これは、先日、親戚に法事があって参列したときの諸事である。
この家担当の僧侶は、去年の一回忌では来るのをスッカリ忘れていて、
電話で呼び出され、20分ほど遅れてニヤニヤしながら登場されたのであるが
このたびの三回忌では、ニヤニヤしながら20分も早く来られたという自由人である。
去年の遅れと同じだけの時間を今年取り返して辻褄を合わせたつもりなのだとすれば、
ニヤニヤしながらも一応気にはされていたことになるが、よくわからない
挽回の方法ではある。
お上人に 「20分ほどそのへんで待っとれ。」 とはできれば言いたくないので、
施主が慌てて点呼をとったところ、なかなかないことだと思うが、参列者全員がすでに
到着していたため、20分早く法要を開始した。
このように世人が僧侶にはデフォルトで遠慮してしまうため、おそらく何十年もこの自由な調子で
やって来られたに違いない、というのは筆者の憶測であるが、おそらくその通りであろう。
筆者も早く始まって早く終わるのは歓迎ではあったから、今日のところは文句はないが、
この自由な勤務態度でBMWを買えてしまう僧侶が死んで極楽浄土に行き、万一であるが、
その一方で筆者が地獄行きであった場合には、お釈迦さんに言うことはあるのでそのつもりで
いて欲しい。
さて、この家だが、親戚には違いないのだが、筆者とは全く血のつながりがない。
というのが、この家は、元々の血族が戦前すでに死に絶えていたのを
養子や後妻や嫁といった他人同士があつまって続けてきた家であり、筆者は、
そうした養子の一人を輩出した家系の末に過ぎないからである。
つまり、この家で筆者と血がつながっていたのは、100年も前にこの家の養子になって、
40年も前に死んだ筆者の大伯父だけだ。
大伯父は僧侶を志して家を出、ある大本山に入山して修行していたところ、あろうことか門前の
松の木の下にあった小料理屋の看板娘、人呼んで 「松の下のお雪さん」 とフォーリンラブしてしまい、
僧侶になる気はさっさと失くして、看板娘の家の入り婿になった。
ところが、二人の間に子ができぬうちに、お雪さんは死んでしまった。
お雪さんが亡くなった朝、数名の村人が、お雪さんがこの家の門から外へ出ていくのを
目撃した、という話を、筆者は子供のころから何度も母に聞かされた。
お雪さんの魂がこの家の門から出て行ったときが、すなわちこの家の血の絶えた瞬間だったのだが、
養子である大伯父は、さらに養子をとって、その養子に嫁をもらって、家を存続させた。
そして生まれたのが現在の当主である。
ゆえに、この当主は理論上筆者の又従兄でありながら、実際には他人である。
他の法事の参列者たちも、みな苗字が違い、それぞれがバラバラの形でこの家とつながっていて、
それぞれの間に血縁関係はない。
考えるとまったくもって奇妙な話であるが、参列者の中で現在この家の系譜の最も古いところと
血族関係にあるのは、大伯父の養子の子である現在の当主ではなく、大伯父の実の大甥・大姪である
筆者の従兄と筆者なのである。
しかし、それとても、元々のこの家にとっては無関係の、よそから入った養子の系統であって、
といって、元々のこの家の血族は残っていないのであるから、奇妙奇天烈な気がする。
昭和までの日本では、そんなにまでして家を絶やさない努力をしたものらしい。
さて、20分早く始まった法要は20分早く終わり、従ってその後の食事も早く始まって早く終わり、
とっとと帰ることになった。
上述のような状況なので、話がはずむというわけでなく、終わったら帰るのみである。
筆者は従兄とともに帰路に就いた。
この日は気温の低さに反して非常に日差しが強く、歩き出すなり筆者はサングラスを着用した。
サングラスと言えば、不思議で仕方のないことがある。
日本人のサングラス着用率が非常に低いのは、なぜなのだろうか?
眩しいのをガマンするのは目に良くなく、白内障の発症率がアップしてしまう。
それとも辛いほどの眩しさを感じる人が日本人には少ないのだろうか?
筆者はものすごい眩しがりとして生を受け、さらに乱視を発症してどんどんと劇症眩しがりになったゆえ、
冬でもサングラスが手放せぬ。
室内ですら、日当たりの良い部屋で何か読んだりパソコンを操作する場合にはサングラスONである。
ブラインドもおろしても、透けてくる光すら目に刺さる。
だから筆者のサングラスは完全に実用品であって伊達ではない。
にもかかわらず、ある会社の社員であったとき、サングラスをかけて出社したら、総務のオッサンが
ワンフロアを借り切った大きな事務室の一番向こうから迷いなくツカツカと歩いてきて筆者は怒られ、
さらに客先にサングラスをかけていくことも禁じられた。
これは20年も前のことであるので、商習慣の中でそういった料簡の狭さが一般的であったかも
しれないが、もし最近でもそういうことがあるなら、いわば白内障予防医療器具の使用を禁じている
ことになり、雇用主の労働者の安全衛生を確保する立場上、問題である。
とはいうものの、これほどにサングラス着用率が低いと、なかなかサングラスの地位向上は進まない
かもしれぬ。
ところで、ごく最近、筆者は極道としか思えぬサングラスを買ってしまい 、
これをかけている間は周りから畏れられる存在となっているのである。
たとえば、本日も極道サングラスをかけて後輩女子とのランチに出かけた筆者であるが、その際、
この後輩に、
「センパイ、そそそ、そこから何出そうとしてるんですか! やめてください!!!」
と、言われた。
ものを取り出そうと、持っていたクラッチバッグのフタを開けようとした時のことである。
ピストルっ!? というような恐れを抱いたらしい。愉快な女だ。
このサングラスについては、実用面に加えて伊達面も大きいことを認めよう。
52にもなって、こんな連想を呼ぶような買い物をして大人げなかったかな、と思わないでもないのだが、
慣れてくるとナカナカ似合っているような気もする。
しかし、さすがにこの日は法要であり、衣装は黒ずくめでもあるし、あまりイカツイ状態で道程を行くのも
はばかられたので、極道でない方のサングラスをチョイスした。
話はそれたが、とにかく従兄と歩き始めて大分たってから、何かの話のはずみではじめて従兄の顔を
見上げたら、この男が筆者の極道サングラスとほぼ全く同じデザインのレイバンをかけていた。
しかも、なめし革のハーフコートを着て、あとは黒ずくめである。
どこから見ても怖くないヒトには見えにくく、よく職質されないな、という状態であった。
「こないだ大体この格好で歩いてた時、カップルに”写真撮ってもらえますか?”って
言われてん。コイツら根性あんな!こんなヤツに写真頼むか?!思たワ。」
などと面白ゲに話し、自分の危険なルックスは十分に自覚している様子であった。
この男は、これで職業が、こともあろうに小児科医である。
メリケンサックをはめた豆腐屋、黒ハマーからイエス・キリスト、ゴスロリアルプスの少女ハイジ、
5つ星ホテルのバイキングにマハトマ・ガンジー、のような本質的間違いを見ている気がする。
58近くもなってこんな大人げないナリでその辺を歩いているなんてコイツってヤツあ・・・・
と思ったところで、「オマエもな。」 ともう一人の自分に言われてしまった筆者だ。
筆者は生まれてこのかたこの従兄と自分に似ているところがあるとは
一度も思ったことがなかったが
1.ちょっとでもまぶしかったらサングラス装着
2.サングラスの好み
3.還暦も遠くないのにまだイチビる
というニッチ遺伝子に一致が見られるかも知れぬ、
と客観的分析をした。