「ときめきサイエンス」(1985)

 

1980年代が詰まっているSF青春コメディをYouTubeで観ました。初見。

 

 

監督・脚本はジョン・ヒューズ。予告編はコチラ

 

非モテ高校生コンビゲイリー(アンソニー・マイケル・ホール)ワイアット(イラン・ミッチェル=スミス)は、週末にワイアットの両親が不在になるというんで、2人でワイアットの家で楽しく過ごすことにします。テレビで昔の映画『フランケンシュタイン』が流れているのを見て、ワイアットのITスキルで自分たちの理想の女性を創ろうと言い出すゲイリー。ワイアットが親に買ってもらった最新PCから大企業のメインサーバーに不正アクセスして、理想の女性像に関する大容量のデータを入力して、フィギュアにプラグを繋いだところ、夜空が真っ赤になって雷が落ちます。すると、グチャグチャになった部屋に理想の美女(ケリー・ルブロック)が現れます。"リサ"と名付けられた美女は超能力の持ち主で、彼女が用意したスポーツカーやイケてる服装で3人はバーに出かけます。酔っ払ってワイアットの家に戻ると、帰省していた兄チェット(ビル・パクストン)に家を散らかしたことで怒鳴られます。チェットから隠れていたリサが兄に言い返せと励ましのチューをしても、反撃できないでいるワイアット。

 

翌日もリサとデートをすることになった2人がショッピングモールでプレゼントを買っていると、同級生のいじめっ子コンビにイタズラされます。その時、颯爽と現れたリサに一目惚れするいじめっ子コンビでしたが、ゲイリーが運転する車に乗っている様子を見て唖然とします。リサが「今夜、ワイアットの家でパーティーをやるから来ない?」と一言残して去っていくと、リサ目当ての同級生が続々と集まってきます。ホームパーティーなんか主催したことないゲイリーとワイアットは戸惑って、トイレに引き籠ります。連れてきたカノジョそっちのけでリサを口説き始めるいじめっ子コンビ。ほったらかしにされたカノジョたちはトイレにいるゲイリーとワイアットに遭遇して、いい雰囲気になります。その後、いじめっ子コンビのために別の理想の女性を創り出すことになったものの、家の中でポルターガイスト現象が起きて大パニックに。さらには、中距離弾道ミサイルおっかない暴走族集団が出現したりもして、なんやかんやありながらも結局ハッピーエンドになって・・・というのが大まかなあらすじ。

 

原題は「Weird Science」。"おかしなサイエンス"といった意味。自宅PCで絶世の美女を誕生させたボンクラ男子高校生コンビの週末の騒動を描いたコメディ。胸キュン系の良作が多いジョン・ヒューズ作品の中で最もバカ寄りにシフトしていて、思いついたアイデアをザツに盛り込んだだけのドタバタ劇。「エクソシスト」や「ロッキー」のBGMが急に流れたり、「マッドマックス2」(1981)ヴァーノン・ウェルズ「サランドラ」(1977)マイケル・ベリーマンターミネーター風の男も登場。ワイアットの生意気な兄貴はリサの魔法でジャバ・ザ・ハットっぽい怪物に変身させられます。ムダに破壊シーンが多いのは、製作がジョエル・シルバーだからでしょうか。前作「ウーマン・イン・レッド」(1984)で中年男を悩殺したケリー・ルブロックが、本作では全男子高校生お色気悩殺。ゲイリーとワイアットを魔法でダメなオタクから行動力のある若者へと成長させます。役名の"リサ"はAppleが最初に発売したオフィス向けPCの商品名(スティーブ・ジョブスの娘の名前)から採ったとか。あと、ロバート・ダウニー・Jr.がいじめっ子コンビの片割れで出演しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仇討崇禅寺馬場」(1957)

 

江戸時代の返り討ち事件をネタにした時代劇をAmazonプライムビデオで観ました。初見。

 

 

監督はマキノ雅弘。予告編はありません。

 

大和郡山藩の本多家武術指南をしている生田伝八郎(大友柳太朗)は、遠城宗左衛門との武芸大会の試合途中で理不尽な負け判定を通告されます。師範代の職をお役御免となって妻(風見章子)にも罵声を浴びられた伝八郎は、婿養子の立場ゆえに肩身が狭くなります。さらには、宗左衛門が友人たちと気勢を上げて歩いてる現場に遭遇した時に口論となって、真剣ならばオレが勝つとキレた伝八郎と宗左衛門の間で果し合いに発展。力の差は歴然で、宗左衛門を斬り捨た伝八郎はその足で難波へ去っていきます。これを知った藩主は、宗左衛門の二人の兄である治左衛門(堀雄二)と喜八郎(小柴幹治)に脱藩して伝八郎を討つように命令。その頃、伝八郎は難波の沖仲仕の万造(進藤英太郎)の家に身を寄せていました。万造の娘お勝(千原しのぶ)伝八郎に恋をしていて積極的にアプローチしているものの、宗左衛門の兄たちが仇討ちしようと難波に潜伏している噂を耳にした伝八郎は、自分の素性をお勝に明かして距離を置こうとします。

 

ある夜、伝八郎が易者になりすましている治左衛門を見つけて、自ら近づきます。斬りつけようとする治左衛門を制して、明朝、崇禅寺の馬場に喜八郎も呼んで、1対2の果たし合いを正々堂々と行おうと提案。伝八郎はお勝に行き先を告げずに、置き手紙だけを残します。最愛の人が決闘で殺されるかもと心配したお勝は、父に仕える人夫たちをかき集めて助っ人をさせようと画策。決闘の場所を崇禅寺だと推理して、明朝に数十人を引き連れて現場に乱入すると、助っ人たちは治左衛門と喜八郎を虐殺。正当な返り討ちの場を壊された伝八郎は意気消沈。それ以降、酒浸りで引き籠りの生活が続きます。隠れ家にいる伝八郎に寄り添って介護をするお勝。一方、巷では伝八郎が果し合いで騙し討ちを行ったとして、悪評が飛び交います。奉行所に呼び出された万造は、お勝が無理やり助っ人を頼まれたと弁明して、伝八郎の抹殺を人夫たちに厳命。やがて、気が触れた伝八郎は、治左衛門と喜八郎の亡霊が待つ崇禅寺馬場に向かって歩き出していき・・・というのが大まかなあらすじ。

 

劇場公開は1957年6月25日。同時上映は藤島桓夫のヒット曲を基にした歌謡メロドラマ「さよなら港」。1715年に起きた有名な仇討ち事件をベースにした時代劇映画。歌舞伎や浄瑠璃、落語でもモチーフにされていて、映画では父の牧野省三による監督作以降も何本か作られていて、本作はマキノ雅弘監督による2度目の映画化。史実では、伝八郎は最後の果し合いに自分で助太刀を頼んで2人を返り討ちにしたようですが、映画は違う設定になっています。そのおかげで、伝八郎を愛するあまりに勝手に助太刀を手配をするお勝を演じる千原しのぶの見せ場がたっぷり。杉狂児もいい味を出してます。映画の結末はというと・・・、崇禅寺で墓参りをしていた遺族と伝八郎を殺す目的で来ていた義父(三島雅夫)が、お勝を連れて馬場にやって来た伝八郎に気づきます。そこに万造たち役人たちも集結。愛する人を必死に守ろうとするお勝半狂乱の伝八郎斬りつけて倒れたお勝が伝八郎に発砲。敵に包囲された中で息絶えていく2人を映して幕を閉じます。

 

 

 

 

「殺し屋のプロット」(2023)

 

認知症を患った殺し屋の終活を描いた渋い一品をU-NEXTで観ました。

 

 

製作・監督・主演はマイケル・キートン。予告編はコチラ

 

ジョン・ノックス(マイケル・キートン)は元陸軍偵察部隊の将校で2つの博士号を持っている冷静沈着な殺し屋。離婚した後はずっと一人暮らしで、毎週木曜に娼婦アニー(ヨアンナ・クーリク)を自宅に呼ぶのがここ数年の習慣になっています。ある日、ジョンは猛スピードで記憶を失う病"クロイツフェルト・ヤコブ病"に突然冒されて、数週間以内にはまともな記憶が無くなるだろうと専門医に宣告されます。そうなると、これまで一度もミスったことのない仕事にも影響をきたすのは必至。今度の仕事を最後にしようと思っていたところ、暗殺現場で相棒を誤射して殺してしまいます。自分が殺しを行った痕跡は全て消し去ったとはいえ、ミスはミス。ジョンが自宅で落ち込んでいると、ずっと疎遠だった息子のマイルズ(ジェームズ・マースデン)が突然訪問。16才の娘をたぶらかして妊娠させた男の家に面会した時、本人のクズっぷりに激昂してナイフでメッタ刺しにして殺してしまったとのこと。頼れるのが親父しかいないと言われて泣きつかれたジョンは、自分の最後の仕事として息子の殺人の痕跡を消すことを誓います。

 

まずは息子の犯行現場の証拠隠滅を図ろうとするも、現場は息子の指紋だらけ。被害者の住居にある防犯カメラにも息子の映像はしっかりと映っています。これらの状況を鑑みた上で完全犯罪を試みるジョン。ジョンの計画の全容は観客には知らされません。ただし、自分を殺し屋にスカウトして以降ずっと面倒を見ているボスのゼイヴィア(アル・パチーノ)にだけは全てを打ち明けて、無事に遂行できるまでのサポートをお願いします。一方で、ジョンが少しずつ記憶を失っていく様子は頻繁に描写されます。毎週自宅に来る娼婦もその異変に気づきます。これまでに稼いだ資産は別れた妻(マーシャ・ゲイ・ハーデン)や息子の家族に分配する手配をしながら、息子が有罪にならないような工作を積み上げていくジョン。警察では、ジョンの暗殺事件と息子の殺人事件の両方をイカリ警部(スージー・ナカムラ)のチームが担当していて、徐々に事件の真相に近づいていきます。やがて、ジョンの暗殺事件の証拠は隠しきったものの、息子マイルズは殺人容疑で逮捕されてしまいます。それはジョンの計画通りなのか、それとも・・・というのが大まかなあらすじ。

 

原題は「Knox Goes Away」。"ノックスは消え去っていく"という意味。ノックスの存在自体と記憶の両方が消えてしまうというニュアンスなのかな。しっかりと練られた脚本をマイケル・キートンが丁寧に演出。ルックが非常に地味で、タイトルやクレジットのフォントも素っ気ないところに実直さがうかがえます。物忘れや時間の経過を象徴させるファーストショットが秀逸。ラスト間近の何気ないシーンでもなるほどと思わせます。ジョンが犯罪のもみ消しを成功するのをついつい見守りたくなって、正しいかどうかはともかく、ふさわしい結末へとストーリーは進行。殺し屋だと知ってからずっと絶縁していた父が起こしたある行動の真意を息子が気づく場面はウルッとしてしまいました。マチズモ社会をサバイブしてきたであろう女刑事を演じるスージー・ナカムラやポーランド系娼婦を演じたヨアンナ・クーリクがいいアクセントになっていて、顔出し程度の出演かと思ったアル・パチーノも体をあまり動かさないわりには、物語にスパイスを与える存在として機能していました。悪党が悪党なりの仁義を持って行動してるところが、なんだか嬉しい作品でございました。