新しいの、出ました。 New One Has Come. | zuzu's room ズーズーズルーム

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ごくたまに英会話レッスン! With Free English Lessons (Rarely)
                    


先日、仕事から帰って来てさらに仕事をし、

やっと晩ごはんを、と思っているところに

電話がかかって来た。



夜の11時を過ぎていた。

出ると筆者の知人にはいないほどに落ち着きかえった男性の声が

T市警察です、と告げてきた。



隣の隣の隣の市ではあるが、筆者にとって、

T市はまんざらヨソの市というわけではない。

筆者の親は二人とも結婚当時は大阪府T市の市民であり、

両親の結婚後、父は、母の両親が建てた家に、マスオさんとなって住み込んだ。

そこで生まれた筆者もまた、T市民として人生をスタートさせたのだ。



なんだろうか、もしかして大金でも忘れ物したのが

出てきたのだろうか、いや大金忘れてないし。

じゃ、もと父の家があったところから大判小判が掘り起こされ、

唯一の権利者としてとうとうこの筆者が探し当てられたのでは・・・!

などと、欲深く調子のよい想像なら1秒もたたないうちに2コも思い付く筆者

であったが、その警察の人が母の名前を述べ、


「・・・は、お母さんでしょうか?」


と言ったとき、全てを理解した筆者の心にたちまちのうちに

暗雲が立ち込めるのだった。

勝手に億万長者の夢を描いた直後であるだけに、

よけいに痛手が大きくなった気がする。

つまり、バアサンを保護しているので取りに来いとのことである。



初の本格徘徊である。



なんとなく徘徊っぽいかもしれぬ、と思わせる行動ならば

この半年ほどの間に何度かあったのであるが、

あれらの行動は、やはり本格徘徊の前触れだったと見える。



慌てて取りに行く。

筆者は一人っ子であるので、こういうときもああいうときも

すべて一人である。

それが当たり前であるから、普段は平気なのだが、

この夜はちょっと平常心を保つことが難しく、

いつも可愛がっているぬいぐるみを膝に、車を走らせた。



子供のようなと、笑いたければ笑え。

しかしぬいぐるみごときが心の支えになるならば、

それでいいではないかと筆者は思う。

支えてくれていると信じるそのぬいぐるみの持つ支える力は、

実際には筆者自身の精神が作り出しているのであるから、

本当のところ、筆者は自分で自分を支えているだけなのだ。

これを大人と言わずしてなんと言う。



というわけで、

ウェルシュコーギー、ナゾの犬、こざる、筆者を載せた車が

T市の或る交番に到着したのは12時少し前であった。

車を降りると、交番のガラス窓から老母の姿が見えた。

乱れた髪に夏の半袖半ズボンのパジャマ。

張り詰めた表情、見開かれた目――。

それは、狂人の姿であった。



母は女学校一の美女として、近隣の男子生徒たちの

憧れのマドンナだったこともある女だ。

それが、老い果て、こうなってしまわなければいけないのか。

老いとはこんなにも残酷なことなのか。

他にもっと、もうちょい方法はなかったのか、神さんよ・・・。

そう思いつつドアを押し開けて入り、名を告げた。

母の相手をしてくれていた婦警が

「娘さん来てくれましたよ!!」

と母に伝えると、視野の狭くなった母の目が必死に筆者を探し、

近寄った筆者を見つけて手を差し伸べ、


「まあ、○子・・・!ごめんなさいね・・・」


と言った。

意外にもまともなことを言う。

筆者の第一声は、


「そそそそれで、電車乗って来たの?!」


であった。

パジャマと一口に行ってもイロイロあるが、

このパジャマはかなりえらいことである。

半袖半パンなだけでなく、襟ぐりも広く開いているし、

ボタンとボタンの間隔は広いし、胸のところにリボンついてるし、

そもそもこのパジャマは、女の子用なのだ!!

肉々しい筆者が着たら超絶エロかったかもしれないが、洗濯板のような

体の母が着ると、スカスカで中身がヘロヘロで、そういう意味では

アブなくないが、それでも通行人はさぞ度肝を抜かれたことだろう。

それに、夏でも寒がりの老母が夏とはいえ夜道をこれで歩き、

あまつさえ冷房の効いた電車に乗って行くとは、

大分寒かったはずなのだが、錯乱していて気づかなかったものと思われる。



警官に話を聞くと、実家を探してウロウロしていたところを

通報されたとのことである。

なぜ筆者のケイタイの電話番号が分かったかと言うと、

母がハキハキと暗唱したという。

これは、混乱の中にも今後の安心として好ましい事実であった。

筆者の方はイチイチ番号を押して電話したりしないから、

いつまでたっても母の電話番号を知らないままだが、

母は電話帳や通話履歴などの機能を絶対に使いこなせないので、

筆者に電話する時、かならず番号をプッシュしていたのが良かったのだ。

様々な点で、非常事態で強いのはデジタルよりもアナログのような気がする、

と筆者は常々思ってきたが、

ここでもデジタルコンパチブルでない母のアナログ性が強みを見せた。



謝り倒して、受け取りを書いて、もらい下げた。



助手席に乗った母に何がしたかったのか聞く。

ベッドに寝ていて、ふと目を覚ましたら、そこがどこかわからず、

「おうちに帰らないといけないと思った。」

とのことであった。

自分が建て、50年も住んだ家を見忘れたのである。

筆者は想像した。

起きたら知らない場所の知らないベッドに寝ていたとしたら、

どうするだろう。

家に帰ろうとするわな、そりゃ。

ゆえに、全く無意味なことを無意味な力に突き動かされて

やったわけでもないのだが。



実家は10年ほど前に伯父が売ってしまって、もうないのである。

当然ながらそのことは母にも知らされたし、最後には

この家でお別れパーティーもしたのであるが、

そんな新しい記憶は母の頭には残らない。

そもそも母が探していたのは、伯父が建て替えてこのあいだまであった新しい方の家ではなく、

80年前に祖父が建てた、自分が生まれ育った方の家なのだ。

すなわち、母の記憶と現在の状態の間には7,80年ほどの

開きがあって、あまりにも様子が変わってしまったために、実家のあったところまで

たどり着きながら意味が分からず、うろたえて呆然としてしまったらしい。

かわいそうだが、一度はっきりと見せておかねばならぬ。

新築のマンションと駐車場になった家のあとに連れていき、

家がないことをこんこんと伝えたが、

10分後、隣の市まで帰って来たころに、


 「家が見つけられなかったから、また探しに行って来ようと思う。」


と言い出した。

今見せたではないか、家などないということを!

と言ったが、そんなのは知らぬというので、Uターンして戻り、

今度は車から降ろして手を引いて、

 

 「ほら、このあたりが門のあったところ、このあたりが・・・」


と説明する。奇跡的に母が生まれた頃からあまり変わっていないと

思われる鬼門の植え込みが残っていたので、それも見せた。

なるべくインパクトのある説明をしようと努めた。

ショックを受ければ受けるほど、つらければつらいほど、

母の記憶に印象付けられる可能性が高くなるからである。

だが、憐れさに心が痛む。

小さな子供の心に戻った母が、おうちを求めて見えぬ目と立たぬ足で

杖を突きつき、何年も買ったこともない切符を買い、

必死になってよちよちと帰って来たら、おうちがなかったのだ・・・。

お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、母を迎えてはくれなかったのだ・・・。

家があったはずのところに立って呆然としていた、かわいそうな子供のような

母の姿を想像すると、涙が出そうになった。

それでも分かってもらわねばならぬ。


「あなたがここに入ったら、もう不法侵入になっちゃうのよ。」


と、とどめを刺した。



いつまで覚えていられるか分からないが、とりあえず

理解したらしいので帰途につく。

次なる難関は、これから帰ろうとする家が自分の家だと

わからせることなのだ。

今からどこへ私を連れていくのか、と母が聞く。

家に帰るのだと伝えると、家はもうないといったではないかという。


「あなたと○雄さん(父)が建てて私を育てた家よ!」


と散々説明するが、そんなワケのわからないところには住めない、

私にはもう、この世に家はないのだ!!私はどこに居ればいいの!?

と騒ぐ。

神様、カンベンして欲しい。

「私にはもうこの世に家はないのだ!」

って、なんかものすごい大小説の名場面の世紀のセリフみたいだが、

本気で言ってる本人はつらかろうし、聞いているこっちもつらい。

自分で建てた家を自分の家と思えなくなるならば、

本当にこの世に居場所はないことになる。

神様、あんた心がないのか?!



筆者は軽々しく神様を責めたり神様に感謝したりする方だが、

本当のところ、神様がいるに違いないとは思っていない。

だって、もしいたとしたら、大分おかしなヤツではないか。



どうなることかと思ったが、家の近所まで帰って来ると、

さすがに覚えがあるらしく、50年の土地勘がまぎれもなく母の中に

残っているのが分かった。

そもそも、そうでなければ家から駅まで行けたはずがないのである。

そして家の前に車を止め、

「この家、知ってるでしょう?」

というと、しぶしぶ、まあ知らんでもない、というようなことを言う。

なぜしぶしぶ言う!?



母はとっとと玄関で靴を脱ぎ、

申し分なく勝手知った様子で部屋に入って、唐突に


「今日は本当に疲れたからもう寝ます。」


と言ってベッドに入った。

いつもそうなのだが、まるでこっちが疲れさせたかのような

恩着せがましい口調なのである。

なんじゃそら!?

こっちゃ晩飯も食うてへんねんぞ!

と言いたかったが、通じる相手ではないので言わなかった。



傍らに母が眠る暗い部屋で、ランプを灯して、マジックを持った筆者は、


「○○(母の旧姓)のおうちはもうありません。

 一人で出て行かないでください。

 ここがどこか分からなくなったら筆者に電話!」


と紙に書いた。

2枚書いて、母の定位置であるテーブルと玄関のドアに1枚ずつ貼った。



この張り紙は、抑止力にはなったが、しかし文字に書かれた

「おうちはもうありません。」

という言葉は、母を深く傷つけ、

やるかたなき怒りをヘルパーさんや筆者にぶつけたり、

落ち込んで布団にくるまったりして、

母の精神状態は非常に悪化した。

それで、テーブルの張り紙から 「おうちはもうありません」 の

一文は削除したら、少しだけ良くなったが、

今後どうなるかはわからない。



老母よ、次はどんな新しいことをやらかすつもりなのだ。