「英語を頑張ろう」
というご発言をよく耳にします。
結論から申し上げます。
英語は、努力しても殆ど上達は期待できません。
ここで言う”英語”とは、”英語を話す力”、”総合的な英語力”のことです。
「単語を50個覚えよう」というような狭い範囲の英語の勉強は”努力”する効果がありますが、「英語を話せるようになりたい」というような目的の場合、それも解決は”努力”ではないということです。
『努力』という言葉は、次の様なことが対象です。
・困難な事
・できそうにないこと
・嫌いな事
・苦手なこと
どれも、「苦手」、「嫌い」なことをクリアするために行うのが『努力』です。
「苦手」、「嫌い」と考えていると継続が困難ですし、たとえ継続できたとしてもそれ程向上は見込めません。
「嫌々(いやいや)感」が満載だからです。
これは他の分野を見ればわかります。
例えば、”ゴルフがうまい人”
毎週、家族の顰蹙(ひんしゅく)を買ってでも練習場に通い、高いフィーが掛かっても何度もコースに出て上達していきます。
それは、『好きだから』です。
この人は、『努力』とは考えていません。
「ゴルフが嫌い」という人は、仕事などでうまくなる必要がある場合は行きたくない練習場に通い、コースに出るように”努力”します。
これではうまくはなりません。
英語も全く同じです。
英語は『努力』しても、大きな向上は期待できません。
よほど「猛勉強しよう」という覚悟のある方は別です。
英語力がある人の殆どは、『好きだから』英語がうまくなっています。
英語力が向上すると「良いことがある」ことを知っているわけです。
「英語の勉強が継続できない」という人へのアドバイスとして、次を見聞きすることがあります。
(X)「一緒に英語を勉強する友人を作りなさい」
他力本願な、残念なアドバイスです。
その友人が英語が好きで優秀な人であればこのアドバイスが役に立つかもしれません。
しかしそのような人は少数です。
その友人も英語の勉強の継続が難しいと考えている人の場合、その友人が継続できなくなれば共倒れです。
纏めます。
英語は、(何でもそうですが)”楽しさ” が感じられなければ上達は期待できません。
(殆どの場合)『努力』することは解決にはなりません。
巷のアドバイスは、その効果をきちんと判断して行動する必要があります。
本当の勉強法を知りたい方にこの本をお勧めしています。