初めて訪れた南イタリアの小さな町、
ポジターノ。
ジブリの世界でした。
宮崎駿の世界は、
まさにこういうところが描かれてるんだ、
とガツンと入りました。
宮崎さんは、
高尾山の中で「こだま」を見つけ、
三鷹のどこかで、
「まっくろくろすけ」を見つけ、
こんな遠くの南イタリアの片田舎とか、
世界のいろいろなところで見つけた
数えきれない空間が、
その脳裏に、貯蔵されていて、
作品毎に、
それをスクリーンに再現してるんじゃないかと、
感じました。
私達みんなに、
同じようなチャンスはあって、
日々の細かく受ける
感動、感情を、
どこの貯蔵庫にしまって、
いつどんな形で出すかが、
この人生に描ける作品となるんだなと、
何となくそんなことを感じました。
私も、人がみたことのないセカイを、
何かの形で表現し、
それを観た人に新しい感動が伝染させられるような、
そんな人生を送りたい。
そう思います。
最近、夏バテ気味を実感して、
うなぎとか、肉を毎日欲していた。
それでも、思ったとおりのものが手に入らない場合、
代わりになるスタミナ料理風のものでごまかしたりしていましたが、
それが欲していたものとジャスト一致してない日々を繰り返してたら、
少しずつ、自分の体のうわずみに滞りを感じる様になった。
数年前に発見した、
カラダの声の聞き方を、その感覚を、
なるべく毎日忘れない様に、
常に直感を使って生きる様に心がけてはいるものの、
こうして本当の声と「少し違う」もの体に入れたりすると、
たちまち違和感がでてきてしまいます。
それに気付く様になったこと自体は、
数年前の私からしたら、十分凄いことなんだけど。
なので改めて、何を摂りたいとカラダが言っているか、
本当の声を聞く練習を。
散々検証した末、今日は
サバの味噌煮
おから
ゴーヤおひたし
キンピラ
ほうれん草の胡麻和え
主食は無し
となりました。
特におからと味噌煮が体の隅々まで一気に駆け抜けて、
体内にある、何かを欲している小さな穴に、
どんどん届いて浸透していく感じがしました。
今日は大豆か、それがお酒?もしくは発酵したようなものを
体が欲していたんだということが分かった。
あー、楽しい。
カラダとの会話。
でも今しばらく、思いっきり頑張って、
カラダについている無駄がいなくなるように、挑戦しよ。
内蔵周りの脂肪は、特に夏は冷えて、
それが余計に滞りを促進させるから。
まず内蔵まわりは冷えない様にすること。
そして必ずカラダからの欲するものだけを
摂取するように。









