現在田中さんはは「身近なものを描く」ことをテーマにしているといいます。実際に目の前で見れるものをキャンパスに興していくのだそうです。
「メロンパンのなる木」
これは題名を聞き忘れてしまいましたが・・・^^;;ご家族を描いた作品です。
これからの見通しを伺うと、今ある詩人さんとTV局とコラボレーションをしてアートを身近なところから広げていこう、という活動をし始めているそうです。その時々によって表現方法や描きたいものが変わるので、自分の絵がこれからどのような方向に進むかは未定、ということ。
田中さんはずっと独学でしたが、これからある美術大学に編入も考えているといいます。基礎的なデッサンなどを専門的に学習したいとのことです。ただ、今まで独学だったのには理由があり、基礎的な写実的デッサンを習ってから個性を見つけ出していく、という今の美術界ではベーシックなやり方を破っていきたいから。「皆のやっていることはやりたくない」「突出する存在でありたい」という考えは芸術家ならば誰しも持っているでしょうし、田中さんの場合はその思いが非常に強く感じられました。
尊敬する画家は、会田誠。あのアウトサイダーな感じが共感できると仰ってました。
基礎描写力をきちんと身につけようと思ったのは、会田誠がきちんとしたデッサン力を身に着けていて、何も見なくても描きたいものを自分の中のイメージだけで正確に描くことができるところを見習いたいと思ったからだそうです。
また、自分の作品について論理的に説明ができるように、美術史や同世代の美術を勉強することも目下の目標に掲げています。
スケッチブックはあふれ出るイメージでいっぱいでした。
これはダビンチの絵を模写したもの。(洗礼者ヨハネの肖像の手の部分)
今回取材して、特に印象深かったことがあります。私の周りでは、創作をする人は皆デッサンから入ります。正確な比率やパースや質感表現を扱えてこそ次に進めるのです。美大の入試だってまずは正確な素描が求められます。それが当然だと思う世界に生きていたので、田中さんの意見を聞いて全くそれと正反対の考え方もあるんだなと改めて気付かされました。
つまり、絵画で言えばデッサン(基礎とされている)→個性的表現(応用とされている)が王道コースですが、田中さんの場合は個性的表現→デッサンを習おうとしている わけですから。
ある物事に対して反論があるのはこの世ではあたり前のことなのですが、あまりに確立した考えが蔓延しすぎて気付く機会がないのでしょうね。
そしてそうしたことも含めての「既成概念を打ち壊してきたい」という田中さんの考えは、なんでしょう、情熱的というか、一種衝動的ともいえる疾走感も感じました。
常に前へ前へと変化を考える田中さんの作品はこれからさらに発展すると思います。様々なアプローチをしていくということは様々な人の感性に働きかけることと同義だと思うのです。
田中さんは来年の二月に行われるNY EXPOという一般公開型の国際大型展示会に出品する予定だそうです。
是非国外でも一層活躍してほしいと思います。
そして、1に少し書いた詩人の井上優さんも田中さんから紹介していただけることになりました!
また取材したら記事にしたいと思います。













絵から反射された光が眼のレンズを通り、上下左右逆転して網膜に像を結ぶ。
視覚野で刺激は垂直と水平、角度、曲線など原素的特徴の点から分析される。
見たものと自分や世界に関する多くの知識との間に結びつきが作られる。


















去年のGWにローマで個展をやっていて、ちょうどイタリア旅行に行く予定だったので見るつもりだったのですが微妙に時期がずれて逃しました



(もうね、美術書と画集と写真集のせいで私の財布はいつも寒いさ・・・後悔はしないけど。)
笑 うん、ふざけっこだから本気じゃないのはわかるんだが、倍かい・・・