(前回までのあらすじ)
四叉路を左折した筆者がその音の正体に
気付いたのは、
急ブレーキを踏んでしまった後だった―。
* * *
まず断わっておかねばならないが、
筆者は善良なる市民であるから、この警官について個人的な思いはない。
彼は警官としてすべき仕事を定められた方法で執行していたに過ぎない。
筆者が憤るのは、その 「定められた方法」 の姑息さである。
賭けても良いが、彼らは一旦停止違反を予防しようなどとは
小指の先ほども考えていない。
そうしたければ、一旦停止線付近の、誰からも明確に目視できる場所に
ユニバーサルに警察官と分かる服装で立っておれば良い。
一旦停止違反車の検挙が違反の抑止力になる、という理論を
持っている、というか盾にしているのかもしれないが、
警官が監視している可能性があることさえドライバーに分からせれば
それで十分な抑止効果が得られはずであるから、
そんなものは体の良い言い訳にすぎぬ。
何日かに一度、上で筆者が示したような方法にて立ち、
その場が監視されていることを明らかにすればよいのである。
それを、ドライバーの死角に潜み、警察単車を隠し、夜陰に紛れて
実質的にはありとあらゆる安全確保手段を講じて全く安全に通過する
車両が、杓子定規にして表面的な一旦停止の定義を完全には満たさなかった
ことを確認し終えるまでドライバーを泳がして検挙に及ぶとはなにごとか。
筆者はもろ手を挙げて、この手段を憎むと宣言する。
警笛が聞こえた時点で走り去れば良かった。
あれが警笛であることさえすぐに理解していれば・・・!
この違反は現行犯でなければ検挙できないはずである。
しかしもう遅い。
それに、警官の制止を振り切って逃げるというのも
善良な市民らしからぬ行為であるから、善良な筆者は、
瞬時に状況を把握していたとしても、やはりブレーキを踏んでいただろう。
この自分の正直さを呪い、悪夢を見る思いで警官の誘導する位置に
停車する筆者。
警官は、今度は運転席のドアの外に立つ。
観念してパワーウインドウのスイッチを押す筆者。
そして、筆者の甥ぐらいの年恰好のその警官は
「申し訳なさそう顔」 にて話し出すのだった。
(続く)