性的マイノリティについて、正しく認識したいと思うが、
たぶんできていないと思う。
バカにしたり差別したりする気持ちは毛頭ないし、
頭では理解をしているつもりでもある。
だが、実際問題として、周りに実例がないので、
実践力がゼロなのだ。
同僚だったことのあるオーストラリア人1名がバイセクシャル、
カナダ人1名がゲイだったのだが、いずれも日本を離れてから
カミングアウトしたのを又聞きしたので、どうしようもない。
同じく同僚だったカナダ人にバイのおねえさんがいたが、
この人とはほとんど交流がなかった。
ただ一度、コピーを取っているときに、このお姉さんに後ろから
お尻を触られたのが怖かった。
これが男性だったらゲイだろうがバイだろうが痴漢行為に決定
なのだが、女性だから黙っていたが、よく考えたら
ゲイ男性に触られたよりダメなのではなかろうか、
と今は思う。
頭の理解とはまた別の問題もある。
男同士、女同士で性的な行為をする、ということに、やはりちょっと嫌悪感がある。
もちろん反対はしないが、映画やドラマでそういうシーンが出てくると、
出てこなければよいのに、と思う。
筆者はそもそも男女の性行為についても、不必要な描写には嫌悪感があるのだ。
えっちをした、ということさえ推察できるように演出してあればよいものを、
なんで実際のところまで描く?!と思うし、観たくない。
さて、Eyewitness目撃者というアメリカのドラマがあって、
先月ケーブルで始まったから見ているのだが、殺人を目撃してしまった
少年らが恋人同士なのだ。
少年だからただでさえ発情しているので、しょっちゅうそういう場面が
出てきて、筆者は例によって困っていた。
困っていたが、話がおもしろいからそういうところを早送りにしたりして
ここまで5,6話にわたって観てきたのであるが、
この恋人同士の少年AとBのうちAの方が、苦労人であって、そのためか
人格がしっかりしており、だんだん筆者はこのAに好意を持つようになった。
で、少年Bであるが、コイツが根性ゼロな上にゲイであることを隠しているものだから、
学校ではAをみんなと一緒にいじめるし、ウソをついてはAを傷つけるし、
でも二人きりになると 「あんなことしてごめん、でも好き。」 みたいなことを言って
Aを繋ぎ留めるので、曲がったことの大嫌いな筆者は大変にハラが立つ。
本日も録りためた2話を連続で観たのだが、Bがシャレにならないウソで
筆者の大事なAを絶体絶命の窮地に陥れた。
にもかかわらず、Bのことを好きでいつづけるAなのだ。
思い余った筆者は知らず知らずわめいていた:
「なんでやねん!!とっととそんなヤツ捨ててもっとええ男見つけんかい!!」
そしてハッとした。
少年に「もっといい男を」とか言っている自分に。
2話連続で観たものだから、さらに話は進んで、Bはだいぶん改心し、
ウソをついていたことを周りに認め、Aとの逢瀬を心から楽しむに至って、
筆者も心からヨカッタと思ったところで、気が付いた。
AアンドBの逢瀬がすでに筆者にとって嫌悪の対象でなくなっているではないことか。
単なるドラマではあるものの、ゲイ愛が真面目に描いてあることによって
筆者のゲイ啓発につながったかもしれない。
正しい方法かどうか知らないが、エチケット講習とかで説明されて
わかるようなものではないので、こういうのもアリではないかと思った次第である。