明日のための昭和歌謡集――KERA『まるで世界』 | Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

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ケラリーノ・サンドロヴィッチこと、KERA(ケラ)がリザードの「サ・カ・ナ」をカヴァーすることは随分前から知っていた。直接、本人達から聞いたわけではないが、ツイッターでのケラとリザードのモモヨのやり取りを見て、それを知ったのだ。同曲は隠れた名曲で、歌い継がれるべき曲だと思っていただけに嬉しい驚きでもある。

 

暫くして、同曲のカヴァーを含む、ケラのカヴァー・アルバム『まるで世界』の全貌が明かされた。この7月7日に発売された同作には「誰も知らない」(楠トシエ)や「地球を七回半まわれ」(宍倉正信・杉並児童合唱団)、「まるで世界」(作詞・別役実 作曲・池辺晋一郎 歌・山田康雄)など、今年、2021年に放送開始から60周年を迎えた『NHKみんなのうた』に起用された子ども向けの歌から、「遠い世界に」(赤い鳥)や「クイカイマニマニ」(民謡)、「別れの世界」(ショパン)など、フォーク、クラシックの名曲、「中央フリーウェイ」(荒井由実)や「時間よ止まれ」(矢沢永吉)などのシティポップ(ニューミュージック!?)の名曲、「マリリン・モンロー・ノー・リターン」(野坂昭如)などの異色の昭和歌謡、先の「サ・カ・ナ」(リザード)を始め、「SUPERMARKET LIFE」(コンクリーツ)、「LAST TANGO IN JUKU」(じゃがたら)、「COPY」(プラスチックス)、「SAD SONG」(ルースターズ)など、ニューウェイブの名曲まで、一見、脈絡がないようでいて一本筋の通った選曲によるケラにとっての“昭和の名曲”全13曲が収録されている。

 

同時発売の2枚組のアナログ盤はCD収録の14曲に「変なパーマネント-LIVE ver.-」(突然段ボール)、「マスク-LIVE ver.-」(ヒカシュー)、「Row Hide-LIVE ver.-」(あぶらだこ)、「ねじりの法則」(セルフカヴァー)、「ALL OF ME」(ジャズ・スタンダード)の5曲を加え、全19曲を収録。これまた、筋の通った選曲だ。

 

 

同アルバムのカヴァーを飾る「ネジ」のビジュアルは、「アレンジのアイデアをどこから持ってくるのか」、そのために「ネジで結合」することを暗喩したものだそうだ。「誰も知らない」はP-MODELに「ネジで結合」されている。その結合具合は優れた演出家が古典の名作を自分流に演出し、一級の作品に仕上げるかのようだ。そのお手並みは見事としかいいようがない。

 

 

ケラ&ザ・シンセサイザーズのキーボードでゲーム音楽なども手掛ける杉山圭一、インストバンド”Crooked Sun”やナスノミツル、沼澤尚との音響ギターユニット“The Maker”で活動する他、ケラリーノ・ サンドロヴィッチの舞台音楽も手掛けるギタリストの伏見蛍、ヒカシューのベーシストの坂出雅海、ケラのSOLO UNITをサポートするジャズ・ピアニストの佐藤真也……など、「ネジで結合する」というアイデアを実現させるため、彼らとともに作り上げたサウンドは、アイデアが奇抜な奇想に終わることなく、どこか親しみやすく、人懐っこい。しごく風通しがいいものだ。そしてパロディーではなく、カヴァーであるということ。ケラの楽曲への愛を感じさせる。選曲されたのは実際、彼が「大好きな曲だ」という。

 

別役実の不条理な世界をケラ流のヴォイス・パフォーマンス(山下達郎の“オンスト”やトッド・ラングレンの“ア・カペラ”風味あり!)を「ネジで結合」して歌い上げる「まるで世界」、サイケGSの趣きありの「マリリン・モンロー・ノー・リターン」、矢沢永吉とドクタージョンと細野晴臣を「ネジで結合」した「時間よ止まれ」、XTCと「ネジで結合」して心中ソングに仕上げた荒井由実の「中央フリーウェイ」、そして、オリジナルの大江慎也以上に不安と焦燥感を掻き立てるヴォーカルで歌われるルースターズの「SAD SONG」……など、聞きどころは多い。アルバムのブックレットにはケラ自ら書き下ろしたライナーノートが付いているので、それを読みながらオリジナルと聞き比べ、にやりとするのもいいだろう。

 

 

やはり、気になるのはリザードの「サ・カ・ナ」である。同曲はエンケンこと、遠藤賢司を彷彿させる琵琶法師、もしくは中近東の楽器奏者のような変則奏法と変則チューニングが「ネジで結合」されたイントロから始まる。ご存知のように「サ・カ・ナ」はリザードのセカンド・アルバム『バビロン・ロッカー』(1980年)収録以前に「ジャンク・コネクション」という写真家の地引雄一らが立ち上げたインディーレーベルからシングルとしてリリースされている。水俣(そういえば、この9月にジョニー・デップが写真家のユージン・スミスを演じた『MINAMATA-ミナマタ-』が上映されるが、地引雄一が撮影したリザードのファースト・アルバム『リザード』の写真は地引の実家に近い京葉コンビナートのチッソ五井工場の夜景を撮ったものだ)を扱ったものを商品としてリリースすることに躊躇いもあったという。同シングルはダブが強調され、より深い海の底をイメージもさせた。ケラ版はオリジナルのダブ的なニュアンスを残しながら、モモヨ流の情念を孕みつつ、泥濘しない軽みを加え、歌曲として成立させる。改めて、同曲の主張や手法の普遍性や同時代性を再確認する。気づくと繰り返し聞いてしまう。時を経ても変わらぬ、吸引力である。

 

『バビロン・ロッカー』には、モモヨのオリジナルだけでなく、エノケン(エンケンではなく、エノケン。日本の喜劇王・榎本健一のこと)もカヴァーしたスタンダードナンバー「月光値千金」(原題“Get Out And Get Under The Moon”.ビング・クロスビーやドリス・デイ、ナットキング・コールの歌唱で有名)をスカアレンジで歌っている。“まるで世界”に倣えば、エノケンとスカを「ネジで結合」ということだろう。また、「浅草六区」(元々はロック評論家をこき下ろした「ロック・クリテック」だったが、シングル化の際に下町生まれ、下町育ちという自らのルーツに立ちかえるべく、大衆演劇発生の地である「浅草六区」をテーマに歌詞も改められた)ではエノケンやロッパの名前も歌い込まれ、スウィングジャズ風のピアノも出てくる。

 

ケラの『まるで世界』を聞いていると、単に「サ・カ・ナ」をカヴァーしていることだけでなく、リザードの『バビロン・ロッカー』がオーヴァーラップしてくるのだ。同作は“ニューウェイブの名盤”と、評価されているが、パンク、ニューウェイブ以前に80年前後、昭和から平成へ至る20世紀の歌謡史の文脈でも語るべきものがあるのではないかと思っている。実は『バビロン・ロッカー』の帯には“邪都戦士/蜥蜴合唱団”と書かれている。当時、モモヨは自分達のことを“明日のための合唱団である”と、取材などでも答えていた。また、単なるパロディーではなく、ある種、笑いの力みたいなものにも言及していた。バブル直前、躁状態に浮かれつつも、その実は暗澹たる時代のとばくちでもあった――そんな時代に、どこかポジティブなメッセージを投げかけてもいたのだ。

 

単なる偶然かもしれないが、『バビロン・ロッカー』、『まるで世界』ともに過去の引用や借用をしつつも、諧謔を含み、笑い飛ばしていく。その痛快さはある意味、喜劇や演劇の醍醐味にも通じる。こじつけめくが、『まるで世界』のリリースの直前、この5月に大幅な加筆、改稿を経て、小林信彦の『日本の喜劇人』の“決定版”が上梓された。お笑いや演芸に興味あるものやナイアガラ―必読の同書の最終形態ともいうべきヴァージョンである。芸能の神の御業か、どこかで繋がっているような気がしてならない。

 

 

また、『まるで世界』が“みんなのうた”で歌われた楽曲が収録されているというのも蜥蜴合唱団の“明日のための合唱団”とこじつけたくなるというもの。過去が未来に繋がる。決して、懐メロなんかではない。「80年代」や「昭和歌謡」などは、ある種の世代の大好物かもしれないが、“時代”や“世代”という枠組みをいともたやすく飛び越える。歴史から飛び出しているのだ。

 

 

私自身、40年目の答え合せをしているような気もしている。実は、リザードとは多少、関わりがある。取材を通して出会っているが、「東京ロッカーズ」の中でも下町出身ということもあって、下町生まれ、下町育ちの自分と身近なものを感じていた。かつて、モモヨから手紙を貰ったことがあるが、そこには“大川の上流の河童から下流の河童へ”と書かれていた。そんな距離感である(わからないと言う方は東京の下町の古地図でも見てもらいたい)。リザードの『バビロン・ロッカー』の前後には「ジャンク・コネクション」の立ち上げ時に少しだけ手伝いしている。シングル「浅草六区」のレコーディングにも顔を出し、コーラス(ただ、怒鳴っているだけ!?)までしていた。そんな過去の記憶が『まるで世界』を聞く度に呼び覚まされる。自分語り、気恥ずかしい限りだが、自分の中で1980年と2021年が「ネジで結合」される。改めて過去、現在、未来を行き来する、ケラというアーティストの重要性を再確認する。

 

 

ケラによると『まるで世界』は“作る予定の無かったアルバムだ”そうだ。同作のライナーノートには“「新型コロナ」という名のウイルス。いつ終わるとも知れないこの珍騒動が、あらゆる予定を狂わせ、もちろん私の予定も大幅に狂わせ、結果、作る予定の無かったアルバムが出来たのである。本当に良かった。ありがとうコロナ。”と綴っている。勿論、曰くありの式典に関わることもなくなった。“モンティ・パイソン”をベースにするという演出も見たかったが、それよりも『まるで世界』を聞ける方がいいかもしれない。

 

ケラのツイッターによれば、このアルバムのあと、間髪入れずに更なるソロ新作の録音に入るらしい。途中に演劇活動を挟むので、完成は秋〜来年頭、発売は来年頭〜4月になるとのこと。一応「KERAさん逃げて30周年記念盤」。仮題は『逃亡者K』だという。『まるで世界』とともに、これら2枚のアルバム制作は、コロナ珍騒動が無ければ予定に無かったもの。新作はどんなものになるのだろうか。ツイッターでは平沢進にも呼び掛けをしていた。春の訪れが楽しみでならない。その頃には“珍騒動”は収束しているか――。