友人 K は子供の頃から虫が好きで、慣れ親しんでいるうちに
虫の知識をいろいろ吸収して虫好き少年から虫好きオッサンに
なったオッサンである。
筆者は極度の虫ギライではないから虫を見て騒いだり逃げたりは
あまりしないものの、虫はキライであるから、よほど小さいか、珍しいかでない限り
こちらから虫の方へ寄って行ったりはまずしないのであるが、
K は虫を見れば、それが 自己基準からみて
一定の価値あるものであれば、とりあえず寄って行き、あまつさえ
大変気軽に触りつつ、持てる知識をそばにいる者にアウトプットするのである。
そういうわけだから、長年の付き合いのうちに、筆者の方には
なんとなく
K =虫博士
という認識ができていた。
さて、6月は筆者が年間で最大級に珍重するホタルの季節である。
今年も毎年一緒に行っている友人を伴って、あるいはバアサンの手を引いて、
はたまた一人で淋しくも気まぐれに、ホタル観賞三昧に大忙しである。
今年は珍しいことに K も鑑賞にやって来た。
K の住む町にもホタルの名所があるらしく、これまで筆者がどれだけ
ホタル自慢をしても、興味のキョの字も示さなかったのであるが、
近年、その名所とやらがあまりにも名所として確立されたために、
人が大挙してやってくるようになり、情緒というものが失われて
イヤになったそうである。
K は筆者の話など100に1つも覚えていないという
驚愕の忘却力の持ち主であるのだが、ホタル自慢だけは覚えていたものと見えて
自分から案内を乞うてきた。
しかし、話はホタルとは関係ない。
ホタルポイントを案内しての帰り道、とある地下道をくぐり歩いていたときのことなのだ。
隣を歩いていた K が立ち止まったのであるが、
気にもかけずに前進をつづける筆者の後ろで
「テングチョウ!!テングチョウ!!」
と騒ぐ。
振り返ってみると、地下道の壁にくっついた一頭の蝶を
至近距離に見つめながら K が連呼するその名詞はどうやら
その蝶の名称である。
さきほど大の虫ギライではない、と書いた筆者だが、
蝶は死ぬほどキライである。
ちなみに蛾ともなると、死ぬほどキライに加え、ものすごくコワイ。
それが蛾であったなら、筆者はものも言わずに走り去っていたことだろうが、
蝶であったために、ちょっと寄って行こうとしたところ、
例によって K がそれに触ったので、
蝶はその場でしばらくバタバタした後、壁を伝って上に
バタバタ上って行ってしまった。
蝶にバタバタされると騒ぐのは今度は筆者である。
――ギャア!!
地下道に響き渡るオンナの叫び声(というかオバハンの吠え声)。
ああキモチわるい。
そ、それに、である:
――触ったら、バタバタしてよく見えないではないか!
威厳を取り戻すためにも、ここは相手をなじっておかねばならぬ。
筆者は踵をかえして前進を再開したが、
一応知っておきたかったので、テングチョウというからには、
長い鼻のように見えるものでも付いているのかと問うと、
「そう・・・」
といいさした K が今度は地下道の床を指して:
「ここにも!!テングチョウ!!これ!!ここ!!!」
というので見ると、先ほどと同種の蝶が足元の床に止まっていた。
先ほどの失敗を反省してか、こんどは K も触らないので、蝶はじっとしている。
じっとしているなら、まあいいのだ。
老眼で近眼の筆者であるから、30㎝ぐらいまで近づいて観察した。
閉じた翅は薄暗い蛍光灯の下で黒に白の斑点のある、
なんともみすぼらしい姿であるが、
確かになにやら長い突起物が頭部から突き出ている。
「ホンマ、なんかついてるワ。」
やはり虫好きなだけのことはないこともない。
筆者もおそらく何度も遭遇しているであろう蝶であるが、
そんな長い物が頭についているかついていないかなんて、
K と一緒でもなければ一生気づくことはなかっただろう。
心の中でそう感心したから、再び歩き始めつつ、
あの長いものは一体何なのか、虫博士に知識を尋ねたところ、
虫博士の答えは:
「ハナ」
というものであった。
そ、れ、は、ないやろ、虫博士先生よ。