祭と老母 Festival and My Old Mom | zuzu's room ズーズーズルーム

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昨日は大阪・道修町の少彦名神社のお祭り日だった。

筆者は、この祭に、道修町で働いていた二十数年前から

毎年欠かさず行っている。

十数年前に母親を連れて行くと、祭好きの母の大お気に入り年間行事となったが、

特にボケてからはこの祭への期待が、それはそれはもううっとおしいほどハンパない。



認知症と祭重視の関連性は、なかなかシロウトには分かるまいから

説明しよう:


元々祭、超楽しみ→ぼける→余程のことしか覚えていられない→

超楽しみな祭は覚えていられる→もっとぼける→生活に楽しみゼロ→

超楽しみな祭の楽しみ度、超アップ


というわけだが、さらに


さらにボケる→時間の感覚ゼロ→祭の日が近づく→

超楽しみな祭がすぐそこに迫っている感に常時さいなまれる


から


→もっとぼける→心の容量が劇的にちょっとになる→

祭が近づくと超楽しみな祭イッポンで頭脳満タン&すぐそこに迫っている感に常時さいなまれる


ということになって、こっちは祭のことを話題にするのも若干しんどいぐらいになる。

ウッカリ何日も前から 「こんどの木曜日はお祭りよ。」 などと予告してしまうと

そこから毎日5回も6回も 「お祭りは何時から行くのか。」 との問い合わせが殺到し、

筆者は対応に大わらわとなるのだ。



ゆえに、最近は当日まで告げない。



昨日は半テツで3時間ほど寝た後、さらに朝から仕事をして、

顔を洗って化粧をして、朝ごはんも食べずに家を飛び出し、

施設に行ってバアサンの


「〇子!!よく来てくれた!おかしいの!!ここは本当におかしいの!!

今日は昼ごはんのことを忘れてるみたいで、どんなに待っても出てこないの!!」


とかいうタワ言を11:15から聞かされながら服を脱がせ、外出着を着せ、

靴を履かせて車に乗せて高速道路に乗って道修町に着いたら

コインパーキングというコインパーキングが 「満」 だったから、

その辺を半時間もグルグル周って4ブロックも南でやっと1台分の空きを見つけ、

(数々の困難については中略)

「もうしんどい。」 とバアサンが泣き言を言うのを励まし励ましやっと道修町について

腹ヘリ限界のバアサンのためにとりあえずオムそばを買いに走り、

なんとか座れるビルの出っ張りに座らせて、食べやすいようオムそばをほぐして与えたら、

こぼすのなんのって路面がそばだらけになるし、袖口にマヨネーズとケチャップがベットリついたので

(中略)

バアサンの袖についてソースをあらかた拭いて、袖をたくし上げてこれ以上汚れないようにし、

その過程でなぜか自分のまだ2回しか着ていないコートのそでにもソースがついてしまうという

2次災害も起こったからそちらも拭いて、そばをまた母に与え、

(中略)

食べガラをゴミ箱まで捨てに行き、水を買ってティッシュを濡らしてケチャップでネチネチになった

バアサンの手や口を拭いて、鼻汁が垂れるのは新しい乾いたティッシュで拭いてやり、

また新しいティッシュを濡らして先ほど汚れた袖口を拭き、路面に散らばったソバを

一つ一つ拾ってきれいにし・・・



小さな子供がいる親なら分かると思うが、こういうのに文句を言っても仕方がないし、

こんなのを文句に思っていては、とてもバアサンとは付き合えない。

だからやらねば仕方ないことをしていただけで、腹も立っていなかったのだが、

突然バアサンが独り言のように言ったのだ。



しゃがんでバアサンの食べこぼしを掃除する下向きの筆者の後頭部に向かって:


「あんたを見て思い出すのは、〇〇おばさんのことや。おばさんがおじさんの

汚したところをきれいにしたげはるときのおばさんの

あの癇性な感じがあんたと一緒。」


と言ったのだ。



要するに、

「あーあ、そんな必死で掃除して、アンタってなんでそうケッペキでヒステリなんやろ、

まるであのケッペキでヒステリの〇〇おばさん。」

ということである。



とにかくこの母にとって筆者という娘は終始一貫出来損ないなのであって、

筆者は子供の頃から大分大人になるまでコイツから何度か

「あんたのような出来損ないを作ったのは私やねんから、

私にはがまんする責任はあるからガマンしてやる。」

と言われたこともある。



だが、この1、2年はさすがに筆者の重要性が増したためか、

有難い娘だというようなことをよく口にするようになり、

ムスメ出来損ない説は捨て去ったかに見えていたのだが、

やはり根源的に筆者はこの母にとってバカにすべき存在なのだ。



一般的には、このぐらいでここまでの感想を直ちに持たなくても良さそうなものだが、

そうなってしまう歴史がこの母娘にはある。



ゆえに、

オマエもティッシュで摘まんでゴミ箱に捨てたろかクソババア。

と思わされた。



こういうのにつべこべ言わないほど筆者は人間ができていないし、

先ほど説明したように、歴史があるので、ちょっと文句を言ったが、

「?? なんや知らんけどごめん。」

と超絶かるーく流された。

こっちの文句の内容を理解することはできないのである。

気は済まないが、「分からない」 というのは最強の盾である。反撃は徒労でしかない。

だから、また手をつないで、祭の続きである。

フライドポテトやらたい焼きやらを食べさせてやって、

焼きぎんなんを剥いて与え、垂れてきたハナを拭き・・・。



肝心の神社は参拝客の列が100メートルぐらいあったので、

外から拝むにとどめたが、母は

 「あー良かった、拝めた。」

と言っていた。筆者も別にゼンゼンそれでいい。

あんな長い列に参加しないともらえないご利益など、もらえなくてよしだ。

と言いつつ、つい

「今度また会社の帰りに来ますんで。」

というしないでいい約束をカミサマ相手にしてしまった。

後悔先に立たず。これは守らねばなるまい。



締めくくりはカフェに入って温かいココアを飲ませて施設まで帰って来て、

また服を着替えさせて帰ろうとしたら、

「今日はありがとう、楽しかった。また来年も行こうね。」

とのことであった。



まったくしゃあねえなもう。

アタシもやっぱりちょっとは楽しかったよクソババア。