“約束の橋”を架ける――「THIS! 2016」佐野元春・中村一義・GRAPEVINE | Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

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丁度、一週間前、8月10日(水)に有楽町の東京国際フォーラム・ホールAで開催された佐野元春のイベント「THIS! 2016」へ行ってきた。イベント「THIS!」は1996年から98年まで、3年間に渡って、“New Attitude for Japanese Rock”をコンセプトに佐野元春がキュレーターとなり、グレイト3やヒートウェイブ、THE GROOVERS、Dragon Ash、フィッシュマンズ、山崎まさよし、Cocco、トーキョーNo.1ソウル・セット、the pillows、TRICERATOPS、UA、エレファントカシマシ、小谷美紗子、かせきさいだぁ、ソウル・フラワー・ユニオン、Super Butter Dog…など、当時は新進気鋭のバンドを紹介してきた。まさに伝説のイベント、20年ぶりの復活である。

佐野自ら“いまも一線で活躍する、一級のバンドが参加してきた”という「THIS!」だが、改めて、佐野の目利きとしての確かさを感じないわけにはいかない。今宵の「THIS!2016」のステージは、中村一義&海賊、GRAPEVINE、そして佐野元春&THE COYOTE BANDの3組が飾る。魅力的な組み合わせだろう。

選りすぐりの中村一義とGRAPEVINE。実は、中村はデビュー時に同イベントへ誘われていたが、当時はバンドがなかったため、出演を断念している。GRAPEVINEは佐野のザ・ハートランドのギタリスト、長田進がプロデュースしてきたこともあり、ずっとこっそりと聞いてきたという(笑)。いずれにも縁も関わりもあるラインナップである。

また、“祝18歳選挙権”ということで、18歳、19歳を無料招待という、佐野らしい粋な計らいもされているのだ。


ほぼ定刻通り、佐野はエド・サリバンの如く、MCとしてステージに登場。ゆとりある会場で、ゆったりと楽しんでほしいと、“センス・オブ・ヒューモア”を利かす。

中村一義のステージが始まる。彼のデビューは衝撃的で、宅録、箱庭的ながら大きな世界が広がる。勉強不足ゆえ、ずっとそんなイメージを抱いてきたが、この日は、海賊を率い、躍動し、活気溢れる。思いのほか、ロックな佇まいに驚きつつも進化した姿だと解釈する。

途中、佐野へのオマージュという「キャノンボール」も演奏される。音楽の円環、共演の必然――20年間の音楽絵巻を目の当たりにする。そんなことが可視化されるのも「THIS!」という場ではないだろうか。

45分ほどのステージ後、セットチェンジを経て、再び、佐野が登場。佐野自ら「サウンド・デザイン」には並々ならぬ拘りを持っているが、“サウンド・デザインが美しい”というGEAPEVINEを紹介する。轟音と静謐の間に音のささくれが突き刺さる。それは佐野がCOYOTE達と奏でる音に連なるのではないだろうか。共振し、共鳴する。

同じく45分ほどのステージ後、セットチェンジを経て、佐野元春&THE COYOTE BANDが登場。『BLOOD MOON』を中心に据えた“フェス仕様のセットリスト”を聞かせる。私としては、『BLOOD MOON』リリース直後のツアーを見逃し、池上本門寺で開催されたイベント「Slow Live’15」で、“縮刷版”を見たきりで、すぐに“アニバーサリー・ツアー”になったため、同作のツアーをフェス仕様ながら初体験することになる。その手触り、手応えはずしりと重い。フェスで、世代を超え、絶賛されたことも納得。『BLOOD MOON』という作品の重要さを改めて再確認する。現在進行形の佐野元春を体感した。

『BLOOD MOON』からのナンバーを演奏し終えると、佐野は中村一義とGRAPEVINEの田中和将をステージに呼び込む。アルバム『THE SUN』からの「太陽」を披露する。“GOD ここにいる力をもっと”という言葉が印象深く、改めて、歌詞を読み込むと、ある意味、ニューエイジのアンセム(と書くと、いやらしく感じるので、応援歌とでもしておこうか)のようでもある。

その後、彼らとともに18歳と19歳選挙権を祝って無料で招待した10代のオーディエンスのため「約束の橋」と「ニューエイジ」を演奏。いうまでもなく、中村や田中にとっては、何度も聞き、親しんできた。それこそ、多感な時期に勇気を与えた楽曲だろう。

そして、締めくくりは「サムデイ」と「アンジェリーナ」。予定になかったと佐野は言っていたが、曲そのものは用意していたはずだが、海賊やGRAPEVAINのメンバーをステージへ上げ、一堂に会するというのは咄嗟の思い付きではないだろうか。客席で、ゆったりと見ていたメンバーが急遽、呼ばれ、慌てて、客席を出るところを目撃。聞いてないよー感が強く、そこがまた、佐野らしくもある。

“僕や彼らの音楽はラジオやテレビで多くは流れるものではないけれど、彼らは素晴らしいソングライターです。ソングライターは、みんなに届く曲を作り続けるために日々頑張っています”というメッセージを佐野はオーディエンスへ投げかける。

佐野は“オルタナティブ”という言葉をよく使うが、この3組は決してヒット・チャートの上位3組が集まったわけでも、事務所の思惑や策略で集まったわけでもない。

20年をかけ、いわゆるヒット・チャートとは別のところで、確実にオルタナティブなチャートが生まれている。その軌跡を辿ると、意識的な音楽の流れが新たな潮流を作っていることに気付く。

佐野のオフィシャルFBページに「今夜の元春の迷言」として掲載されているので、そのままコピー&ペーストしておこう。

「みんな僕のことを先輩とかパイセンって言ってくれるけれど、そんなんじゃないよ。ただロックンロールが好きでここまで続けてきて、みんなより少し先をいっているだけだ」

彼が牽引、曳航してきた音楽が連なり、続いていく。自ら、音楽という“約束の橋”を世代や時代を超え、架ける。「THIS!」は2017年も開催するという。自らの音楽に自信や確信を得にくい、この困難な時代に継続することで、見えてくるものもある。最良の精神達の野合、素敵なことじゃないか。


そして、この日、もう一つの“約束の橋”が架けられた。この2月、数回の手術と転院、リハビリを繰り返しようやく退院した友人が久しぶりに都内に顔を出したのだ。度々、お知らしているが、私が関わった「MUSIC STEADY」でエース級の活躍をし、佐野元春を始め、日本のポップスの最上の理解者であり、音楽評論を革新したライターがこのイベントを見にきた。彼は退院したものの、体調は優れず、通院は続き、おまけに夏の暑さにやられ、転居先の千葉に引きこもり状態。体調の関係で、仕事などもしづらい状況だが、このままではいけないと、電車を乗り継ぎ、都内まで来て、3時間近いコンサートを楽しんだのだ。

確かに万全な体調ではなく、元気とはいいがたいが、佐野のことを話す時、生気が宿る。この3月に佐野の“アニバーサリー・ツアー”を見た際も饒舌であったが、佐野の存在が彼へ活力を与えているかのようだ。まだ、皆さまの支援や援助など、サポートは必要だが、この日、病気との闘いが日常になっている彼にとって、つかの間だが、華やかで、晴れやかな非日常へ橋を架けたかのようだ。そして、それは新しい日常の始まりとなる。彼の復帰を待ち望む。また、真理と英知を紡ぐ文章を読みたいものだ。新しいニューエイジ達に彼の言葉を届けたい――。