突然思い出したことがある。
20年以上も前の、父が存命中の頃のことである。
筆者の父は難しい人物であった。
機嫌の良い時はまあまあ愉快なヤツなのであるが、
機嫌が悪いと煮ても焼いても食えないオッサンに変身だ。
そして、機嫌が悪いことの方が圧倒的に多いのだから
始末の悪いことであった。
そんなわけで毎日父から些細なことで大変に怒られて
暮らしていたのだが、怒られてしょんぼりしていたのは思春期までだ。
大人になるにつれ、だんだん黙っていてはやらなくなった。
そんな応酬の中で印象深かったものを思い出したので
今日はそれを書くのである。
その日も父は機嫌が悪く、トイレから出てくるなり、
「世の中にこのバカほどのバカは2人といまい。」といった険悪な
表情もあらわに筆者を睨み付け、突き刺すがごとくの語調にて
こういったものである:
「○子!!トイレの電気つけっぱなしだったぞ!!!!」
電気つけっぱなしは間違いなく悪ではあるが、
毎度のことながら内容に対してボルテージが高すぎる。
ムラムラと反抗心が沸き起こる若き日の筆者の口から出た言葉を
聞いて欲しい:
「そう。でもパパもうんこつけっぱなし!」
説明しよう。
なぜか全然わからないが、父のあとは必ず便器内に痕跡がついているのだ。
そしていくら改善を訴えても直らず、結局は次にトイレに入った者が
掃除することになる。
その日も苦々しい気持ちで父の痕跡を掃除してくれ、
しかもそのことを父に言うことすらしなかったその娘に
20ワットやそこらの電気がどうのと、それも異常な怒気にて文句をつけるとは、
タイミング悪すぎである。
最初から父に勝ち目のないケンカであった。
それでこうなったわけである。
もう一度、今度はそのままに聞いて欲しい:
「○子!!トイレの電気つけっぱなしだったぞ!!!!!」
「そう。でもパパもうんこつけっぱなし!」
この返しは我ながら秀逸だと筆者は思う。
筆者の人生で、これほどまでに巧みに日本語を操った例は
後にも先にもない。
相手の用いた 「つけっぱなし」 と同音異義の 「つけっぱなし」
を利用して、しかも間髪を入れず打ち返すとは、
これはもう返歌の手法である。和歌の世界である。
話題がうんこでさえなければ、これはポエムであり、
リリックであったはずである。
父は黙ってしまった。
これは珍しいことであった。
罪の大きさで大きく勝ってしまい、言い返せない、
というのが主な思いであったろうが、
父をよく知る筆者は、黙ってしまった父の心理状態について
もう一つ分かっていることがある。
「チキショウ、ナカナカうまいこといいやがって。」
という想いから、敵に譲歩する気持ちが生まれたのである。
ま、確かめたことはないからホントのところはわからないが、
確かめるまでもないと、筆者は思うのである、