今日は、久しぶりに息子・レゴ太とランニングしてきました。
私の方は、2km程の短い距離ですので、いつも履いているマラソンタイツは履かずに、走ってみました。
何だか、2kmなのに太ももの負荷がかかっているのが分かりました。
レゴ太と走るときは、タイツを履かないで練習してみようと思います。
しかし、写真の後ろ姿を見ると、1年前より随分大きくなった感じがします。
こちらの写真は、昨年の4月に撮影した時のものです。
レゴ太は、来月いよいよ、小学校最終学年を迎えます。
完走者の中から48名に、来年の東京マラソン2013の出走権が与えられるそうです。
但し、上位入賞者以外は、今年の東京マラソンに参加した人は対象外になってしまうそうです。
ということで、今年抽選で当たらなかった人は、凄いチャンスかもしれません。
詳細はこちら
ゴールしてから7・8分待っていると親子マラソン高学年の部がどんどんゴールしてきましたので、私は奥様と息子をベストポジンションで写真を撮ろうと待ち構える事にしました。
しっかり、FINSIHゲートを通った直後を数枚撮影することができました。
私の方は、そのまま奥に行くと、FINSIHタオルをスタッフの方が、肩にかけて下さいました。
その後、完走メダルを貰いますが、これも首にかけて頂けます。
そして、ケアーコーナーでエアーサロンパスの無料支給があります。

その後、ビックサイト内へ行くとスタート地点で渡した荷物をもらうことができ、奥のホールで着替えとなります。
更衣室へ移動した途端、左足の膝が急に痛みを知らせてきました。
歩くとときも、つま先が外側に向いて、真っ直ぐに歩くことが出来なくなってしいました。
どうも、今まで気が張っていて痛みを感じなくなっていたようです。
それでも、何とか着替えて外に出ようとしましたが、この後が大変でした。
何と、ビックサイトの東ホールから西ホールへ向わされ、西ホールを1周しないと外に出れなかったのです。
仕方なく痛む足を引きずりながら、ゆりかもの駅まで行きました。
そして、家に着くまで、どんどん両足に痛みが増していき、自宅の最寄り駅からタクシーで家まで帰りました。
駅からタクシーで帰るのは何十年ぶりかと思います。^_^;
でも、3日経ってすっかり筋肉痛は無くなり、普通に歩けるようになりました。
正直、自分でも驚いています。
今週末から練習再開できそうです。
次は、4/1(日)の10マイル(16km)幸手さくらマラソンへ向けに練習開始です。
PS.
日本テレビでゼッケン番号を入力するとゴールシーンが見れるサイトが開設されています。
さて、いよいよここから未知の世界への挑戦です。
前半より長文になってしまいました。
中間地点を過ぎると、SONYビルが目の前に入ってきます。
スターとして3時間経ち、12時も過ぎていますので、お腹が空腹感を訴えます。
朝、軽く
ホットドックを食べて、前半に栄養補給のゼリーを飲んだだけなので、ここまで走ってくれば当然かもしれません。
ちなみに、前半は給水はありましたが、給食はありませんでした。
バナナやパンの給食がようやく出てきました。
バナナ半分とパンを2つ食べました。
食事後、ちょっとしたハプニングが
娘が自宅でTVを見ていたのですが、パパが今映ったよって電話がありました。
タレント”我が家の杉山さん”の中継に映っていたそうです。
その後、25km地点を12時57分頃通過することができました。
家に帰って写真で分かったことですが、関門15分前だったんです。
銀座過ぎた頃から、ある変化に気づきます。
前を走っていたランナーの方が、端によりアキレス腱を伸ばすようなストレッチをする姿を多く見かけます。
どうも、前半ハリキリ過ぎた方達が、ここにきて足に悲鳴を感じ始めたようです。
私は、この時点ではまだ大きな変化はありません。
ここで、ひなたさんのアドバイスの意味を理解することができました。(改めて感謝)
おかげで浅草の街は、楽しく走ることができました。
雷門を曲がると、カネゴンがTVのインタービューを受けていました。
そして、浅草を折返して浅草橋を過ぎる頃には、もう反対車線にはランナーはいなく片付けと清掃が始まっていました。(ここで、チョッと焦りを感じます)
銀座の街に戻る手前で、右膝の違和感が痛みに変わります。
これは、まずいと思い持ってきた炎症止めの塗り薬を膝・膝裏・うふくらはぎに塗り様子を見ながら再スタート
ここで、薬を塗ったのがよかったようで、ゴールまで悪化することはありませんでした。
銀座の街に戻り、歌舞伎座の前を過ぎると、35kmの関門が見えました。
ボランティアのおじさんが、後3分と大きな声で叫んでいます。

え!嘘だろうと思い、必死に関門を過ぎましたが、まだ12分前でホットしました。
それにしても、余裕が無いことに、かなり焦りました。
宝町駅のそばでは、美人集団の和太鼓に応援に元気を頂きました。(^^)

宝町駅を曲がると、最大の難関 佃大橋の上り坂に差し掛かります。
ここを走る人は誰も居ませんでした。
皆さん下を向いてかなり疲労感が出ている感じでした。
橋の上で37kmポイントが見え、後5kmという所まできました。
歩いている人が多いせいか、沿道からは頑張って走ってと声援が続きます。
豊洲の街が見えてからも歩く人が続出、走っていると前の人を避けて走るのが大変に感じるほどでした。
この時点でも、私はゆっくりですが走る元気はまだありました。
38kmの関門を過ぎたときに、思いもよらないサプライズが、私の学生時代のあだ名を大きな声で叫ぶ高校時代の同級生(女子)が応援に駆けつけてくれていました。
しかも、彼女が入る劇団の仲間も連れて、大声援にビックリしましたが、残り4km走るパワーを充填させて頂きました。(ホント嬉しかったです。)

ガーミンを見ると、距離的には既に42.195kmを過ぎていました。

湾岸高速を越えると、ビックサイトが見え、後1km もう少しでゴールです。
この時、防災公園にいるファミリランのスタートが見えました。
息子と一緒にゴールできるかと思いましたが、待ちきれず先にゴールしました。

ゴール後、CS放送のカメラに向かい大きく手を振った姿がシッカリ映っていました。
(実は、先日の東京マラソン祭りで日テレG+のブースがあり、スタッフにゴール後のベストポジションを聞いていました。)
終わって、この大会を本当に最後までとても楽しむことができました。(^^)v
しかし、完走出来たのは、いろいろな意味で良い条件が重なった事だと思っています。
怪我が完治したこと、天候に恵まれたこと、先輩方の適切なアドバイスを頂いたこと、どれか一つでも欠けていたら、完走出来なかったかもしれません。
改めて、マラソンの奥の深さを実感致しました。
出来れば、来年もチャレンジしたいです。
応援を頂いた方を含めて本当に、ありがとうございました。
この場をお借りし御礼申し上げます。
花火が上がりました。
です。
足の裏に痛みが出始めます。