昨日は母校の創立125周年記念コンサートが
フェスティバルホールにて開催されたため、
老母を連れて行ってきた。
あんな大きなホールを借りて大丈夫なのだろうか?との筆者の心配をよそに
主に年寄りの卒業生がじゃんじゃか押し寄せてパンパンに満席。
その年齢層、大老人集会の如し。
この筆者が最若年だったかもしれない。
若いのはどこへ行った?
そしてこんなに若い筆者がナゼここに?
いつ聞いてもすばらしい、お金取れますよ十分、CDで食べて行けますよ、
といったグリークラブの歌声と、音大でもないわりにはナカナカの交響楽団の演奏と、
卒業以来すっかり忘れていた宗教のお時間と讃美歌タイムもプログラムされた
充実の3時間を楽しみ、最後にはおばちゃんもジイサンも立ち上がって
オーケストラを伴奏に校歌を絶唱するという、
あんたら学校どんだけ好きなん?
といった盛り上がりのうちに閉会したのだが、
筆者の感慨は、「自分、年取ったなあ。」 というものであった。
べつに何というところもなかったのに、なぜか涙腺がゆるんでゆるんで。
なんか悔しいのだが。
老母はなんの関係もないのだが、音楽が好きなのと
筆者が高3のころ一緒に見学に来てこの学校をイッパツで好きになったのとで、
そもそもこの会へはバアサンの方が来たがったのである。
それでも、どうせ寝るんだろうな、と思っていたら
無表情のままずっと起きていた。
あとから聞いたらグリークラブの歌声がすばらしすぎて
無表情で大感激していたらしい。
なんて分かりにくいバアサンなのだ。
ちなみに亡父もここの卒業生だ。
美しかった校舎のクリーム色の壁が、戦時中にどんなふうに炭で黒く塗られたか、
それが学生の心をどんなに暗くしたかということ、
そして戦後、物資のない飢餓の時代、敗戦国のまっただ中で、
この学校がイの一番に着手したのが、
シンボルであった校庭の芝生の張り替えであったこと、
戦勝国の教会を経営母体とするこの学校の
「学校が美しい姿を取り戻すことが学生を元気にするための最良の策である。」
としたその方針に、当時の日本の世間一般とのあまりにも大きな価値観の違いを
見せつけられ、驚く中にも感動したことなど話してくれた父も、
たぶん相当学校大好きだったに違いない。
それが証拠に、ヤツは筆者の入学式の日、コッソリ勝手にやってきて、
正門から入って裏口から出、再び正門から入って、
入口で配られていた紅白まんじゅうをチャッカリ2セットゲットして帰ったのである。
本人は要領悪く、1コももらえなかったのに家に返ったら2セットあって
ドヤ顔の父からおすそ分けしていただいた。
父はまず旧制中学時代に化学を専攻し、新制大学になってから
経済学部に学ぶかたわら、他学部の単位を取れるだけ取ったあげく
心理学の修士として卒業したという、超よくばりお勉強大好き少年
であったので、入学したての筆者に
「何学と何学と何学と何学を勉強するつもりか。」
と問うたところ、ムスメに
「は???」
とこの上ないアホ顔にて返され、
非常に、非常に落胆していた。
だって、普通1コじゃん?というごくあたりまえの考え方を持っていたにすぎない
娘に心底ガッカリしたりして、普通を満足できなさすぎるというのは
気の毒なことであるが、大学で1コしか専攻しないことぐらいで
入学するなり心からガッカリされてしまった筆者もまあまあ気の毒である。
しかし、その後筆者は勉強そっちのけでクラブ活動にいそしみまくってしまい、
その1コの学問だって最低限の力しか注がなかったので、
ガッカリされるだけのことはあるバカ学生で終わってしまった。
コイツについては本当に申し訳ないと思う。アーメン。
父が生きていれば87歳。
まだ125周年イベントにも参加できたかもしれないと思うと
かわいそうな気がする。
どこかから要領よく垣間見に来ていただろうか。
うっとおしいぐらい感動しいの父が生きて参加していれば、
演奏会では 「あんた平安貴族ですか?」 っていうぐらい感涙を流しまくり、
そんな父を見た筆者は (何コイツ?) とすっかり冷めて
ぜんぜん涙腺をゆるませないで済んでいたことは間違いない。
ところでこのイベント、演者がほぼノーギャラであるためか、
チケットがたったの1250円だったのであるが、
ボケまくりのうちのバアサンに、
「125周年やから1250円にしはってんね。」
と指摘されるまで、そのヘンな値段設定の意味がわからなかった
筆者であった。
125円なら分かったと思うのだが。
老母にはホントにビックリさせられるが、
自分のニブさにもまあまあビックリだ。
コンサート帰りは鼎泰豊で点心を楽しみ、
喧騒を苦手とする老母のために
いついっても客がゼンゼンいないマル秘甘味処で
クリーム白玉あんみつ豆を食べ、
お腹も大満足になったのであるが、
”甘いものが食べたいが、人混みは疲れたからやっぱり帰りたい。”
という老母に、
「たぶんお客一人もおらん甘いもの屋さんがあるから。」
と連れて行ったその店にはマジで客が一人もおらず、
「ほらね。」
という筆者にバアサン
「ホンマにお客さん誰もいてへんねえ!」
と大声で答えてくれて、店には非常に申し訳なく、つらかった。
「ホンマに」
ってことは、筆者が事前に
「あそこ客ゼンゼンおらへんでえ、見ててみ!!ヘッヘッヘ!!」
とか言っていたと思われるではないか。まあ言っていたが。
そんなバツの悪い思いもさせられたが、
夏になってメッキリものを食べられなくなり、唯一の楽しみをも
奪われた形のかわいそうな老母が、
この日は点心から白玉あんみつまで、結構たくさん食べることができた。
音楽の力なのかもしれない。