お疲れ様です。
施設に入った超ボケボケ我が母(86)が、先日めずらしくご機嫌な声で
電話をしてきて、
「今日ね、宝塚に歌劇を見に行ってね、」
という。
もちろんあり得ないが、バアサンの認知症と付き合うこと13年ともなると
もはや驚きもせずナニゲに 「ふーん、それで?」 と相づちを打つ。
本当のところ、週2回の出勤日なので、まともな相手なら
後程かけ直しの術を用いねばならぬところであるが、
相手は施設に入ったのであるから、電話の相手位はしてやらないといけない。
「そのあとお寿司食べて帰ってきたの。」
起きながらどんな夢を見ているのか知らないが、
こんなゴキゲンなのは珍しいのだから、ムードを損ねないよう話を
合わせるのが良いのだ。
「あら~、良かったねえ~!」
というと
「うん、すごくいいことしたの。」
”いいことした” というのは上方の言葉なのだろうか、
おそらく標準語ではないと思うのだが、よくわからない。
”楽しい思いをした” という意味なのであるが、上方弁にしても標準語にしても
若い人は使わない、絶滅危惧フレーズではないかと思う。
つまり大変楽しく過ごしました、ということである。
なんという良い白昼夢だろうか。カミサマありがとう。
こないだのミサイルの時は「神も仏もいたもんじゃねー」とか思って
ま、ちったァ悪かったよ。
良かったが、長電話はしていられない。
「じゃあ疲れたやろからちょっとお昼寝でもしたら?」
「うん、でもあんたが来てくれたら一番うれしいけど・・・」
カワイイことを言う。
母とは子供のころからゼンゼンうまく行っていなかった娘であるが、
正直なところ、こう言われたときは昔飼っていた猫が後ろ足で洗濯機の上に
立って両手を筆者の方に伸ばして 「ダッコして」 をやった時と
同じぐらいの気持ちになった。
しかし、今日は出勤日なのだからこれは無理な注文である。
かわいそうだが、
「今日は行かれへんわ~。ごめんね。」
といったが、それほどムードは壊れなかったと見え、
「そう、そしたら、明日ね。」
と言ったので、「うん、明日ね。」 と言っておく。
締め切りに追われて明日も行けるかどうかあやしいが、筆者のこの返事がバアサンの頭に
残るのはどんなに長くても50秒ぐらいなのだから、
刹那刹那で色よい返事をしていればよい。
それはそうと、そろそろ仕事に戻らねばならんのだが、
バアサンは話が終わってから切るまでが長い。
バアサン 「じゃあ、明日ね。」
筆者 「うんうん。明日ね。」
バ 「明日まで元気でね。」
筆 「はいはい、あなたもね。」
バ 「明日は何曜日?」
筆 「明日は、えーと、火曜日。」
バ 「そしたら今日は何曜日?」
筆 「エ、それはちょっと自分で考えてごらん。」
バ 「昨日は・・・日曜日、明日は・・・水曜日、だから今日は」
筆 「あ、はいはい、もういいわ。今日は月曜日。そしたら明日またね。」
ホラな、ゼンゼン切れないのだ。
バ 「うん、そしたら、私は今から帰ります。」
筆 「エ・・・」
確かさっきスシ食って帰ってきたところだと・・・。
こういうのにまで”帰ってらっしゃい”とか言って話を合わせていると、
周りの人が困るかもしれない。
ちょっとクジいておかないといけないのだが、
機嫌のよい日はカンタンだ。
筆 「その前に、ちょっとお昼寝した方がいいよ。」
どう出るか!?
バ 「うん、そしたらお昼寝します。」
フ、ホラな。
筆 「じゃあおやすみ。」
バ 「おやすみ、ありがとう、電話してきてくれて。」
電話してきたのはアンタだが、そんなことを言って混乱させるほど
シロウトではない。
ここはありがたがられてやっておくのだ。
筆 「いえいえ、どういたしまして。良い夢を見てね。」
バ 「うん、あんたもね。」
職場でいい夢見たりした日にはクビであるが、まあいい。
筆 「はいはい、ありがとう。」
バ 「ありがとう。これは、こうやって切るの?ここを、どこを、やって切るの・・・?」
後半の”電話切り方質問”は介護職員に対するものである。
筆者の方はとっとと終了ボタンにタッチしたが、
向こうで切るのはまだしばらくかかりそうだ。
以上は、バアサンがこんな平和なボケをカマすのは
珍しいことなので、後々のおもひでのために書いたものである。