バアサン簡単に喜ぶ。 My Old Mom Became Happy Very Easily | zuzu's room ズーズーズルーム

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昨日、久しぶりにウチのバアサンに

お昼ごはんを作って食べさせようと思い、

施設に外出届を出してアパートに連れてきた。



2階建ての筆者のアパートには当然ながら

エレベーターがないので、2階の筆者宅までは急な階段を

上らねばならない。

9年前、ここに引っ越してきたころは、バアサン一人で難なく上れていた階段だが、

ここ数年は登山同様の覚悟で臨まねばならなくなった。

来年の今頃は、どんなに覚悟をしても上れなくなっているかもしれないが、

この度は頑張って上りきることができた。



手をつないで一段一段、転ばないよう気を配り、声をかけながらサポートしていると、

小さな子を持った親の感じが味わえて、悪くはない。

こうしていると、幼い日々に、高い所から降りるのを怖がる筆者に父が

「大丈夫だから、下りてらっしゃい!」

と言って手を広げて待ってくれた光景や、

「パパのところまで泳いで来なさい!」

と言われて泣きながら泳いで父のところにたどり着いた日本海の

死ぬほどの思いなどを思い出すのだ。

母からこのテのサポートを受けた覚えが皆無なのは、母が冒険をせず、またさせない

人だったからだろう。

その母を相手に、自分の決死の心情を思い出すのは、母にとって

この世の当たり前の階段や道などを行くことが、冒険に他ならない様子だからなのだ。

若い時ですら冒険しない人だったのに、後期高齢になってから

通常の暮らしが冒険だらけになってしまったのは大変なことに違いない。


さて、メニューはシンプルだ。

特別に腕をふるった料理を食べさせたいのではなく、

バアサンの好きな当たり前の料理であって、しかし施設では絶対に出てこないものを

食べさせるのが今回の目的だったのである。

バアサンが好きなのに施設では出てこない当たり前の食べ物にも

いろいろあるが、この度は:


 おにぎり

 牛肉の醤油炒め

 山形のだし


がメインである。

ここに、いかにも施設でも出てきそうだが、バアサンの大好物だから


 ポテサラ


を添え、縮んだバアサンの胃に余力がある場合のために


 ラタトゥイユ温泉卵のせ


の用意もあったが、やはりここに至るまでにお腹一杯になったので、

これは出さずじまいであった。



ところで、中年に入った頃からいろいろとアレルギー的に食べられなくなったものが

ある筆者であるが、イチバン最近食べられないことが判明した食品が

大麦である。

25年ほど前から麦茶を飲むとなんかヘンになってきたのであるが、

麦茶以外に大麦が使われた食品があまり存在しないため、

気にしていなかったところ、今年の1月頃に、

「体に良さそー。」

と思って買った大麦若葉青汁で、大変に体の具合が悪くなり、

この夏、ウッカリ大麦入り雑穀をごはんに混ぜて炊いたら

お腹がパンパンに膨れて1日半ほど不愉快極まりない状態になった。

このミックス雑穀は新品ではなく、半年ほど前に購入して少しずつ使っていたので、

最初の方は食べられないほどのアレルギー反応が出ていなかったものと思われ、

つまり、最終段階にはほんのここ2ヶ月ほどで達したらしい。

麦茶でうっすら気づき、大麦若葉青汁を経て、大麦入り雑穀ミックスに至ったところで、

はっきりと 「私は大麦がダメな女」 という結論が出た。

麦茶と大麦若葉青汁はどうでもいいが、

大麦入り雑穀がNGとなると、成分を確かめられない外食では

雑穀ごはんは食べられないことになるので残念である。

麦ごはんもこないだまで食べてなんともなかったが、

麦ごはんには大麦入りのと裸麦入りのがあるらしく、もしかすると裸麦入りのは

食べられるのだろうか。

一度調子のいい日に確かめねばならぬ。



筆者は何ごはんであってもいつも4合炊くので、この雑穀ごはんも4合炊き、

茶碗1杯食べた時点で正式に大麦アレルギー持ちであることを自覚したというわけで、

ほぼ丸ママ残った4合の雑穀ごはんを前にしばし呆然としたのち、

おにぎり化して、何かの時にダレかに食べさそう、と冷凍保存していたのである。



冷凍庫から出してチンした雑穀ごはんおにぎりの美味しそうなことったら、

ツヤツヤとして、餅キビのおかげておこわのようにネッチリとして、

それを韓国のりであまねく包むと、アレルギーを忘れて思わず齧りつきたくなるほどであった。

歯が悪いバアサンにはネッチリしすぎかな、と心配したが、

「こんなおいしいおにぎり初めて食べた。」

そうである。



牛肉醤油炒めは、料理が決して得意でなかったバアサンが

経済の許す限りの範囲においてしょっちゅう作っていたわが家の定番メニューであり、

自身の大好物でもあった。

牛肉の薄切りを醤油とみりんだけでサッと炒めるだけのものなので、

簡単すぎてレストランでも施設でも絶対に出てこない。

筆者は脂身の多い牛肉は苦手なので、牛は、食べるとしてもオーストラリアの赤身ばっかりであるが、

内臓ゲキつよバアサンは脂身がダイスキだし、安物の牛はバアサンには噛み切れないので、

ちょっとだけ高い和牛を買った。

そしたら

「こんなにおいしいお肉、初めて食べた。」

とのことであった。

始めは、自分では買わない値段の肉だったので、ふむふむ、とか思っていたが、

あまりにも一口食べるごとに

「こんな良い肉を食べられるなんて、本当にありがとう、〇子。」

だの

「良いお肉というものは、こんなにもおいしいものなのだということを、今日初めて知った。」

だの口を極めてほめちぎるので、だんだんと恥ずかしくなった。

確かに自分では買わない値段の肉ではあるが、ダイエーで買った100グラム500円の肉なのである。

あと、

「良いお肉というものは、これほどに、噛めば噛むほど甘味が出てくるものなのね。」

という感想については、思わず

「ソラみりんやがな。」

って言ってしまった。

黙って甘い肉だと思わせておく方が親切だったのかどうか、筆者には分からない。



山形のだしは、噂のケンミンショーで紹介されるなり

ほぼ一夜にして筆者の徒歩圏内のスーパー8軒中4軒で売られるようになり、

バアサンの大好物となったものである。

毎日食べていたのに、施設に入所してからは全く食べられなくなったのが

不憫で、この日のメニューに選んだのであるが、

食べたバアサンの感想は:

「こんなおいしいもの、初めて食べた。」

というものであった。

大好物であったことはキレイサッパリ忘れたらしい。

もちろん、それほどに美味しいなら食べさせて良かったのではあるが、

バアサン、山形のだしのことをどんなに恋しがっているだろう、とかいって

不憫がっていたのは杞憂であった。

そう思うとバカバカしいと同時に心が軽くなった。



ポテサラはめんどくさいから成城石井ので済ませたが、

これは黙って食べていた。

だしは自分では絶対に作らないからいいが、

作れるけど作らず買ってきたポテサラを

「こんなおいしいポテサラ、初めて・・・!!」

などと言われていたら、勝手ながらなんとなくイヤなので、良かった。



食後にお彼岸のお供えのお下がりである梨を与えた。

お彼岸仕様で1つずつ包んで割高になって売られていたが、

品質も悪くなかったと見え、みずみずしくて甘くてなかなかの味であった。

バアサンは、案の定

「こんなに甘い梨、初めて食べた。」

と感動していた。

もちろん、実際にはソレほどではなかったことは、言うまでもない。



認知症が進むとともに言語能力もとみに落ちてきたバアサンなので、

「こんなにおいしいのは初めて」

以外の誉め言葉を思い付かくなっているのかもしれないが、

こんな簡単メニューで、そんなにうれしかったのなら良かった。



でも確かに、当たり前の家庭料理が結局一番おいしいのかもしれない。

そして、それを家族と食べられることが最高の調味料なのかもしれない。

バアサンが死んだら、筆者が家でこのようなしょーもないものを

誰かと一緒に食べることは絶対になくなってしまう。

自分で選んだ道ではあるが、それは寂しいことに違いない。

喜ぶバアサンを見ながらなんとなくそう思った。