「陸軍中野学校」(1966)

 

市川雷蔵が戦時中のスパイとして養成されるシリーズ第1作を久々に観ました。

 

 

監督は増村保造。予告編はコチラ。YouTubeで7/5まで本編を無料配信中

 

昭和13年。陸軍少尉として入隊が決まった三好次郎(市川雷蔵)母(村瀬幸子)下宿人の雪子(小川真由美)と同居していて、貿易会社で英文のタイプライター打ちをしている雪子とは結婚間近。入隊早々、草薙中佐(加東大介)に呼び出されて、矢継ぎ早に浴びせられる質問に冷静に回答。どうやら三好の適性を試していたみたいで、すぐに出頭命令を受けて、靖国神社近くにバラックを訪問。そこには大学を出たばかりの若き陸軍少尉が十数名集められていました。陸軍士官学校出身のゴリゴリの軍人ではなく、優秀な頭脳と民間人感覚を併せ持つ人材を本格的なスパイに養成したいと思っていた草薙中佐が、日本でのスパイの重要性を力説。草薙自らが設立した「陸軍中野学校」の一期生になってもらいたいと言われて、そのまま都内の空き家で1年間にわたる教育を受けることになります。その日から軍服着用・軍隊用語使用は禁止。スーツ姿で外国語の習得、射撃航空機の操縦、別の職業を偽るための専門知識、金庫破り、変装、料理、ダンスなどなど、諜報活動に必要な技術を徹底的に叩き込まれます。

外部との連絡を絶たれた環境での厳しい訓練に耐えかねた生徒には、自殺者脱落者も出てきます。一方で、突然音信不通になった三好の所在が分からずにいた雪子は、陸軍に問い合わせするも全く手がかりが掴めません。そこで、たまたま知り合った前田大尉(待田京介)の紹介で参謀本部の暗号チームにタイピストとして潜入。三好の行方を必死に探そうとします。しかし、退職先の英国人社長から「三好は軍に反逆した罪で銃殺刑となった」という情報を聞かされて大ショック。さらに「日本陸軍の横暴を止めるため、我々に力を貸してほしい」と説得されて、英国側に陸軍参謀本部の情報を流すスパイになってしまいます。やがて、卒業試験として実際の諜報活動をすることになった三好たち。その過程で参謀本部に雪子が働いていること、そして、彼女が英国側のスパイになっていることを知った三好。草薙中佐にその事実を報告して、裏切者は粛清せねばならないと言われると、自分の手で彼女を始末しますと提案して・・・というのが大まかなあらすじ。

劇場公開は1966年6月4日。同時上映は、勝新太郎主演の「酔いどれ博士」。突然命令されて一人前のスパイに育て上げられていく男と、彼を愛するあまりに敵国のスパイになってしまう女の成り行きを実録チックに描いた戦争秘話で、時代劇スターの市川雷蔵が珍しく現代劇に挑んだ作品。2年程度、軍に仕えた後は一社会人に戻る人生を送るつもりでいた前途有望な若者が、別人を名乗って仮の姿で生きていかなければならない立場に半ば強制的に追い込まれます。時代に翻弄されたとはいえ、自ら進んでスパイにふさわしい冷徹な人間へと変貌していって、戦地の中国に旅立っていくところで終わるため、その後どのように暗躍していったのかは(未見の)続編以降のお楽しみという仕掛け。5作目まで続いた人気シリーズになったようです。女を口説くテクニックまで性教育を受ける場面があったりするので、全体的に分かりやすいエンタメ寄りの描写になっていて、要所を押さえたストーリーテリングには適度な緊迫感もあって、最後までスルッと見入ってしまう魅力があります。

 

そのへんにいそうなルックスだけど、只者ではないクールな妖気を発している市川雷蔵の存在が、陰鬱な物語に品の良さとか艶っぽさとかを与えている感じ。都合よく話が進んでいく展開を許せてしまうスター性があります。戦国乱世の忍者を演じた「忍びの者」(1962)の現代版といった趣きもあり。本作のMVPはスパイ養成機関を作った中佐役の加東大介。いつもの親近感があるキャラで生徒たちに優しく接しながら、洗脳する方向に誘導しているのがとても不気味。翳のある恋人役を演じた小川真由美も良いです。雷蔵以外のスパイ候補生の面々が地味な役者さんばかりで、それが無個性な集団に見える点も効果的。悪さをしそうな中尉役の待田京介が意外にアッサリしていて、もうちょっと見せ場が欲しかったかも。ほかに、英国領事館員でE・H・エリック、教官役の一人で中条静夫なども出演。フィクションぽさとリアルさのバランスがほど良いところに着地していて、娯楽性と批評性を兼ね備えた作品でございました。