手前味噌 Homemade Miso | zuzu's room ズーズーズルーム

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ごくたまに英会話レッスン! With Free English Lessons (Rarely)
                    


いやらしい話であるが、筆者が好きな貰い物は、


1位 油田

2位 金鉱

3位 宅地開発が計画されている山や田畑


である。



しかし、もらえないので、


4位 不動産


も、あんまりもらえないので、


5位 現金または現金同等物


も、お年玉をもらえなくなってからはほとんどもらえないので、

あきらめて、


6位 換金効率の高い高級ブランド品および宝石


と思ったけど、誰がそんなもんくれるかい、ということで、

夢はキッパリあきらめるとして、

実際にときどきは恵んでもらえるもののうちから選ぶと、


実質1位 食べ物


である。



ありがたいことに、最近もいろいろと楽し美味しい食べ物をもらった。

本日はそんなありがたい食べ物のうち、


手作り味噌


について述べる。

コレだ:





オカンの従妹が作って送って来てくれたものであるが、

味噌を自分で作るなんて、筆者には想像もつかぬ異次元の世界である。

しかも、普通のお味噌に加えて麦味噌まで作ってしまうというのだから、

とても筆者と血が繋がっている人間のやることとは思えぬ偉業である。


しかも、たいへんに美味しい。

作者の説明によると、保存料を入れていないから塩辛くせざるを得ず、

塩辛くてごめんね、とのことであるが、

たくさん入れなくてもしっかり味噌の味が出るため、

塩辛いことは必要でありこそすれ問題にはならない。

それにちょっとずつ使えば長持ちするじゃん!?


さらに、思いがけぬ利点がある。

この味噌はゆるいので、すぐ溶けて手間がかからない。

スプーンですくって煮えただし汁に入れて混ぜたらもう出来上がりである。

味噌がゆるいことがこんなに便利だとは、知らなかった。

味噌汁はもともと手間のかからない料理ではあるが、

この溶けやすさで、なんかさらに手軽に味噌汁が実現可能に!

この手軽さをこのグウタラでイラチな筆者が覚えてしまっては、

もう、普通の味噌には戻れない。(なくなったらどうしたらええんや。)

それに、すぐ溶けるということは、燃料消費も抑えられるということを意味するゆえ、

オカンの従妹味噌ってエコ製品なのである。

さすがの彼女も自分の味噌が地球にやさしいとまでは気付いていないのではないか。

(業務連絡:M子ちゃん、超ブラボーです!)


ところで、筆者は味噌汁があるときは、味噌汁でご飯を食べ、

おかずが要らない女なのだが、これは珍しいことなのだろうか?

この味噌のお陰で味噌汁がおいしいとあれば、ことさらである。

しかも現在ダイエットを遂行中の筆者は晩ごはんを軽くしているので、

味噌汁とご飯ディナーがちょうど良い。

だから最近はヘビロテで味噌汁を食べている。


いろいろな具を入れるが、昔から変わらない筆者のお気に入りは

  1) なめこ&京揚げ&青菜

および

  2) トマト

である。

そして、具にかかわらず必ず入れるのは、最後のごま油である。

美味しい味噌汁が、さらにエキサイティングな風味を帯びて、

味噌汁&ご飯でも豊かな満足感が得られる。

いつもポピュラーな普通のごま油を使っているが、ちょっとごま油に凝ってみても

楽しいかもしれぬ、とも思うが、貧乏の癖にそんなもんに凝ってどうする、という

心の声もする。

せっかく今のごま油でも十分美味しいと思えているのに

もっと美味しいごま油に慣れて、もっと貧乏になったとき普通のに戻れなくなったら

大変だからやっぱりやめておくことにする。

君子危うきに近寄らず、である。



オカンの従妹はこの他にも自分で育てた大根で作った

365日食べたくなる絶品柚子大根から超絶おいしいお菓子まで、

こまごまといろんな自作の食べ物をたくさん送ってくれたから

喜びに任せて手当たり次第に食べたのだが、

ふと気が付けば写真を撮るのを全く忘れた。



また、味噌汁画像もない。

これは、味噌はおいしくても、それで作った味噌汁がいかにも美味しそう

に見えるか否かは結局筆者のウデ次第であり、そんなウデはないのと、

夜はガラケーのカメラでは光量不足という理由によるものである。



ゆえに、空写真を載せる:


12月15日




12月25日




それがどうした、と思われたかもしれないが、

空マニアとはこうしたものなのだ。

筆者だって、撮りテツのお宝アルバムとか

見せられても、それがどうした、と思うと思う。

そういえば、筆者の父がエビネだけを写しに写したアルバムを、

それも分厚い「ふえるアルバム」を遺して死んだが、

いくら死んだ親の撮ったものでも、

悪いが超しょうもないので、捨てざるを得なかったな。