自分がヘタだと思ったものは
しないで済むようにしたい、
というのが大方の人間の心理らしいが、
なぜか筆者にはその気持ちがあまりわからない。
そんなことを言っていた日には、最初からうまくできた
ことしかしないことになり、活動の幅が狭くなってしまうのでは
ないか、と心配だ。
あまりうまくないことをしない、と決めてしまうなら、
筆者の人生からいろんな楽しいことが、例えば
ボーリングやビリヤードやスキーや陶芸がなくなってしまう。
筆者はこれらの遊びがゼンゼンうまくいかないが大変楽しむ。
しかし、上記の一般的心理のせいか筆者の友達でこれらの遊び相手に
なってくれるのは、あまりいない。
もちろん、筆者の好きな遊びが往々にしておばさん向きでないことも原因なのだ。
とにかく、そういうわけだから筆者もこれらの趣味をする機会を持つことが難しい。
筆者はお一人様行動に抵抗のない方であるが、さすがにウマクもないのに
こうした遊びに一人で出かける根性はないし、技術を極めたいわけでもないのに
一人でやったって楽しさは半減以下に減ってしまうだろう。
ところで、昨年、筆者は多くの旧交を温め直す機会に
恵まれた。その中で、筆者が2番目に勤めていた会社の
旧同僚がいて、こいつがよく声をかけてくれるようになったから、
この度おそるおそるボーリング行けへんかと言ってみたら、
「行く行く!!」と言うではないか。夢ではないのか。
それで、昨日3年ぶりぐらいに行って来たら、
とってもとっても楽しかったのである。
筆者の腕前であるが、いつも目標スコアが100で、
昔はだいたいクリアしていたが、ここ数年はときどきしか到達できない、
というぐらいである。
ガーター続きというような醜態をさらすわけではなく、
倒したピンの本数だけを数えるならばそれほど悪くないのであるが、
ストライクやスペアをあまり打ち出さないし、ストライクの後に3本しか
倒せなかったり、点数を稼ぐことができないのである。
そして近年は球威というものが全く失われたので、力のある人ならストライク
であろうはずのコースで行っても後ろの列の1本が微動だにせず立っていたりする。
対する旧友S藤は、もともとソフトボールをやっていて運動神経が悪くなく、
筆者より2つ若い分、力も残っていて、10年ぶりの割にはまあまあやりおった。
2ゲーム終了時点で筆者は100越えができていず、非常に不本意であったので
3ゲーム目をいったところ、S藤はあまりにも明確に1フレからスタミナ切れの様相を呈し、
翻って筆者はなぜか疲れ知らずの上、S藤の不調を感じて気持ちよく続投した結果
めでたく目標達成となったが、合計スコアではS藤の勝利であった。
筆者は圧勝して相手のやる気をそぐより自分が負けてもまた遊んで欲しいので
それでよいのだが、S藤は最後の敗北を悔しがって、3ゲーム目をやったのは失敗だ、
次回からは2ゲームしかしない、と断言していた。
こんなどんぐりの背比べでもやはり勝つことに意義があるようであることは、
これも筆者には理解できない心理である。
筆者には闘志というものがないのだろうか。
とはいえ、次回もウマイことおだてるとか何とかして
ナニゲに3ゲーム目に突入してやるつもりだ。
筆者は感覚をつかむのに2ゲームを要するらしいとわかったからである。
それにしても、ボーリング場の床って、なぜあんなに滑りやすくできているのだろうか。
昨日のボーリング場はことに滑りやすくて、あっちのレーンでもこっちのレーンでも
みんなツルツル滑っていたが、S藤に至ってはストライク後、
全身にみなぎる歓喜の思いで筆者の方を振り返った途端にツルっといって、
ひねった全身を一旦宙に浮かせてから床に落下するという、
古今東西どんな芸人にも勝てないような見事な滑りっぷりを見せてくれた。
それはあたかも夕刻、湖面から跳ね出ずる鯉魚といったテイであり、
このカッコ悪さの前には点数上の勝利など無きがごとしであったから、
全体としては格段に自分の勝ちだったと思う、
などと思うところを見ると、筆者にもやはり筆者特有の闘志があったようだ。
本日は筋肉痛を覚悟していたのに、ゼンゼンなんともなかった。
明日来るのだろうか?
(追伸: 2時間後)
今来た。
利き腕上腕と後ろ足の太ももに。
ちょうど昨日のゲーム終了の時間と同じであるから、
筆者の筋肉痛は24時間かかって顕在化することが
分かった。
そんなもん分かっても腹の足しにもならないが。