21号後記 | zuzu's room ズーズーズルーム

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とんでもない21号のせいで恐ろしい一夜をすごしたが、

明けておそるおそる見に行った実家が、

無傷で立っていた。



無傷といっても、そもそも満身創痍のボロボロなので、

ボロボロだったが、台風の被害にはあっていなかった。

このボロボロの体で、よく耐えてくれたと思うと

荒れ狂う猛烈な風の中、揺らされながら頑張る築52年の

けなげな姿を思い、忘れていた実家への愛情が湧き起こった。



月曜日は出勤日なので、家の安全を確認して駅へ向かう。

着いたらホームに人がワンサカいた。

筆者は9:30出勤なので、普段は1ドアにつき2、3人が待っているだけなのに、

この日は7,8人ずつ立っている。

ここより少し南を走るJRに不具合があるものと推察した。

大阪へ向かうこの電車は、前半分が混み、後ろは空いているので、後ろへ移動し、

なんとか座れるかな・・・と思っているところに電車が入ってきて、

淡い期待がたちまちかき消された。

すでにイッパイ乗客が立っていたからである。



仕方ないからただちにポジティブシンキングを実行だ:


「雨続きによる劇的運動不足を立位通勤で解消!!」


このぐらいで解消できるはずもないほどの運動不足続きであったが、

座っているよりはよかろう。



電車も地下鉄も順調に進行し、いつも通りの時間に出勤した。

しかし、出勤したら裏返して青から白に変えるネームカードの貼ってある

ホワイトボードのウラに座る総務のN藤と台風談義をしすぎ、

席についたときにはこの筆者、課の人から見て遅刻状態になっていた。

N藤は話し出したら止まらないので、これから台風のようなイベントのあった

翌日は、もっと気付かれないように体を低くしてホワイトボードに近づき、

音を立てずにネームカードをウラ返し、忍法無言足早の術にて立ち去る方が良いかもしれぬ。



座って気づいたが、まわりは21号の余波によって会社に着けない社員だらけであった。

それから当たり前に仕事をして、終業の近くなった頃、社員に 「できました」 と報告し、

しばらく打ち合わせをしてパソコンをシャットダウンする間際、

あそうそう、できたファイルをデスクトップからネットワークに移しておかなければ、

と思いつき、誤ってネットワーク上の古いファイルをデスクトップ上の新しいファイルの上に

上書きしてしまった。



それで、その日の仕事はパーとなった。



信じられぬ失態である。

社会人になって30年間でやらかした仕事上の失態のうち、5本のユビに入るかもしれぬ失態である。

筆者はイヤなことはどんどん忘れるので、もしかしたら第20位ぐらいかもしれないが、

覚えている限りでは5本のユビに入る感じである。

こういうとき誰もがやるように、筆者も2分ほど、

いやいや。いやいやいや。いやいや、そんなワケないって。」 

などと思いながら、実はそんなワケなのを知っていながら強いて否定しながら、

フォルダを更新したりゴミ箱を探したりしたが、間違いなくその日の仕事はパーであった。

ついさっき 「できました!」 と報告した社員に、

「あれ全部なくなりました。」


と報告だ。

彼は怒らず慰めてまでくれたが、わが身が情けない。

意気消沈する筆者を隣のお兄さんのようなおじさんのような社員まで

「ボクもやったことあります。」

などと慰めてくれたが、成果報酬制の社員と違ってこの筆者は時給だから

申し訳ない度が違うのだ。

なにしろ、やり直すとまたその分の時給をもらえてしまう。

すんまへん・・・



他の人はどうか知らないが、筆者は申し訳な度が上昇するにつれ

謝罪の言葉が 「あごみーん」 から 「すみません」 へと変化して、さらに

「申し訳ありません」 を経由して、最上級になるとなぜか返って


「すんまへん」


になる。

もちろん言ってはいけないのは知っているから口には出さないが、

アタマの中は

「すんまへん」

で一杯になりながら帰ってきた。



と書きながら考えた。

なぜ 「すんまへん」 がいけないのだろうか。

ここは関西、職場のあるのは元、船場と呼ばれた

大阪商人のド・メッカである。

「すんまへん」 「えらいすんまへん」

が謝罪の言葉としてあたりまえだったはずなのに、

なぜ、いつから 「すんまへん」 はいけなくなったのだろうか。



などと、今も情けなさを紛らわすため余計な疑問を抱く筆者である。



電車に乗ってわが駅に着き、すんまへん・・・とトボトボ歩き出すと、

南方向の少し離れたところから右の耳に太鼓と鉦の音が入ってきた。

そうだ!!

今日はムラの秋祭りだった!

俄然出てきた元気によって音のする方へ急ぐ。

台風接近中は開催を危ぶんでいたが、無事にやっている!

姿は見えないが、音はどんどん大きくはっきりしてきた。

そして、見えた!!

こじんまりしたいつものあのだんじりが!!!

なんて、なんて明るいのだろうか。

アレもコレも吹き飛ぶ景気の良さである。



筆者は昼見るだんじりより夜見るだんじりが倍も好きだ。

濃い藍色の空をバックに、赤いちょうちんと赤地に金の竜虎の刺繍で

飾られた小さなウチのだんじりだ。

それを村名の染め抜かれた法被を着た若衆が押し、引っ張る。

中で太鼓と鉦を叩くのと、屋根に乗るのも若衆だ。

青年会の年長者は先導、指導、後方警備を担当する。

このおっさんやらじいさんやらが、昼間見るより3倍ぐらい男くさくて

かっこいいのがいつも不思議だ。

これが法被と鉢巻きの力なのなら、男は年がら年じゅう

法被・鉢巻きで生活したらどうだろう。

かっこいいので女もほうっておけず、未婚率が下がって

少子化にストップがかかるのではなかろうか。

この筆者だって、法被のおっさんとなら、法被のおっさんとなら・・・

法被のおっさんの方がジーパンの筆者をどう思うか知らないが。



この村のだんじり祭は、一時曳き手も資金もなくなって絶えかけていたのを

どうやったかしらないが、再活性化し、だんじり本体に修理どころかグレードアップまで

行なって、この十数年ですっかり立て直したのである。

直接曳行に関わる青年団だけでなく、ついて歩く関係者の数も

20年前の5倍くらいに増えた。

大阪近郊のベッドタウンとして急激に人口が増えたことは大きいだろう。

若い青年団員が増え、曳き手となるのみならず、その子供がついて歩き、

妻たちは村の婆さんたちの後を継いで炊き出しをする。

よそ者を祭に引きこもうと思え、実行できたところが

おっさんらのえらいところである。



筆者は村に隣接した古いニュータウンの住人であって村民ではなく、

また、村に引っ越してきた新住人でもないのでどう参加してよいか分からなくて

参加できないのだが、この神社の賽銭箱に、普段入れないような高額賽銭を入れることで

ひそかに参加しているつもりになっている。

今年は「すんまへん」のところ、絶好のタイミングであった。

本日は宮入りを見物する予定だ。