小浜島は、ダイバーであった頃の筆者が14、5回も訪れた島であるため、
筆者にとっては特別な場所なのだ。
最後に行ってから14、5年になる。
その次の年には母が脳梗塞で倒れ、そのまま認知症を発症して
筆者は旅と無縁の人になった。
小浜島のことは忘れられなかったが、母のこと以外にも、一度足が遠のいてしまうと
ちょっとやそっとの思い付きでは行きにくい、という心理もあり、
瞬く間にこんなに月日が経ってしまったのである。
潜るのでなければ他に何もすることのない島だが、一目見ないでは
死んでも死にきれないので、いい加減にそろそろ一目見ておきたかったのである。
ダイビングショップはまだあるが、冬期はオーナー夫妻が内地に里帰りする
習わしだから、夫妻に会うこともできない。
定宿にしていた民宿は、港から離れた部落にあるから行かれない。
行けたとしても、宿の主人が存命かどうか怪しいと思えたし、
存命であったとしても相当の高齢のはずであり、会えるかどうかわからず、
覚えていてくれるかどうかもわからない。
だから乗って行った同じ船に乗って帰って来ようというぐらいのつもりであった。
島がだんだんとはっきり見えて、次に小さな港が見え、昔もいつもそうであったように
リーフを避けて回り込むようにして船が島に着いた。
自分がどう感じているのかまだよくわからない内に船着き場に上り、歩き出した。
だんだん頭が追いついて来た。
「懐かし過ぎて涙が出ました」
というさっきの運ちゃんの言葉が今度はそのままアタシのセリフだよ…と思いながら、
歩を進める。
夢でも見ているような気持ちがした。
まず向かったのは懐かしいダイビングボートが陸に揚げられているはずの場所だ。
港の端にあるはずだからその方向に歩いて角を曲がったら、十何年も前の、
最後に見たと同じ位置に同じ姿でそれが座っていた。
最後に来た時、台風が大接近中で、強風の中、筆者はこの船の陸揚げを手伝ったのである。
だから最後に見たこの船は自分がジープで引っ張って揚げた、このままの姿であった。
あった、あったよそのまんまだよ…!!
と呟きながら写真撮影だ。
それから、さらにそのまま島の裏側に進んで行き、観光客が行かない
シークレット気味の浜に行ったら、漂流物で目を覆いたくなるほど汚く、
びっくりしてUターンした。
潮流の加減からか、こちら側は前から汚かったが、ゴミが倍ぐらい増えていた。
清掃しないからゴミが累積してこうなったのか、海洋汚染が進んでいるせい
なのかは判断できない。
次にダイビングショップの店舗兼住居に行って、念のためそっとドアを引くと
開いたので、またびっくりした。
ドアの前まで行き、あまつさえドアを引っ張りまでしでおきながら何だが、
いるはずがないから開くはずもないと思っていたのだが。
島ではドアにカギなどかけないのだろうが、何ヵ月も留守にする時まで
開けっ放しておくものなのだろうか?
なにしろ年月が流れているから習慣が変わっていもおかしくはない。
いないに決まっているということもないのかも知れぬ。
失礼してドアを少し開け、首だけ入れて 「こんにちは!」 と言ってみたが返事はなかった。
その代わり、裏から猫が一匹出てきてにゃあにゃあ言ったが、
有用な情報は伝わってこなかった。
さあ、もうなんにもすることはない。
船着場に戻ると、ちょうど乗って来た船が今にも出港せんばかりの段階であった。
しかし走ってそれに飛び乗るほど帰りたくもなかったので見送った。
とは言えすることはない。
しかもこの日はずっと雨で、これ以上散歩したい気にもならない。
そもそも何もないので、今の15分ほどで歩ける範囲の散歩はし尽くしたのだ。
やっぱりさっきのに乗っても良かったかな、とも思うが、
まあ無為に海を眺め、島の空気をあと1時間分吸っておこう。
船着場の建物に入り、隅の1畳ほどのスペースしかない土産品コーナーで、
昔ここでさんざん一緒に潜り、今は陸に上がりっぱなしの仲間のために
土産品を買った。
それから念のためダイビングショップの主人にメールして、どこにいるか尋ねたら、
すぐに電話をくれて、自分はいないが妻の方が船着場にいるはずだ、と教えてくれた。
電話で話しながら自分の立っている場所からあたりを見回したが、それらしき人はいない。
そもそもシーズンオフの船着場には土産品コーナーのおばさんを含めて
3人しかいないので、探すも何もないような気がする。
筆者は先程からずっと船着場にいるのに、そんな人はいなかったし、
筆者を認識して声をかける人もなかったのである。
しかし電話の向こうの人は絶対の自信とともに
「おらへんはずない! もっかいその辺見てみい!!」
と言う。
この人は気が短いので既に早々に怒り気味である。
そんなこと言ったって…と言いかけたとき、突然目の前に妻の人を発見した。
渡し船の券売りの人だったのである。
筆者が島に着いたときからずっとそこに座っていたのは知っていたが、
渡し船券売り係をしているとは夢にも思わないから一度も顔は見なかった。
しかしそれがダイビングショップ夫妻の妻の方の人、Oさんだった。
Oさんは、「目を丸くしている人」の代表的標本のような顔で
座った位置から筆者を見上げた。
筆者は反射的に名を名乗ったが、筆者の名前がわからなかったわけではなかったらしい。
何の連絡もなく、こんな日本の端っこに、十数年も見なかった顔が十数年分老けて突然現れたら、
目が丸くなるのは道理かも知れぬ。
年月がOさんの髪を白くし、ほんの1秒ほど、
(ああ、この人でもやっぱり歳は取るのだ……!)
との感慨に打たれたが、顔をよく見たらほとんど何も変わっていなかった。
Oさんは、一瞬の間をおいて破顔し、
「あーーーっ!○○(筆者の苗字)!!!!あんた変わってへんなあー!!!」
と大騒ぎしてくれた。
いや、筆者は変わったと思うが、筆者がOさんについて経たと同じプロセスを
Oさんもまた筆者について行い、筆者の変わっていない部分に着目してくれたのかも知れぬ。
人影まばらな船着場で、筆者も大騒ぎした。
人間とは不思議だ。
自分がこの人にこれほど会いたかったということを、会うまで自覚していなかった。
(失礼して、またまた続くのだ)

