今日の特記事項 | zuzu's room ズーズーズルーム

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翻訳者が書く英語・日本語ブログ English/Japanese Blog
ごくたまに英会話レッスン! With Free English Lessons (Rarely)
                    

(一)

車の保険を更新したら、スマホとつながって普段は走ったルートや運転のエコ度を
教えてくれ、緊急時は小さな車載器のボタンを押すだけでオペレーターと繋がる
というアプリを無料でやるがどうするか?と聞かれたから試しにもらってスマホに
インストールしたら、べらぼうにバッテリーの減りが速くなり、いろいろと大変困る。
車に乗っていなくてもどんどん電気を食うのが本当にわからないヤツである。
第一、これでは緊急時にボタンは押せても、事態を伝えられるまでスマホがもつかどうか
分からない。


事故時に電話の代わりにボタンを押すことでどれ程助かるとも思えず、
今日走った道すじを反芻したくなる理由もないから、存在意義がさっぱり分からない
とは初めにも思ったのだが、新しいおもちゃとして試してみたくなったのだ。
しかし邪魔にまでなるとは思わなかった 。


黙ってアンインストールしたら怒られるかも知れないからとりあえず強制停止したら
せいせいした。


(二)

佐々木蔵之介の実家の造酒屋が作った清酒を、この正月、もらって飲んだ。
新聞紙にくるんであってラベルがない、偏屈な様子の酒だったが、美味しいと思った。
そんなに量ができるわけもないし、珍しいもののはずであるが、
先週近所の酒量販店に行ったら売っていた。
この酒屋は大分頑張る酒屋らしい。
佐々木酒造の酒のみならず、酒粕まで売っていたので、さっそく買って粕汁を作ったら、
土鍋に満杯の、サザエ一家でも食べきれまい、という量ができてしまった。
しめた、これで10日程晩ご飯作らないで済む、という喜びに、少しばかりウンザリ感が
混じる思いだ。


こんなに大量に作ってしまったのに、次の日から外食が続き、ほとんど減らないまま
5日目となった本日だから、今日こそどんぶりに2杯でも食べなければならなかったのに、
4日ほど前にダイエーにビーツが売っているのを見てボルシチが食べたくなり、
ビーツと牛肉を買ってしまった、その牛肉がまだ冷蔵庫にある。
これ以上は置いておけない気がするので、大量の粕汁の鍋の横でボルシチを作った。
しかし、本日ボルシチを作っているのは本日ボルシチが食べたいからではなく、牛肉が
ダメになるのを防ぐためであって、本日の自分が食べたいのは、

「サッポロ一番塩ラーメンにトマトとトリとキャベツを入れたヤツ」

であったので、粕汁の土鍋を床に下ろし、ボルシチを煮ている横でサッポロ一番塩ラーメンを
作り、それを夕餉とした。


自分の台所、自分の胃袋、自分の調理、自分で買った食材
ではあるものの、いくらなんでも勝手すぎると思った。


(三)

施設にいる母のところに昨日行ったのだが、忙しすぎて
ゆっくりしてやれなかったので、今日も行った。


昨日は母のアタマの調子が大変よくない日で、この世に救いはないものか、と嘆き中の
悲劇の狂女みたいな顔をして歩き回っており、私の顔を見ると

「ああ!あんたの顔が見れて、良かった・・・・!!」

と、それはもう地球滅亡の日、最後の最後に二度と会えないと思っていた娘に会えた
人のような劇的な様子で迎えてくれた。
これは何も珍しいことではなく、1ヵ月に1回か2回はあることなのだ。
私に会えて死ぬほど安堵してくれるのはうれしいし、
安全極まりないはずの場所にいながら我からそんな気分を作り、
生きるか死ぬかといった気持ちに追い込まれて彷徨せねばならぬことを気の毒にも
思うが、こうした母の様子を見るのはこちらもちょっとげっそりする。


持って行ったケーキを食べさせ、お茶を飲ませてほんの少し落ち着いたところで、
用意していた煎り大豆を手に持たせて、窓から2回だけ豆まきをした。

「鬼は外。」

で一度、

「福は内。」

で、また一度、弱々しく3粒か4粒ずつの豆を母は投げる。
私もそのようにして1度ずつ豆を投げた。

「さあ、これで厄払いできたよ。」

というと、母が初めて笑った。
帰ろうとすると、

「よかった、豆まきができて、楽しかった。」

と言った。
去年までは毎年庭で母娘で豆まきをしていたのだが、
今年はどうしようかなと思ったが、豆をもっていって本当に良かったと思った。

今日、行って声をかけると、座っていた母が満面の笑みを湛えて私を見上げた。
私の来訪をこれほどまでに喜んでくれる人間は、この人が死んだら
もうこの世にはいなくなってしまうだろう、という思いが心中にざあっと起こって
切なくなった。
それほどの笑顔だ。童女の笑顔であった。


カステラを食べさせながら、昨日の豆まきを覚えているか、と聞いたら、

「覚えてる!おもしろかった!!」

とはっきりと言った。
覚えていないことを覚えているふりをするときとは明らかに違い、ありありと
思い出しているのが分かった。
あの二投げの豆まきがどうしてそんなに強く心に残っているのか、
母の頭の中のことは分からないが、母はうれしそうに

「鬼は外!福は内!」

と繰り返した。
来年もできますように、と、私の中に心からの祈りが出た。


この母を、私は厭い、嫌い、憎み、その死をも悲しまぬのではないかと
つい一年ほど前まで信じていた。
いまでも生涯許せぬと思うことはある。
しかし、今日、自分を迎えた母の笑顔は、決して忘れることのない映像として、
この心に焼き付けられたことだろう。
恨みも憎しみも、もういいかな、と思えてきた。
不思議なことだ。