Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 ! -30ページ目

Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

 

アナーキー(亜無亜危異)の藤沼伸一が人生初のメガホンをとった映画『GOLDFISH』。決して見終わったあと、爽快さや痛快さを覚える映画ではない。むしろ、どこか、ヒリヒリ、キリキリするものがあり、見るには少し痛みや辛さをともなう。ストーリー自体は1980年代に一世風靡したパンクバンドの再結成をめぐる喜劇と悲劇を描いたもので、日本のみならず、海外でも盛んに題材にされているものだろう。随分前に見た2009年のアメリカ映画『アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち』を思い出した。アンヴィルは解散せず、再結成ではないが、ある種の切なさが通底している。一発逆転を狙うが不発ばかり。かつての人気バンドの再結成にはいろいろな事情があり、再結成してもすべてが歓迎されるわけではなく、毀誉褒貶も付きまとう。ある種の賭けみたいなものかもしれない。ちなみに再挑戦ものなら音楽映画ではないが、ミッキー・ロークの『レスラー』(2008年)なども思い浮かんだ。ただ、『ロッキー』(1976年)まで行くと、テイストがあまりに違い過ぎ。あくまでも通奏低音はブラックでダークである。

 

「アナーキー(亜無亜危異)」の再結成は度々、行われたが、2018年にアルバム『パンクロックの奴隷』とともに仲野茂(Vo)、藤沼伸一(G)、寺岡信芳(B)、小林高夫(Dr)という4人のメンバーで復活する。そこには残念ながら、2017年の急逝によって、逸見泰成(G)の姿はなく、5人による“完全復活”ではなく、4人による“不完全復活”となった。敢えて彼らのヒストリーは追わないが、この映画はフィクションを交えつつも彼らのことが赤裸々に描かれる。藤沼伸一=イチ=永瀬正敏、逸見泰成=ハル=北村有起哉、仲野茂=アニマル=渋川清彦、寺岡信芳=テラ=増子直純、小林高夫=ヨハン=松林慎司というキャスティングは出来過ぎ感もあるものの、見終わると適材適所で、極端な美化でないことがわかる。

 

パンクのカリスマとして一世を風靡した「ガンズ(銃徒)」。メンバーの傷害事件でバンドは瓦解。その後、新たな道を模索し、パンクながら成長を否定せず、独自の道を各々が歩んでいた。この辺は「アナーキー」が成長を遂げ、時代と対峙しながらルーツロックやデジロック、ハードコアなどを取り込み、貪欲に前進してきたことも被る。しかし、そんな中、急激な変化と過剰な期待に耐えきれず、離脱するものも出てくる。既に私達は逸見泰成の“ストーリー”を知っている。それだけに切なくなる。そこがひっかかり、痛快や爽快な感じがしない。しかし、そんなことを含め、単なるロックンロールファンタジーではなく、架空のバンドのリアルなドキュメンタリーを見ているかのようだ。思い切り、心を揺さぶられるのだ。

 

映画の内容やあらすじは敢えて書かないが、多くの方がラストシーンを絶賛している。痛みや辛さをともなうものの、最後のシーンで救われた気になる。アナーキーの「心の銃」がガンズのテーマソングのように聞こえた。

 

見る前は藤沼伸一が永瀬正敏ということに、前述通り、自分だけいいとこ取りしやがってと思ったが、改めて藤沼は永瀬同様、かっこいい大人であることを再確認する。藤沼は1959年11月7日生まれ、齢60を過ぎ、初めてのことに挑む――それがいかに危険で困難なことか、まさにそれは無謀な冒険というものである。しかし、彼が見事なまでにやり切り、見るべき映画をものにした。そのこと自体、かっこいいと絶賛したくなる。藤沼が永瀬に見えてくるから不思議だ。素人監督かもしれないが、彼にはメッセージすべきものがあり、それを直截に届ける技術があった。やはり80年代のパンクは侮れない。彼の心の銃は錆びついていない。

 

主要キャスト以外、クロスロードに佇む悪魔のようなバックドアマンを演じる町田康、彼らのたまり場であるバーのマスターを演じるPANTA(当然だが、倒れる前に撮影、元気な姿が見れる。先日、幸いなことに退院した!)、そしてドキュメンタリーディレクター役を務めるうじきつよしなどの客演も見事に嵌まる。うじきは同役を深夜番組のリポーターにして、金子正次の自伝『ちりめん三尺ぱらりと散って 俳優金子正次33歳の光芒』(1987年)、石橋凌の自伝『渾身・石橋凌』(1989年)を書いたノンフィクション作家、生江有二を意識して演じたそうだ。生江はアナーキーのデビュー当時、彼らを熱心に取材。クラッシュの『サンディニスタ!』に参加したマイキー・ドレッドをプロデューサーに招き、ロンドンで録音したアナーキーのサード・アルバム『亜無亜危異都市(アナーキーシティ)』(1981年)の現場にも同行している。実は、生江有二は『MUSIC STEADY』の別冊『THE ROCKERS』 で彼らについて評論を書いてもらったことがある。そのタイトルは「屋根の下のアナーキー」とだった。彼らに「屋根の下の犬」があり、PANTAの「屋根の上の猫」から取っている。ちなみにアナーキー、子供ばんどともに1979年、YAMAHAのバンドコンテスト『EAST WEST’79』に出演。同級生(!)であり、彼らの交流はいまも続く。

 

映画『GOLDFISH』も現在も上映中。幸いなことに評判が評判を呼び、ロングラン上映になりそうだ。上映館などはHPを確認の上、見逃さないでいただきたい。後ほど、パッケージや配信などがあるかもしれないが、これは映画館の暗がりで彼らと対峙したい作品だ。

 

 

映画『GOLDFISH』公式サイト

https://goldfish-movie.jp/

 

 

 

 

 

 

 

■WBC 吉井理人と佐野元春

 

 

WBCの余韻か。朝昼のワイドショーやニュースで度々、メジャー(MLB)やプロ野球(NPB)のことが話題になる。WBCが終わっても“侍ジャパン”の選手達の動向が気になるのだろう。“にわか”などと批判するのは容易いが、これまで野球に興味のなかった人達に野球を普及、認知させる、また、野球を世界規模の関心事にしたという意味でWBCは大成功ではないだろうか。普段はMLBしか見てなかったが、オリックスや日本ハム、ソフトバンクなどの試合を球場こみで見に行きたいと思うようになった。

 

私も流行や時流に乗り、大谷翔平との縁や所縁などをこれ見よがしに話したいところだが、残念ながらそんなものはない。当然、取材をしたことはないし、試合も見たこともない。ところが選手だけでなく、監督、コーチ、スタッフなどの侍ジャパンのラインナップを見ていたら、かつて取材をした方がいた。残念ながら対面のインタビューではなく、電話でのコメント取りだったが、30分以上、話を聞かせてもらった。それが侍ジャパンの投手コーチとして参加した吉井理人さんである。ヤクルトや近鉄で投手として活躍、メジャーにも挑戦し、メッツ、ロッキーズなどでプレイしている、その後、日本ハム、ソフトバンク、ロッテなどのコーチを経て、今年からロッテの監督になっている。

 

 

2006年に出た佐野元春デビュー25周年記念本『MOSTLY MOTOHARU』(ストレンジ・デイズ)のため、音楽界だけでなく、芸能界、スポーツ界など、各界著名人から佐野元春ファンであると同時に彼と縁と関わりある方に“お祝いコメント”を貰っている。野球界からは野茂英雄とともに吉井理人にもコメントをいただいた。吉井は佐野元春を高校一年の時に「サムデイ」を聞いて、ファンになったそうだ。中学、高校時代は野球とともにバンドもやっていた。複数のバンドでギター、ベース、ドラムなどを受け持っていたが、ドラムを叩いていたバンドで佐野のナンバーをカヴァーしていたという。実際に佐野に会ったのは1990年、大阪城ホールのコンサートで、終演後に楽屋へ当時、近鉄のチームメイトだった野茂英雄、佐野慈紀とともに訪ねたらしい。初対面は頭が真っ白になるくらい緊張し、何を言ったか、覚えてないくらいだったという。佐野から“頑張ってください”と言われ、“佐野さんも頑張ってください”と言ったくらいしか、覚えてないそうだ。当時、気分を盛り上げたいときは「ヤング・ブラッズ」や「悲しきレディオ」聞いて、試合中に佐野の曲が頭に鳴ることもあったという。メッツ時代、ニューヨークで暮らし始め、かの地で聞くアルバム『VISITORS』は“最高だった”と話している。他にもいろいろ話したが、どこかで見つけて読んでいただければ幸いだ。

 

 

■うじきつよしとリクオの“FOREVER YOUNG宣言”――FoREVER YoUNGERS

 

 

WBCを前後にいろいろなことがあった。敬愛する音楽家の逝去などもあった。追悼文などは、他の方にお任せするが、いろいろ揺り動かされた日々だった。そんな中、どうしても書き留めたいことがあった。時間がかなり経ったので、そのままなかったことにするのもありかもしれないが、やはりどうしても書いておかないと後悔する気がする。いくつかの光景が忘れないものとして残る。まず、3月5日(日)に高円寺「JIROKICHI」で行われたリクオとうじきつよしが結成した(というよりは命名したか!?)FoREVER YoUNGERSのライブで「満月の夕」を歌ったこと、その数日後、3月11日(土)に岩手県出身の佐々木朗希がWBCの1次ラウンド東京プールのチェコとの試合で先発として投げたこと、そして、彼のボールを受ける甲斐拓也が試合前の声だしで“東日本大震災から12年がたった今日。たくさんの人が僕たちの野球を見てくれています。嶋基宏(当時、東北楽天ゴールデンイーグルス)さんがこのような言葉を言っていました。『誰かのために頑張る人間は強い』と。今日は全力でプレイする中で、失敗も起こるかもしれませんが、全員でカヴァーし合って助け合って戦い抜きましょう。今日も勝ちましょう”と語ったこと、さらに4月3日(月)から10年ぶりにNHK連続テレビ小説『あまちゃん』が再放送されたこと……いずれもいまだに脳裏から離れないし、目に焼き付いている。

 

 

 

本2023年2月18日(土)三重・松坂「M‘AXA(マクサ)」を皮切りに、19日(日)大阪「music bar S.O.R.A.」、20日(月)京都「拾得」、3月3日(金)愛知・豊橋「HOUSE of CRAZY」、4 日(土)静岡・浜松「メリーユー」と回って、『〜 うじき&リクオ フォーエバー・ヤング・ツアー 〜』の最終日になる3月5日(日)の東京・高円寺「JIROKICHI」でのFoREVER YoUNGERS(うじきつよし<Vo、G>、リクオ<P、Vo>、寺岡信芳(B)、小宮山純平<Dr>)のライブ。このライブを見て、これがうじきのやりたかったことかもしれないと、改めて思った。実はリクオのライブで飛び入り出演するうじきを度々、見ている。大体がアンコールにギロ(パーカッション)を持って、こっそりと混じり、あまり目立たないようにしつつ、場を盛り上げていた。確かにHOBO HOUSE BANDのフルセットであれば、いずれも強者揃いで完璧なコンビネーションゆえ、そこにうじきが加わり、自分勝手に自由気ままにギターを弾きまくると浮いてしまう。うるさ過ぎるかもしれない(失礼!)。

 

リクオとうじきはツーマンで2020年4月に『うじき&リクオ フォーエバー・ヤング・ツアー』を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の拡大の影響で中止になっている。同ツアーは同年10月に仕切り直しで行われた。そのツーマンは残念ながら見逃してしまったが、今回はリクオ、寺岡、小宮山という“リクオ・トリオ”にうじきが加わると言う形である。私としても見たかったラインナップで、その“4人組”は知らぬ間にFoREVER YoUNGERSと命名されていた。“待ってました!”だ。

 

SNSでも同ツアーはライブを重ねる毎にバンドとしてまとまり、塊になっていると発信されている。この日もこの乗りをうじきは“東京ドームをいっぱいにしたレッチリ(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)がライブハウスみたいなことをしてたけど、(FoREVER YoUNGERSは)彼ら以上にグルーブしている”と語っていたが、それが与太話や大言壮語でないのは、彼らの音楽を思う存分、浴びたからこそ抱く実感でもある。勿論、東京ドームのレッチリは見ていない(笑)。しかし、1990年の川崎チッタでの初来日公演を見ているということで、お許しいただけないだろうか。

 

 

リクオ、うじきつよし、寺岡信芳、小宮山純平という4人の化学反応、そして「JIROKICHI」という場の化学反応を目撃し、体感したからこそ、断言できる。彼らが紡ぎだすグルーブは豪快で芳醇である。最強のロックンロールバンドがそこにいた。うじきの手数の多いギターもこの4人であれば、個性や持ち味を充分に主張しつつ、出しゃばることなく、見事なまでに収まっていく。4人の演奏も競争し狂騒することなく、共振し、協調する。歌と演奏の共同作業の高みを体感させてくれるのだ。

 

とりわけ、「満月の夕」は格別だった。思いが籠るなどと書くと、鼻白むかもしれないが、特別なものに聞こえた。実は昨2022年6月4日(土)、南三陸の「コーヒーとカレーの店 月と昴」で行われたリクオとソウル・フラワー・ユニオンの中川敬のツーマンライブを生配信で見ている。同所は南三陸の復興の礎である「南三陸さんさん商店街」にあるのだが、レンタルしたエレクトリックピアノの数カ所の音が鳴らないことが発覚。途中から店ではなく、南三陸さんさん商店街にあるフードコートへ移動、同所にあるストリートピアノを使用し、リクオと中川は文字通りのアンプラグド、アンプやマイクなしの生演奏と生歌唱で、「満月の夕」を披露した。この日のリクオとうじきの「満月の夕」もあの日のリクオと中川敬に負けないものがあった(歌唱に勝ち負けもないが)。二人の誠実さや真摯さがそのまま歌や音に投影されていた。絶品である。

 

同時に同曲を歌い継ぎ、それを各地で歌い、演奏することで繋がりができていく。とりわけ印象的なことがあった。“実演販売”である。うじきは、リクオが全国を回り、各地で自身のアルバム(一昨年9月にピアノ弾き語りアルバム『RIKUO & PIANO 2』を自らのレーベル「Hello Records」から出している)や書籍(昨年12月に自らのSNSの呟きをまとめた『流さない言葉1 ピアノマンつぶやく』が山口県岩国市のショップ「ヒマール」から出たばかり)などを販売しているという。勿論、彼のHPを始め、ネットなどでも購入は可能だが、ツアーやレコードに関して大きなイベンターやメジャーなレコード会社などを通さず、手弁当で全国行脚しながら販売している。自身の作品を携え、全国を回り、それをかの地に届けている。その旅は、人任せにではなく、実際に自身が車や電車などを駆って、出かけている。うじきはリクオと今回のツアーを寺岡が運転する車で回り、アマチュア時代を思い出したようだ。同時にその経験は、それこそが基本の基本ではないかと改めて考えたという。メンバーとミニバンやワンボックスカーでツアーを回った青春時代を単に懐古するのではなく、何か、あるべき姿を再確認したようだ。うじきは当初、5月20日からオンライン限定で発売予定だった2021年7月10日(土)大阪「BIG CAT」での「一夜限りのスペシャルナイト!『子供ばんど』復活祭!」のライブDVDも実演販売するためにフライングになるが、会場へ持ち込んでいる。

 

子供ばんど自身もレコード会社はポニーキャニオン(当時はキャニオン)やEPICソニーなど、メジャーだったが、事務所そのものは決して大きいところではなかった。それ以前に1973年のバンド結成から1980年のメジャーデビューまでアマチュア時代も決して短くなかった。幸か、不幸か。うじき自体は俳優や司会など、思わぬ方向に仕事が広がっているが、音楽活動自体はロックロールの“ビッグスターゲーム”とは無縁なところにいる。むしろ、地道ながらいま改めてその地保を築こうとしている。そんな流れの中でリクオと活動をともにすることに意味を感じているはずだ。今回のFoREVER YoUNGERSとして自主独立した、インディペンデントなツアーは必然だったのではないだろうか。

 

 

リクオはこの日、ザ・ブルーハーツの「青空」を歌い終え、自分達が全国を回っているのは自らの世代より“上の世代のフォークやブルースの人達が辿った道、その轍を辿るように続いていった”と語る。そして、それは“興行”などではなく、“草の根のネットワーク”で繋がったものであり、“フェイス・トゥ・フェイス”、“ハンド・トゥ・ハンド”の関係であると言葉を重ねる。意志あるものが切り拓いた道、先達がつけた轍を辿り、続こうとしているのだ。その轍を辿りながらいろんな町を結んでいく。例えば高円寺の「JIROKICHI」も東京というのっぺら坊な都市ではなく、ちゃんと顔をもった東京のローカルとして、関係を結んでいく。だからこそ、そこに化学反応が起こるのだろう。

 

いわゆるインディペンデントなコネクションは、先のフォークやブルースなどに限らず、「東京ROCKERS」前後、いわゆるストリートロックムーブメントの隆盛とも繋がる。当時、LIZARDのMOMOYOはただ、プロモーションのために全国を回るのではなく、各地の拠点となるべく、“有志”とのコネクションを築くことを第一に考えていたという。そのルートが後のインディーズの礎にもなる。各地のライブハウスやレコードショップ、ロック喫茶などを結ぶネットワークとなる。各地の拠点となってストリートの革命を後押ししていた。リクオと度々、共演しているソウル・フラワー・ユニオンやHEAT WAVEなどもそんなところから出てきたバンドだ。

 

リクオの活動を改めてなぞると、HOBOのように全国を旅しながら各地の心ある者たちとCONECTIONを築いていく。考えてみれば、彼が“HOBO CONECTION”とタイトルをつけたイベントは、まさにその意志とその活動を表したものである。リクオは町と町、人と人を繋いでいく。

 

彼の活動を通して知ったライブスペースやミュージシャンも少なくない。そんな彼の活動や行動に感化される――まさにうじきなどもその一人だろう。このところのChappy’s(チャッピーズ)、うじきタケシ(うじきつよし+澄田健)、子供ばんどの活動などもリクオからの“影響”や活動の“成果”を感じさせる。彼の歌や演奏を聞いていると、純粋にロックを楽しみながら、ロックする喜びを体現している。その音はロック本来の醍醐味を感じさせるものだ。彼のようにフェイセスやリック・デリンジャー、ストーンズなど、リアルロックを同時代に体験してきたものが伝えていかなければいけないものがある。この日もザ・フーの「サマータイム・ブルース」の日本語カヴァー(大元はエディ・コクランだが、同カヴァーは子供ばんど時代から十八番になっている)、ロッド・スチュアート&フェイセスの「Stay with me」の日本語カヴァーなど、“ロッククラシック”だけでなく、ジョン・メイヤーの「Waiting On The World to Change」を「Waiting On the World to Change 〜 世界の変化を待っている」として日本語でカヴァー、そしてボ・ガンボスの「夢の中」もカヴァーしている。さらに子供ばんどの「バカな男のR&R」(2013 年にリリースされた子供ばんどの結成40周年にして約25年ぶりの新作『Can Drive 55』収録)、子供ばんどの「Never Stop R&R」<STOP THE ROCK’N ROLL!! (Never)>(2015年にデビュー35周年、結成42年を記念した13枚目のオリジナルアルバム『ロックにはまだやれることがあるんじゃないのか』収録)を披露している。うじきは1957年9月18日生まれ、65歳と既に還暦を過ぎたが、55歳の時に“55歳でもロックができる”、そして58歳の時に“ロックにはまだやれることがあるんじゃないのか”と、自問自答し、自らのロックを取り戻すため、“チャリダー活動”とともに“ロッカー活動”も活性化させている。そんな思いはいまも続く。バンドの音とともにそれが伝わってくる。歳を重ねても“FOEVER YOUNG”ということだろう。彼らが音楽を続ける必然性をこんな言葉からも感じる。“へなちょこになりながら戦う、あまりにもひどいからである”――というのは『ロックにはまだやれることがあるんじゃないのか』にパッケージされた、同作のレコーディング風景とメンバーへのインタビューを収録したドキュメンタリーDVDの中で語ったこと。その問いかけはいまも続いているということなのだろう。

 

大きな疑問符を背負いながら歳を食ってもロックすることをやめない。同じくDVDの中で“炭鉱のカナリアになれなくてもはきだめのカラス(Blackbird)くらいにならないと。カナリアは炭鉱の空気の危険度を一番最初に察知して、鳴かなくなる。その対極でBlackbirdというのはずっとずっと鳴かないんですよ。鳴かない。伝えないというか。我慢しているのか、耐えているのか。それとも関心がないのかもわからない。そこがいまの日本の状況とシンクロしたんですよ。それでBlackbirdがどうなったら、それが一番劇的に変わることなんだろう。”と語っている。『ロックにはまだやれることがあるんじゃないのか』には「Blackbirdがないた時」という曲が収録され、“どうして君は声を上げないの”と問いかけ、“君はついに声が上げた”と叫んでいる。ちなみに同曲はこの日、演奏されていないが、その時、うじきがどう思い、どう歌ったかを留めておいていただければと思う。いずれにしろ、その状況はいまも変わらないところがある。むしろ、よりリアルなものになっているのではないだろうか。

 

どれもストレートアヘッドなロックやソウルながら、うじきの歌はFoREVER YoUNGERSの演奏ととともに心に突き刺さって来る。前述通り、4人の化学反応、そして「JIROKICHI」の化学反応かもしれない。勿論、同所の前に各地を回り、かの地のロックファンやバックアップする有志たちから無限のパワーをもらったこともあるかもしれない。

 

 

リクオは町から町へ旅して、人と出会い、人と人を結ぶ。そんな中から生まれた曲達も披露していく。カンザスシティバンドの「新しい町」(同曲は震災を契機に出てきたものではないが、いつの間にか、勇気と希望の歌としてギターパンダや中川敬、T字路sなどにカヴァーされるようになる。2021年にリリースした『リクオ&ピアノ2』に収録)を始め、既に“アンセム”というべき、「オマージュ - ブルーハーツが聴こえる」、「永遠のロックンロール」などを惜しげもなく披露する。

 

4人のロックンロールトレインは勢いを増し、心地良い旋風を巻き起こす。うじきつよし、リクオ、寺岡信芳、小宮山純平というFoREVER YoUNGERSの「フォエバー・ヤング・ツアー」は、“最幸”の景色を見せてくれた。新しい伝説、極上の奇跡の誕生と言っていいだろう。

 

 

 

うじきは4月29日(土)、30日(日)に埼玉県 狭山市「県営 狭山稲荷山公園」内 特設会場で17年ぶりに開催される『ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル2023』に出演(うじきは30日の小坂忠トリビュートバンドに出演)。5月5日の“こどもの日”から東京・大阪・名古屋を回る「DVD発売記念『子供ばんどやります』東名阪ツアー2023」に出る。

 

https://hydeparkmusic.jp/

 

 

 

https://twitter.com/KODOMOBAND2021/status/1626809999652708352

 

 

 

 

リクオは東京で新作をレコーディング(5月からレコーディングを再開する)。先日まで鳥取・島根を巡る旅に出ていた。5月には2019年以来4年振りに大阪・服部緑地野音で5月3日(水・祝)、4日(木・祝)、5日(金・祝)と3日間に渡って開催される『春一番2023』に出演(リクオは初日3日にバンド編成で参加する)。6月には俳優の六角精児(『六角精児の呑み鉄本線 日本旅』でお馴染み、彼も生粋の旅人であり、フォークの先人達へのリスペクトはその音楽からも伺い知れる)と《リクオ&六角精児 コラボライブ》を行うことが決定している。

 

FoREVER YoUNGERSの次のツアーがいつになるかわからないが、いずれにしろ、うじきつよしとリクオの活動から目が離せないだろう。彼ら4人が与えた衝撃は尾を引く。いまだに心と身体の中を駆け巡る。少しずつ、規制や制限が解除されてきた。漸くかもしれないが、いまこそ、ライブに足を運ぼうではないか。次は見逃さず、聞き逃すことなく、心に刻んで欲しい。

 

 

 

https://haruichiban2023.jimdofree.com/

 

 

 

https://twitter.com/Rikuo_office/status/1647076612859658240

 

 

 

 

※3月5日(日)の高円寺「JIROKICHI」のアーカイブ視聴は既に終了しているが、以下に当日のセットリストが掲載されている。

 

https://twitter.com/Rikuo_office/status/1632708980278702080

 

 

 

 

ローリングピアノマン「リクオ」Official Website.

http://www.rikuo.net/

 

 

 

 

うじきつよし JICK twitter

https://twitter.com/ujizo

 

 

 

 

“人生はチョコレートボックスのようなもの。開けてみないと分からない”――かのロバート・ゼメキス監督、トム・ハンクス主演の『フォレスト・ガンプ』(1994年)の中にそんな台詞がある。

 

同映画は名画とされ、同台詞も名台詞とされている。その評価に関しては、識者に譲るが、いずれにしろ、人生は箱を開けてみないと分からないは事実だろう。松尾清憲にとってもその音楽人生は予想のつかないこともあったかもしれないが、彼の音楽は松尾清憲を素敵な場所へと運んでくれる。1951年12月5日生まれの71歳、福岡出身である。既にCINEMAで1980年にデビューしてから43年、ソロとしても1984年にシングル「愛しのロージー」でデビューして40年近いキャリアを重ねている。その間、素晴らしい人達と出会い、極上の音楽を作り続け、いまもたくさんの人達から彼の音楽は愛される。この日、2023年2月10日(金)に東京・青山のライブスペース「月見ル君想フ」で行われた2023年の初ライブにも多くの人達が松尾清憲の音楽を求め、詰めかけた。

 

 

同ライブはこのところ、積極的に行っている“アルバム完全再現ライブ”で、松尾清憲と『レコスケくん』でお馴染みの漫画家&イラストレーター、本秀康とのコラボレーションアルバム『チョコレート・ラヴ』(アルバム・クレジットは松尾清憲&本康秀。2010年にCDブックという形態でリリースされた)からの曲を中心にお届けするというもの。ヴァレンタイン直前ということで、イベントタイトルは『Valentine’s Chocolate Box 』となる。

 

Velvet Tea Setsと共に"ヴァレンタイン"、"チョコレート"、"BOX"をテーマにセレクトされた曲を中心に披露。杉真理をゲストに迎えている。リアルライブだけでなく、Streaming+によるオンライン配信もされ、配信視聴者には、スペシャル音源が特典としてプレゼントされた。

 

 

第一部は「何%チョコレート・ラヴ」や「のそのそ」、「カレー・イン・ザ・ライフ ~ TEA FOR YOU」、「ダンス・ダンス・ダンス」など、『チョコレート・ラヴ』からのナンバーを披露。一気呵成ではなく、「何%チョコレート・ラヴ」と「のそのそ」間に「Knock on My Door」(2015年『This Tiny World』)、「テレビジョンの誘惑」(1987年『NO THANK YOU』)、「さよならはバニラ色」(1985年『Help!Help!Help!』)など、新旧の名曲を挟み込む。お馴染みの曲を入れることで、緩急をつけ、飽きさせないところがベテランゆえのこと。同時に観客への心配りだろう。甘党だけでなく、辛党もいけるスウィートでビターなナンバーという取り揃え。ツボを心得たVelvet Tea Setsの演奏と松尾の歌の絡み具合も極上の味わい。そんなこんなで曲に酔いしれていたら、第一部はあっという間に終了する。

 

 

第二部はお馴染みの1984年10月25日にリリースしたシングル「愛しのロージー」のカップリング曲としてお馴染みの「サンセット・ドリーマー」から大滝詠一のメロディタイプの名曲、これまたお馴染みの「ブルー・バレンタイン・デイ」(1977年の大滝詠一『NIAGARA CALENDAR』収録の同曲のカヴァーを松尾は2015年に本秀康の7インチレーベル「雷音レコード」から7インチシングルとしてリリース)へというメドレーを披露する。ここで三題噺の“ヴァレンタイン"はクリア。“チョコレート”だけにとろけるような“甘美”なる歌声は絶品。

 

そしてゲストの杉真理が登場。ステージにはメンバーの松尾も小室もいる。そしてサポートの小泉もいる。これはBOXだろう。“BOX”もクリアである。「Train to the Heaven」、そして「魅惑の君」というBOXのアルバム『BOX POPS』(1988年 )のナンバーを畳みかけ、さらに杉の「さよならFunny Face」(1993年 杉真理『FLOWERS』)で同セットを締める。

 

やはり松尾と杉が並ぶと、“無敵感”が増す。2021年5月15日(土) 渋谷PLEASURE PLEASUREで行われた「杉真理 & 松尾清憲 ソングブック vol.1~アコースティックver.」など、ツートップのジョイントライブやお互いがゲスト出演するライブを見ているものの、随分昔のことに感じる。がっぷり四つも見てみたい。そろそろBOX成分の国民的飢餓感、どこかで解消して欲しいものだ。

 

再び、松尾とVelvet Tea Setsのセットは松尾清憲の心のベストヒットの連発、疾風怒濤の勢いで、「僕らのハックルベリーフィン」(1985年『Help!Help!Help!』)、「グッバイガール」(2000年『BRAIN PARK』)、「ムーンライト・ランデブー」(『Help!Help!Help!』)、「愛しのロージー」(1985年『SIDE EFFECTS』)、「僕が蒸気のようにとろけたら」(2002年『Hello Shakespeare』)を歌い、演奏していく。めくるめく松尾清憲ワールドが「月見ル君想フ」に出現する。いい意味で、その世界に酔いしらせてくれる。チョコレートボックスの中にはチョコレートボンボンもあったのか!?

 

松尾は「愛しのロージー」を歌う際、同曲にまつわる不思議な縁、昨2022年6月にROLLYがSNSで呟いたエピソードについて語る。まだ、ROLLYがアマチュア時代、1984年にテレビから流れてきた同曲に射抜かれ、その曲でギターソロを弾いているギタリスト(その時までは白井良明ではなく、松尾が弾いていると思っていたらしい)に会いたい一心で、ROLLYはコネも伝手もない中、松尾がライブをしている大阪バナナホールへ“侵入”。その時、初めて白井がギターを弾いていたことが判明。白井と松尾に出会ったと綴り、話題になった。その数年後、松尾をプロデュースした白井が、ROLLY(当時はローリー寺西)が結成したすかんちのデビューアルバム『恋のウルトラ大作戦』(1990年)をプロデュースすることになるのだから縁とは異なもの味なもの。さらにそのエピソードが縁で、同年8月5日(金)に東京・浅草公会堂で行われた「白井良明プロ生活50周年&ムーンライダーズ加入45周年記念『50年、それがどうしたぃ!』」で、白井、ROLLY、松尾の3者の共演が実現している。松尾は追加ゲストとして呟きの翌月に発表されたので、エピソードありきだったのだろう。

 

さらに本2023年1月29日に急逝した鮎川誠のことを悼み、偲ぶ。実は鮎川と松尾は同郷である。鮎川は1948年5月2日生まれ、福岡出身。同時に二人とも九州大学を卒業している。鮎川は農学部、松尾は工学部合成化学科。鮎川が3つ(鮎川は一浪して九大に入学)ほど、年上だが、数年間、同じキャンパスにいたことになる。実際、面識も交流もあったらしい。しかし、ともに上京後は、ライブやスタジオなどで一緒になることはなかったそうだが、偶然、街中で再会したという。その時、鮎川が「愛しのロージー」を気に入っていると、感想を言ってくれたことを嬉しそうに語る。当時は現場で会うことはなかったが、鮎川が自分達のことを知っていて、気にかけていてくれたことを松尾は誇らしく感じているようだった。いずれにしろ、名曲はその造物主をいろんなところへ運び、いろんな物語を見せてくれるものだ。

 

アンコールは再び、杉が加わり、「歴史はいつ作られる  (1989年 杉真理『Ladies & Gentleman』)、「ヒットメーカーの悲劇」(『BOX POPS』)を披露する。松尾、杉の各々のアルバムだけでなく、BOXのアルバムからもという、贅沢なセットリストではないだろうか。杉がステージを去り、松尾が歌い出したのは「スリーピング・ジプシー」である。実は同曲は松尾のアルバムには収録されていない。山下久美子が布袋寅泰とともに作ったアルバム『Sleeping Gypsy 』(1992年)のタイトルトラックである。同アルバムは基本的には全曲、作詞・山下久美子、作曲・布袋寅泰というラインナップで制作されているが、同曲だけ、作詞・山下久美子、作曲・松尾清憲になっている。松尾が山下に曲を提供した。同曲は山下久美子にとっても大事な曲であり、ライブなどでも度々、歌っている。その歌詞は当時のリアルな彼女の心情が綴られている。そんな山下の魂の行きどころを松尾の調べが曳航していく。松尾自身も気にいっている曲で、自らもカヴァーしているという。何か、松尾の生き方にも寄り添っているような思いを抱く。

 

かつて、PANTAは “歌は死なない”と語っている。自らの曲を懐古するものではなく、歌う度に再生させているという。そんなことを思い出す。流行や装飾だけが歌のありかではないだろう。何か、松尾清憲からとてつもなく贅沢なヴァレンタイのプレゼントを貰ったような気がする。松尾は“ヴァレンタインは関係ない”と散々、言っていたが、どこか、チョコレートを欲し気だった(笑)。“ヴァレンタインデイ”も“ホワイトデイ”もとうに過ぎてしまったが、皆様、松尾へお返しすべきではないだろうか。密かに心待ちしているかもしれない。

 

 

松尾は現在、某アーティストと新たなプロジェクトが進行中だという。レコーディングも順調らしい。それも早く、聞いてみたいところ。71歳になっても松尾清憲は楽隠居などできそうにない。日本が誇る“ポップスの魔術師”にして、“ポップスの伝道師”には、まだまだ、“活躍”してもらわなければならないのだ。

 

 

 

□2023年2月10日(金)南青山「月見ル君想フ」 

松尾清憲 with Velvet Tea Sets『Valentine’s Chocolate Box 』ゲスト:杉 真理

 

出演:松尾清憲<Vo、G、Kb>

Velvet Tea Sets(小室和之<B>、小泉信彦<Kb>、平田 崇<G>、高橋結子<Dr>)

ゲスト:杉 真理

 

 <第一部>

 1.何%チョコレート・ラヴ

 2. Knock on My Door

 3. テレビジョンの誘惑

 4. さよならはバニラ色

 5. のそのそ

 6. カレー・イン・ザ・ライフ ~ TEA FOR YOU

 7. ダンス・ダンス・ダンス

 

 

 <第二部>

 1.サンセット・ドリーマー~ブルー・バレンタイン・デイ

 2. Train to the Heaven ( with 杉 真理 )

 3. 魅惑の君( with 杉 真理 )

 4. さよならFunny Face ( with 杉 真理 )

 5. 僕らのハックルベリーフィン

 6. グッバイガール

 7. ムーンライト・ランデブー

 8. 愛しのロージー

 9. 僕が蒸気のようにとろけたら

 

 <アンコール>

 1. 歴史はいつ作られる  ( with 杉 真理 )

 2. ヒットメーカーの悲劇  ( with 杉 真理 )

 3. スリーピング・ジプシー