お疲れ様です。
どうでしたか、七草粥の具合は。
七草粥は1月7日の晩ごはんではなく朝ごはんに食べるのが正しいらしい
と言うことを数年前に知るまで、7日の夜スーパーに行っても
既に七草を買えないことが多いことをいぶかしく、また
腹立たしく感じていた筆者である。
それでも車に乗って3軒ほどスーパーのハシゴをすればなんとか買えるのだが、
苦労して買った七草が完膚なきまでにヨレヨレであることが常であった。
七草粥は1月7日の朝ごはんに食べるものだと気付いてからは
忘れずに6日のうちに七草を買っておき、7日には大騒ぎすることなく
ゆったりと七草粥の儀式を執り行えるようになったかというと、そんなことはなく、
どうしても7日になるまで七草粥のことは思い出さないものだから、
それまでと変わらず7日になってからスーパーのハシゴをし続けていた。
それが、今年は6日の夜に思い出すことに成功した。
しかし大分夜遅かったので、空いているスーパーが2軒しかなく、
うち1軒は既に売り切れという、結局まあまあ不手際なことになってしまった。
とはいえ2軒目で買えたので、自分にしては上首尾だったような気持ちで
アパートに向かって夜道を歩いていて気が付いた。
コメがない。
バカすぎである。
年末に全部炊いてしまって、あるのは炊飯器で保温中のもうちょっとカピカピの、
しかも玄米入りのしかないことを忘れていた。
こんなので七草粥をするわけにはゆかぬ。
仕方ないから結局7日になってからコメを買いに行くことになった。
そしたら七草も当たり前のような顔をして売られていたので、
前の晩に思い出して買ってきた意味が徹底的に否定されてしまった。
なんてどこまでもイマイチな奴なのだろうか筆者とは。
1月6日あたりからこんなことでは、後の359日が思いやられるというものだ。
それでもなんとかできた七草粥をサーモス®に入れてバアサンのところに
持って行った。
七草粥はいかにも施設の朝ごはんに出てきそうだが、
万一出てきていなければオヤツに食べさせようと思ったのだ。
クリスマスのことは念頭にも浮かばないで終わったりしてしまうが、
こういう縁起物は、やはり食べた方が良かろうと思ったりするという
和風な様相をときどき呈するのが筆者という人間なのだ。
なぜかは知らぬ。
施設入居者のバアサンたちが昼間を過ごす大部屋の定位置に
今日もウチのバアサンが俯いて座っていた。
この頃は常に俯いて座っており、眠っているのかと思って
下から顔を覗き込むと、目は空いているのでちょっとだけ怖い気がする。
今何をしているところだったのか、と問うと、
「ちょっと一息ついていた。」
と言う。
一息つくほどのどんな活動をしていたのかは謎である。
朝からずーっと一息つきっぱなしていたかも知れないし、
朝からずーっと徘徊し続けて、本当に今一息ついていたのかも知れぬ。
「七草粥食べた?」
と聞くと、食べていないという。
バアサンの言うことは何一つ鵜呑みに信じることはできないが、
七草粥ほどのイベント性ある食べ物を数時間前に食べたか食べていないか
ぐらいのことは、多分事実を言えると思うので、
どうもこの施設では七草粥などというものは出てこないらしいと分かった。
三が日に聴取したところによると、どうもお正月料理についても、
それらしいものが出てこなかったらしい。
刑務所でも元旦には雑煮その他の特別な食事が出ると聞くのに、
人が人生最後の数年を過ごす施設を運営しようとするときに、
こんなに潤いのない精神で良いのか、と思う。
それでも正月料理については、手の込んだものは出せぬというつもりかも知れぬ
と思うことにしていたが、七草粥ごときが出てこないというのは本当にわけがわからぬ。
話は逸れるが、筆者はこの施設が第1日目から非常に気に入らない。
そこで、夏ごろ東奔西走して、いろいろな施設に移転の可能性を打診した結果、
1軒だけが入所希望者としてウェイティングリストに載せてくれた。
だから、現在は空き待ち中なのだが、いつまで待てば空きが出るのかは誰にも分からない。
だが、たとえ引っ越して1日で死ぬことになったとしても、
バアサンをこの施設から出したいと思う。
この施設で人生を終えさせたくないからだ。
何がそんなに気に入らないかはまたそのうち書くかもしれないが、
書けば、それは後悔と糾弾に満ちた文章の集まりとなることが分かっているので、
なんとなく書きたくないし、読んで楽しくなる人もあまりいるまいと思う。
それでも自分の記録のために、いつかは書くかもしれぬ。
ただ、そうやっていろいろな施設を見て回った結果、明らかに言えることは、
今の施設以外の施設の中で最低ラインの施設ですら、今の施設よりは100倍良い
ということである。
それほどにここはロクでもないのだが、正月料理と七草粥の件で
評価はさらに下落した。
さて、七草粥が出てこない施設はどうかとは思うものの、
筆者が七草粥を持って来た意義は俄然出たわけなので、
さっそく木の匙と奈良漬をそえて供したら、
おいしいおいしいとよく食べてくれた。
帰って来て筆者も食べたが、本当になんだかいつもよりおいしかった。
思うに米が買いたてであったのが良かったのかも知れぬ。
つまり、今日まで米のことを忘れ切っていたのも、まあ悪くなかった
といえるので、結果オーライで大変結構であった。
こういうので結果オーライ、とか言ってニヤニヤしているようなことでは、
来年の七草粥もすんなりとはいかないかもしれぬ。