離島桟橋 (3) | zuzu's room ズーズーズルーム

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    懐かしの離れ小島で会いたかった人に再会する筆者であった。)  


Oさんは船が着くと一瞬だけ働き、たまに切符を買いに来る人に切符を切る
以外は暇なので、筆者を隣に座らせ、切符を切ったり筆者としゃべったりしてくれた。
途中で一度、Oさんが船の方に行ってしまってしばらく戻って来ないので、
どう考えても乗船券売り係の人の立場に見えるであろう我が身を思い、

(客が来たら、どないしたらええんや・・・)

とどきどきしているところに、客のように見える人がこっちにやって来るのが
目の端に入り出し、筆者が途方に暮れ始めたところでOさんは老女を伴って戻って来た。
Oさんは、危うく筆者が相手をすることになりそうであった客をササッと捌き、唐突に

「○○、部落行こう、行きたいやろあんた。」

と言ったので、てっきり自分へのサービスかと思った筆者は、仕事は大丈夫なんですか
と聞いたら、先程の老女を家まで送るので、ついでに付いて来て懐かしい辺りを見るがよい、
という大変すばらしい話であったので、同乗させてもらった。
筆者が犬であったら、千切れんばかりに尻尾を振っていたことだろう。
部落に行っても何があるわけでもないのだが。


島では村落を部落と呼ぶ。この二つの違いは筆者には分からないが、
部落の方が小さいような気もする。
あるいは親戚関係にある家々が集まっているようなニュアンスが、部落という言葉には
あるような気もするが、琉球地方では独自の意味があるのかも知れぬ。


その車は船会社のもので、船会社なのだから島民を船で運んだら仕事は終わり
のはずのところを、迎えの手はずの整わぬおばあを一銭の対価もなく家まで社用車で
送ってやるのである。
だからこそ、90にもなる老女が一人で船に乗り、島と島を行き来できるのだ。


おばあは大胆不敵にもなかなかの荷物を携えていたので、筆者は荷物を持ち、
Oさんと一緒に介添えをして、車から家の玄関まで一緒に歩いた。
そしたらおばあがかわいらしい声でおっとりと、

「みーはいゆー。」

と言った。
「三回拝む」の意で、八重山の「ありがとう」である。
知ってはいたが、言われたのは初めてだった。
外国語と同じで、聞き取れてもこちらは何と返せばいいかわからなくて、
何と返せばいいか聞いたら、

「ノー、ノー、ノーって言えばいい。」

と言われた。
ノーノーノー??
・・・って、英語なのだろうか??それとも島言葉なのだろうか?
沖縄県では英語が随所に導入されて方言化しているが、
「どういたしまして」 ほどの基本的な慣用句が英語だったりするだろうか。
まったく解せぬが、説明してもらうのは難しそうだったから今もって解せぬ。


この部落には、家々と1、2軒のよろず屋、1軒の喫茶店、1軒というより1台の給油機
および郵便局のほかには何もない。
だが、筆者19の春に初めて来てから何度も何度も飽かず訪れた場所である。
ダイビングしたいからだけの理由でそうしていたのではない。
今、思うに、筆者にとって大切なことでありながら、都会に帰ってくるとなかなかそれだけでは
いられなくなってしまうものが、ここでは実地に、いつも、当たり前に行われているから、
引き寄せられていたのだと思う。
つまり、ここは:

”「やりがい」や「生きがい」を無理やり仕事に見つけようとしなくても、
外からの力にあおられるように切磋琢磨しなくとも、自分を自分でないものに曲げなくとも、
ある程度まじめに働いてさえいれば、戦わなくても、必死にならなくても、登ろうとせずとも、
ただ自然とともに、いい服や車や立派な家の必要を感じず知足して生きていられるところ”

のように筆者には感じられたから、筆者はここにあこがれたのだ。
筆者は、ここをレジャーの場として訪れていたのではなく、都会での人生の辛さから
年に1回逃れてくる場所として、必要としていたのである。


住んだことがないのだから、筆者から見えるままということはないだろうが、
間違いないのは富や虚飾に意義が見出されていないことである。
それはすばらしいことだ。
昔よりもだいぶん人生が楽になったと思える筆者だが、筆者はそれを安定収入やボーナス・退職金
といった安心を犠牲にして手に入れた。その点に不安と不足がある。
しかし物質的に持っているべきものはもうすべて持っているのだ。
それを不足に思うのは、一つには、小さくとも筆者なりの虚飾を満たしたい心があるからだ。


先ほどの老女の家は、玄関を入ると、裏口の扉の下に開いた穴から向こう側の地面に生えた
草が見えたが、彼女の顔には不幸や不満の影はなかった。
部落のどの家も、都会的基準から言って一軒残らずボロボロだ。
周りが全てそうなら誰も不足は感じないということになろう。
筆者がこれから苦しい資金でリフォームしようとしている実家のことを思うとバカバカしくなる。
ボロさ加減から言えばあの家をここに持って来て並べれば随分マシな方だろう。
しかるに、筆者は自分のため半分、ボロ家があることでご近所に申し訳なく思う気持ち半分で
リフォームを行うのである。
勝手にいろいろ考えた。
これは自分の後半の人生のために良かったと思う。


船着場に戻り、もうひとしきり話をして、名残惜しいところでOさんに別れを告げて、
ふたたび船上の人となった。