公務員を退職してセカンドキャリアに進む起業までの日々を綴ります。起業準備が進んだ時に更新するブログです。
活動記録をどうするか・・・自宅に持ち帰ってやってもらったりオンラインで打ち合わせたり、LINEだけで調整したり・・・それぞれの活動が一つの記録になるようにしたい。そこで、チャッピーに相談。そしたら私の求めるスプレッドシートを作ってくれた!!会員さんたちはこのURLを活用して個人の記録ができる仕組み。世の中プログラミングのわからない私にもチャッピーさえうまく付き合えば片腕になる勢いだ。面白い!!ただね・・・ダイエット計画はダメでした(笑)。半年で1キロしか減らなかったよ。だって、チャッピーは肯定的で褒め上手。「疲れていたんだから仕方ないですよ」「明日調整すれば問題なし」って。どんどん 先延ばし。どんどん 私に甘くなる。「もっと厳しく!食事制限だけじゃいけない!筋トレも入れるとか無いんですか?全然痩せませんよ」と問うてみる。「甘すぎました」と非を認める正直者。それがチャッピーなんだ。厳しく、効率的に、実行力アップなど指示すれば厳しい鬼コーチにもなる。チャッピーは育てながら使うもの。人間も常に学ばないとチャッピーを使いこなせないんだと強く思った。
地方創生とか地方創造とかいうけれど、政府対応が遅いんじゃないかな・・・そんな風に田舎暮らしの長い自分は感じている。偉そうなコメントだと思うけど、切り出される対策は、イベント的なものが多く、その場しのぎにしか思えない。地域おこし協力隊・・・一時イベントを担う。若い人は期限が過ぎるとまた違う場所に行ったり自分の出身地に戻って行ったりする。過疎地に土着して暮らせるかと言ったら長年住んでいた人々が(不便だ)と思うのだから、厳しいはずだ。都会から移住した若者は、結婚して育児の間は医療費無料、給食費無料の田舎にいるのだけどいまや都会も同様の政策を展開している。街場の町内会も崩壊に近いからだ。セカンドキャリアの中高年も元気なうちは田舎に住んでいるんだけど・・・社会システムとして進学、通院の年代は街場へと出て行ってしまうんだよね。「持続可能」という言葉が使われるけど、イベントで人を呼んでお金を地域に落としてもらってもホントに一瞬の事であり、住んでいる人の収入に直結していかない。むしろ地域おこし協力隊にやってもらうのは地域ガイドではなく、イベントでもなく、継続でき収入となるようなシステム作りが欲しい。地域の問題点を把握した、住みやすくなるようなシステム作り。じゃないかしら?実際、私が事務所を借りている地域も消滅可能性自治体だし、自分たちが育ててた素材が地元で加工され販売され収益になる流れが無い。加工する段階から地元から他地域へ流出してバックが無い。ついこの間まで、私が育った地域ではないからどうでもよいと思っていたけど、税収が無ければ行政も暮らしも持たないという当たり前のことに気が付いてから農業でお米作るだけじゃだめだよね・・・林業で気を作っただけじゃだめだよね・・・その次は?・・・って疑問ばかり持つようになった。娘が、「お母さんは 嫌いなところでも私は 生まれた時に住んでいたところだし12年もいたから、あんなところでも・・・大事なんだよ」と。きっと、そこに今住んでいる人たちはとても大事に思っているんだね。他の地域の人が何と言おうと、そこで細々と頑張っている人がいる。続けるって難しい。腰を曲げながら畑や田んぼを続ける農家さん。その横をスポーツカーで暴走していく孫らしき田舎のソフトヤンキー君。真面目にコツコツ続けてきた ものつくりがチンピラ風の浮ついた若者たちは当たり前でダサイモノに移っているんだろうけど、あんたたちが 真面目に田んぼに出るようになったら地域がよくなっていくんだけどね。。。そう呟きながら帰路についた。
明日から 女性で活躍されている人の集いに参加する。名刺、つくろうかな・・・・と思ったものの、いまの屋号は仲間がウンと言っていない。しかもダメ出しされてばかりだ(笑)なぜなら、思いがけない仕事ばかりが舞い込んで今や撃沈されそう。さて、それはそうと明日の準備で名刺を作ろうと思っているのだけどいざ作るとなるとどう作るんだっけ?どんなデザインがいいかな?ことばやプロフィールどうしよう悩みばかりいっぱい相手がいる分、自分の軸足がぐらつく。流されてはならないはずが、みんなに良いように話を聞きすぎて自分のペースが完全崩壊。私、理念と自分の生活バランスを崩して元に戻れない状況(笑)いまの仕事を追えたなら一旦リセットして組み直すことにした。だから、名刺が作れないとりあえず、体一つで参加するしかない。
復調とまではいきませんが、体調不良に手術のこと、諸々の治療・・・なんだかんだと重なって何となく今落ち着き始めました。このところ目の調子もよろしくなく、眼科に行って診察を受けたのですが特に問題は見つからず・・・。ブログはボチボチ参ります。起業の事もいろいろと書きたいことが多くて。今夜はそろそろ休みます。みなさまの今週も素敵な時間が重なりますように。
起業して、思いがけず想定外の仕事を頼まれることが増えた。一番やらない仕事と決めてきたことだ。ところが、皆さんが何とかして欲しいと思っていたのは私の組織がやらないと決めていた分野だった。関わってくださっていた所有者の方古文書の会の方、地域の方、それぞれの想いと方向性が錯綜して噛み合わず、最低限で請け負うことに。ただし、専門ではないため必要最小限。そしてお金をとらないボランティアという形で記録保存だけすることにしていた。ところが、ある方がとんだトラブルを行政側に吹っ掛けてきたようで・・・。私たちの組織の人ではない。同じ分野の知り合いである。その人は行政担当者に対する不満がずっと溜まっていたみたい。話を聞いて「私はやめた人間だから」と断っていたがどうしても愚痴を聞いてもらいたかったみたいだった。同調した私も悪かったけど、大人の会話であるし、業界の暗黙の了解でもあり普通はお互いの心にしまう、ここだけの話である。が、自分に加勢してくれる人が出てきたと言わんばかりに私の名前を出して、行政担当者が足りないのだと𠮟りつけてきたとか。行政の悪態、いままでのその人が抱えていた不満、ご自身が怒りながら「・・・といってきた!」と私に報告してきた。 まるで私がそうしろと言ったかのような私を立てにして自分のやりたいことを押し通そうとしているようなそういうことは断固拒否。そこで、今回トラブっているこの分野についてはいまのボランティア活動だけでいったん閉めることにした。事務所も閉めて、違う場所で再度立ちあげることに。しかし、娘の進学が一番大事。ほとぼりが冷めたらリスタートってことにしたい。
あけましておめでとうございます&ご無沙汰しておりますいろいろなことが重なりまして、ブログをお休みしていました。起業と入試とありましたけど、インフルや貧血や術後の眼の痛みなども重なりました。アクシデントもあって疲弊してしまい、大学院入試を取り止めて一旦気持ちの整理をしていたとき今度はインフルエンザになって用事のすべてが後ろ倒し(?という表現でよい?)。今月いっぱい身動きが取れません。落ち着きましたら、皆様のブログを拝見に伺いたいと思います。とりあえず、近況報告でした。寒暖差の激しい時季。みなさまお体を大事にお過ごしくださいませ。
NPOにしようかと思ったのだけど一般社団にしようかとも考えている。行政からお金をもらうとか嫌だから。公務員の予算ありきでは守り切れない文化財。だからこそ民間からの違うサポートが必要だと思ったのだ。それがNPOにしてしまうと補助金、助成金をもらってどうしても行政の下請けになるようで嫌な気がする。行政書士の先生や中業企業診断士の先生に相談することになった。行政の下で働くと縛りが出てくるのが嫌だ。これ、絶対に譲れない部分です。さて、今日は天気が一日で目まぐるしく変化した日でした。雪→雨→晴れ→強風中!とにかく寒くて疲れました。あったかくして寝ます。おやすみなさい。
助成金申請をしようと思って、要綱を拝見すると「規約」「活動内容」など様々書き込む欄があり、いまの想いを書いて中業企業診断士さんにお見せした。そしたら「まず、明文化して表に出せるようにまとめないとね」って。そこでライターさんを紹介されまして、理念文をまとめること数か月。chatGPTを活用しながら何度も訂正や理念の打ち直しを繰り返す。自分の頭の中がまとまってくるとchatGPTも上手にまとめられるようになるようで・・・本日やっとOKをいただきました長い時間、なんども作成に携わってくださったライターの先生に感謝申し上げます組織理念を人に伝わるように、まとめるのは大変でした。次は規約の作成、名刺作成と活動資金をどう手に入れるか。&大学院対策です。がんばります!!
慌ただしく過ごしていました。娘のことがモヤモヤしてばかりで時に爆発して猛省するという日があった。息抜きで進めてきたいろいろなことがリセットして新たにすべてを組み直している。古文書整理を手伝ってもらおうと先輩方がボランティアで力を貸してくださることに。相談のつもりが、さすが同じ職場で同じような分野でご活躍されてきただけに即「手うダウよ」「必要なもの購入してあげるから」と。こんな早く動いてもらえるとは思ってもいず私の頭がついていかなくてとりあえず、帰宅して予定を前倒して資料整理の段取りを練り直すことにした。資料整理しながらいろいろ活動をはじめようと思うけど取り急ぎちょっとした講習会をはじめ、そこでいただいた講師料を資料整理に充てていこうと思う。それと並行してSNSかHPをつくり協賛するひとをつのろう。その為に 、私の組織の概要をまとめる作業を早めたい。今回 屋号を決めて大枠の概要を話したところ、先輩方には賛同を得た。問題はその詳細を理解してもらえるのかということ。理解してもらうようにまとめ、どういう組織にして動くかが課題。そこで生きるのが大学院で単位修得させていただいた理論や考え方。さて、いよいよです。ゆっくりだけど議論を重ねてすすめていこうと思います。
歌のお勉強です。娘が習い始めた歌のレッスンでは先生が、発声・言葉・メロディ、何だろう…とにかく事細かに指導してくださる。私の倣っていた歌の先生も素晴らしかったけれどここまで徹底して教えていただけるのが理想だろうと思った。英語発音じゃなくて、イタリア語の発音で発音のどこにアクセントが来てどんなふうに歌うのか娘のレッスンを見聞きしているととにかくわかりやすいし、練習するほど「なるほど」と思う成果が出る。わたしのは、ただ歌っただけだと思った。それぐらい、娘の先生は徹底した指導なのだ。本当のオペラ向けの声楽指導。私はこういう指導が欲しいと思いました。で、ついでに私の発声もちょっと見てもらったのです(笑)そしたら、何と!!声楽コンクールに出た際、指摘されたことズバリ!この先生にも指摘されました。それで、どこを改善したらいいのかだんだんわかってきたようなだけど、もう癖になっていて上手くできない。そう言うのが沢山あって・・・・・・・・・うーーーーーーーん、この先生にご指導いただきたい。でも、娘のこれからのことに莫大にお金がかかる。ヤバいです。働いて、稼いで習うか?凄い先生がいるものだと思った。で、娘は習うほど上達し立った2ヶ月で驚くべき成長ぶり。先生も娘もとても頼もしく、楽しみな存在です
なんだか狂ったように色々学びました。(笑)いまの世の中、オンデマンド、オンラインが学びの主流になってきていませんか?隙間時間に学べるのがいいので す。異常気象の悪天候による交通マヒや、遠方からの参加による無駄な出費は心身に優しい物足りなさもありますが、一通り通学も通信制も経験した学生時代。どちらのメリットもデメリットもある程度理解しているので内容によって通学・対面がいいか非対面・オンラインがいいか選択できるようになったことも学んできたから得たものだと思えています。で、何を学んだかというと一つは今の学校がどうなっているのかというオンデマンド講義。二つ目は社会教育主事講習。(これも非対面)三つ目の予定は貧血によりキャンセルしましたが、予定では教育関係の講演会でした。教育の事を学んでいるように思えますが、実は私の目的は違っていて起業のために“教育の課題を見つける作業”をしています。それと、“違うジャンルの学問領域の人の視点を確認”しています。やはり、専攻・専門がちがうと問題点の取り上げ方が違っているし、課題解決の方法や回答も全然違うんですこれって、面白いことである分野ではよろしくなくても、ある分野ではよろしいことだったりするんです。物事を形作るには逆の発想を持つことが、軌道修正や新しい物を作っていくには必要なのだと感じます。それだけ、人の判断する良し、悪しも正解は無いのでしょう。その時々、集まったメンバーで議論してその時々に導き出した答えが「正解!」なのです。あとは、やってみて修正する。積み重ねと継続が大事なのだと思います。
友達を誘ってEQの講座に出かけてみた。EQって「こころの知能指数」とも言われていて「自分や周囲の感情を管理し、コントロールできる能力」のことだそう。「それだけじゃよくわからない。試しにいってみよう!!」というわけで、講座に参加。講座の内容はファシリテーター(というのか?)の指示に従って参加者がグループになり、一人ずつ順番に話し手と聴き手になって進められます。話し手は与えられたテーマについて数分のトークをします。聴き手メンバーがカードを使って理解した感情を示します。これに対して話した人が「そうだった」「この感情もあった」とフィードバック。次に“どんなことをして欲しかったのか”について聴き手がカードで示し、話し手が同じようにフィードバックします。そこで、認識・感情の誤差(ずれ)を感じ取るものでした。類似した講座は色々ありますが、この講座はカードを使っていました。いつも思うのですが、私たちの思い込みというのはその人の背景が凝縮されて出るものです。これを修正するには話し合いと調整がとても大事なのだと感じます。ずれを調整すると言っても日ごろ冷静に、しっかりと向き合うことはありません。いや、どこかで(まぁ、いいか)と思いそれぞれの懐に収めてしまいがちだし。これが不満だったら、だんだん大きくなっていきます。そんなとき、ふと心の中でEQ講座の作業ができるといいのでしょうね。我が家でも意見のすれ違いが多いのであらゆる手法を駆使して対話のテーブルにつくこと、感情をやんわり伝えることに注意を払うようにしていますがどんな思考方法がベストか、時々の見極めも大事なようです。娘とは最近、大学院で教えてもらったシステムデザイン思考を用いて対話していましたけど、今度はEQ講座のまねっこで対話してみようかしら?世の中に様々な分野のさまざまな技法があるものですね。学ぶことの大切さを痛感させられる日々です。
なんちゃってで起業した感じですが、同時に起業準備中でもあります。なんのこと???と思われそうですが、起業はしました。事務所を借りて。でも収益を得ていないので税務署には何の届け出もしていないのです。今やっているのは古文書の整理作業です。これを、地味に続けているのは次の活動に繋げるため。助成金をもらって活動するため団体を立ちあげる足掛かりにするための一歩にすぎません。来春以降、団体立ち上げをするため、今できる地味な作業を頑張っています。さて、ここからいくらでも波及できますよ(笑)どうなるかお楽しみに♪
大事なもの、いつから大事だったかなと振り返る。私の大事なものそれは小さい頃からだった家族の誰かが好きだったもの。家族が喜んでくれたから好きになったと思っていた。嗜好がにているのだろう。脳の遺伝のせいだろうか?大事なものは他の誰かが好きだったんじゃなくて自分が好きだったのよね。例えば祖父が歴史が好きだと言っても彼は読み物の歴史、日本史が好きだったの。それは自分の戦争体験からひも解いて、幼少時代にしっかり教わった歴代天皇と日本の歴史。私が好きな歴史は地域にボロボロ落ちていた土器や矢じりに惹かれたから。遺跡にロマンを馳せて考古学の方に進もうとしたけど、地層から何かがわかるということが疑問で理解できなくなりまして。。。そのうち発掘作業で体を壊し博物館の世界へ。思えば、地域の民話を集めたりその土地を守ってきた領主と会って話を聞くのが好きだった。当時の人に思いを馳せるのが好きだった。そして何より自分が辛い時、古文書やら昔の古い本、聞き取り調査でしった昔の人がどうやって苦難を乗り越えてきたのかどうやってその土地を作り上げていったのかという記録は私の辛さ等比ではなく努力なんか足元にも及ばない。先人の足跡とはいまを生きる私たちのヒントになるものではないかしら?ただ、作ったんじゃない。ただ、やってきたことじゃない。いつかの未来のために計画して作り上げてきたこと。私たちの中にそういう計画性はあるだろうか。「偉くなりたいから」「金持ちになりたいから」「人より勝っていると思われたい」そういう私欲だけで物事を決めていないだろうか。世の中をよくするということは自分が踏み台になることだと思う。次の世代の踏み台になるものを残せば未来はつながる。歴史が私に教えてくれたこと。私が大事にしてきたこと。次は誰に繋がるんだろう。
私の起業は特殊らしいです。その分野ゼロからのスタートということもあり、面白がってくれる方・興味を持ってくれる方は多いです。それで、コンセプトや企業ネーミング、ロゴマーク、募集対象やサービス対象など様々に打ち合わせていくのですが、毎度納得いかないところが出てきたり慎重に立ち止まったりしております。50過ぎてからの起業は凄く慎重になります。自分の体力、家庭とのバランス、予算や資金の事。周囲との調整も含めるとフットワーク重い(笑)時々chatgptのお世話になる必要があったり、私が今まで経験したことが無いことを修得しつつ前に進む。面白がってばかりいられない会計財務、法令のこと。勉強が足りない。
私がやろうとしていることはいままでの事とちょっと違う概念らしくて背中を押してくれる人がいる。けど、社会に対しての仕事をこの年齢でスタートしなくていいんじゃないのか夫の仕事も忙しくなってきてお給料も上がってきているのに、敢えて働く必要があるのと言われたり娘のことも大事な時期で同年代の人は固定給をもらっていてなどなど、世間一般を考えるとホントに人と違ったことばかりやっている私の今です。「根気強い」「誰もやれないことをやろうとしている」「イノヴェーション」ホントかい??????????まじ?????????「宇宙人だ」「破天荒」「面白い」と言われた中学当たりの自分がやっぱりこの年になっても生きているんだなと思う。人と比較されない次元で自由に活動することが好きだったな。祖父母の嫌味三昧の生活だったから、誰かと同じ土俵に乗るより自分の思うままに生きてみたかった。それが今、起業という形で自己実現、社会貢献、生きがい、課題解決に向かって勝手気ままにやれている。支えてくれる家族がいて資金もいまのところなんとか。これを幸せと言わず何と言ったらいいのだろう。仕事の苦労は何とでもなると思えるこの頃。社会課題を一つ一つ丁寧に拾い上げてどこに届けるか。大学院に行きたいな。早く入学試験を受けられるようになりたいな。
起業相談に行きまして、色々な話をさせていただきました。そしてある相談員さんから、こんなことをアドバイスいただきました。それはいいですね!!こういうのもありますよ、文化の啓蒙としてあなたが経験してきたことを事例を踏まえての講座です。いま私が聞いて初めて知ったことが沢山あり過ぎるんです。文化財がお金の価値とは違うという事やそもそも博物館や学芸員の仕事は展示会をしてお客を呼ぶことだと思っていたんですから。それが違うと知って驚きましたよ。当たり前すぎて気がつきませんでした。問題点も含め、市民に啓蒙活動をしてはどうかというのです。そういう視点が面白いって。そして、色々な事業展開の方法や助成金のもらい方まで細かく教えていただきました。なるほど、なるほど。昨日の起業相談会は充実していました
気がついた。私は仕事が好きだ。・・・って、私の仕事の概念は「社会の中に身を置いて 何か役立つことをすること=仕事」=生きがいなので、普通の人の職業とはちがうかも。収入の多少、役職のなんちゃら、そういう事ではない。誰かに何かを伝えて残す。それがまた、誰かにバトンタッチできたらいい。そう思っています。今回、私は研究会2つにアポイントを取りました。ひとつは、ずっと病気をしてから休んでいた会。もう一つは、これからのことを考えてスタートした会。私がこれからやっていく社会教育事業にいかせると確信し遂に稼働することになりました。なんとそこには、娘が賛同して「絵を描く」担当になると言い出し、いま作成中の街頭紙芝居の原稿にあわせ、これから構図などを作っていきます。子育ても生きがい仕事も生きがい二つの生きがいは間違いなく家庭を基軸に根っこをはってこそ出来ること。時々バトルはあるものの夫に感謝
電車の中で、男子たちが話していた。中学か高校?「うちの母ちゃん、働いてるんだけど、女の自立とか何とか云ってる」「うちは、いつも家にいて時々パート。」「うちは、専業主婦」「今時珍しいな」「金持ちなんだな」「ちがう。」「金持ちじゃないと、家に居られないって聞くけどな」「そうじゃないんだ。あれは1日家の中の仕事して面倒。親の世話までしているよ。働いていないから父親にお金のことはなんでも相談してる。飼われているようで可哀そうだ」(笑)一同笑い(笑)・・・・・・って笑えなかった私。こんな風に専業主婦をみている男子たちがいるのも知らなかったし、男の子からみてそう感じるって夫婦間の男・女はどう思われているのでしょうね。男は女の上。養うもの、養われるもの。「家」にかかわるすべては女性 。それでも「可哀そうだ」という一言で救われた気がする。自由が無いというか、お金をとってくる方が優位性を持つという現実を彼はなんとなく感じていたのかなって。何処か理不尽さを持っているのかな?父親の態度に憧れるのはやめて欲しいけど、自分の将来って割と家族がモデルになるから難しいね。男子たちがこういう話をしてくれていることに期待を持っちゃうな。(オカシイなっ)て思う様々な関係性について、これからも疑問をスルーしないでもらえたらいいな♪未来は君たちが自由に作っていかれるから。