ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
今回は、
ロシアの文豪トルストイの、
を紹介します。
この本、
でも少し触れました(^^;
ただ、その際は、
「人はなんで生きるか」
の問いに対しては、
わかったような、わからないような・・・
といった、
ちょっとネガティブな感想を
述べた記憶がありますが(^^;
この本、読むと気持ちがあったかくなる、
「愛」に溢れる短編(民話)集です。
5つの短編が掲載されていて、
どれも、素朴で心温まるものですが、
今回は、
タイトルの、
「人はなんで生きるか」
の印象的な場面を、
引用して紹介しますね。
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セミョーンという、
ひとりの素朴で貧しい靴屋がいました。
なけなしのお金で、
村に、冬を越す外套を作るための、
毛皮を買いに行きました。
百姓たちに貸していたお金を回収すれば、
貯めたお金とあわせて、
毛皮を買えるはずだったのですが、
うまく回収ができませんでした。
結果、お金が足りず、
毛皮を買うことはできず・・・
気をくさらせて、
何と、なけなしのお金で、
ウォッカを一杯ひっかけてしまいました(^^;
よくありがちな話(笑)
酔っぱらって、
ぶつぶつ独り言をいいながら、
歩いていると、
礼拝堂の後ろに、
白い男の人影が見えます。
なぜか素っ裸で座っています。
靴屋は、気になりますが、
下手に近づくと、
トラブルに巻き込まれると思い、
見て見ぬふりをして、
通り過ぎようとします。
そりゃ、そうですよね。
見るからに怪しいですから。
ところが・・・
(以下、引用です)
そして靴屋は足を早めた。
が、
いいかげん礼拝堂を通り過ぎると、
良心がとがめてきた。
彼は道のまん中に立ち止まった。
「おまえはいったいどうしたというのだ、
セミョーン?」
と彼は自分に言うのだった。
「ひとが災難にあって死にかけているのに、
おまえはこわがって、
見て見ぬふりをしようとしている。
それともおまえは、
それほどたいした金持ちにでもなったというのか?
持っているものをとられるのがそんなにこわいのか?
おい、セミョーン、
よくねえだぞ!」
セミョーンは踵をかえして、
その男のほうへ戻って行った。
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私は、この、
「良心がとがめてきた」
という時、
最初は、見て見ぬふりをしようとするが、
結局、引き返してしまう時、
というのは、
神、というか、
大いなる存在の力が働くのだと、
考えます。
別の言い方をすると、
自分の中にある、
大いなる存在の問いかけに、
気づくのだと思います。
過去に、
でも、触れたことがありますが、
遠藤周作さんの、
という小説でも、
こんな場面があります。
風がミツの眼にゴミを入れる。
風がミツの心を吹き抜ける。
それはミツでない別の声を運んでくる。
赤坊の泣声。駄々をこねる男の子。
それを叱る母の声。
吉岡さんと行った渋谷の旅館、湿った毛布、
坂道をだるそうに登る女、雨。
それらの人間の人生を悲しそうにじっと眺めている
一つのくたびれた顔がミツに囁くのだ。
(ねえ。引きかえしてくれないか・・・
お前が持っているそのお金が、
あの子と母親とを助けるんだよ。)
(中略)
(この人生で必要なのは
お前の悲しみを他人の悲しみに
結びあわすことなのだ。
そして私の十字架はそのためにある。)
(中略)
風がミツの眼にゴミを入れる。
風がミツの心を吹き抜ける。
その眼をふきながら、
彼女は、引き返す。
私自身を振り返ると、
特に、新型コロナ以降、
ずいぶん、心の余裕をなくしていると実感します。
たとえば、私、
電車に乗っていると、
スマホを見ているか、
座れた時には、疲れて、
寝たふりをしています(^^;
自分の中にある、
良心のささやかな声から、
心を閉ざしてしまっているような気がします。
もっと、周りの人を気にかけたり、
その瞬間、とっさには行動できなくても、
何かを感じたら、引き返して声をかけたり・・・
身近な人に対しても、
忘れないようにしたいです(^^;
ちなみに、この物語、
今回は、冒頭の部分しか紹介しておりませんが、
物語が進むと、
男の正体もわかり、
「人間の中にあるものは何か」
「人間に与えられていないものは何か」
「人はなんで生きるか」
という、
3つの言葉の意味もわかります。
短編なので、30分もあれば読めます(^^;
たまには、民話(大人の童話)を読むのもいいですよ!
心が洗われます。
今回も、
最後までお読みくださいまして、
有り難うございました(^^)