイプの違いを、

紹介しました。

 

ニュータイプは、

 

 

自由で、

直感的で、

わがままで、

好奇心の強い人材

 

 

オールドタイプは、

 

 

従順で、

論理的で、

勤勉で、

責任感の強い、

いわゆる

「優秀な人材」

 

 

思考・行動様式としては、

 

「オールドタイプ」(以下O)

「ニュータイプ」(以下N)

 

 

正解を探す(O)

→問題を探す(N)

 

予測する(O)

→構想する(N)

 

KPIで管理する(O)

→意味を与える(N)

 

生産性を上げる(O)

→遊びを盛り込む(N)

 

ルールに従う(O)

→自らの道徳観に従う(N)

 

一つの組織に留まる(O)

→組織間を越境する(N)

 

綿密に計画し実行する(O)

→とりあえず試す(N)

 

奪い、独占する(O)

→与え、共有する(N)

 

経験に頼る(O)

→学習能力に頼る(N)

 

 

これからの時代は、

「ニュータイプ」が、

大きな価値を生み出し、評価され、

本質的な意味での

「豊かな人生」

を送ることになるというのですが、

 

今回は、

この中の、

 

「意味を与える」

ということに

フォーカスして解説しながら、

私の考えも述べたいと思います。

 

オールドタイプは、

目標値を与え、

KPIで管理するのに対して、

 

ニュータイプは、

意味を与え、動機付けるといいます。

 

ちなみに、

「KPI」とは、

目標管理の指標のようなもので、

(うちの組織でもやっていますが)

目標に対しての達成状況を

時系列でチェックしながら、

進捗が良くないと、

「何らかの対策を立てて実行しろ!」

と上から責められます(^^;

 

もちろん、経営側からすれば、

大切な指標ですし、

打ち手が後手後手になるのを

防ぐことにもなるのですが、

 

現場からすると、

何だか追い立てられる感じがして、

モチベーションが上がるとは

決していえません(^^;

 

対して、

「意味を与え、動機付ける」

 

人の能力やモチベーションは

「意味」によって

大きく変わるというのです。

 

 

現在、日本企業でも

いわゆる

「人材アセスメント」

を導入する企業が増えています。

 

(中略)

 

個人の能力を数値化し、

その結果に基づいて

登用・育成・配置の

意思決定を行います。

 

このアプローチは

極めてアメリカ的であり、

非常に合理的に

聞こえるかもしれませんが、

それこそ「浅智恵」

と言うべきであり、

非常に大きな問題を

内包しています。

 

決定的なのは、

人間が発揮している能力を

静的なものとして捉える、

その世界観です。

 

 

静的・・・

どういうことでしょうか。

 

 

これがなぜ問題かというと、

人が発揮する能力や

コンピテンシーは、

その人に対して与えられた

「意味」によって

大きく変わってしまうからです。

 

能力やコンピテンシーというのは

静的なものではなく、

文脈に依存して

大きく変化する

動的なものです。

 

なんの「意味」も

与えられていな状態で

動機付けされていない人を

評価すれば、

 

その人が発揮している

能力やコンピテンシーが

低く評価されるのは

当たり前のことです。

 

 

コンピテンシーとは、

高い成果につながる

「行動特性」のことですが、

 

つまり、

人の能力やコンピテンシーは、

静的、すなわち固定的なものではなく、

どれだけ「意味」が与えられ、

それを感じているかによって、

変わってくるということですね。

 

同感です(^^)

 

たとえ、今は腐っている人でも、

「意味」を与えられれば、

開花する可能性が大いにある。

 

 

昨今では

「部下がだらしない、

使えない」

と嘆いている管理職が

どこの組織でも見られますが、

 

これは典型的な

オールドタイプの

思考モデルであり、

 

本当に嘆きべきなのは

「部下を動機付ける

『意味』が与えられない」

自分の不甲斐なさで

あるべきでしょう。

 

 

どきっ・・・

 

私も、部下に仕事の「意味」を

しっかり与えられている・・・

 

とは胸を張って言い切れない(^^;

ところがありますが、

(なかなか難しいのです、これが)

 

ホント、管理職は、

部下を嘆く前に、

「意味」を与えられているかを

自らに問うべきですね。

 

この

「意味」の重要性を、

この本では、

 

「イエスと12人の弟子たち」

 

のエピソードを用いて

説明されているのですが、

 

これは、

私が遠藤周作さんの本を読んで、

以前から考え、感じていたことと、

奇しくも合致していました(^^)

 

(山口周さんも遠藤周作さんの本から

影響を受けたのかもしれません)

 

紹介させていただきますね(^^)

 

「意味を与えられた人は豹変する」

 

 

ペテロをはじめとした

イエスの12人の弟子たちは、

イエスの生前においては

まったく見るべきところのない

意気地なしの集団に過ぎません。

 

弟子の中で一番偉いのは誰か

と口論して

イエスにたしなめられながら、

 

実際にイエスが捕縛され、

処刑される状況になってみると

誰一人として

イエスを助けようとせず、

スタコラサッサと

逃亡してしまう。

 

まさに

「残念な人たち」

の集団です。

 

 

そうです。

遠藤周作さん流にいえば、

彼らは「弱虫」、

 

会社でいえば、

「ダメ社員」

だったのです(^^;

 

 

ところが、

この弟子たちは、

イエスの復活・昇天後に、

炎のような強さを持った

伝道師集団に豹変します。

 

彼らの動きがなければ、

当時、禁教とされていた

キリスト教が

ローマ社会において

広がることはなかった

・・・

 

(中略)

 

要するに、この

「情けない弟子たち」

の働きによってこそ、

キリスト教は

世界宗教としての礎を

築くことが

できたわけですが、

 

しかし、

実際に布教の成果を

見届けた弟子はおらず、

ヨハネ以外の11人は皆、

 

槍で貫かれる、

逆さ磔にされる、

崖から突き落とされる、

棍棒でぶん殴られるなど、

 

悲惨な拷問を受けた末に

殉教しています。

 

 

そうなんです・・・

これは事実です。

 

何故、

「弱虫」だった弟子たちが

拷問にも屈しない

「強虫」に豹変したのか?

 

山口周さんの答えはこうです。

 

 

なぜイエスの弟子たちは

「豹変」したのでしょうか。

 

それは、

自分たちの人生に

「意味」を見出したからです。

 

その意味とはつまり

 

「キリストの福音を

世界に述べ伝える」

 

ということです。

 

その「意味」が

与えられただけで、

彼らの能力や行動は

非連続的に変化しました。

 

このエピソードはそのまま、

意味を与えられるリーダーが、

いかに他者から

大きなエネルギーを

引き出すことができるかを

示しています。

 

 

弟子たちが、

「意味」を与えられ、

「意味」を見出したから、

 

その「意味」とは、

 

「キリストの福音を

世界に述べ伝える」

 

ということ。

 

では、何故、

そこに「意味」を見出したのか。

 

何故、キリストの福音を

命がけで世界に伝道する決意ができたのか。

 

この本には書かれていませんが、

それは、

 

イエスが、自分を見棄てた弟子たちを

決して恨むことがなく、

むしろ、弟子たちの救いを祈りながら、

死んでいった・・・

 

つまり、

無条件の愛を示したから・・・

 

その驚愕の事実(奇跡)を、

弟子たちが知って、

弟子たちの心の中に、

イエスが宿った(復活した)

からだという

遠藤周作さんの説に、

私は全面的に同意するのですが、

 

それについては、

下記、過去ブログで詳しく解説しましたので、

よかったらご参照ください(^^)

 

 

 

私は、キリスト教の信者では

ありませんので、

キリスト教を過度に賛美するつもりは

ありません。

 

それに、

このイエスの弟子たちへの

「意味づけ」は、おそらく、

人類史上最高レベルの「意味づけ」なので、

極端な例であり、

私たち凡人には、

あまり参考にならないかもしれませんが、

 

しかし、

「意味」が何よりも人を動かす、

モチベーションの原動力となるのは、

否定できないと思います。

 

特に、

「ニュータイプ」の人は、

地位や権力や収入よりも、

「意味」がモチベーションになる。

 

「ニュータイプ」のリーダーは、

その「意味」を人に与えられる。

 

なかなか難しいことですが、

私も人に「意味」を

与えられるリーダーに

少しでも近づきたいと思っています(^^;

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回に続きます(^^;

 

 

 

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おまけです。

 

前回の箱根の続き(^^;

 

 

仙石原のススキ草原。

 

まだちょっと早かったかな。

(見ごろは紅葉の時期)

 

 

 

箱根神社(^^)

 

 

 

森の中、なかなか荘厳な雰囲気・・・

 

 

 

巨木(神木)が多いです。

 

 

 

芦ノ湖畔に鳥居があります。

 

この箱根神社もそうでしたが、

今回の箱根、

意外と若い人が多かったです(^^)

 

コロナ禍の中、

特に学生さんは、

限られた青春時代なのに、

なかなか身動きが取れずに

可哀そうでしたね・・・

(もちろん、その分の恵みも

あったとは思いますが(^^;)

 

早く気兼ねなく、

アクティブに活動できるようになると

いいですね!

(もう少しの辛抱か?)