さぶい。
昨日は夜中に帰らず、会社に宿泊。
泊まりづらい季節になりました。
なんたって、夜が寒い!
本当に寒い!しんしんと冷え込みます。
暖房ガンガンにかけて、丸まって寝ています。
どっかでいったんリセットしないといけないね。
泊まりづらい季節になりました。
なんたって、夜が寒い!
本当に寒い!しんしんと冷え込みます。
暖房ガンガンにかけて、丸まって寝ています。
どっかでいったんリセットしないといけないね。
書きますぜー。
原稿書いてます。
できればライターさんに外注したいところでしたが、
うまくタイミングが合わなかったため、自分が抱えることに。
この苦労はきっと報われるはず。たぶん。
いや、そうなるといいなぁ、くらいで。
できればライターさんに外注したいところでしたが、
うまくタイミングが合わなかったため、自分が抱えることに。
この苦労はきっと報われるはず。たぶん。
いや、そうなるといいなぁ、くらいで。
よろしかったんです。
体調が悪く、仕事の進み具合も非常に遅々としています。
もう、やんなっちゃう。
さて、近頃、
「『よろしかったでしょうか?』は日本語として間違い」との
意見をよく耳にする(目にもする)。
でも、これって北海道地方の方言なんですよね。
現在形を使うべきところに過去形を使うっていうか。
以前、北海道を旅行した際、こんなことがありました。
○○○旅館というところに泊まっていたのですが、
帰り際にカウンターの外線が鳴りました。
受話器を取った主人は、
「ハイ、○○○でした」。
「終わりかよ!」。当然我々は大爆笑。
でもこれが普通なんですね。
はい、というわけで、学生時代の良き思い出に現実逃避。
もう、やんなっちゃう。
さて、近頃、
「『よろしかったでしょうか?』は日本語として間違い」との
意見をよく耳にする(目にもする)。
でも、これって北海道地方の方言なんですよね。
現在形を使うべきところに過去形を使うっていうか。
以前、北海道を旅行した際、こんなことがありました。
○○○旅館というところに泊まっていたのですが、
帰り際にカウンターの外線が鳴りました。
受話器を取った主人は、
「ハイ、○○○でした」。
「終わりかよ!」。当然我々は大爆笑。
でもこれが普通なんですね。
はい、というわけで、学生時代の良き思い出に現実逃避。
『踊る大捜査線』 に思う。
先日の日曜と会社を休んだ昨日で、
『踊る大捜査線』の映画版を2本観た。
好きなんですよねー、こういうの。
織田裕二が青島を演じ、
深津絵里がすみれを演じ、
柳葉俊郎が室井を演じ、
いかりや長介が和久を演じる。
初めてドラマが放送されてから何年もの時を経て
映画化されたはずなのに、まったくその関係は色褪せない。
しかし、それぞれの役者は別のドラマや映画があれば
それに出演するわけなので、
青島イコール織田裕二でも、織田裕二イコール青島ではない
(もちろん代表作という意味ではイコールにもなることはあるが)。
ある一定の枠の中で、決まった役を演じる。
その安定感が安心感につながる。なんかホッとする。
これは自分自身にも言えるような気がしてなりません。
小学校時代の友人といる自分。
中学校時代の友人といる自分。
高校時代の友人といる自分。
大学時代の友人といる自分。
会社にいる自分。
どれがどうとは言いません。
理想論としては、「どこにいても自分は自分」なんですが、
果たしてそれがどこまでできているでしょうか。
いや、そもそもこの「理想論」は正しいのでしょうか。
場によって役柄を演じてもいいという考え方はないのでしょうか。
たとえば(ホントにたとえば)、自分の仲の良い小学校時代の友人が、
だんだんと性格が変わり、社会人になってから実は悪いこと
やりたい放題だったりして、
でもたまに会って飲んだりすると
そんなそぶりは少しも見せないで楽しいヤツのままでいるとか。
その時はみんな楽しくやってるでしょう?
「変わらないなー、おまえ」とか言ったりして。
……まじめな話になりました。
おやすみなさいまし。
と、まとめを書かないのは悪い癖。
思考は踊る。
『踊る大捜査線』の映画版を2本観た。
好きなんですよねー、こういうの。
織田裕二が青島を演じ、
深津絵里がすみれを演じ、
柳葉俊郎が室井を演じ、
いかりや長介が和久を演じる。
初めてドラマが放送されてから何年もの時を経て
映画化されたはずなのに、まったくその関係は色褪せない。
しかし、それぞれの役者は別のドラマや映画があれば
それに出演するわけなので、
青島イコール織田裕二でも、織田裕二イコール青島ではない
(もちろん代表作という意味ではイコールにもなることはあるが)。
ある一定の枠の中で、決まった役を演じる。
その安定感が安心感につながる。なんかホッとする。
これは自分自身にも言えるような気がしてなりません。
小学校時代の友人といる自分。
中学校時代の友人といる自分。
高校時代の友人といる自分。
大学時代の友人といる自分。
会社にいる自分。
どれがどうとは言いません。
理想論としては、「どこにいても自分は自分」なんですが、
果たしてそれがどこまでできているでしょうか。
いや、そもそもこの「理想論」は正しいのでしょうか。
場によって役柄を演じてもいいという考え方はないのでしょうか。
たとえば(ホントにたとえば)、自分の仲の良い小学校時代の友人が、
だんだんと性格が変わり、社会人になってから実は悪いこと
やりたい放題だったりして、
でもたまに会って飲んだりすると
そんなそぶりは少しも見せないで楽しいヤツのままでいるとか。
その時はみんな楽しくやってるでしょう?
「変わらないなー、おまえ」とか言ったりして。
……まじめな話になりました。
おやすみなさいまし。
と、まとめを書かないのは悪い癖。
思考は踊る。
あわただしい休日(?)。
……というわけで代休を取ったのはいいけれど、
会社から、
「●●さんが至急連絡をくださいと言っています」
「この原稿を今日中に見てください」
などと連絡が入る。
これは代休じゃねーだろ。
自宅作業っていうんじゃないの???
会社から、
「●●さんが至急連絡をくださいと言っています」
「この原稿を今日中に見てください」
などと連絡が入る。
これは代休じゃねーだろ。
自宅作業っていうんじゃないの???
あー、ダメダメ。
あーーーーーーーー、起きたら11時。
「13時頃行きます」と伝えて再度起きたら13時。
疲れが取れないツカレスパイラル。
この悪循環をどこかで断ち切らないといけないと思い、
今日は代休をもらうことに……。
たまりたまってるから、少し休んでもいいじゃない。
おとなしくします。誰か看病してください。
「13時頃行きます」と伝えて再度起きたら13時。
疲れが取れないツカレスパイラル。
この悪循環をどこかで断ち切らないといけないと思い、
今日は代休をもらうことに……。
たまりたまってるから、少し休んでもいいじゃない。
おとなしくします。誰か看病してください。
仕事→仕事→飲み→仕事ってな感じで。
金曜日、ライターさんと食事の約束をしていたものの、
こちらに急な用件が入ってしまい、流れました。
こういうことが続くといけないんだろうなと反省。
土曜日は会社関係の人たちと飲み。
っつっても辞めた人がほとんど。
合流できたのが23時過ぎで、解散が5時。うーん、元気だね。
解散してから会社に戻り、昼まで寝て、仕事。
体調悪くあまりはかどらなかったので、早々に帰宅。
明日からの復活を期して。
……そんな週末。
色恋沙汰なんてありゃしない。
こちらに急な用件が入ってしまい、流れました。
こういうことが続くといけないんだろうなと反省。
土曜日は会社関係の人たちと飲み。
っつっても辞めた人がほとんど。
合流できたのが23時過ぎで、解散が5時。うーん、元気だね。
解散してから会社に戻り、昼まで寝て、仕事。
体調悪くあまりはかどらなかったので、早々に帰宅。
明日からの復活を期して。
……そんな週末。
色恋沙汰なんてありゃしない。