「十一人の侍」(1967)

 

東映集団抗争時代劇の1本をAmazonプライムビデオで観ました。

 

 

監督は工藤栄一。予告編はありません。

 

江戸時代の末期。狩猟中に館林藩主の松平斉厚(菅貫太郎)が隣の忍藩領内につい侵入して、罪のない老人を殺してしまいます。たまたま近くにいた忍藩主の阿部正由(穂高稔)が駆け寄って、暴挙をたしなめると斉厚が逆ギレ正由の右目を弓矢で射貫いて逃亡。正由はやがて死亡します。忍藩家老の榊原帯刀(南原宏冶)は老中水野越前守(佐藤慶)に訴状を提出。ところが、斉厚は将軍の弟であるがゆえ、罪をもみ消したい幕府側は非があるのは正由で、忍藩は即刻取り潰しという裁定を下します。家老榊原はせめてもの計らいとして、藩取り潰しのお達しまでの数ヶ月の猶予を申し入れ。部下たちが謀反を起こさないように、なだめるための時間が欲しいという願いが通ります。しかし、榊原はその猶予期間のうちに主君の仇を討つ準備を進めます。親友で忍藩番頭の仙石隼人(夏八木勲)に斉厚暗殺を依頼。引き受ければ死を免れないと知りつつ、仙谷は任務を承諾。まずは脱藩して、忍藩と関係のない素浪人の立場で暗殺隊のメンバー集めを開始。榊原との連絡役となった藤堂、独断で斉厚襲撃を企んでいた三田村(里見浩太郎)を含めた7人、金庫番として勘定方の市橋(汐路章)をメンバーに加えます。

 

10人は斉厚が参勤交代のために滞在する江戸に潜伏。その間に、ひょんなことで知り合った反骨の浪人井戸(西村晃)も暗殺隊に加入。おしどり夫婦だった仙谷は貞淑な妻織江(宮園純子)を捨てて、死んだ兄の代わりに暗殺隊に加わったぬい(大川栄子)を駆け落ち相手と称して、江戸で浪人生活を送っていました。仙石の不貞行為に激怒した義弟喬之助(近藤正臣)はその体たらくに絶望。単独で斉厚を襲撃するも、返り討ちに遭って死亡。上京した織江はぬいから真相を聞いて、夫の悲願達成を陰ながら祈ることを決意。自身の存在が計画の妨げになると察して自害します。喬之助の襲撃を受けて、警戒を強める館林藩陣営。バカ殿の対応に手を焼いている家老の秋吉刑部(大友柳太朗)は幕府老中水野と示し合わせて、隠密作戦を決行。水野が榊原に忍藩存続の可能性をちらつかせて暗殺の動きを中断させたスキを突いて、大名行列の日程を予定より早めて、江戸から館林までを1日で戻り切ってしまおうとします。日光街道森の中斉厚暗殺の準備を進めていた11人の暗殺隊でしたが、斉厚一行が通り過ぎる直前に計画中止を命じられて・・・というのが大まかなあらすじ。

 

劇場公開は1967年12月16日。同時上映は「わが恐喝の人生」。集団抗争時代劇の傑作「十三人の刺客」(1963)に続けとばかりに作られた仇討ち秘話。仇討ちの真意を近しい人にも黙して語れないジレンマの部分には『忠臣蔵』マインドもブレンドされてます。100分という尺のため、登場人物のそれぞれの背景の掘り下げが足りないのは致し方なし。役者陣の小粒感も否めず。ただ、死を賭して任務を遂行する夏八木勲の精悍な顔つきは信頼度大。ラブラブだった夫の宿命を受け入れる宮園純子の清らかな表情を強調した演出にしているのも情感たっぷり。兄の無念を晴らすために暗殺隊に加わる大川栄子のひたむきさも地味ながら輝いてました。東映の脇役でおなじみの有川正治岩尾正隆も果敢に散っていく暗殺隊の一員なのに、ポスターのクレジットにも入っていないのは残念。西村晃や南原宏冶といった悪役キャスト寄りの人たちが正義を果たす側にいるのも面白いです。特筆すべきは、斉厚一行を待ち構える森林のシーンでのモノクロ映像で、光と影のコントラストを生かした美しさは絶品の一言。

 

で、結末はというと・・・、準備していた作戦がご破算になって、シュンとしていた暗殺隊のところに家老榊原が馬に乗って駆けつけてきます。すでに腹を斬っていた榊原は、改めて藩の取り潰しが決まったことを報告。水野の企みを見抜けなかった落ち度を詫びて息絶えます。「こうなったら、斉厚を追っかけてとにかく殺すぞ」というド直球の作戦を語る仙谷に全員が賛同して、過ぎ去っていた斉厚一行の後を追います大雨だから近くの空き家でひと休みしようとバカ殿がワガママを通したことで、彼らに追いついた暗殺隊。最初の3人が捨て駒として50人近くバカ殿を警護している空き家襲撃して、場が混乱したところを二の矢が襲撃逃げる斉厚を農家の裏手に追い込むと、なんとか生き延びた仙谷立ちはだかる秋吉刑部を始末。斉厚納屋に追い詰めて、外に出たところをバッサリ。そこに、まだ死んでなかった秋吉刑部が現れて、仙谷と相討ち。たった1人生き残った浪人井戸が斉厚の首を斬り取って去って行く姿と、藩取り潰しの裁定が白紙になったテロップを映して、映画は虚しく終わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大氷原」(1962)

 

流氷と流れ者と民族問題を描いたAmazonプライムビデオで観ました。初見。

 

 

監督は斎藤武市。予告編はコチラ

 

春の網走でオホーツク海でのとっかり(アイヌ語でアザラシの意味)猟が解禁。海洋丸猟をしていると、誰もいないはずの流氷の上にいた1人の男を救います。樺太から流氷に乗ってやって来た男の名前は鉄次(宍戸錠)。北海道生まれの日本人ですが、両親の死後に樺太のギリヤーク族に引き取られて育てられたとのこと。網走在住のギリヤーク族の老婆に会うのが目的だと言うので、とりあえず、雇い主の金沢海産に連れ帰ります。猟銃の腕前を披露すると、金沢(大坂志郎)は鉄次を雇うことに決定。鉄次は地元のヤクザ春川組構成員たちに襲われている女性を救った後、ギリヤーク族の集落に住むおかね婆さん(細川ちか子)と再会。婆さんと暮らす養女の冴子(和泉雅子)こそが、先ほど鉄次に救われた女性でしたが、突然の出来事で顔を認識せずに別れたため、互いにそのことに気づきません。冴子は同じギリヤーク族の北村(小高雄二)の婚約相手ですが、北村はギリヤーク族の出自を隠して、日本人と偽って金沢海産のとっかりハンターとして働いています。北村が想いを寄せている金沢の娘杏子(中原早苗)が新米の鉄次に気がある素振りを見せるため、鉄次をライバル視するように。

 

数日後に再出航した海洋丸で、とっかりの捕獲量を競い合う鉄次北村。帰港後、杏子にフラれた北村が冴子をぞんざいに扱っているのを見て、鉄次と北村は大ゲンカ。北村の弱みを握っている春川組の幹部は、次の猟で鉄次を殺すようにそそのかしますが、北村はさすがに殺せずじまい。一方の鉄次は、終戦直後に両親がソ連兵に処刑される原因を作った沢野という男に復讐しようとしていましたが、ずっと見つけられずにいます。そして1年後、網走に流氷の季節が訪れて、北村や鉄次といった海洋丸の従業員たちが再び集結。しかし、オホーツク海の天気の急変で、磯船で遠出していた北村を取り残したまま、海洋丸は帰港せざるをえない事態が発生。置き去りにした現地に戻ろうとしない金沢の態度に激昂した鉄次は、1人で北村を救出するために磯船でオホーツク海へと向かいます。北村の婚約者である冴子も自ら志願して同乗。極寒の中で北村を探そうとする2人病弱な冴子は寒さで病気が悪化して吐血。鉄次の腕に抱かれて死んでいきます。ようやく見つけた北村も少し言葉を交わした後に死亡。ただ、北村の証言で鉄次の復讐の相手が判明して・・・というのが大まかなあらすじ。

 

劇場公開は1962年4月22日。同時上映は小沢昭一主演の「週末屋繁盛記」。本作は、動物文学で有名な作家戸川幸夫の小説『流氷に乗ってきた男』が原作。南樺太の原住民であるギリヤーク族(別名ニヴフ)を扱っている点が珍しいです。ギリヤーク族に育てられた日本人鉄次、ギリヤーク族出身であることを忌み嫌っている北村、ギリヤーク族の純真無垢な娘冴子を中心とした愛憎劇で、ギリヤード族の娘の1人で松尾嘉代も出ていました。その他に、鉄次の両親をソ連兵に売った男の意外な正体だとか、地元ヤクザの恐喝絡みの抗争劇だとか、ストーリーは意外にゴチャゴチャしていますが、見どころは人間模様のバックに映し出されるオホーツク海流氷シーン数々。無残に殺されてしまう"とっかり"の生々しい映像もレア。ソリに乗った和泉雅子のシーンでは、後年の冒険家としての活動が思い起こされます。昨年亡くなられた和泉雅子による北海道ロケ時の思い出が書かれたコラムがあったので、リンクを貼っておきます。

 

 

 

「冬の猿」(1962)

 

ジャン・ギャバンとベルモンドの唯一の共演作をYouTubeで観ました。初見。

 

 

監督はアンリ・ヴェルヌイユ。予告編はコチラ

 

Dデーの前夜。ノルマンディー付近のティーグルヴィルという町の外れにあるバーで、ホテル経営者アルベール(ジャン・ギャバン)が飲み仲間の居酒屋主人エノー(ポール・フランクール)を相手に飲んで、海軍時代の中国滞在話をグダグダとしゃべっていました。すると、突然の空襲で妻シュザンヌ(シュザンヌ・フロン)と一緒に防空壕に避難。その時、アルベールは無事に終戦を迎えたら酒を絶つことを誓います。それから15年後のある夜。ガブリエル(ジャン=ポール・ベルモンド)という青年が町を訪れて、アルベールのホテルに宿泊。ホテルは禁酒だったため、ガブリエルは近くにあるエノーの居酒屋へ繰り出すと、泥酔してタンゴを踊り狂った挙句に大暴れ。店を追い出されて、千鳥足でホテルに戻ります。別れた妻の話とスペインでの思い出をグダグダとしゃべるガブリエルを介抱しながら、昔の自分を思い出すアルベール。その様子を見ていたシュザンヌには、夫がかつての酔っ払いに戻るのではという不安がよぎります。

 

ガブリエルは先妻との間に生まれた娘マリーを近くの寄宿学校から引き取るためにこの町を訪れていました。数日の滞在でアルベールとガブリエルの心が通じ合っていくうちに、シュザンヌも人懐っこいガブリエルに心を許すようになります。そして、万聖節の前夜。居酒屋に寄ったガブリエルは酔いつぶれてホテルに戻ってきませんでした。翌日、ガブリエルは酔いが覚めぬまま、公道を通る車を相手に闘牛士気分で暴れ出す大騒ぎを起こして、警察に拘留されます。身元引受人となったアルベールはその足でガブリエルを昔の行きつけのバーに連れて行くと、15年ぶりに断酒の誓いを破って、2人で大酒を食らいます。その勢いでエノーの居酒屋に殴り込みに行って、寄宿学校に押しかけてマリーを奪い去ろうとするも失敗。近所の雑貨屋に売れ残りの花火があることを思い出した2人は雑貨店主も巻き込んで夜中の海岸で盛大な花火大会を勝手に開催しだして・・・というのが大まかなあらすじ。


原題は「Un singe en hiver」。邦題と同じ意味。アントワーヌ・ブロンダンの同名小説の映画化。アルベールが従軍時代に中国で見聞きしたという、冬に山から下りてくる孤独な猿の話がタイトルの由来。冒頭から最後まで、ずっと端正な構図で統一されていて、1960年代のフランス映画の円熟味を感じます。元酔っ払いと現酔っ払いのふれあいとから騒ぎを描いたたわいのない話ですが、老境に入ったギャバンとまだ若々しさが残るベルモンドの2大スターが演じてるのがミソ。戦勝国になったとはいえ、米英に救ってもらった立場のフランスの苦渋を背負っているギャバンの方が主役になるでしょうか。人騒がせな1日が終わった翌日の描写が映画の締めで、海辺にあるトーチカの中で目覚めた2人はホテルに戻ると、ガブリエルは娘を引き取ってパリに戻ります。アルベールも毎年恒例の父の墓参りに行くため、3人は列車に同乗。アルベールが中国に伝わる"冬の猿"の話をマリーに聞かせた後、乗り換えの駅で下車。駅のホームで1人寂しく座っているアルベールを列車の窓から見送る2人の姿を映して映画は終わります。