ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

東京・横浜は、

ここ数日、うだるような暑さが続いています🥵

 

皆さまのお住まいの地域は、いかがですか。

熱中症には、くれぐれもご注意くださいね(^^;

 

 

ローマ帝国、

ストア派の哲人皇帝として有名な、

マルクス・アウレーリウス(・アントニヌス)

さんの、

自省録(岩波文庫)

 

 

の中から、

私が「なるほど~」と感じたところを、

紹介・解説しています。

 

今回で、この本の紹介は、

最終回にします(^^;

 

この本の魅力のひとつは、

ローマ帝国の偉大な皇帝でも、

人並みに悩んだり、

葛藤を抱えていたことがわかるところ、

 

自分の内面を見つめ、叱咤激励しつつ、

懸命に公務に励んでいたさまを

窺い知ることができるところだと思います(^^;

 

彼は、こんなふうに

自問自答しています・・・

 

 

第四巻 三

 

人は田舎や海岸や山に

ひきこもる場所を求める。

 

君(=皇帝本人)もまた

そうした所に

熱烈にあこがれる習癖がある。

 

しかしこれはみな

きわめて凡俗な考え方だ。

 

 

私も、たまに、

仕事や家庭を捨てて、

田舎や海岸や山に

引きこもりたくなります(^^;

 

ましてや、今のコロナ禍では、

なおさら(^^;

 

「ああ~、旅に出たい」(笑)

 

しかし、それば凡俗だと、

マルクス・アウレリウスさんは

いうのですね・・・

 

 

というのは、

君はいつでも好きな時に

自分自身の中に

ひきこもることが

できるのである。

 

実際いかなる所といえども、

自分自身の魂の中にまさる

平和な閑寂な隠家を

見い出すことは

できないであろう。

 

この場合、

それをじいっとながめていると

たちまち心が完全に安らかに

なってくるようなものを

自分の中にもっていれば、

なおさらのことである。

 

 

この場合のひきこもりとは、

いわゆる、今時の、

家から、なかなか出られないという

ひきこもりではなく、

「自分の内面(を見つめる)」

ということですね(^^;

 

 

そして

私のいう

この安らかさとは

よき秩序に

ほかならない。

 

であるから

絶えずこの隠れ家を

自分に備えてやり、

元気を回復せよ。

 

そして

(そこには)

簡潔であって

本質的である信条を

用意しておくがよい。

 

そういう信条ならば、

これに面と向かうや否や

ただちに

あらゆる苦しみを消し去り、

君が今まで

接していたことにたいして、

何の不服もいだかずに

これに戻って行けるようにして

返してくれるだけの力は、

充分持っているだろう。

 

 

「隠れ家を自分に備える」

とは、

自分の心の中に、

「丈夫な器を作る」

ということですね。

 

言いかえると、

心の中に

自分がほっとできる、

「安全基地」を作るということ。

 

そのためには、

いろいろな手段があると思いますが、

その手段のひとつとして、

 

「自分の好きな言葉」

「安らげる言葉」

「励まされる言葉」

 

といった

「座右の銘」のようなもの、

 

ご自分の「信条」となるようなセリフを覚えて、

暗唱することをオススメします(^^)

 

ちなみに、

私の場合は・・・

 

過去ブログ、

 

 

でも紹介させていただきましたが、

野口嘉則さんの

3つの真実

 

 

という本の中で紹介されていた、

 

 

「私は、

宇宙の叡智とつながった

偉大な存在だ。

 

愛に満ち、

喜びに満ち、

生命力に満ちている。

 

周りを幸せにする力と、

この星に貢献する力に

あふれている」

 

 

というセリフ(内面化ワーク)を、

感謝の言葉と共に、

仕事帰りに神社で唱えることを、

習慣化しています。

 

このセリフを唱えると、

心がほっとして、

満たされるような気がします(^^;

 

 

自省録(岩波文庫)

の引用に戻ります(^^;

 

 

ところで

いったい何に対して

君は不満を

いだいているのか。

 

人間の悪にたいしてか。

 

つぎの結論を

思いめぐらすがよい。

 

理性的動物は

相互のために生まれたこと、

 

お互いに

忍耐し合うのは

正義の一部であること、

 

人は心ならずも

罪を犯してしまうこと、

 

またお互いに敵意や

疑惑や憎悪をいだき、

槍で刺し合った人びとが

今までにどれだけ

墓の中に横たえられ、

焼かれて

灰になってしまったかを

考えてみるがよい。

 

そしてもういいかげんで

心を鎮めたらどうだ。

 

(中略)

 

 

マルクス・アウレリウスさんの周りには、

権謀術数にたけた、

悪い奴が多かったのでしょうね(^^;

 

「憎み合っても、

人はいずれ死んでしまうんだよ」

 

「そんな時間はもったいないよ」

 

そうやって、

自分の理性に言い聞かせていたんですね。

 

(このように自分に言い聞かせる文章は、

この本に多く登場します(^^;)

 

 

・・・これからは、

君自身の内なる

この小さな土地に

隠退することをおぼえよ。

 

何よりもまず

気を散らさぬこと、

 

緊張しすぎぬこと、

 

自由であること、

 

そして

男性として、

人間として、

市民として、

 

死すべき存在として

物事を見よ。

 

そして

君が心を傾けるべき

もっとも手近な

座右の銘のうちに、

つぎの二つのものを

用意するがいい。

 

その一つは、

事物は魂に触れることなく

外側に静かに立っており、

わずらわしいのは

ただ内心の主観からくるものに

すぎないということ。

 

もう一つは、

すべて君の見るところのものは

瞬く間に変化して

存在しなくなるであろうと

いうこと。

 

そしてすでに

どれだけ多くの変化を

君自身見とどけたことか、

 

日夜これに

思いをひそめよ。

 

 

 宇宙即変化。

 

 人生即主観。

 

 

 

なるほど・・・

 

マルクス・アウレリウスさんの座右の銘は、

 

「宇宙即変化。人生即主観」

 

なんですね(^^)

 

「ゆく河の流れは絶えずして、

しかももとの水にあらず」

(方丈記)

 

ではないですが、

万物は変化する、無常であるということ。

 

物事は、

主観、すなわち、

捉え方、どんな色眼鏡をかけるかによって

変わってくるということ。

 

「宇宙即変化。人生即主観」

って、けっこう東洋思想的だなあ

と思います(^^;

 

マルクス・アウレリウスさんは、

皇帝という現実の立場の中で

ものすごい重圧を背負いつつも、

悩んだり、葛藤したり、

自分の内面から目を背けることなく

見つめ続けることによって、

このような境地に達せられたのでしょうね。

 

 

彼は、五賢帝の最後のひとりとして、

ローマ帝国の最盛期に登場した人物ですが、

ここをピークにして、

帝国は緩やかに下り坂を歩むことになります。

 

実際、彼の統治下では、

北方のゲルマン民族や、

東方のパルティア王国の侵入に

悩まされ続けました。

 

生涯の多くを、戦場で過ごされたようです。

 

本来は、学究肌の方なので、

戦争は大嫌いだったと思われます。

 

おそらく、

海千山千の政治の世界も・・・(^^;

 

息子は親に似ず、

肉体派のダメ息子だったようですが、

(映画グラディエーターに出てきますね(^^;)

意外に親バカだったのか、

(映画とは違い)史実では後継者に選んでしまい、

帝国を傾かせる遠因にもなりました。

 

そんな、マルクス・アウレリウスさんですが、

その人間味のあるところ、

 

当時のおそらく最高頭脳であり、

一流の哲人皇帝でありながらも、

自問自答しつつ、

悩んだり、葛藤したりしながら、

必死で、現実の泥臭い職務をまっとうしたところ、

 

人びとのために、

「より善き人間」であろうとしたところ、

 

そんな、マルクス・アウレリウスさんが、

私は、好きです😊

 

 

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以上、

マルクス・アウレーリウス(・アントニヌス)

さんの、

自省録(岩波文庫)

を3回にわたって、

紹介・解説してきました(^^)

 

この本、現代にも役立つ

考え方や知恵の宝庫で、

まだまだ紹介したい文章があるのですが、

きりがないので・・・(笑)

 

よかったら、

皆さんもご一読ください(^^;

 

きっと、心を打たれる文章に

出会われると思いますよ(^^)

 

たまには古典もいいですね!

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

追伸

 

あれっ、

愛猫の宮音(ミヤオ)くんが、

マルクス・アウレリウスさんに

どうしても、ひとこと伝えたいそうです(^^;

 

えっ、前回も登場したのに、

また?

 

ちょっとだけだよ・・・
 

 

 

 

 

 

たまには、休んでね~(^^;

 

 

 

 

じゃあ、またね!

 

宮音より😸