「つれづれなるままに日暮らし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるをしけれ。」

兼好法師がおよそ700年前に書き著した『徒然草』の如く、つれづれなるままにChageさんの2025年を振り返ります。

 

 

11月のライブツアー『Mr.November』

 

なんといっても11月のライブです。素晴らしいコンサートでした。

本能の赴くままに選曲したというその曲目には驚きました。

特に後半の「Sea of Gray」「港に潜んだ潜水艇」「Knock」の3曲連続のチャゲアス曲の畳み掛けには情緒がおかしくなってしまかと思いました。

このブログに訪れる方には説明不要でしょうが、この3曲のオリジナル歌唱はChageさんではありません。作曲はChageさんですが、メインを歌ったのも歌詞を手掛けたのもASKAさんなんですよね。(「港に潜んだ潜水艇」は『STAMP』(2002年発売)でChageさんメインVersionが収録され、ライブでも披露されています)

この選曲の意図を色々と勘繰る向きもあるかと思いますが「本能」に任せた選曲というChageさんの言葉が全てなんでしょう。歌いたいから歌った、と。

私は常々「Knock」という楽曲の素晴らしさを語ってきました。そしてその名曲っぷりと反比例するかのような不遇な扱いに疑問を抱いてきました。

このブログでも過去に「Knock」の魅力を語りました。2017年12月21日の記事です。 

 

8年前に書いたこの記事へのアクセスが11月になって急増しました。

「Knock」で検索した人がこの辺境のブログ記事に辿り着いたのか… 

この歌への愛情を書き残した意味があった気がします。

 

前半には「Kockin’ on the hill」「Mr.Liverpool」「No.3」のようにビートルズを彷彿とさせる楽曲も続きました。そういえば開演前のBGMはビートルズが流れていましたね。

 

本編ラストの「光の羅針盤」はCHAGE and ASKAのシングルVersionのアレンジでした。この歌はずっと歌い続けられているのですがシングルVersionアレンジでの披露はほとんどなかったはずです。このアレンジでは嬉しかったなぁ、本当に。「光の羅針盤」のシングルVersionはチャゲアスで2番目に好きな歌なんです。

チャゲアスのシングルとアルバム、ソロと公式録音が3つあるこの楽曲。どのアレンジも素晴らしいのですが、シングルのアレンジでは3連のリズムの溜めが最も強く、ミディアムテンポなのにロックのダイナミズムを強く感じることができます。高揚感を煽るストリングスも最高です。

 

アンコールの「幸せな不条理」はライブに欠かせない1曲になりました。思い出補正も加わる過去の人気曲を押し除けてアンコール楽曲となるこの歌の強さを感じます。

 

これまで9月ごろに行われることが多かったバンドツアー。台風や大雨などの天候不良が多い時期を外してこの時期にしたのでしょうね。

個人的には11月は休みが取りづらいので避けてほしいのですが…。なんとか大阪公演は行けたんですが来年もこの時期なのかな。

 

 

NEW ALBUM『Instinto』

Chageさんの年齢で毎年新作を発表しているアーティストってなかなかいないんですよ。当たり前に新曲が聞けるって幸せなことです。

チャート成績はオリコン週間アルバムランキング32位。Billboard Japanでは週間31位。

 

1曲目の新曲「Instinto」を初めて聞いた時に「ラテンで来たか~」と思いました。「東京Doll」を初めて聞いた時の感覚を思い出しました。何か危険な匂いを感じるその躍動するリズム。

アルバムのプロモーションでラテンミュージックを聞きまくった、とChageさんが話していました。Chageさんもサブスクで音楽聞きまくってるんですね。サブスクの魅力が未知の音楽にも簡単に出会うことができること、その結果としてこんなに素敵な楽曲が生まれたわけです。その功罪の両面性は確かにありますが音楽のサブスクサービスの存在は有難いなと改めて思います。

新曲がもう1曲「One Love ~二人だけの軌跡~」。Chageさんはラジオなどで令和版「WINDY ROAD」なんて言い方をしていました。湾岸戦争という世界情勢がその歌詞の背景にある「WINDY ROAD」。中東情勢やウクライナなど争いが絶えることない今の世界情勢を踏まえたメッセージなのでしょう。

セルフカバーも素晴らしい。チャゲアス時代の盟友の十川ともじさんの音作りとChageさんの楽曲との相性の良さが味わえます。

ミックスのバランスももちろんですがイコライジングというのでしょうか、音数が少ないからこそChageさんの歌声と楽器の音の「湿度」とでもいうべき音質が絶妙だと思います。今後も十川さんとのコラボレーションが続くことを期待しています。

 

 

カバーアルバム『Vandange_1958』

惜しまれながらサービスを終了したChage Appの「Taku-Roku」から厳選された音源が配信限定のアルバムとしてまとめられました。Vol.2も含めると全14曲。

私が好きなカバーは「街の灯り」。改めていい歌だなと感じて堺正章さんのオリジナルもその後に何度も聞きました。

歌とギターのみ、歌とエレピのみというシンプルな構成。高音をあまり使わないその囁くような歌声はヘッドホン・イヤホンで聴くとその魅力をより強く感じることができます。「Mr.Novemberツアー」の人と同じ人が歌っているとは信じ難いほど。

この歌声はChageさんが長く歌ってきたからこそ培われたものだと思います。

 

 

全国津々浦々を巡る『ずっと細道』

 

私は兵庫県神戸市のライブハウスのチキンジョージ公演のみの参加でした。

「ずっと細道」はChageさん+ドラム・ピアノという小回りがきく編成だからこそ地方都市にも行くことができますし、意外性のある会場(ハコ)で歌うこともできます。何よりもChageさんがそのことを楽しんでいる様子が伝わるのがいいですね。こんな会場(ハコ)がありますよ、ってファンから提案しても面白いかもしれません。

会場(ハコ)の大きさなどの環境に応じて音や声の出し方も変えているでしょう。演奏の自由度が高い少人数編成ならでは一期一会のまさに「ライブ」が行われているんだと思います。

神戸公演では1列目中央を確保できたのでChageさんのギターの弾き方の癖をマジマジと見ていました。

 

 

シネマティックコンサートツアー「Chageのずっと細道~東西南北~」

当初はスパリゾートハワイアンズでのライブ映像を中心に企画されていたドキュメンタリー作品。坂本あゆみ監督の熱意によって「ずっと細道」のリハーサルや楽屋の姿も含めた多面的・多角的な映像作品に進化しました。

なんとその作品を全国の映画館で上映してChageさん自身が舞台挨拶までしてくれるという神企画。私は大阪と神戸の上映に参加しました。

優れたドキュメンタリー作品にはある特徴があると感じています。被写体がカメラの存在に対して自然体で接していることです。カメラと言う異物を無きものとすることは不可能ですが、そこにいて当たり前のものすることは可能なのかもしれません。

この作品から感じたことはまさにそれでした。

個人的には沖縄の公演の記録が特に興味深かったです。

ところで… 円盤化、してくれないんですかね~。

 

 

レギュラーラジオ番組「Chageの音道」と「ちゃげっていうラジオ」

 

15年半続いたラジオ番組「Chageの音道」の終了は大変残念でした。Chageさんとファンを繋ぐ時間・空間としてかけがえのない存在でしたから。

混乱に見舞われた「あの頃」もいつも通りの声をラジオの電波に乗せて届けてくれたことでどれだけ救われたか、その感謝の大きさを言葉で語り尽くすことはできません。それだけに番組終了による喪失感はとてつもなく大きなものでした。

9月末で番組が終了した後、FM FUKUOKAさんが2ヶ月にわたって「勝手にChage特集」と銘打ってChageさんのソロ曲を紹介する番組を放送してくださいました。アルバムの楽曲を順番通りに流すだけのシンプルな構成ではありましたがChageさんのラジオを途絶えさせないという強い意思を感じました。

満を持して12月から新番組「ちゃげっていうラジオ」が始まりました。東京発の全国ネットではない福岡発の番組です。しゃべり口調も博多弁強めで音道とは違った魅力の番組となりそうです。

番組スポンサーに手を挙げてくださった「やまや」の明太子をみんな注文しましょう!

Chageさんのラジオが当たり前に聴ける日常に感謝の気持ちを忘れないようにします。

 

 

真夏のビルボードライブ

 

「アルマジロ・ブギ」をライブで聴ける日が来るなんて…。1984年のアルバム『INSIDE』のB面2曲目。「変な歌」ですが癖になる人気曲?

イントロが流れた瞬間思わず声が出てしまいました。

すっかり定番になったビルボードライブですが、所謂「発掘曲」が毎回披露されています。

「謎2遊戯」「ショート・ショート」「真夜中の二人」「さよならは踊る」「絶対的関係」「NEWSにならない恋」…

この数年でこれだけ「発掘」されました。アルバム『Instinto』のDisc2にも収録されたものも多く「発掘」されたことによりお馴染みの楽曲に生まれ変わりました。

「真夏のビルボード」が定番化するのかどうかはまだお知らせがありませんが、音響もすばらしいあの空間でのライブは大歓迎です。

 

 

 

…と、こんな感じをつれづれなるままに。

オンラインファンミーティングもありましたし、私は参加できていないコメ作りや忘年会などファンと直接触れ合える機会も充実していました。スタダースト・レビューとのジョイントライブもありましたね。アルバム発売時には全国のラジオへの出演もたくさんありました。

こんな感じでChageさんの存在をずーっと感じることができた1年でした。

 

2026年はどんな年になるのか。

すべてが午(うま)くいく、そんな年になりますように。

 

 

めったに更新しないというのに毎日たくさんの方がこのブログに訪問してくださいました。

10年以上前の記事に「いいね」がつくこともあります。

その時その時の心の機微を言葉に著して記録してきました。思いが変わらないことも変わってしまったこともあります。

 

存在理由としては日記、なんで。

 

また時間と心の余裕がある時に気まぐれに更新しますね。

1年間ありがとうございました。来年も良い年になりますように。

Every beginning has an end.

(始まりあれば終わりがある)

 

「Chageの音道」が2025年9月で最終回を迎えました。

「Chageの音道」は2010年4月から放送していたJFN(JAPAN FMNETWORK)制作のChageさんのラジオ番組です。この9月をもって15年6ヶ月にわたる放送が最終回を迎えました。

大きな喪失感を覚えているのは私だけではないでしょう。

第1回の放送から毎週欠かさずに聞いていました。吉澤嘉代子さんや井上園子さんなど「音道」での紹介をきっかけに聴くようになった歌手もたくさんいます。新たな音楽との出会いのきっかけにもなってきました。

前身の番組とも言える「CHAGEのDAY BREAK TIME」が2007年4月から2010年3月までの放送でした。

2007年4月はチャゲアスとしてツアーをしていた時期です。2009年の解散報道〜無期限活動停止の激動の時期はこの「デイブレイクタイム」で毎週声を聴かせてくれていました。

2009年4月の東京草月ホールでのライブイベント「茶会」をきっかけにアコースティック編成での全国ツアー「Chageの細道」が始まりました。

そして2010年4月に始まったラジオ番組の名前が「Chageの音道」になったわけです。

 

放送時間帯が深夜だったこともあり番組開始当初はMDにタイマー録音して翌日以降に聞いていました。その後、スマートフォンを持つようになったことでradio(ラジコ)のサービスを使って聴くようになりました。

radikoは画期的でした。中高生の頃はラジオばかり聞いてましたが、大人になりラジオを聞く習慣がなくなっていました。radikoのタイムフリー機能とその後に導入された有料のエリアフリー機能によって私の日常にラジオが帰ってきました。

「Chageの音道」も好きな時に好きなことをしなら聞くことができるようになりました。一番よく聞いた場所はお風呂場です。湯船にゆっくり浸かりながらのんびり聴くことが多かったです。

 

2013年からのいわゆる騒動の頃は「Chageの音道」だけが心の拠り所だったと言っても過言ではないです。いつも通りの明るい放送に何度救われたかわかりません。

 

番組開始当初は20局を超えていたネット放送局数が最近は減っていたこともあり改編時期の4月と10月は少々ヒヤヒヤしていたのも事実です。でもずっと続くような幻想を抱いていました。9月最初の週の放送で番組終了のお知らせを聞いて「来る時が来たか…」と思いました。

そして心に影さす喪失感。

当たり前がなくなってしまうことへの恐怖。

これから週末をどう過ごせば良いんだろう。

 

9/23にChageさんのファンクラブイベントであるオンラインファンミーティングに1年ぶりに参加しました。

話すことはただ一つ。「Chageの音道」への感謝の気持ちだけ。

泣いてしまいましたよ。「なんで泣いてるんやろう」と自分でも言ってしまうほどでした。

 

Chageさんは約束してくれました。

少しお休みはもらうけど必ず何らかの形でラジオはやるから、って。

私は「ポッドキャストなどの新たな形があるからそれらを活用できないか」ということを提案しました。

Chageさんは「ポッドキャスト」と明言はしませんでしたが「そうだね。ちゃんと次のことは考えてるから」と話してくれました。

 

というわけでみなさん。ご安心ください。

なんらかの形でChageさんのラジオ番組が帰ってくるはずです。

「Chageの音道」最終回の最後の言葉も「またね」でしたから!

 

追記

実はオンラインファンミーティングでもう一つ提案したことがあります。

私は地元の街のコミュニティーFMラジオ局でボランティアスタッフのようなことをしています。

Chageさんに「地元のコミュニティFM局に出演してほしい」とお願いしました。すると「いいよ」とお返事いただけました。もちろんファンミーティングでの雑談なのですが…

私がスタッフのようなことをしている地元ラジオ局だけでなく近隣の市のラジオ局も巻き込んでの実現を目指してみようと思います。

 

Every end is a New beginning.

(全ての終わりは新しい始まりだ)

 

 

改めまして

Chageさん

そしてラジオ「Chageの音道」制作スタッフの皆さま

これまで番組に出演してくださったゲストの皆さま

毎週ほっこりにっこりさせてくれるメールを送ってくださったリスナーの皆様

楽しいラジオ番組を届けてくださりありがとうございました!

2025年8月25日にCHAGE and ASKAがデビュー46周年を迎えました。

昨年はサブスク解禁のNewsで大騒ぎでした。

今年の記念日を迎えた思いです。

 

さて、前回の記事(6/6付)でチャゲアスの再始動は待っていない、と書きました。

長い年月が流れています。

それぞれがそれぞれに思いを抱いています。

私はこうして言葉にしています。

これって大事だと思っていまして…

いつも言っていますが自分の気持ちの「備忘録」です。ブログやTwitter(X)は。

今の立ち位置が確認できるし、過去の自分を再確認できるし。

そんなわけで今日もつらつらと言葉を並べています。

 

ChageさんもASKAさんもファンに向けて言葉を発信されました。

中でもChageさんのインスタグラムのメッセージが感動的でした。

引用しますね。まだ読んでいない人は必読ですよ!

ラジオ番組「Chageの音道」では1stアルバム『風舞』が特集されました。
「ひとり咲き」のASKAさんの歌声の素晴らしさをしみじみと語っていました。
いつもどおりのChageさんがそこにはいました。
この8/25前後の放送回は神がかり的な選曲でしたのでRadikoのタイムフリーで聞けるうちに聞いておいた方がいいですよ!
 
ASKAさんもブログでデビューした日の回想と今の思いが綴られていました。
ただし、音楽の話題ではないことで世間の注目を浴びているようです。
この日にその話題を敢えて世に問うあたり、やっぱりいつもどおりのASKAさんがいるようですね…
 
Chageさんは8月27日にカバー曲集「Vandange_1958」の第2弾を発表されました。

10月には新曲やライブ音源を収録したアルバムを発表予定です。

 

紫陽花と向日葵 の花は色あせ

螢 の光も見えなくなる

夏の終わり

…のはずなんですが

いつまでもナツナツナツナツと聞こえてくるような暑さが続いています。

 

みなさんご自愛ください

好きな音楽をいつまでも楽しみたいですしね!

 

 

 

ちなみに

ASKAさんの言動についての思いはこれ以上は書きません。

過去の記事に綴った思いと変わってはいないので。

 

めったに更新しないブログなんですが毎日結構な数の訪問者がおられます。

ありがたいことです。全然更新しなくてごめんなさい。

でも、急にその数が何倍にもなることがあります。

たぶん… 何かあったんだろうな… 何か炎上してるんだろうな… と少し悲しくなるんですね。

ブログがたくさんの人に読まれているのに悲しい…

検索ワードを見てさらに悲しい…

 

というわけで今日はChageさんの幸せな発信の引用ばかりです。

楽しい話題がいっぱいで嬉しい!

 

では「夏の終わり」を聞いて無理やりにでもこの暑い夏を終わらせましょう。

ソロの 「“大いに唄う” in 武道館」Live Versionも最高ですよ! 


デビュー46周年おめでとうございます

ありがとうございます

これからもよろしくお願いします

私はチャゲアスのファンになって40年近くになります。 

チャゲアスの歌を「かっこいいな」と無邪気に思っていた中学生は、文学や音楽が好きな頭でっかちで面倒臭い50代半ばのおじさんになりました。 
チャゲアスのデビューが1979年8月25日。私は7歳、という計算になります。 
「万里の河」の大ヒットが1980年から1981年にかけて。私はまだ小学3年生です。 
テレビのアイドルに興味を持ち始めた頃ですが、チャゲアスにはまだ興味を持ちませんでした。 
たのきんではトシちゃん派。でもたのきんよりもイモ欽が好き。自分のお小遣いで初めて買ったレコードは「ハイスクールララバイ」。初めて好きになったアイドルは伊藤つかささん。 
土曜日の夜の楽しみはドリフからひょうきん族へ。 
「侍ジャイアンツ」の分身魔球をゴムボールで投げていたのはいつしか「キャプテン翼」のオーバーヘッドキックへ。 
次から次に押し寄せてくるエンタメの魅力に流され「好きなこと」は日々変わっていきました。 
 
「チャゲ&飛鳥」と私が出会ったのは1986年。 
出会いの経緯は過去の記事に書いたことがあります。 
「黄昏を待たずに」を「かっこいいな」と無邪気に思った中学3年生でした。 
「自分とは何者か」ということを考えてしまう時期=思春期に出会ったものから人は離れられないのかもしれません。 
 
時は流れ2025年。 
思っていたような未来とは異なりますが今でもチャゲアス愛は止むことなし。 
ただしAさん情報は目に入れないようにしています… 心の安寧のためにやむを得ず。 
健康でいてくださいね。 
打算的な人に騙されないでくださいね。 
 
Chageさんの活動は充実しており、追いかけていて嬉しく思うばかり。 
声は磨かれています。顔立ちや佇まいが日に日に柔和になっています。
週末はどこかで歌っています。毎週ラジオから声が聞こえてきます。 
変わりながらも変わらずにChageさんはずっとChageさんでいてくれています。 
本当にありがとうございます。 
 
私はチャゲアス再始動はもう望んでいません。 
見たいか見たくないかと言われたら、そりゃ見たいに決まっています。 
でも望んでいません。というか、待っていません。 
 
10年待つ、なんて宣言を10年以上前のブログ記事でしていますが。 
諦めた、とか。 
そういうんじゃなく。 
待ってはいない、という感覚。 
言語化するのが難しいのですがわかってもらえるでしょうか?
 
 
明らかにChageさんはピークを超えてきていると思うんですよ。 
物足りなさを過去の脳内残像で埋めて自己満足するのではなくてね。 
 
だからこそ今のChageさんがチャゲアスをしたらどうなるのか? 
…って思う人もいるでしょうね。 
そんなチャゲアスを夢見る人を否定しません。 
Aさんはチャゲアス曲万歳のライブをしていると風のうわさで聞きます。 
Chageさんの「コーラス」があればいいのに。
…って思いながら見ている人もいるんでしょうね。 
 
そんなふうに再結成を待つ人を否定もしない。 
また、絶対に再結成してほしくないって人も否定しない。 
私はどれでもない。 
でも、達観や諦念ではないんです。 
不思議な感覚です。 
 
この感覚は私が過去にチャゲアスの活動を体験したからなのかもしれません。 
ふたりが並び歌う姿をこの目でたくさん見ました。
瞼を閉じればそこに… と使い古された文句を使いたくなるほどに。 
 
今のファンの中にはさまざまな事情でチャゲアスのライブを体験できなかった人もいるでしょう。そもそも活動休止以後にファンになった人だってたくさんいます。 
 
それを思うと、やっぱり、いつかはふたりで。
…って思うことにも心の底から共感できるわけです。 
 
でも… 
「再始動を待っていない」 
という私感も紛うことなき本音なのであります 
 
 
もしふたりが並んでいる姿を見たら?
 
泣いてまうわ、そんなん。 
たとえ歌わへんでも。
…も本音です 
 
 
自己矛盾
自家撞着
二律背反
開かないかもしれないパラシュート 
それも幸せな不条理なのか
 
 
あれから季節は幾度 生まれ死んでいったのでしょう
帰れとは言えず戻れとも願えぬ
遠い遠い昨日が後ろから
 
帰れとは言えず戻れとも願えぬ
遠い遠い昨日が後ろから
 
 

2月5日に飼い猫のあさりがその16年の生涯を終えました。

チャゲアス限定ブログを謳っているのにどうしてそんな書き出しなのかと訝しげに眺める方もおありでしょう。

直接の関わりはなく「ロス」の心を埋めるために書いています。しかし、チャゲアスとの間接的な繋がりはあるんです。

たくさんの犬猫と一緒に暮らしてきました。いろいろ思い出すことがあります。忘れたくないことを忘れないために書き残しておこうと思います。自分のために。

犬猫に興味がない方はお読みにならないでもいいですよ。チャゲアスの話は少ししかありませんから。

 

私が大学を卒業して2年目に猫を飼い始めました。正確にはお付き合いをしていた女性(現在の妻です)の家にある日突然猫がやってきました。もう30年近く前の話です。

当時、妻はラジオ局の番組やCMの制作スタッフをしていました。その取材活動だったかな? とにかく普段は行かない街を歩いていたそうです。

小学生の女の子数名から「子猫をもらってください」と声をかけられたそうです。ペット不可のマンションで独り暮らしをしていたので「ごめんね。ウチでは飼えないの」と答えたところ、その子たちが泣き出してしまいました。

話を聞くと、子猫を拾って家に連れて帰ったけど「捨ててきなさい」と叱られた、と。たくさん声をかけたけど誰ももらってくれない、かわいそう…、と大泣きされてしまった、と。「ウチでは飼えないけど代わりに飼い主を探してあげるね」と連れて帰ることになりました。

当時、私も独り暮らしをしていましたが週5くらいで妻の家にいました。その日も当たり前のように妻の部屋に帰ると部屋に猫がいます。びっくりしていきさつを聞くとそういうことでした。

その茶虎の子猫は栄養失調でガリガリでお腹だけがパンパンに張っていました。妻の家の近くの獣医さんに診てもらいました。寄生虫もついていていつ死んでもおかしくないような状態でした。私も妻も猫を飼った経験はなくどうしたらいいのかわかりませんでしたが、獣医さんのところで知り合った女性がトイレや食事の世話の仕方を教えてくれました。トイレの猫砂も分けてあげる、と家家にわざわざ砂を取りに帰ってくれました。

そうしてなんとか子猫の命をつなぎました。引き取り手を探しましたがなかなか見つかりません。そうこうしているうちに情が移って名前をつけてしまいました。

私が大好きだったアイドルの河合その子さんから「その子」と。しかし、後でオスだとわかって妻が名付けた「その吉」になりました。

それから1年ほどして結婚しました。最初の赴任先は瀬戸内海での小さな島でした。島の職員住宅はペット禁止、というかその想定すらされていませんでしたが、職場に頭を下げて許可をもらいその吉を島に連れて行きました。3年を過ぎて転勤となり島での暮らしを終えて今の家に住むことになりました。ようやく堂々と犬猫を飼える環境になったのです。

 

そんな頃、妻の実家の柴犬が5匹の子犬を産んだという知らせを受けました。1匹譲り受けることになってウチに来たのが「チャゲ」です。チャゲアスとの関わりがちょっとだけできました。

気が強く他人にはあまり懐かなかったその吉に絡みに行っては猫パンチをもらっていたチャゲ。その名の由来は説明するまでもありません。ちなみに私ではなく妻が名づけました。

「チャゲ、散歩行くよ」「チャゲ、おすわり」などと毎日言いながら楽しく過ごしました。

「Chageのずっと細道」のYouTube企画に私が投稿して採用された伊丹空港近くの千里川土手に連れて行ったときに、飛行機の爆音に怯えて洪水のように粗相をしてしまったことがあります。YouTubeの撮影に同行させてもらった時にその話をするとChageさんは優しい笑顔で聞いてくださりました。

数年は夫婦とチャゲとその吉の“4人”家族でした。妻は不妊治療を続けましたが子宝にはなかなか恵まれなかったのです。辛いことも幾度かありました。結婚してからのその数年間を乗り越えられたのはその吉とチャゲがいてくれたからだと話しています。

結婚7年目に娘が生まれました。その吉は果たして娘を受け入れてくれるんだろうか? と心配しました。シャーシャーと猫パンチを繰り出すんじゃないか… と。

心配は杞憂でした。赤ん坊の手の届くところでその吉はじっとしています。娘がその小さな手を伸ばしてその吉をモミモミしてにっこりしていてもその吉はじっとしてくれていました。他人にまったく懐かないその吉がなんで、と夫婦で驚きました。猫って全部わかってるんやないやろうか… と思ったものです。

チャゲはChageさんに似ていました。少し人見知りだけれど優しいからすぐに受け入れてくれるだろうって思ったとおりすぐに家族として迎えてくれました。

 

ある日、妻がチャゲの散歩をしていた時のことです。チャゲが引っ張っていく先に段ボールがありその中に2匹の子猫が捨てられていたそうです。その猫2匹を連れて帰りました。

3歳くらいだった娘は「ウチでネコちゃん飼いたい」と言いましたが「ウチにはその吉とチャゲがいるからな…」と里親を探すと幼稚園のお友達のウチでもらってもらえることになりました。その家に子猫2匹を送り届けると娘が泣くんです。「やっぱり猫ちゃん飼いたい」と。そして2匹のうちの1匹を連れて帰ることになりました。

それが「ミルク」です。黒い色が強いサバ虎でした。「ミルク飲んでるからミルク」と娘が名づけました。黒いのに? とみんなで笑いました。

その頃「長男」のその吉は新入りの子猫を優しく迎えてくれました。しかし、腎臓を悪くして食欲が落ちあまり動かなくなっていました。もう長くはないだろうな… と覚悟はし始めていた頃のことです。獣医さんに預けて精密検査をしてもらっていたのですが、ふとした隙に逃げ出してしまったと先生から連絡がありました。一晩中探しましたが見つかりません。迷い猫の知らせを貼りだしていた次の日の朝に病院の先生から見つかったとおいう連絡がありました。しかし、すでに息絶えていました。まだ体にはぬくもりがありました。

4歳だった娘は「生き物の死」をよく理解できなかったようです。今は20歳になった娘はその時のことをよく覚えていないようですが母が泣いていたことは覚えていると言っていました。長年の相棒がいなくなったチャゲも戸惑っていたような気がします。

また犬1匹と猫1匹と人3匹の5匹家族に戻りました。

 

1年後に動物霊園にその吉の一周忌のお参りに行きました。その時に数匹の猫の里親募集をしていました。娘は「連れて帰りたい」と言いましたが「ウチにはチャゲとミルクがいるからな…」といつかに聞いたようなことを言ってその場を離れました。帰りに宝塚ガーデンフィールズという今ではなくなってしまった公園に遊びに行きました。そこにはペットショップがあったんですね。そこで娘が泣くんです。「猫ちゃん連れて帰りたい」と。それやったらさっきの子猫をもらいに行こうよ、という話になり急いで動物霊園に引き返して三毛の子猫を引き取ることになりました。

その三毛猫は娘が「さな」と名付けました。幼稚園の2人のおともだちの名前の頭文字をとったものです。さなはミルクをお母さんかお姉さんのように慕っていつもくっついていました。ミルクは迷惑がりながらも「仕方ないな」というような顔で甘えさせていました。チャゲに対してはさなはきつかったな。よくシャーシャーと怒っていました。

我が家は犬1猫と猫2匹と人3匹の6匹家族に戻りました。

 

それから1年ほどした頃です。妻が娘と家の近くを歩いていた時に少し窪んだ作りになっている溝に落ちていた子猫を小学生たちが助けていたそうです。助け出したもののどの子の家も猫を飼うことはできずに困っていたました。娘が「ウチで飼いたい」と言うので、妻が「2匹も3匹もおんなじか」と連れて帰ることになりました。

名前は娘が「あさり」と名づけました。娘はその理由を「だってあさりだから」と話していました。当時はよく意味はわからなかったのですが、あさりが亡くなった日に詳しく話をしてくれました。海の生き物の図鑑で貝や魚の模様を知ったばかりで子猫の色や模様があさりに似ていたからだ、と。図鑑を読むのが好きで知ったことを伝えたくてしょうがない時期だったと言っていました。

これで「ミルク」「さな」「あさり」の3姉妹が揃いました。性格はバラバラ。

しっかり者の長女のミルク。少しわがままでのんびり屋のさな。いたずら者の末っ子のあさり。そして、妻と娘を入れると女5匹に押され気味の優しい男の子の柴犬チャゲ(と私)。

犬1匹と猫3匹と人3匹の7匹家族となりました。

 

それから4年ほど。チャゲが散歩を嫌がるようになりました。病院に連れて行くと椎間板ヘルニアと診断されました。程なくしてほとんど歩けなくなりました。動くと痛むので動くことができません。床ずれをおこして皮膚がただれていきます。床ずれ防止のために体勢を変えようと抱え上げるのですが激痛が走るらしく鳴き叫びます。夜中でも鳴くのでご近所さんにも事情を説明して回りました。しばらく介護生活を続けながら病院での治療も続けました。病院で治療をしてもらっていたある日のこと。病院の診察台の上で急に心臓発作を起こしました。延命治療をしないでそのまま眠らせてあげることにしました。チャゲとは12年間一緒に過ごしました。その吉の時には生き物の死を理解できなかった娘もチャゲとの別れを悲しむことのできる年齢に成長していました。

こうして猫3匹と人3匹の6匹家族になりました。

 

それから1年後。

妻がどうしても犬を飼いたいと言います。私はペットショップで犬猫は買わないといつも言っていました。私は大阪府能勢町にあるハッピーハウスという動物保護施設への寄付活動もしていました。そのことを知っていた妻は子犬の里親募集の情報を調べて私に見せました。兵庫県動物愛護センターの淡路支所で保護された2匹の子犬の里親を募集しているというのです。チャゲがいなくなったことでしばらく犬を飼うのはよそうと思っていた私もそこまで言うのなら… と決心して、家族3人で淡路島まで車を走らせました。

動物愛護センターでの動物譲渡のシステムは非常にしっかりしています。譲渡を希望する家族と職員との面接によるヒヤリングや勉強会、保護犬との面会を経てマッチングをします。動物も人も不幸にしないためのシステムです。しばらくしてから譲渡可能の返事がありました。指定された日に再び淡路島まで車を走らせて我が家に「」くんを迎えました。犬種は不明。たぶん雑種。鼻先が黒く、耳が垂れていて、気が弱い子です。

3匹の猫たちは新しく入ってきた子犬を温かく… とはいきませんでしたが、それなりに迎えてくれました。

再び朝夕の散歩の日々が帰ってきました。散歩は私の担当です。決めたわけではありませんがなんとなくそうなりました。

こうして再び犬1匹と猫3匹と人3匹の7人家族となりました。

 

龍がやってきてからしばらくした頃、子猫が生まれたから猫をもらってくれないかと知り合いに声をかけられました。すでに3匹いるので最初は断りましたが、どうしてもと強くお願いされて家族で話し合った結果「3匹も4匹も同じか」となりました。何度このセリフを使うんでしょうかね。

そうして連れて帰ったのが「すず」と娘が名づけた男の子でした。

3匹のお姉さん猫はもう何年も一緒にいました。その輪の中に入り込むことはできませんでしたが立場が同じだった子犬の龍と仲良くなりました。今もいつも一緒にいます。すっかり兄弟ですね。

こうして犬1匹と猫4匹と人3匹の8匹家族にまでなってしまいました。

 

いつまでも続かのようなそんな生活でしたが犬猫は人よりも先に老いていきます。1年おきにやってきた3姉妹は2022年には15、14、13歳になっていました。

一番上のミルクは痩せて食も細くなっていましたが高い棚の上に登る体力はまだありました。しかし、ある日に棚から降りるときに口を引っ掛けてしまい下の牙の歯が抜けてしまったんです。それ以降は高いところに登る体力もなくなりほとんど動かなくなっていきました。

そして忘れもしない7月10日。Chageのずっと細道の最初の二子玉川の公演に参加するために私は東京にいました。ライブが終わってからすぐ妻からミルクを息を引き取ったよという連絡が来ました。

Chageさんの細道ライブの余韻と愛猫ミルクの死というふたつの感情で心がグチャグチャになりました。急いで帰ろうにも帰る手段は予約済の深夜バス。とにかく心はグチャグチャでした。早朝に帰ったその日にその吉とチャゲが眠る動物霊園でミルクのお葬式をしました。

そして、その半年後の4月。娘は大学に進学し京都で暮らすことになりました。その吉の背中をモミモミしてにっこりしていた赤ん坊は18歳になり大学生として家を出ることになったのです。

 

そして、それから2年近くが経った2月のある日。3姉妹の末っ子のあさりが旅立ちました。

3姉妹の末っ子でいちばん元気に走り回っていましたが所謂突然死でした。人にもよくある心臓疾患による突然死のようです。これまでの3匹のような心の準備ができていなかったので正直今もショックは引きずっています。

亡くなった2日後には娘も帰ってきてその吉とチャゲとミルクが眠る動物霊園であさりのお葬式をしました。

 

今は犬1匹と猫2匹と人2匹の5匹家族です。

多頭飼いになってから家の何か所かに猫トイレを置いています。それぞれのお気に入りの場所があるようです。あさりがいなくなってから2階に置いている猫トイレが1回も使われていません。片付けなきゃいけないな…

 

犬猫の里親になる、ということはいずれ別れが来るということです。

三姉妹の真ん中のさなはもうすぐ17歳になります。2匹がいなくなった環境の変化による不安からかよく鳴くようになりました。やたらと甘えてくるようにもなりました。お前はもうちょい長生きしてね、と願っています。

龍とすずは10歳くらい。そろそろ高齢者にさしかかってきました。

 

というわけで久しぶりのブログだというのにチャゲアスの話はほとんどありませんでした。

「迷い猫のシャッフル」

「CAT WALK」

「ピクニック」

今夜に聞きたいのはこんな歌かな。

 

ここまでこんな個人の思い出話を読んでくださりありがとうございました。

私は元気ですよ。

思い出したかっただけです。

 

全然更新しないこのブログに毎日たくさんの方が訪問してくださっています。

本当にありがとうございます。

思うようにならないこともある日常に一喜一憂しながらも毎日を楽しく過ごしていきましょうね。

好きな歌声と共に。

CHAGE and ASKA楽曲のサブスク解禁で大騒ぎの10月です。

その知らせが読売新聞全面広告になるなど10/1はお祭り騒ぎでした。読売新聞を購読している私は朝に新聞を開いてびっくりしました! 広告(と猫)の写真を添えてX(旧Twitter)に投稿したところ大きな反響がありました。いわゆる「万バズリ」ってヤツを初経験しました。

10/14の段階でインプレッションが4.6万超、いいねが1200超…

辺境のアカウントなのに…

みんなチャゲアス大好きなんやん! って思いました。

C派の人もA派の人も、&しか勝たんって人も、久しぶりの人も、みんなみんな幸せな日でした。

 

初めて聞いた歌がたくさんあるという方も多いでしょう。

このブログはそんな長い歴史の中に埋もれていたチャゲアス楽曲の魅力を語っていますので、過去の記事をほじくり返してくださいね。全てのシングルとアルバムについて語っていますよ。アレンジ違いやミックス違い、レコーディングの経緯、コード進行の分析、歌詞の解釈などを個人的に分析しています。

 

かつてチャゲアスのファンクラブTUG of C&A公式WEBサイトにはmixiのようなスタイルのファンの交流サイトがありました。そこで楽曲解説のような日記を書いました。チャゲアスが活動を無期限活動休止した2009年ごろになるとその交流サイトが荒れ出したんです。居心地が悪くなったんで、そこで書いていた内容を追記・訂正してこのアメブロにUPし始めたのが2011年です。こっそりと研究レポートのように書いていました。

そして2013~2014年のあの騒動がありました。このブログを閲覧する人が増え出しました。2014年5月17日のあの出来事の後は、まさに今で言う「バズる」ってヤツです。アメブロ全体のランキングでTOP10に入るほどの閲覧数になりました。テレビの情報番組から取材の依頼が複数あったほどです。

その時はちっと嬉しくなかったんですよ。

騒動にかき乱された自分の心を整理するために文を綴っていました。当時の記事は自分の心の記録ですから今でも削除せずに残しています。

今思えば10年前の騒動は序章に過ぎなかった気がします。復帰後の騒動の方が個人的にはキツいものでした。事実の捉え方や心持ちが私とは異なる方も当然いらっします。異論を持つ方もいらっしゃいます。

ブログを書くのがどんどん辛くなっていきました。

楽曲の研究レポートを公開している感覚だったこのブログがお二人の活動への意見表明のようになってしまうことがあり反省することも多々あります。でも、その時その時の自分の心の記録ですから過去の記事は消していません。

 

そんなわけですから今回のX(旧Twitter)の万バズリは嬉しいのです。

C派の人もA派の人も、&しか勝たんって人も、久しぶりの人も、はじめましての人も、みんなみんな幸せな日。

その一助になった。ただそれだけのことですから。

幸せしかないバズリは楽しいし嬉しいですね。

 

さて、9月にChageさんのライブツアーがありました。ちょいと遅くなりましたがそのツアーの感想です。

『Chage Live Tour 2024~ちゃげっていうひと~』と名付けられたツアーの曲目は次のとおりです。

 

①組曲WANDARING

②勇気の言葉

MC

③Begins Now

④The Woman I Love

⑤ベンチ

MC

⑥Reason

⑦Tokyo Moon

⑧永遠の謎

⑨SOME DAY

MC

⑩幸せな不条理

⑪すごくこまるんだ

⑫ふたりの愛ランド

⑬ロマンシングヤード

⑭Well,Well,Well

⑮equal

MC

⑯飾りのない歌

UN①横顔の月

UN②WINDY ROAD

 

2014年はチャゲアス45周年、「ふたりの愛ランド」40周年、MULTI MAX 35周年という節目の年です。全キャリアを総括したセットリストになりました。

キャリアごとの配分はこんな感じ。

C&A 4曲

MULTI MAX 6曲

ソロ 8曲

「今のChageに歌ってほしい歌」を「電リク」と名付けられたWEBアンケートで集約した曲がNewアルバム『飾りのない歌』に収録され、ライブで披露する歌もそのアンケート結果をもとに選曲したといいます。

マルチも含めてソロプロジェクトが多いのが特徴的です。中でも後半のロックショーの始まりは2023年の「幸せな不条理」。本編ラストの2曲は「equal」「飾りのない歌」と近年のソロ曲の中でも重要な歌が占めています。

「幸せな不条理」と「equal」の2曲はChageさんのライブにとって大きな存在をこれからも占めるでしょう。近年のソロ活動で発表した楽曲が往年の名曲を凌駕するだけの存在感を持っています。

デビュー45周年ライブを「終章」も「NL」も歌わずに成立させてしまうんですよ。ソロ楽曲でも「青い空だけじゃない」「たった一度の人生ならば」「もうひとつのLOVE SONG」を演奏してないんですよ。

90年代の再現を本人もファンも求めていないし、やる必要もない。凄いじゃないですか。過去を振り返る企画をやって、その結果をもとにしたコンサートなのに、郷愁に頼る感動を核にしていないんですから。

 

さて、私の号泣ポイントは「ベンチ」と「equal」でした。

特に「equal」は大切な歌です。Chageさんのソロ曲の中で一番好きな歌、かな…。この西川進アレンジVersionをライブ会場で演奏されると涙腺の鍵が外れてドバドバ涙が溢れてきます。

哀愁溢れるメロディーライン。松井五郎さんのChageさんと一心同体ともいえる歌詞のメッセージ。イントロの変拍子、間奏のピアノの静寂からのギターソロが特徴的な西川進さんアレンジ。

今のChageさんを象徴する名曲中の名曲。

でも、この名曲の歌詞を大阪公演では間違えちゃったんですよね…、Chageさん。

 

1/6(ワン・スラ―・シックス)と名付けられたツアーバンドのメンバーは以下の通りです。

Band Master/Keybord:力石理江

Drums:佐藤強一

Bass:山田直子

Guitar:KB

Guitar:楯岡裕人

Chorus:YUKO

Chorus:河野健太郎

昨年のWINDY ROADツアーメンバーにtheSoulから2人が加わり7人構成のバンドになりました。河野さんと楯岡さんは最近のChageさんの音楽制作の重要なパートナーです。この2人が加わったことでサウンドに厚みが出ました。河野さんが加わったことでMULTI MAXの村上啓介さんパートを再現できるし、以前はKBさんだけだったギターが2人になったことでアコギとエレキの役割分担やツインリードの演出ができるようになったことに加えてChageさんのリズムギターの役割が軽減されました。

ドラムの佐藤強一さんが最近のライブではメンバーとして固定されてきました。これは大きい! 非常に重たくハードな音を奏でるのでChageさんが「バリカタ」と呼んでいるサウンドには欠かせないと思うのです。甲斐バンドのツアーメンバーとしても活躍されています。今後もスケジュールを早め早めに押さえてChageさんのバンドサウンドを支えていただきたい。また、ベースの山田直子さんはChageさんが惚れ込んでいるんじゃないでしょうか。このリズム隊は今後も固定してほしいなぁ。

鍵盤の力石さんはChageさんのソロ活動の最初からの盟友ともいえる信頼関係にあります。今回の「すごくこまるんだ」のアレンジは特筆ものだと思います。

ChageさんのステージにYUKOさんがいるのもすっかりおなじみの光景になりました。その声の表現力は言うまでもないことに加えてステージを明るく盛り上げるという点でも欠かすことはできません。

Chageさんがこのバンドを激賞するのもよくわかります。今のChageさんの音楽に欠かせないメンバー構成だと思います。

 

私は9/7(土)の大阪公演(Zepp Namba)と9/8(日)の名古屋公演(Zepp Nagoya)に参加しました。それぞれ1階席前方と後方でしたので音も演出もそれぞれ違った楽しみ方ができました。9/23(月)の東京公演も配信で楽しみましたよ。

 

当たり前すぎて書き忘れてしまいましたが…

Chageさんの今の歌声は本当に素晴らしい。

これからの歌声も楽しみです。

 

Chageさんはすでに「ずっと細道」公演を再開して全国を旅しています。沖縄公演も大成功だったようです。年末年始のビルボードライブも決まりました。

ビルボードライブのチケットまだ確保できていないんです。行きたいなぁ。次こそは当たってほしいなぁ。

2024年8月25日。

今日、チャゲアスのデビュー45周年記念日を迎えました。

そして、CHAGE and ASKA、Chage、ASKAそれぞれの公式WEBサイトでCHAGE and ASKAの全楽曲の各種サブスクサービスで聴けるようになることが8/25の0時に発表されました。

Yahoo!などのネットニュースでも話題になっています。

 

素直に、嬉しいです。

レア曲も含めて全曲CDもレコードも持っていますよ。全曲を音楽端末に入れていますよ。

でもサブスクで聴けることには「手軽に聴ける」という単純な理由ではない嬉しさがあります。

世の中にチャゲアス楽曲が存在している嬉しさ、かなぁ。

世界中の人がチャゲアスとの邂逅、再会を果たすことができますね。

サブスクの功罪についてはいろいろ思うところはありますよ。でも、2人がチャゲアス楽曲をサブスクで聴いてもらおうと決断してくれたんです。素直に喜びたいです。

まずは20周年の時のベスト盤『VERY BEST ROLL OVER 20TH』がすでに配信されています(まさにSpotifyで今聴きながらこの記事を書いています)。それ以外の全楽曲は10/1に解禁。なんとDJでつないだ曲間なしの『Yin&Yang』や海外アーティストのチャゲアスカバーアルバム『one voice』のチャゲアス歌唱曲まで。もちろんシングルB面曲も含まれるはずです。

 

世界からCHAGE and ASKAの楽曲が消えたあの日のことを覚えています。

今から10年ほど前の2014年6月28日の「TUG of C&Aのお休み」という記事にこんなことを書いていました。ファンクラブ「TUG of C&A」休止の知らせが届いた日の雑感を書いた記事です。車の中でCDを聴いていた時の思いを綴っています。

 

いい声だな。いいメロディだな。いいギターだな。本当にいい歌だな。
そして「終章」「Reason」が車中に流れる。
この歌が世間から消えてしまっているだなんて…
腹立たしい気持ちでいっぱい。
何に?
…わかんない。

 

チャゲアスを聴いちゃいけないという世界だったあの日から10年が経ち、CD、音楽配信、そしてサブスク。

ありがとうございます。

Chageさん、ASKAさん、支えてくださったみなさん、携わってくださったみなさん。

ありがとうございます。

 

そんないいお知らせが届いた8月25日。

 

ASKAさんとChageさんが電話で1時間話したそうですね。

これも素直に嬉しいです。

何がどうなるかはわかりませんが、まずは「アイツ」「コイツ」と言い合える「ともだち」でいて欲しいもんな。

 

8月25日は…

チャゲ&飛鳥「ひとり咲き」から45周年(1979年8月25日発売)

CHAGE&ASUKA『PRIDE』から35周年(1989年8月25日発売)

CHAGE&ASKA『Yin&Yang』から30周年(1994年8月25日発売)

CHAGE&ASKA『NO DOUBT』から25周年(1999年8月25日発売)

CHAGE and ASKA「36度線-1995夏-/光の羅針盤」から20周年(2004年8月25日発売)

 

ちなみに2024年はChageさんにとってはチャゲアスのデビュー45周年に加えて…

石川優子とチャゲ「ふたりの愛ランド」から40周年(1984年4月21日発売)

MULTI MAXのデビューから35周年(「SOME DAY」1989年10月21日発売)

…も加わります。お祝いだ!

 

10周年の時に「10年の複雑」と副題がついた伝記本『PRIDE』が上下巻2冊で発売されましたが、それからの35年は「複雑」なんて言葉では言い表せない絢爛豪華、波乱万丈、紆余曲折、七転八倒、起死回生。濃厚すぎる年月でした。私が伝記本を書くならば20巻セットの百科事典のようになりそうです。(別巻で音楽以外の出来事の用語解説が必要かも…)

 

さて、Chageさんの新曲「飾りのない歌」について8/7に記事を書きました。

勢いに任せて書いたのでその記事には音楽的には見当はずれのことも結構あります。いつも書いているようにこのブログは私の備忘録です。発売直後にはそんなふうに分析していたんだね、という温かい目でちょっと前の自分を見ています。(本当は少し恥ずかしい… 最初の耳コピもその後の分析のどっちも結局間違えてるし…)

その「飾りのない歌」についての名文がインターネット上にUPされました。

万城目学さんの『エッセイ万博2024』の#6「『飾りのない歌』ができるまで」です。

直木賞作家やで! かの傑作『プリンセス・トヨトミ』を書いた人やで! もうウチなんかが何書いても勝てるわけあらへんやん!

…と、関西人の自我を隠すことができまへん。

このブログを読んでいる人の中でこの万城目さんの名文をまだ読んでいない人はいないとは思いますが、何度読んでも素晴らしすぎる名文です。初読時、私は落涙しました。

チャゲアスが好きなら。好きだったなら。読みましょう。

 

印象的だった内容をあげます。

その1 ラジオ番組「Chageの音道」のゲスト出演時に文芸春秋社の担当者が同行した話。

「あれ」からいまだに私は文芸春秋社の本を買っていません(詠みたい本は借りています)。ひとり不買運動と自分の心の中で呼んでいます。なんでそんなことしているのか? と問われてもよくわからないんですが、自分の心の中でどうしてもこの出版社のあの週刊誌の存在を許すことができないんです。もちろん「あちら」と「こちら」のどちらに真偽があったかというと「あちら」に「真」が多かったのはわかっています。あの報道がなければあの人がさらに闇にはまり込んで命の危険すらあっただろうということも想像できます。

でも客観的事実とは別にある感情があの雑誌の存在を許すことができないんです。

もちろん芸能を担当する部署と文芸を担当する部署が全く別の組織であることも理解しています。でも…、嫌なんです。これはもう客観的には説明できない「心に刺さった棘」のようなものです。

それなのに! それなのに、当事者でもあったChageさんの対応たるや。

ここに書き写したくもない侮辱的なあの見出しの記憶も新しかったあの時期の話ですよ。

どれだけ揶揄されたことか。どれだけ悔しかったか。それなのにその出版社への神対応ぶり。いやいやホントに凄い。

私の推し=Chageさんはやはり推しても推しても推し足りないすばらしい人です。

自分のちっぽけさを思い知らされました。反省します。とは言えど、今後も文芸春秋社の本は買わない、かな… ちっぽけな人間なんで…

 

その2 2015年に初めて作詞についての話が出た時の話。

Chageさんの笑顔を「莞爾(かんじ)として」なんて言葉で表現するセンスたるや…。

莞爾(かんじ)」は「にっこり笑う」という意味ですが文語的で難解な表現ですね。

「莞爾」とは『論語』に出てくる表現が語源です。四字熟語の「牛刀割鶏(ぎゅうとうかっけい)」の基になった話に出てきます。その話では孔子が笑った様子をこう書いています。

「夫子莞爾として笑いて曰く(ふうしかんじとしてわらひていはく)」

「先生はにっこり笑って言った」くらいの意味です。真面目に働いている弟子を見て孔子が話しかけた様子に使われています。

「莞爾」とは仁愛(じんあい)の心を説く儒家の始祖たる孔子にまつわる言葉なんですよ!

儒学の教えの根本にある仁愛の心とは「他者への思いやり」のこと。

今回のエッセイでは作詞の依頼にためらっている万城目さんへのChageさんの笑顔の描写として「莞爾」が使われています。にっこりと笑いかけるChageさんに孔子の仁愛の心を見たんでしょう。

今のChageさんの人柄を表す言葉としてこれほどふさわしい言葉があるでしょうか?

 

その3 万城目学さんの歌詞の言葉をChageさんが入れ替えた話。

作詞の過程についてのやりとりの詳細が万城目のエッセイで語られています。

そのくだりを読んで驚きました。

「ここの歌詞、マジ感動… 万城目さんすげぇ…」

「飾りのない歌」を聞いて私がそう思った1番のAメロのフレーズはChageさんのアイデアにより言葉が入れ変えられていた!

松井五郎さんが作詞した「equal」と心と涙腺が反応してしまうポイントと似ている気がします。

繰り返しますが詳しくは書きません。是非とも万城目さんが紡いだ言葉で読んでください。

背筋に電気が走るかのような感動を覚えますよ、と万城目さんの言葉に遠く及ばない陳腐な比喩でしか伝えられませんが…

 

その4 エッセイの最後で万城目学さんが13歳だった自分に語りかける話。

まったく同じように感じたことがあります。「ずっと細道」のYouTubeに私の企画が採用されてChageさんと一緒に動画撮影をした日のことです。

 

#6「千里川土手」飛行機まで25m!? 手が届きそうな千里川土手

この動画を撮影した後に自転車で漕ぎながら同じことを思いました。

 

この動画撮影の裏話はこのブログの2022年10月28日の記事に書きました。

こんなことを書いていました

 

Chageさんと直接お話しながらの動画撮影。

自分の人生でこんなことが本当に起きるんだ…、使い古された表現ですが「夢のような時間」とはこのことでした。

これも使い古された表現ですが、チャゲアスを好きになった中学生の自分に教えたい。

辛いことがあってもがんばっていこうな、ものすごい未来が待ってるからな。

諦めずに生きていけば夢は叶うよ。

 

この撮影は確か水曜日でした。私は知恵熱を出すことなく翌日もちゃんと仕事をしましたよ。フワフワして一日落ち着きませんでしたが。

 

万城目学さんの感動的な記事をみなさんも是非読んでくださいね。

万城目学さんは『八月の御所グラウンド』で170回直木賞受賞を受賞しましたが、同じく京都を舞台にした『六月のぶりぶりぎっちょう』も6月に出版されました!

※これも文芸春秋社からの出版ですが…。

 

さて、8月25日です。

いよいよ3日後の8/28にはChageさんのNew ALBUM『飾りのない歌』が発売されます。

ユニバーサルミュージックの公式サイトはこちらです。

ユニバーサルさんだとオリジナル・トートバッグが特典でついている限定セットもあります。また、AmazonさんではLPサイズのメガジャケットの特典付きもあります。予約・購入がまだだという方は急げ! どっちにしようかな? どっちもかな?

 

そして!

Chageさんのバンドツアー「ChageLiveTour2024〜ちゃげっていうひと〜」が間もなく始まります。あと1週間!

ツアースケジュールは…

2024年9月1日(日) Zepp Fukuoka

2024年9月7日(土) Zepp Namba

2024年9月8日(日) Zepp Nagoya

2024年9月14日(土) 仙台 Rensa

2024年9月16日(月) Zepp Sapporo

2024年9月23日(月) Zepp Diver City(TOKYO)

私は9/7の大阪公演と9/8の名古屋公演に参加予定です。9/23の東京公演は配信で視聴します。

 

バンドツアー終了後の10~11月はアコースティックライブの「Chageのずっと細道」が再開します。

2024年10月6日(日) 東京 下北沢シャングリラ ※2回公演

2024年10月12日(土) 沖縄 TopNote

2024年10月13日(日) 沖縄 ガンガラーの谷

2024年10月19日(土) 茨城 club SONIC mito

2024年11月9日(土) 静岡 SOUND SHOWER ark

2024年11月15日(金) 岡山 CRAZYMAMA KINGDOM

2024年11月17日(日) 高知 CARAVAN SARY

この秋の「ずっと細道」の旅に私は参加することはできませんが…

久しぶりに沖縄でライブが開催されますね。沖縄ではYouTubeの動画も新たに制作されることでしょう。

そして、現時点でまだ発表されていませんが年末年始のビルボードライブもきっと開催されることでしょう。

 

さてさて、今日は8月25日です。

チャゲ&飛鳥のデビューから45年。

2004年8月28日のお台場での「25th Anniversary Special チャゲ&飛鳥 熱風コンサート」から20年。

2007年のチャゲアス現時点での最後のツアー「alive in live」からは17年。

2009年の無期限活動休止からは15年。

2013年の活動再開の知らせからは11年。

2014年のあの逮捕からは10年。

2016年のあの騒動からは8年。

2019年8月25日のあの脱退宣言からはちょうど5年。

2024年8月25日のサブスク解禁のお知らせが今日。

 

2人で最後に活動をした時に生まれた子供が成人を迎えようとしています。

時の流れは絶対的な尺度では均等なはずなんですが相対的な感覚では均等ではない。

紆余曲折、波乱万丈でありながらも早く感じます。

 

早い、けれども、今は楽しい。

 

最後に。

Chageさん。

そして、ASKAさん。

CHAGE and ASKAのデビュー45周年、おめでとうございます。

心と身体の健康を維持してこれからも素晴らしい「音楽活動」が続きますよう祈念しています。

 

私もステージに笑顔を見せられるように健康に過ごします。

Chageさんの新曲「飾りのない歌」が7/31(水)にリリースされました。

直木賞作家の万城目学さんが作詞をされたこともあり様々な媒体で話題となりました。

ユニバーサル公式のMV Short Versionはこちらです。

 

1年前のリリースされた「幸せな不条理」のマイナーロックチューンとは正反対の繊細なバラードです。イントロだけで名曲認定したいくらいですが丁寧に聴いてみます。

 

熱心なチャゲアスファンであり10年来の友人でもある作家の万城目学さんに作詞を依頼しChageさんがギター1本のデモ音源を送ったというエピソードがラジオ番組などで語られています。

Chageさんのデモ音源か… それ、聞きたいな… 

ギターでどんな風に作曲したんだろう? 

どんなコードを爪弾いてあのメロディーを紡ぎ出したのかが気になりギターで弾いてみました。備忘録として録音した音源はこちらです。

 

リリースされてすぐにギターで弾いてスマホで録ったんですが、私が弾いてるこのギター。実は間違っています。どういうことかは後ほど説明します。

 

そしてリリースされてから1週間が経ちました。時間をかけて楽曲を分析してみました。

短いイントロのピアノの独特の浮遊感が特徴的です。

KeyはFですが9thのGの音を単音で強調しています。つまりFadd9です。イントロで何度か単音で聞こえるGの音が大きなポイントです。

ハ長調のCで考えてみます。

ドレミで言うとCコードは「ドミソ」の和音です。ドから数えて9番目の音(「ドレミファソラシド」)の「」を足すとCadd9となります。つまり「ドミソ」の構成音のコードです。この9thの音を加えると独特の浮遊感が出ます。メジャーコードの構成音にない短2度のレの音を加えたことによる不安定さから生まれる浮遊感です。

C7に9thの音を足すC9とは違って7thの音が入りません。7thの響きがないので濁り(=切なさ)は薄まります。しかし、「ドミソ」の安定感に不協和音的な「レ」が加わり「エモい」響きになるのがadd9、という印象を持っています。

チャゲアスはこの音を80年代後半から多用しています。代表的な歌は「WALK」

冒頭の「眠れないままに~」やサビの「君を失うと」の部分はCadd9で始まります。

 

「飾りのない歌」のこのイントロのGの音がChageさんのデモにもともとあったのか、ChageさんとtheSoulメンバーで作ったというプリプロの段階で加えたのか、アレンジャーの十川ともじさんが加えたのかはわかりません。しかし、このピアノの単音には大きな意味があると感じました。

 

Aメロはたぶんこんな感じ

F~Dm~B♭~C  

F~Dm~B♭~C~F

ハ長調のCに置き換えると…

C~Am~F~G のⅠ-Ⅵ-Ⅳ-Ⅴの循環コードです。名曲「Stand By Me」などこの進行の楽曲を挙げると枚挙に暇がありません。

私がYouTubeにUPした音源は FM7~Dsus2~B♭~C と少しコードにテンションを加えて弾いています。ルートKeyがFであることを確認しメロディーから進行を探してギターを弾いたのですが、元の音源のピアノをじっくり聞くとシンプルな音の使い方であることに気づきました。テンションをほとんど足さずに弾いているように聞こえます。

改めてピアノの音を1音ずつ拾うとAメロの伴奏のピアノのアルペジオはさきほど書いたようにF~Dm~B♭~Cの基本的な循環コードでした。

「えっ? マジで? そんなシンプルなはずないやろ」と驚きました。繊細なメロディーの楽曲ですからadd9やメジャー7hの響きでお洒落に色付けしていると勝手に思い込んでいたのです。

イントロのGの音、つまりadd9の音の印象に引っ張られてメジャー7thやsus2(add9)の響きを勝手に脳内再生していたみたいです。

イントロのあの「ポーン、ポーン」と聞こえるGの音。

たったそれだけなんですがその1音の印象で楽曲本体の印象がガラリと変わるって面白い。音楽って奥深いですね。単なる深読みかもしれませんが。Chageさんはそんなこと考えてもいなかったのかもしれません。

 

Bメロからは

Dm~G~C~F~A7~Dm~Gsus4~G~C

こちらもシンプルな進行です。しかし、メロディーに注目ポイントがあります。

「ふわり、かむいて」の「」の音の跳躍が印象的ですよね。

「かむいて」の「た」はGにコードが変わった最初の音で音階はD。「たむいて」の「」の音もDです。ハ長調のドレミで言うと「レ」。

つまり「か↗た」の部分の音階は同じD(レ)ですが1オクターブ上がっています。

この1オクターブの音の跳躍はチャゲアスの初期の名曲「終章(エピローグ)」の歌い出しの「さ↗いごの」と同じなんですよ! みなさん気づきましたか?

「終章」のKeyはG#ですがGに置き換えて考えると進行が「D~G」の部分でのD(レ)音の1オクターブ跳躍があります。「飾りのない歌」の「かたむいて」と「終章(エピローグ)」の「さいごの」のメロデイーとコードの使い方にはこんな共通点があるんです。

1オクターブの跳躍で同じD(レ)の音でも印象が変わりますが、Dコードのルート音からGの5度の音(Gの構成音は「GBD(ソシレ)」)に変わっているのでコードの構成音としての意味合いも変わります。

おそらく「さ~ごの」の「」の音にキュン♡としてきた方は「かむいて」の「」の音にも同じようにキュン♡としたと思います。こんな秘密があるんですよ。

 

そしてサビの進行はさらにシンプルです。

F~B♭~C~F~Dm~G~C~C#~E♭~F

C(ハ長調)に置き換えると C~F~G~C ですから基本的な3コードです。

最後のCからFに移る部分でC#とE♭を挟む部分転調が入っています。C(ハ長調)ならば G~A♭~B♭~C です。上下に半音ずらす進行であり珍しい手法ではありません。

歌声は強く歌い上げずにファルセットを使っています。ミックスヴォイスが混じり気味の心地よいファルセットです。ここぞという時に使っているChageさんのVocalistとしての進化を感じる歌声です。

以前、Chageさんのファンクラブ「equal」のオンラインファンミーティングでChageさんにコード進行について聴いたことがあります。Chageさんの楽曲は奇抜な転調や変わった進行が特徴的だけどシンプルなコード進行の楽曲が最近多いのはなぜかというようなことを聞きました。

「昔は転調が楽曲の命のように考えていたけど最近はそうでもない。循環コードでもメロディーは無限にある」というようなことをおっしゃっていたと思います。

「飾りのない歌」をじっくり聴いてその話を思い出しました。

 

…と、万城目学さんの歌詞ばかりが注目されているのでまずは作曲面に注目してみました。

 

そして歌詞を書いたのが万城目学さん。2024年1月に『八月の御所グラウンド』で第170回直木三十五賞を受賞した大人気の小説家です。チャゲアスファンを公言しています。ラジオ番組「Chageの音道」にゲスト出演したことがきっかけでChageさんともプライベートで交流しており、Chageさんが直接作詞を依頼して今回のコラボレーションが実現しました。

私が一番好きな万城目学さんの作品は『プリンセス・トヨトミ』です。『とっぴんぱらりの風太郎』『バベル九朔』も好き! 荒唐無稽な嘘をリアルに描くことが上手な方ですよね。

 

冒頭の「筋道すらない旅」が小説家ならではの表現かもしれません。「」という物語や小説で使う言葉が最初に出てきます。

Chageさんのデビューからの現在までの歌への向き合い方を言葉に託したかのような一語一語がメロディーと絡み合って心に響きます。

歌詞の表記では読点が入るのも印象的です。言葉を視覚的にも紡いでいるのでしょう。

 

すでに「ずっと細道」のライブ会場では披露されているそうです。私はまだライブ会場で聴くことはできていませんが9月のツアーで聴くことができるでしょう。今から楽しみです。

 

 

この新曲が「飾りのない歌」収録されたNewアルバム『飾りのない歌』は8月28日に発売されます。久しぶりの10曲入りのフルアルバムです。セルフカバー7曲はファン投票で選出。王道ナンバーが並ぶ中Chageさん自ら投票数が少ない楽曲の中から発掘してくださった「すごくこまるんだ」が楽しみ! 王道すぎるな、って思ったんでしょうね。

ゲストで出演したラジオ番組で「TOKYO MOON」と「ロマンシングヤード」は聴くことができました。「TOKYO MOON」はジョージ・ハリスンの「My Sweet Load」のようなアコースティックギターの音の響きが心地よいアレンジでした。「ロマンシングヤード」はチャゲアスVersionではなく2015年のソロでのリメイクVersionを下敷きにしたアレンジでした。その他の楽曲もどのようにアレンジされているのかを楽しみにして待ちます。

 

 

さて、久しぶりのブログ執筆でした。Chageさんの新曲発表の時くらいしか書いていない気がしますが、いつも読んでくださってありがとうございます。

半年以上更新していないのに閲覧数が急に増えてランキング入りしたという通知が届くことがよくあります。

あー、また何か言ってるんやろうなー、と想像しております。完全にミュート&ブロックしている名前と情報があるので何があったのかはよくわからないんですが。こちらからも見に行きません。

ブログの設定で訪問者がどんな検索ワードで来ているのかがわかるのですが、まあ想像通りと言うか…

1年以上前の記事に今でもコメントがついたりしますのでびっくりします。本当にありがとうございます。

賛否どちらのコメントへも返信はしないようにしています。

ご了承お願いいたします。

 

いろいろ思うことはありますが大好きな音楽についての備忘録がこのブログです。

これからもその基本を忘れずに時間が許すときにのんびり執筆します。

20231231

 

今日は2023年12月31日。大晦日です。めったに更新しないにも関わらず今年もたくさんの方が足を運んでくださりました。本当にありがとうございます。CHAGE and ASKAを愛している人が今でもたくさんいるということの証なのでしょう。

私は昨日ビルボード大阪で開催されたChageさんの「Billboard Llive 65 to 66」の2部に参加しました。まだ年明けの公演が残っているのでネタバレはなしにします。この文章は1年前の64 to 65のライブ映像を見ながら書いています。

ASKAさんもディナーショーをしているそうですね、っていうような噂レベルでしかASKAさんの情報はわかりません。ASKAさんへの思いについては3月13日に記事をUPしました。

 

 

予想していた以上に反響がありました。Twitterでもたくさんのご感想やご意見を頂戴しました。私はまったく見ていないのですが某掲示板でも話題になっていたとも聞きました。ただの1人のファンの個人的意見に過ぎないのですが多くの人の心に引っかかったわけです。それだけ多くの人がASKAさんの言動に心を動かされているのでしょう。

そうなんですよね。多くの人の心が動かされているのは「言動」であり「音楽」ではないんです。いやいや「音楽」も心を動かしている、という反論ももちろんあるわけですが「言動」が「音楽」の享受の邪魔をしているのです。

本当のファンなら彼の言動も受け入れるべきだ。

本当のファンなら彼の言動などにとらわれずに音楽を楽しむべきだ。

どっちも正解なのでしょう。

 

「受け入れる」というのには2つの考え方があります。

1つは共感することです。

彼のSNS(Twitterとブログ)は共感し賛同する人だけが集まっています。共感しない意見を発した場合は本人や賛同者からのブロックや攻撃的な返信がありますので気軽には発言できません。私も何度か異議を唱えたことがありますが話がかみ合わない頭ごなしの返信がついてくるのに恐怖を感じてあの場で発言することはやめました。同じような思いをした人がほかにもいるでしょう。物理的にASKAさんから敵認定をされてブロックされた人もたくさんいらっしゃるのでしょう。結果的に「あの時空」はエコーチェンバー現象を起こしています。気づいている、目覚めている人たちが集い、「間もなく」「もうすぐ」起こる世界の価値観の大転換を一段高いところから見ています。現実世界で起きているULASや仮想通貨や投資の諸問題には苦しい言い訳を重ねまくっていてもそれすら一段高いところから眺めているようです。

私はあの言動には共感できません。それどころか嫌悪感を抱いています。明らかなデマを拡散していたり、様々なトラブルに対して真摯に謝罪せず責任転嫁して言い訳を繰り返したりする様子には苛立ちを感じています。

彼やその賛同者が使う「科学」と言う言葉と私が使う「科学」はその定義づけが異なっています。だから全く話がかみ合わない。

いわゆる「ASKAアンチ」と呼ばれる人たちは私のように逃げずにASKAさんの言動に反論されていらっしゃいます。アンチだなんて言葉で敵認定されていますがファンの鑑だと思いますよ。私はかみ合わない議論に虚しさと恐怖を感じて逃げた身ですから。

 

「科学」とは? 

その理念を言えば「わからないものをわかろうとする態度」のことだと考えています。

頭ごなしの絶対的正義じゃなく「わからないこと」への好奇心です。

理念ではなく簡潔に定義するならば「誰にでも再現ができるもの」です。

世間を驚愕させ騒がせたSTAP細胞が「科学的に」否定されたのは陰謀でもなんでもなく他者による再現ができなかったためですよね。

新型コロナ感染症治療へのイベルメクチンが現時点で否定されているのは誰がやっても再現できる効果が認められていないからであり陰謀ではないんですよ。

 

強く信じたいものが先にあると事実に感情が勝ってしまいがちです。

地球は平面でる、進化論は誤りである。

人類はそんな強く信じたいことを否定するのに長い年月を要したわけです。さまざまな研究の積み重ねで事実が積み重ねられ、第三者によって再現されたことで価値観の大転換が起きました。

一歩高いところから現実世界を「信じたい心」というフィルター越しに見ていても「間もなく」「もうすぐ」起きる価値観の転換は起こりませんよ、とプレゼンしたいな… やったところで虚無感しか残らない予感しかないけど。

 

話が長くなりました。

そうなんです。ASKAさんのことを考えると音楽のことじゃなくこんなことばっかり考えちゃうんですよね。

 

で、受け入れることの2つ目の考え方は「それはそれ、これはこれ」です。

このスタンスでASKAさんの音楽を楽しんでいる人は多いでしょうね。

ブログとTwitterなどのSNS空間は私にとって手放すことできない大切な空間です。自分が何を考えているのかをまとめて表現して記録しておく場所です。備忘録なんです。

見たくなけりゃ見なきゃいい、って意見はその通りだと思います。あの素晴らしい歌声を楽しむために見なきゃいいじゃないか、という意見はごもっともです。

でもそれは私がインターネット断ちをすることであり、TwitterもブログもYouTubeもやめなきゃいけなくなっちゃう。

本末転倒。

私は私であってASKAさんじゃないんだから。

ASKAさんの音楽を無理やりに楽しむためだけにSNSデトックスするのは…

本質に目をつぶって虚像を見続けるために自分の本質をなくしたくはない。

声を聴いてイライラするくらいなら聴かない。

決断までには時間を要したのですが実際に今のあの人を見聞きするとイライラするので見ない、聴かない。

好きの反対は無関心、って本当なんだなって最近は思います。

テレビに出ると知っても「あ、そうなんだ」って思うだけで見ようとは思わない。

大丈夫かな? という音楽的なものとは別の興味はありますが…

見てもイライラするだけだし、ま、いいか。

そんなわけで結果的に私も「それはそれ、これはこれ」にたどり着きました。

今のあの人が「それ」、過去のチャゲアスは「これ」。

もうチャゲアスはファンタジーのような感覚になりました。

今のASKAさんが今のままならチャゲアスは現実世界に戻ってこなくていい。

つまり、現時点で再結成は全く望んでいません。待っていません。

過去には「10年待つ」なんて書いたこともありますが「待っていません」。

 

そんなわけでASKAさんの新しい音楽の解説や感想をこのブログで書くことはもうないでしょう。

 

「信じることが楽さ」の心に付け込んだずるい人たちが周りにいっぱいいるんじゃないのかなあ。

持っているお金や発信力が目的のずるい人や現実が見えていない妄想の世界に生きている人に囲まれているんじゃないのかなあ。

世の中に迷惑をかけずにいてほしい、という何とも低次元の願いを持っている元ファンです。

元ファンって書くのにためらいがなくなりましたね。

前は悲しかったけど、もう悲しくもないんですよ。

 

 

Chageさん。

大好きですね。本当に。何だろう? この気持ち。

勿体ぶったり、深読みさせたりしないんですよね。Chageさんは。

これは長所でもあり短所でもあるのかもしれない。

以前にテレビで「日本一気さくなレジェンド」なんて紹介され方をしたことがありましたがまさにその通りなわけです。

長年活動してきた神秘性や秘匿性がない。音楽的にも一貫性がない。

言葉に無理に重みを持たせようとしない。

基本的にシンプル。

今どきの若いミュージシャンの方がはるかにその音楽性について勿体ぶった態度を取っていますよ。

 

ビートルズが好き、だからビートルズっぽい歌を作る。

裏声の新しい出し方を見つけた、だから裏声を駆使した歌を作る。

プロデューサーの特徴で作品の音楽的傾向がガラッと変わる、だっていい音楽性を持ったプロデューサーなんだもん。

 

シンプルですよね。

新たなファンが大量に流入するようなプロモーションは目指していない。

目の前の観客が笑顔になることが基本。

古参だからって優遇もされるわけでもない、今の自分の音楽を見つけてくれた人は誰でも同じ。

でもファンクラブ会員は特別。安くはない会費を払って応援しているファンは特別扱い。

奇妙な内容のブログを会員限定で読まされるような求められてはいない特別感ではなく。

 

きっとね。

いろいろあるはずなんです。

チャゲアスの複雑な権利関係の話、ASKAさんの発信内容に対しての取材依頼、チャゲアス復活についての有象無象のプレッシャー。

いろいろあるはずなんです。

いろいろあることをいろいろあるように見せる必要を感じていないと思うんです。

ASKAさんとは正反対ですね。

ファンがこれ以上悲しむことはしたくないというシンプルな行動原理だと思うんです。

「笑顔見せて」です。

 

私はChageさんの今の歌が大好きです。

顔や話し方や考え方も好きです。

歌が好きという気持ちを邪魔しないどころかそれらがもっと好きにさせてくれる。

ASKAさんのあの事件やその後のあれこれや複雑なふたりの関係性などからChageさんの「今の歌」をシンプルに聴けない人はいるでしょう。

私が今のASKAさんの歌をシンプルに聴けないように。

このブログの存在が、今のChageさんの歌や過去のチャゲアスの歌をシンプルに聴けなくなった人にとっての再会のきっかけに未来になるかもしれない。

インターネット空間は過去も現在も未来も同じ価値で存在できますから。

 

2023年も間もなく終わります。

 

来年も楽しい音楽の話ができますように。

『ChageLiveTour 2023 WINDY ROAD』感想

 

Chageさんのライブツアーが大好評のうちに終わりました。

私はツアー初日の9/3(日)のZepp Nagoyaと9/24(日)のZepp Nambaの2公演に参加しました。

今回は詳細なライブレポートというよりは単なる感想ブログです。もっと早くレポートするつもりだったのですが師走になってしまいました。でも過去最高と言っても過言ではないすばらしいライブでした。記憶にもはっきり残っていますので忘れないように記録しておきます。

今回は音楽的に詳細に分析するつもりはありません。KBさんの堅実なギタープレイ、直子さんの曲ごとのベースのチョイス、強一さんのベースドラムの力強さ、力石姐さんのアレンジの妙、YUKOさんのかわいらしさを分析していたわけではなく…

「おーっ、Chageさんかっけー!」

…って観ていただけなんで。

セットリストもChageさんがX(旧Twitter)で教えてくれたものをもとに書きます。

 

今回のレポートは

2023年9月3日(日)Zepp Nagoya公演 ond 9月24日(日)ZeppNamba公演

をもとにしていますが9月30日(日)のZepp Haneda公演の配信の印象も混ざっています。記憶がこんがらがっているかもしれませんがそこはお見逃しください。

 

さて、名古屋公演の9/3は私の誕生日でした。

誕生日にChageさんのツアーの初日公演がある… しかも日曜日… 少々遠いけど名古屋ならばなんとか行ける… 

これはチケットを取るしかないじゃないですか!

そんなわけでまだ灼熱の真夏だった9/3に名古屋に行ってきました。

車で兵庫を出発したのはちょうど昼の12時ごろ。名神高速から新名神を走り名古屋高速に入ります。事故などの渋滞が起きる可能性もゼロではないので余裕をもって出かけましたが予定通り14時30分ごろには名古屋に着きました。

ZeppNagoya最寄りの名古屋臨海高速鉄道ささしまライブ駅の向かいの激安のコインパーキングに車を止めて歩道橋を超えてZeppNagoya周辺に向かいました。

近くのびっくりドンキーに入りハンバーグで腹ごしらえ。外に出るとChageさんのTシャツを着た人たちがちらほら見えます。開場までは時間があるので近くのセルフカフェで休んでいるとファン友さんからお呼び出しがかかり隣のサイゼリヤに移動。ずっと細道のYouTube動画企画に採用された“同志”とも言える方と念願の名刺交換ができました。

このブログや旧Twitterを通して私のことを知ってくださっている方からお声をかけてくださることも増えました。

今回もアカウント名だけしか知らなかった人たちとリアルにお話しすることができました。いつも楽しい時間を共有出来てうれしいです。ありがとうございます。

 

前置きが長くなりました。ライブの感想です。

名古屋公演の座席はA-20。最前列でした。中央寄りでしたので音のバランスは良くありません。しかし、Chageさんのリズムギターの音がアンプから直接聞こえてくる素晴らしい場所でした。

大阪公演はO列1番。1階席の後方の端っこです。名古屋ではわかりにくかった全体のバランスが聞こえてきました。

演出や音のバランスが前方と後方のどちらからも味わえることができました。2公演行って良かったと思えたことです。

 

theSoulのオープニングアクトは思っていた以上に素晴らしいものでした。

私はChageさんを通じてtheSoulを知りました。私も含めて多くの観客が初めてtheSoulを見たはずです。登場してきた時は緊張しているように感じましたがアウェーの雰囲気にならないように観客が大きな拍手で迎えていたような印象です。

楽曲はおそらくは名刺代わりの3曲だったのでしょう。曲の作りやコード進行はシンプルですし歌声もハモリもひたすらに「まっすぐ」な印象。

親しみやすいメロディーと前向きなメッセージの歌詞が印象的な全力パフォーマンスで会場の雰囲気がHOTになりました。

 

そして、いよいよChageさんのLiveスタート。

1stソロアルバム『2nd』の1曲目のインスト「PATIENCE」が流れる中メンバーが登場。この演出はソロ25周年のツアーにふさわしかったですね。

そして、Chageさんが登場。ギターを抱えてあのイントロが流れます。ただし、4回繰り返しだったかな。

 

1「幸せな不条理」(2023)

2「[7]」(1998)

3「笑顔見せて」(2023)

 

1曲目は新曲の「幸せな不条理」。予想どおりでした。話題の新曲がまさかの1曲目という驚きを持った方もいらっしゃったでしょう。私は「やっぱりそう来たか!Chageさん、わかってるよね~」というワクワク感からのスタートでした。

この歌は今後のライブでも定番化するんじゃないでしょうか。新たな代表曲と言ってもいいですよね。

[7]はオリジナルキーでの披露でした。以前のライブではこの曲はキーを下げられていましたが、今回は[7]だけではなくすべての楽曲がオリジナルキーで歌われています。

[7]はライブ後半に持ってきても大盛り上がりなはずです。しかも高音が連続で喉への負担も大きいこの曲を2曲目で歌うChageさんの本気と調子の良さが伝わる曲順です。

「笑顔見せて」はライブ映えする曲ですしこの位置しかないよね! という感じ。ステージから見える風景は笑顔であふれていたはずです。

 

4「No.3」(2021)

5「謎2遊戯」(1983)

6「赤いベッド」(1988)

7「春の雪」(2010)

 

4曲目だけど3番目の歌と紹介されて『Boot Up!』収録の「No.3」。「おー、『No.3』が来たか!」と意外に感じましたが、ビートルズ風の楽曲ですから今回のライブコンセプトにはよく合っていますね。

次の曲のイントロは過去最大級の衝撃でした。まさかの「謎2遊戯」。スタッフですら「なぞなぞゆうぎ」と読めず「なぞツーゆうぎ」と読んだらしいレア曲。チャゲアスのシングル「マリオネット」のカップリング曲。現在ではアルバム『21世紀』のボーナストラックとして収録されています。

過去のライブでの披露の記録は…あります。少なくとも1983年にNHK FMで生放送されたNHKホールでの公開生放送の演奏では歌われています。

初日の名古屋では泣きながら聞いちゃいましたよ。まさかこの曲で泣く日が来ようとは思いもしませんでした。

デビュー当時のフォークデュオの固定イメージを打破しようとしていた時期の実験作とも言える作品です。Chageさんにとって自由な曲作りをするきっかけになった曲とも言えます。

オリジナルのトリッキーなアレンジを踏襲していましたが強一さんとドラムと直子さんのベースがオリジナル以上の切れ味でカッコよさが増していました。昭和の懐かしさを感じさせるのではなく最新のサウンドになっていると思いました。オリジナルの大村雅朗さんのアレンジがすばらしいんでしょうね。ちなみに大村さんは松田聖子さんの「Sweet Memories」などで知られる作・編曲家です。もう亡くなられていますが大好きな音楽家です。

「赤いベッド」は歌ってほしいな~、と願っていた歌。後半で歌った「東京Doll」と共にチャゲアスの『ENERGY』に収録されています。私が今いちばん聴いているチャゲアスのアルバムは『ENERGY』なんですよ。変なわだかまりがなく素直に聴くことができるチャゲアスのアルバム、というか…。

「春の雪」は予想外の選曲でした。夏のツアーの楽曲としては季節が外れていることとこの歌には西川進さんのギターサウンドがセットだと思っていたことがその理由です。KBさんのギターエフェクトは進さんのそれに比べると大人しめでしたが、KBさんのギターはクラプトン的なソロを得意とするイメージですからこの楽曲の再現には合っていたと感じました。

後にChageさん自身がインスタライブで語ってもいたように「マニアックな」選曲のブロックでした。

 

このあたりでMC。着席タイムです。

大阪では「コール&レスポンス」と呼ばれている客との掛け合いがありました。

新たな掛け合いとして「今行くよ(来るよ)」を事前に提案して実行されましたが今一つ盛り上がらず。日常に言うフレーズではなく独自のリズムやメロディーがあるわけではないので事前提案の時点でちょっと無理があるなー、と思ってました…。

しかし、今年はプロ野球で阪神とオリックスが優勝したことから大阪の人は勝ち誇っているという話から1985年に阪神が日本一になったことにつながり、その年のいわゆる「バックスクリーン3連発」の話になりました。

甲子園球場での巨人戦でバース・掛布・岡田のクリーンアップの3人が槇原投手から連続でバックスクリーンへの特大ホームランを打った伝説の試合のことです。

打順を覚えていないChageさんは「掛布? バース?」と客に聞きます。観客は「ちゃうちゃう、バース、掛布、岡田」とそれぞれが返事します。関西人以外の人は信じられないでしょうが38年前のこの3連発の順番は関西人には常識なのです。

「えっ? バース、掛布、岡田?」

「そう!」

なんてやり取りの後、自然発生的に

「3番(バース!)、4番(掛布!)、5番(岡田)。バックスクリーン(3連発!)」

という掛け合いが生まれました。

これが「ライブ」なんだな。

ちなみに私は阪神ファンではありません。野球にはほとんど興味がないんですが関西の「文化」として1985年のことは記憶していますから同じ感覚を共有できました。

 

 

8「機嫌が悪いの」(1989)

9「流れ星のゆくえ」(1989)

10「トウキョータワー」(1998)

 

着席タイムの定番でもあるブルースナンバー「機嫌が悪いの」。オリジナルはMULTI MAXの1stアルバムに収録されています。「MILKY WAY BLUES」とともにこれぞアメリカンブルースロックという楽曲。『Oki Doki』にもLive Versionが収められていますが年を重ねて歌われる中でどんどん完成度が増していっていると思うんです。ブルースというジャンルのなせることだと思うのですが今回の歌声は「現時点での」最高でした。きっとこの最高は今後も更新されていくのでしょう。

続いての「流れ星のゆくえ」はまさかの選曲でした。チャゲアスの名盤『PRIDE』に収録されているトロットロのラブバラードですが今までライブで披露されたことは一度もなかったんじゃないかな。このアルバムのChage曲は「絶対的関係」も以前にライブでやりましたし、今後は「SHINING DANCE」や「Break an egg」も期待していいのでしょうか。

着席タイムのラストはソロデビュー曲であり今年新たにRemix Versionが発表された「トウキョータワー」でした。この歌はライブで聴くといつも涙が零れ落ちるんですよ。

 

11「もうひとつのLOVE SONG」(2016)

12「GO!GO!GO!」(2012)

13「ふたりの愛ランド」(1984)

14「東京Doll」(1988)

15「Equal」(2014)

 

後半は怒涛の攻めたセットリスト。

「もうひとつのLOVE SONG」というキラーチューンを「あの騒動」後のソロ曲で作ったのは本当に凄いと思うんですよ。今回のセットリストにはチャゲアス曲も入ってはいるのですが「NL」や「ロマンシングヤード」や「終章」や「Reason」のような所謂“強い曲”はやっていないんですよ。しかも、1曲目と本編ラストは新曲。

「あの時代」の「強い楽曲」に負けない楽曲を作り続けるのは至難の業です。多くのベテランアーティストが過去曲中心にライブをする中、新曲や最近のソロ曲をファンからも求められるのはChageさんが「いま」のアーティストである証だと思うんです。これからも「強い新曲」を作り続けてほしいですね。

「GO!GO!GO!」も「春の雪」と同じように西川進というギタリストとセットの楽曲として認識していましたがKBさんがんばりました! 弾きまくれるのでギタリストとしては腕が鳴る楽曲でしょうね。

そして「ふたりの愛ランド」。最前列だった名古屋ではサビでYUKOさんにマイクを向けてもらいました。メインパートを歌うべきなのか? Chageさんのハモリパートを歌うべきなのか? 一瞬悩む(笑) 悩んだ結果無難にメインを歌いました。でもちょっと後悔(笑) 音楽やっててそれなりに歌える自分はちゃんとはハモれるんやからここはハモっても良かったんちゃうか? 腕の見せ所ではなかったのか? なんて、どーでもいいですね。

そして、驚きの「東京Doll」。こういう裏拍のレゲエやスカを感じさせる楽曲を80年代のChageさんは必ずアルバムに入れてました。この歌ではネット上では少しばかり声がこんな声がありました。

「合いの手の『フワフワ』はない方が良かった」

実は私も同意見でして…。ライブっぽくて楽しい演出ではあったんですが「東京Doll」のクールな世界観と少しぶつかっているような気がしまして。いや、楽しかったんですよ。でもこの曲のクールさを味わいたかったな…、と今回のライブに注文をつけるなら唯一ここでした。もちろん個人的な感想です!

そして、本編ラストは「Equal」。CDにはなっていない「あの時」に披露された西川進アレンジVersionでした。実はこっちの方が好きなんです。渡辺等さんアレンジVersionも素晴らしいのはもちろんですが、こっちのVersionは神がかりすぎです。ファンクラブのアンケートの一番好きなChageソロ曲も「Equal」に投票したくらい大好きな歌です。

大げさでもなんでもなく号泣しました。サビの「Oh Yeah Oh Yeah」で腕の振り付けをがありますよね。私はこの歌は固まってしまうのでいつも手を振れないんですよ。

「仁王立ちで号泣」

名古屋では最前列にいる私のこんな姿をChageさんが見たんでしょうね。

感動しているんですよー! 怒ってるんじゃないですよー!

 

ここで怒涛のバリ固ロックがおしまい。本編ラストは予想通り。

 

16「青い空だけじゃない」(2023)

「Equal」からの「青い空だけじゃない」って…。歌詞のつながりというか、いや勝手につなげて聴いているだけですが… まだ泣かせる気ですか!

配信VersionではなくEPに収められたエンディングありVersionを聴いた時に「これがライブ本編のラストやろうな」って夢想していました。ようやく現実になったのが嬉しかったですね。

 

そしてアンコール。

「幸せな不条理」だったのですがMCでは「1曲目を聴くことができなかった人はいる?」と…。初日の名古屋では客席にその意図が伝わらず会場内に???マークが飛び交いました。私も「ん? どういうこと?」って反応しかできず(笑)

要はオリジナルのコーラスに参加したtheSoulの河野健太郎さんを招いて再披露するためのフリだったんですが意図が伝わらなかったですね。しかし、福岡公演を経て客席も学んだこともあり大阪公演では多くの人が「はーい」と手を挙げていました。もちろん私も。

ライブで2回演奏しても負けない強さがこの楽曲にはあります。そんなわけで定番化するでしょう。今後のライブでも。

 

最後は予告通りの「WINDY ROAD」(1991)

帰ってきましたね。この歌が。この風景が。いつまでもなくしたくない風景です。そしてこの歌の歌詞が2023年の現在にも心に響いてしまうことは悲しくもあります。

答えは吹き抜ける風の中にあるんですね。

 

以上、音楽的な分析はほとんどなし! ただの感想でした。

すでに12月に入っていますので年末年始のビルボードライブも近づいてきました。「ずっと細道」も北海道から東日本を回っていましたので2024年は西日本に来てくれるでしょう。来年もChageさんのライブをたくさん楽しめますように!

そのためにも心身ともに健康でいられるように日々を健康に穏やかに過ごしていきたいです。

 

ライブ会場で一緒に過ごせた皆さっま、配信で一緒に楽しんだ皆さま。

ありがとうございました。

またご一緒しましょう。