警告:すみません。今日のは自分の覚書として書きました。
オマエのそんな話ゼンゼンどうでもいいと思われること請け合いなので
余程ヒマでない限りはスルーなさって下さりませ。
母だが、10日ほど前に心不全で緊急入院してしまったのが、
容体が落ち着いてきた。
イチイチここに書くと関係者各位に度々ご心配をおかけし、
段々申し訳なく思うようになってきたので、今回は「良くなったら書く」方式にしたのだ。
良くならない可能性もあったが、良くならないとすれば長くはかからないという
状況だったので、数日中に直にご報告することになっていたと思う。
「心停止時に蘇生させるかどうかご家族で決めてください。」
とか言われて、
ご家族って筆者だけなので大変困った。
元気になる可能性があるなら蘇生させてほしいし、
ムダな延命ならしないで欲しい、と言ったら
「それは蘇生させてみないとわからない。」
と言うのだ。
結局2日ほど考えて、3日目に
「蘇生の方向でおたの申します。」
って言おうと思ったら、容体が段々安定してくれたので
返事はせずに済んでしまった。
筆者、今回だけは何が何でも母に死なれては困る
気持ちだったのだ。
今回だけはというのもヘンだが、理由がある。
母と筆者の親子関係は良好とはとてもいえないものであり、
表面上は大体普通のように付き合っているように見えて、その実は
もう何年も「小康状態」と呼ぶべき薄皮一枚の危うい平和を続けてきた。
筆者も30年ぐらいは母と仲良くする努力を重ねたのだが、
母からの歩み寄りが皆無なのに実を結ぶはずもないと気づいて
数年前にその努力もやめてしまった。
「仲良くしたい」という願いがなくなると、母への気持ちは急速に枯れて、
最近では母の葬式で泣かない自信があるほどになってしまっていた。
そのこと自体については悲しく思っていたが、今更どうしようもないと思っていた。
しかし介護の問題がある。
客観的に言って一人娘から介護を放棄されるほど悪い母であったわけではない。
それに筆者も母への思慕は尽きても情まで消え失せたわけではなかった。
そして社会的責任というものもある。
筆者はこの10年間、そのようないわばハートの欠けた状態で母の介護をやってきた。
そういう介護はどんなものかというと・・・もちろん不愉快なのだ。
さらに母は終始一貫「この完璧な母にいらぬ世話を焼くつまらぬ娘」という
態度であるからさらに大変なのだ。
それが、だ。
この数か月で心身ともに劇的に弱ってしまった母に対峙して、とうとう
筆者の中に突然芽生えたのが、「看病精神」なのだ。
「母をいたわる心」を持てなくなった筆者に、こんなに弱った人を相手に
したとき、母だからどうのこうの、とは関係ないところで
「看病してやらねば」
という気持ちが静かに、しかし強力に湧いて出たのだ。
この期に及んでやっと・・・・。
それにしてもこの看病精神というのは画期的なのだ。
バアさんのどんな暴言からも屁理屈からも筆者の心が被害を
受けることがものすごく少なくなった。
「なんやとコラ!」だったものが
「まあそう言わんと。」とかになってしまう。
不愉快さ激減なのだ。
それにここまで脳力に弱られると「○○ぐらいわかってよ。」
と思う項目もめっきり減った。
おかげで先日台所で○○コをされても腹は立たなかった。
ただ、筆者世界で一番コワイのが○○コなので、
掃除自体には非常に疲れたが。
筆者がもう少し立派な人間だったら母がここまで弱る前に
こういう心境になれただろうに、と思うと情けないが、
それでもあのまま終わるより良かった。
生活の中に看病が加わることが不思議とイヤでない自分を
驚きとともに見出し、どう長く見積もってもあと3年あるとは考えにくい母との時間を、
今までと違う切り口から有意義なものにできるかもしれない、
と思うようになった。いや、有意義なものにしよう、そういう意欲に満ちてきていた。
その今突然死ぬなんて、それだけはやめて!!
頼むから今度だけ戻って来て!!!
一回だけ!一回だけチャンスをちょうだい!!
ああ~でもダメなんだ、きっとダメなんだ!こういうときに限ってダメってこと、多いもん人生って!!!
などと願ったり諦める覚悟をしようとしたりしていたのだが、
なんとか戻って来てくれそうなのだ。
こういうときに限ってダメってこと、多いもん人生って!
って思うのやめることにする。