覚悟も、正義感も、誇りも、度量も
すべて二十歳の子が何倍もまさっていた。
指導と受け取りの乖離があったという主張も
説明によっては納得できるかもしれないという姿勢で
会見を見たが、全くそうならなかった。
まず、そう信じるにはありすぎた矛盾を払拭するだけの説明がなく、
また、指導のまずさから生じた重大事件から当該学生を守ろうと
しているように見せながら、そのために必要な覚悟がコーチにも前監督にも、
そして新しくバカの仲間入りをした日大の代表たる広報担当にも
まったくないことが明らかだったからだ。
井上氏の方はウソをつきとおす精神力もなく、
真実を語る強さもない、自身の言葉通りの未熟者だ。
ウソをつかされているようにも見える。
あるいは内田前監督のカリスマ性の残照に
いまだ惑わされて進む方向が自分で決められないのかも知れない。
30歳にもなって自分で自分の良心にもとづいた判断ができない
ようなのがコーチでは、いずれにしても部に未来はなかっただろう。
内田前監督の言動と頑迷さに濁ったまなざしからは、次のような印象を得た。
彼は信念を持った人なのかもしれないが、
その信念はねじ曲がっており、そのことに彼が自ら気付くことも、
誰かに気付かせてもらうことも決してなかろう。
自己中心性がその信念の柱となっているためだ。
ゆえに、この人に反省を求めることは無理だろう。
日本大学は、事件後さんざん言われていることだが、
危機管理能力がゼロである。
法人としてのビジネス感覚も最低レベルであり、
学内のガバナンスも不在である。
学内において適切な処理をし始めることすらできずに、
警察に事件の究明をさせることになるとは、あらゆる意味で恥だ。
そして、それによってつまりは国民に捜査にかかる費用を負担させることに
なってしまうことにも、おそらく考え及んでいまい。
風土も教育機関にあるまじきものであることがうかがわれる。
これほどの問題ともなれば、関西学院の学長なら少なくとも10日前には
会見に出てきて頭を下げているだろう。
関西学院では長らくアメフト部の監督が学長を兼ねていたこともあるのだ。
学長が出てこないということは、日大ではあくまでこれをアメフト部だけの問題に
しておく所存であり、また、この期に及んでまだそれが可能であると考えているらしい。
モラル的にどれだけ低レベルか知らぬが、これでは来年以降、学生が集まらなくなるに
決まっているのに、その決まりきったリスクの対策を打とうとしないというのは、
経営者としてもあほうとしか思えぬ。
今一番かわいそうなのは、フェニックスの選手たちだ。
彼らの才能の行く先を日大が見つけてやらねばならない。
それも速やかにだ。
しかし、そのことを日大が理解する日がすみやかに来るとは思えない。
他大学が気づいて、チームに参加させるような緊急措置が行われればよいのだが。