『青い空だけじゃない』
2023年8月30日発売
今回はChageさんのソロデビュー25周年記念EP『青い空だけじゃない』をじっくり1か月聞き込んでのレビューです。
前回のブログは新曲「幸せな不条理」の配信されたその日に楽曲分析を試みるという初期衝動そのままの内容でした。今回はその反動でじっくり聴きました。
まずは今回の作品の「EP」というカテゴライズについての考察です。
Chageさんはほぼ毎年コンスタントに新作を発表していますがベスト盤やライブ盤を除くと10曲収録のフルアルバムは2010年の『&C』が現在のところ最後になっています。
その後の作品は収録曲が6曲前後のことが多くChageさんも「ミニアルバム」という呼び方をすることが多かったです。
ちなみに2016年の6曲入りの『Another Love Song』の帯には「ニュー・アルバム」、メドレーを含む全6トラックの2019年の『feedback』の帯には「オリジナル・アルバム」と書かれていました。
EPって懐かしい響きやなって思いました。かつてのアナログレコードの時代にはシングル盤のサイズの盤に2曲(両面で4曲)収録されたものをEPと呼んでいました。ビートルズの『マジカルミステリーツアー』は全6曲だったのでイギリスではEP盤2枚の組み合わせで発売されています。おそらく世界一売れたEPレコードでしょう。私は1971年生まれです。小~高校まではレコードを買っていた世代ですがEP盤は買ったことがありません。その言葉は知っているもののモノは手にしたことがないレアな存在だったと思います。
死語になりかけていたこのEPという名称を最近よく使うようになったのは音楽の聴かれ方が配信やサブスクが中心になったからのようです。皮肉なものですね。
Apple Musicの定義によると…
・曲数が1~3曲で、少なくとも1曲が10分以上かつ合計演奏時間が30分以下
・曲数が4~6曲で、合計演奏時間が30分以下
…のものをEPとしているようです。
3曲以内はシングル、4~6曲はEP、それ以上はアルバムというのがざっくりした分け方です。販売者はこのカテゴライズをSpotifyなどのサブスクでも選ばなければならないようです。EPという言葉の復活は大衆から見つけてもらいやすくするために現在の世界の音楽を牛耳るAppleのカテゴリー分けに倣ったからだと言えそうです。
作品の内容を分析してみます。
今回の制作メンバーの顔触れが話題になりました。
1980年代後半から1990年代中期のチャゲアスの一般に黄金期と言われる時期のバックバンドBLACK EYESのキーボーディストだった十川ともじ さんがプロデューサー的存在です。
この人がどれほど凄い人かは十川さんが編曲したチャゲアスのChage曲のタイトルを並べるだけで簡単にわかるはずです。
「ripple ring」「さよならは踊る」「絶対的関係」「流れ星のゆくえ」「Reason」「告白」「誰かさん」「BAD NEWS GOOD NEWS」「ベンチ」「I’m a singer」「もうすぐ僕らはふたつの時代を超える恋になる」「Here&There」
「Reason」 と 「告白」 のアレンジってだけでどれほどの神的存在かがおわかりいただけるでしょう。この2曲のイントロだけで涙腺がヤバいことになる私にとってはまさに神的存在です。あのフレーズを作ったのは間違いなく十川さんなんですから。
ASKA曲の編曲も「SAY YES」と「YAH YAH YAH」の名刺代わりの2曲を筆頭に数多くあります。
25年前のソロデビュー曲の 「トウキョータワー」 の編曲を十川さんが担当していたこともあり節目の年の作品のプロデューサーとしてChageさんがお声がけしたようです。ちなみに『2nd』収録の「僕らが見つけた気持ちのいい場所」の編曲も十川さんです。
次にレコーディングエンジニアが小寺秀樹 さんです。
今年の第65回グラミー賞で最優秀ブローバルミュージックを受賞したMasa Takumi(宅見将典)さんの『SAKURA』のミックスを担当しています。他にもONE OK ROCKやももいろクローバーZなどジャンルを問わずに世界的な人気を得ているアーティストの楽曲制作に加えて人気アニメ「SPY×FAMILY」の音楽制作なども担当されています。エンジニアの駆け出しの頃からチャゲアスのレコーディングに関わっていたそうです。1995年・1996年のアルバム『Code Name』の1と2にはセカンドエンジニアとして名前がクレジットされています。十川さんが小寺さんに声をかけて今回の制作チームに加わったとのこと。
『青い空だけじゃない』の制作にこの2人を迎えたことは素晴らしい成果につながったと思います。前回の「POP」のアレンジやミックスはもっとこうして欲しいなという余地があったというか少し不満がありましたが、今回は最新かつ懐古的という絶妙な音作りが成されています。大満足の音像です。
それでは収録曲を紐解きましょう。
1曲目 「幸せな不条理」
この楽曲については前回のブログで初期衝動に任せたレビューを書きました。詳しくはそちらをどうぞ
ここでは追加情報を書きます。
歌詞もChageさん自身が手掛けていますが、危険な背徳とでもいうべき恋愛の心情が表現されています。
「開かないかもしれないパラシュート」
このフレーズが素晴らしすぎて…。どんな言葉で賞賛すればいいのでしょうか。
「あとどのくらいあるんだろう 僕に残された言葉は」 なんて前作の「POP」で歌っていましたが、まだまだ残された言葉はいっぱいあることを証明するかのようなキラーフレーズです。
コード進行については前回ブログで発表直後の分析を書きましたがこちらも追加情報です。
オフィシャルファンクラブequalのオンラインファンミーティングの9/9の会に参加した時にChageさんに直接聞きました 。
間奏の転調がよくわかんない(転調したKeyからどうやって歌メロのKeyに戻るのかが音楽理論的にわからない)という内容です。こんな感じの会話でした。
てるれのん「『幸せな不条理』はコード進行がかっこよくて… 間奏でFmに行ってますよね(サビから間奏のコード進行をギターで弾きながら)。この転調が本当に理論的にあり得なくて…」
Chageさん「そう! Fmに行ってる。あー、7thね。でも、よくわかったね~」
てるれのん「あー、Fm7ですか!(ギターで弾いてみる)ほんとや、7thや」
Chageさん「あーちょっと待って。(スタッフに楽譜を持ってくるように指示。しばらくして楽譜到着)コード言うね」
てるれのん「はい!」
Chageさん「(コード進行を読み上げる)」
てるれのん「あーーーー! B♭m7かぁ! あー、そうか! マイナーかあ。そこから同調のマイナーに転調したら確かに戻れる…」
Chageさん「わかったぁ?」
てるれのん「わかりました! なるほど… すげえ…」
Chageさん「ほかのみんなついてこれた?(ほかの参加者のみなさんを気遣っての言葉)」
こんな会話をしました。
そんなわけで間奏の転調のコード進行の謎解きです。Chageさんから直接聞いたから間違いありません。
Fm7 と半音下のKeyに強引に転調。そこからB♭7-Gm7-C7 とセブンスの音を強調したギターソロが続き、私が感動したB♭m7 への同調のマイナーへの転調を経過してE♭ のサビに戻るためのギターリフにつなぎます。
楽器を弾かない人はわけが分からないと思いますが転調の奥深さを改めて学ぶことができました。
地道に(本当に地道に)再生回数が伸びているMVもまだまだよろしく!
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2曲目「笑顔見せて」
50~60年代のオールディーズ風楽曲。アイルランドの民族楽器のバグパイプの音が入ることでアメリカンポップスではなくブリティッシュロックになっています。
バグパイプの音はポール・マッカートニーのWINGS時代の最大のヒット曲「Mull of Kintyre」のイメージですね。私にとっては。Chageさんも意識したのかな? 「Mull of Kintyre」のMVを貼っておきます。この音ね、ってすぐわかるはずです。
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「幸せな不条理」もそうですが完全にライブ想定をしていますね。「君に逢いたいだけ」と歌っていた2020年から3年が経ち「笑顔見せて」と歌ってくれているのです。
私もWINDY ROADツアーの9/3の名古屋公演と9/24の大阪公演で直接笑顔を見せることができました!
3曲目「青い空だけじゃない-Album Ver.-」
EP Ver.じゃないです。EPだけど「アルバム・ヴァージョン」です。
2曲目の先行配信となった楽曲にエンディングが追加されたVersionです。今では先行配信Versionの方がエンディングがカットされたように聞こえますが。
theSoulの河野健太郎さんとの共作です。AメロとBメロがChageさん、サビが河野さんの作曲。そして、それぞれが担当した部分の歌詞もなんと自身で書いたとのこと。テーマなどの打ち合わせもなくそれぞれが勝手に書いて「せーの」で見せ合ってそのままつないだというんですから驚きです。違和感なくつながった奇跡的な化学反応が起きています。
Chageさんのレギュラーラジオ番組の「Chageの音道」で初めて聞いた時に私は不覚にも落涙しました。メロディーや歌声も感動を誘いましたが歌詞が響きました。
勝手にチャゲアスの過去と現在や自身の境遇などを重ねてしまったからです。
そうなんですよ。歴史を勝手に重ねて聴いちゃったんですよ。
現状の悲しさというか悲しさというか。でも今の幸福感というか。
歌を聴くというのはそういうことです。
Chageさんや河野さんはそんなことを思って書いていないけど聴く人が勝手に物語を紡いでいく、それでいいんだと思います。
ポプコン出身者としてはChageさんの後輩でもある岡村孝子さんの代表曲「夢をあきらめないで」は孝子さんの失恋経験がモチーフになった楽曲です。「後ろ姿が小さくなる」「それぞれの道を歩いていく」など去っていく恋人のことを歌った楽曲なんでしょう。しかし、この歌は人が未来に向かって進んでいく姿を励ます歌としてスタンダードナンバーになりました。
過去のことを歌った歌が未来の希望の歌として広まる。
書かれていないことに物語を見出すのが読むことであり、聴くことであり、見ることなんでしょう。
最近の人気曲は映画のように状況や心情を事細かに歌ったものが多いです。僕はこうでこうだから君がこんなふうに好きだよ、とちゃんと説明してくれるタイプの楽曲ですね。歌番組でも「歌詞を書いた●●さんがこんな状況だった時に作った楽曲です」と説明してくれることが増えましたね。聴き手の完成に訴える具体的な物語性を歌に昇華させるテクニックはすばらしいと思いますが聴き手の想像力を喚起させる余白が少ないようにも感じます。
でも私は想像して聴きたいです。妄想したいですね。だからこんな妄想ブログを長年続けているわけです。
Chageさんはこのブログを見ていないと思いますが…
ASKAさんはこのブログを見たことあるんだろうな… 起きている間中ずっとエゴサしているんじゃないかと思うこともありますから…
へー、そんな風に聴いてるんだ、ってこのブログの読者さんやもしかしたらご本人にも思ってもらえるだけでいいんです。ただの感想ですから。その解釈は違う! と反論もあるでしょう。でも、それもあり、これもあり、でいいんじゃないかなぁ。
さて、改めてこの歌の感想ですが「名曲」 認定です。「終章」や「トウキョータワー」や「たった一度の人生ならば」などと並ぶバラードの名曲の殿堂入りレベルです。
スティールパンの感想が印象的です。ドラム缶を加工した民族楽器ですよね。ラテン系の明るいイメージがある楽器ですが、このせつないバラードの大事な間奏のソロで使う意外性とその親和性がもう素晴らしすぎて素晴らしすぎて語彙力が足りません。
ボーナストラックにもなっている先行配信Versionの唐突なエンディングもいいんですが、やっぱりこのエンディングが入るとライブで一緒に合唱したくなります。
また未来への希望を感じさせる見事なエンディングです。
4曲目「幸せな不条理-Accoustic Ver.-」
このEPの価値を数段引き上げているのがこのトラックです。
オリジナルよりも半音上げのKeyとなっておりスリリングな緊張感がより高まりました。より「不条理」感が増した感じです。
こっちのVersionだとパラシュートは開かなさそうな気がするし、どこまでもどこまでも堕ちていく気がします。
Chageさんの変幻自在のヴォーカルテクニックの凄まじさが堪能できます、でもなんと1テイク録音だそうですよ。つまり1回目の録音でOKが出た、と。化け物ですね。
「Chageの音道」で真ん中にピアノで左右にマーチンとギブソンのギターを振っていると語っておられました。確かにギターは2本聞こえます。それぞれどっちの音かな、って何度も聴きながら考えましたが…。まだ結論は出ていません。
Chageさんのギター、なのかどうかもわからないので…(そのことにはまだ言及なし)
Chageさんはどちらのメーカーのギターも持っています。Chageさんの愛器ならばマーチンの方が乾いた抜ける音、ギブソンの方が深くて広がる音ってイメージがありますが、こうかな…、って予想はありますが。ここに書く勇気はない(笑) わかんないです、と逃げます。
「Chageのずっと細道」のライブでこのVersionが聴けるはずです。また楽しみが増えました。
5曲目「トウキョータワー-25th Ver-」
1998年のChageさんのソロデビュー曲のリミックス音源です。
当時も編曲を担当した十川ともじさんがオリジナルの録音データにまで遡り、現在の技術を駆使してミックスし直したものです。後ほど詳しく書きますが一部新たに追加録音されています。
Chageさんの歌声は25年前のものです。もちろん現在の声質とは異なるはずなのですが他の曲と並んでも不思議に違和感はありません。知らない人が聞いたら完全な新曲だと言っても信じてしまうんではないでしょうか?
早寝早起きや日々のジョギングならぬ小走りをしたり、ジムのプールで泳いだり(ご高齢の方よりもゆっくり泳いでいて歩いているレベルだそうですが(笑))と健康を維持する生活習慣や日々のボイストレーニングの効果なのでしょう。家族との生活がその習慣を生んだとも言えるでしょうしミュージシャンとしてのプライドだとも言えそうです。以前にも書きましたが昨年秋以降のChageさんの歌声は別次元にパワーアップされたと私は感じています。
25年前の歌声と現在の歌声が一つのパッケージの中でここまで調和しているのはChageさんの日ごろの努力の賜物だと思います。
1998年のオリジナル版と大きく音像が違うのはすぐにわかると思います。
最も変化したのは「立体感」 です。L&Rの左右の広がりに上下や前後の広がりが加わったかのような印象です。もちろん音は左と右に配置するしかないのですがエフェクトのかけ方の進化などで立体的な印象が強まったんだと思います。
オリジナル(1998)と25th Ver.(2023)の違いをまとめてみます。ぜひ聞き比べてみてください。
【イントロ】
1998…アコースティックギターが右に100%で振られています。サイケな高音ストリングスは左にありイントロ後半から音量が上がります。
2023…アコースティックギターが中央から左側に広がるように音の位置が変わりました。サイケな高音ストリングスが左を中心に広がり低音は右側で音量は大きめです。
【冒頭のヴォーカル】
1998…高周波数を少しカットしたような50~60年代風のアナログ感のある音作りが特徴的です。
2023…フランジャー(コーラスかも)のエフェクトをかけてダブルトラックっぽく処理していると思います。1オクターブ上のファルセットの歌声も重ねているのでトリプルトラックっぽく聞こえます。
ビートルズのジョン・レノンは自分の声をフランジャー処理するのが大好きでした。ジョンは面倒くさがりな性格だったので2回歌わないといけないダブルトラック処理と同じ効果が得られることで大喜びしたそうです。ビートルズ好きなChageさんのことですからそのことを意識したのかもしれません。勝手な想像ですが。
【アコースティックギター】
1998…左右に分かれて置かれています。
2023…位置は違いますがこちらも左右に振られています。しかし、全体を包み込むような音像に処理されています
【ミックスの音量の差】
1998…エレキのアルペジオの音が大きいのが特徴です。
2023…エレキのアルペジオは目立たなくなりました。1998よりもドラム音が立体的に前面に出ています。
【2023の追加録音】
1・2番のAメロでピアノが追加されてます。メロディーを追いかけるようにポロローンと駆け上がっていますよ。これは十川さんが新たに録音したと思います。
サビでストリングスが追加されています。1998にもあったかのように自然に足されていますがかなりゴージャスになっています。
「聞き飽きた雑音の~」からの部分でトランペットの音が追加されています。いわゆるトランペットぽくない面白い入り方です。十川ともじさんのコメントによるとオリジナルの録音の時に録ったけれども使っていなかった音だそうです。
他にももっとありますがわかりやすい違いはこんなところです。
わかりやすくまとめれば1998はギターロックです。『2nd』に収録されている他のとがったロック曲とのバランスを考えれば当然です。
2023は楽曲のドラマチックさを強調するミックスってとこでしょうか。
ヘッドホンやイヤホンで聞くと細かい音の広がりがよくわかります。最近の楽曲はスマホからワイヤレスイヤホンで聴かれることが多いのでそれを意識したミックスがなされます。CDプレーヤーで聴くことは想定していません(そもそもCDとして作品が発売されなくなってきました)
Chageさんのファン層はCDをスピーカーで聴く従来からの聴き方をする人もまだ多いでしょう。それに加えて高音質のハイレゾから低温室のスマホスピーカーまでさまざまなニーズに応えなければ「音が悪い」と言われてしまうんですから…。ベテランアーティストの音響スタッフは大変ですね。今回、十川さんと山崎さんを起用した効果はこんなところにも表れているんではないでしょうか?
CDには1月のビルボードライブのライブ映像も付いています。楽曲はサブスクサービスで無料で聴くことができるようにされていますからCDというパッケージにはライブ映像のような付加価値をつけるわけです。
CDの存在価値とは? と思いもしますが時代の変化ですね。確かに私も『青い空だけじゃない』のCDをCDプレーヤーに入れて聴くことはほとんどありません。
PCで音源を取り込んでから携帯音楽プレーヤーに取り込んでもいますが、結局はサブスクサービスを利用することが多いです。
過去のChageソロがサブスク解禁されたこともあり毎日のように楽しんでいます。「トウキョータワー」の新旧聴き比べもサブスクサービスのおかげで容易にできました。
まとめますと…
大ファンとしての贔屓目なしに優れた作品だと思います。
この記事を読んだ昔は聞いていたという人や電気屋でMVを見たなんて人がアルバムを聴くきっかけになってくれたら嬉しいですが…
そんなライトなファンがこんな長文をここまで読むわけないか!
というわけで
この長文をこんなところまで読んでくださったディープなファンの皆様。
お読みくださりありがとうございました。
末永くこの作品を聞いて楽しみましょうね。