昔「ありがとう」が言えませんでした① | ごっこ遊びdeキャラメイク☆ヒカリサス☆山本麻生(ヤマモトマイ)

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私は、昔、「ありがとう」が
言えませんでした。


親がやばくて、

「おまえが、うれしければ、
私の言うことを聞いたおかげ。

おまえが、悲しければ、
私の言うことを聞かなかったせい」

と言われて育った私は、
正直、「無償の愛」というものを
まだ、よく分ってないと思います。


私の親は、
「育ててやってるんだから、
何かよこせ」と
常に要求してくる人でした。


私は、「それは親として違うだろ」
と小さいときから「正論」を
振りかざし、戦ってきました。
そのおかげで、よく、
夜に外に追い出されました。
冷たいマンションの階段に座り、
夜景をみながら、
数時間過ごすことがよくありました。




小学校高学年ぐらいから、うちの親は、
「子供をペットか奴隷としか
思っていない…」
と気づいて、だんだん
親から「愛情をもらうこと」を
諦めるようになりました。
「こういう人なんだ」と思うと
すごく無気力になっていきました。


高校1年生の春休み、
高校2年生になる前。
施設に入ることで、
親から離れ、
「うちの家の常識」と
「世間の常識」が
だいぶ違うことに気づきました。


世間には、歪んだ人は少数で、
普通の人はとても優しかった。
「誰かによく見せるため」の
やさしさではなく、
心からやさしく心を砕く人の方が
圧倒的に多いことに気づいたのです。


そのやさしさが、
私には辛い時期がありました。


やさしさを受け取れない自分に
気づきました。


やさしくされると
「何かお返しをしないと
いけないのかな?」
と過剰に思ってしまったり、
「どんな目的でこんなことを
やってくれたんだろう?」
と疑ったり、
「私をかわいそうに見てるから、
やってくれるんだ」
と卑屈になることが多かった。


やさしい人は、
あたたかい家庭を持っていて、
「育ちの違い」を
見せつけられてるような気がした。


やさしい人は、
あたたかい家庭に育っているから、
「やさしくすること=何かよこせ」
と思ってしまう私の心を理解できない。


単純にやさしくしたいから、しただけ。
やさしくすることが「普通」だから、
しただけ。


それを歪んで捉えてしまう
私の心はとても「醜い」と思った。


私は、「親からもらったもの」を
徹底的にそぎ落とし、
自分を変える決意をしました。


「同じになりたくない」

という強い思いがありました。

曲りなりにも、15年一緒にいたのです。
世の中で、一番近く、一番影響を
受けたのは、まぎれもない
「ワタシ」です。

世の中で、
一番「同じ」になる可能性があるのは
「ワタシ」なのです。
その事実は、私にとって恐怖でした。


「あんな風になりたくない」

「変わろう!
絶対に変わってやるんだ!」

私はいろいろ模索しはじめました。