地震の日の朝に避難用品を荷造りして玄関に置いた。
常時用意している最低限の必需品を入れた災害持ち出し袋と、
着替えや化粧品を入れた旅行用のスポーツバッグ1つである。
この1週間は毎朝ここから化粧品ポーチを出して化粧をし、また
ポーチをここに戻していた。
バッグにはいつもの品に加えて、いつもは玄関の棚に置いている
サングラスや、携帯電話の、普段は携帯することのない充電器も入れて、
部屋間を移動するたびに自分と一緒に持ち運んだ。
これを外出時にも持ち運ぶから、ちょっと重い。
地震の衝撃が薄れるにつれてこれらをうっとおしく思う気持ちが
強くなっていったが、まず1週間は余震を用心せねば、と我慢した。
そして今日で1週間が経った。
南海トラフ巨大地震を控えた阪神地域に住んでいる限り安心など
許されないが、かといっていつまでも非常事態でいるわけにもやっぱりいかぬ。
非常持ち出し袋は定位置である使っていないバスルームに戻した。
また、アパートが瞬時に倒壊するのでない限りは、身の回り品をかき集めるぐらいは
できるはずだと決めて、スポーツバッグ避難グッズはタオルと下着以外を解除し、
残りは非常持ち出し袋とともにバスルームに置くことにした。
阪神大震災から23年も経って完全に油断していたところを
今回の地震で震え上がらされて、よく考えることができた。
亡くなった人たちの示してくれた教訓も、必ず生かさねばならぬ。