日曜日は年一回の特養の食事会があった。
階ごとに入所者と家族が一堂に会してお昼ごはんを頂く。
介護と子育てには類似点が多いと感じるが、
こういう時は全然違う。
特養に入所したということは、いわば家庭内の介護が
ほぼ終わったことを意味するので、他の家族と苦労を分かち合いたい
とか、情報交換したいという気分が皆無だ。
ママ友との交流が重要な子育て関係の集まりとは
決定的に違う。
ゆえにお食事会は大変静かに進んで終わり、
終わったら家族たちはサアーっといなくなる。
ちょっと薄情過ぎるのではなかろうかと思うほどだが、
入所者がコミュニケーション不能な場合も少なからずあるから、
長居に意義がないということもあるかも知れない。
指定された時間にバアサンと会場に入って着席したが、
そこから食事が出てくるまで20分ほど時間があった。
バアサンは腹ペコであったため、バアサンの気持ちを
食事からそらすのにホネが折れた。
認知症が進むと欲求を抑える理性が働かなくなるので
腹が減ると食べ物のこと以外には何も考えられなくなるのだ。
やっとあちらの方の食卓から食事が出され始め、
とうとう筆者らの食卓の番になったのだが、
運悪くウチのバアサンの食事が一番先に出された。
食卓には6名が着座しており、バアサン以外の5名のもとに
食事が出され終わるのに長く見積もって5分はかかると思われた。
バアサンは所作が鈍いのでまだ食べ始めているわけではないが、
食べ物へ向かう気は凄まじく、今にも食らい付きそうである。
どうしても無理なら仕方がないが、一応常識として
「みんなのごはんが揃うまでちょっとだけ待って?」
と言うと
「あ、そう。」
と一応神妙に言うことを聞いた。
しかし、目の前の食べ物を文字通り食い入るように見つめ、
唾を飲み込み飲み込み待っている様子が劇的にデンジャラスで
餌を前に「待て」を食らっている犬とそっくりである。
ちょっとリラックスさせねばこちらも気が気でなくなるので
「待て、て言われてる犬みたいになってるよ」
と言うと、バアサンが
「わんわん!!」
とおどけたのでびっくりした。
こんなに余裕のない状況で当意即妙にわんわん言うなんて
本当に最近絶好調である。
どうなっているのだろう。
そうこうしているうちにバアサンの向こう側の隣に座っていた
ヨソのばあさんの前に食事が出されると、そのばあさんは、
目にも留まらぬ速度で炊き合わせの器をひっつかみ、
煮汁を飲み出した。
そのまた隣のすでに老人になっている息子が箸を渡してやると、
どんどん食べ出した。
こちら側で我慢を続けるバアサンが気の毒になってきたところで、
全員の食事が行き渡ったのでめでたく「待て」解除となった。
「待て」しなくてよかったかなともちょっと思ったが、
聞き分けてくれられるうちはやっぱりこれで行こうと思った。
先ほど煮汁に吸い付いた隣のばあさんは、はやばやと食事を終え、
しばらく目の前の空の食器を厳しい顔つきで眺めていると思ったら、
手を伸ばして食器を顔の前まで持っていき、ぺちゃぺちゃ舐めだした。
息子は止めない。母親を見てもいない。
(わああーー!!!)
と筆者は内心ぶったまげた。
ぺちゃぺちゃ音が、すごすぎる!
常日頃、ウチのバアサンの食べ方を汚ないと思っていたが、
認識が甘かった。
(ウチの子の方が上品…!)
先のことはわからないが、とりあえず今日のところは
そう思わせてもらった。
息子が止めなかったのは止められないことが
分かっていたからかもしれぬ。
このばあさんは終始難しい表情を緩めることも話すこともなかったし、
息子も一度も話さなかった。
ウチのも調子が一番悪かった時は似たような状態だった。
筆者の言うことは死んでもきかぬという頑迷な意思で
凝り固まっていたから、もしも皿を舐め始めても
止められなかったに違いない。
母親の顔も見ないようにしていた息子の気持ちが分かる気がする。
皿を舐めたばあさんにはびっくりしたが、
考えると筆者も一人なら年一回ないし二回は皿を舐める。
ということは筆者も特養に入ったらきっとやるんだろう。
それともこのばあさんは毎日毎日皿を舐める人だったのだろうか。
だとしたら年1、2回の筆者はしないで済むかもしれない。
しかし、いずれにしても皿を舐めるのはもうよそうと決心した。
その一方で、皿を舐めるばあさんを見ても動揺せず、
美味しくて良かったですねと思えるようにならねばとも
決心したのは矛盾であろうか。
バアサンと付き合っていると、老いについて
考えたり思ったりすることだらけなのだ。