2/19 ぐちゃっとした海
6時前に目をさまし、7時頃には会社に到着。
最近早起きの習慣が付いたので、それに合わせてあれこれと試している。
その一つとして、凄く早く出社して始業前を有効に使えないかと今朝思いついて、早速やってみた。
やった事は、ちょっとしたそうじ、読書、ノートに書いて行なう思考の整理、英語とデザインの勉強の為の海外のウェブサイト閲覧。
まずまず集中して出来たと思う。
そう言えば昔、朝4時起きで成果を上げようと書かれた本を読んだ事がある。
それほどの早起きは無理だと思うが、地道にこれは続けたい。
勤務中はBBC Radio 1を主に聴いている。垂れ流すだけで良いし、流れる曲も好みのものが多くてとても使える。手軽さと質が上手くつりあっている印象だ。
気になった曲を見つけるとメモを取っているから、帰宅してからiTunes Storeで閲覧、購入。この時間が少し楽しい。
でも、マイナー過ぎてストアで見つからないものも....これだと悲しい。
ノートを読み返すと案外面白い発見がある。
真面目に今後の仕事について書かれたかと思えば、気になった曲のリストが隣に書かれていて、次のページには買い物情報etc.
毎日いろんな事をぐちゃぐちゃにして考えているのが分かる。
書く時期で内容には偏りが大分ある。
引越してすぐの頃には家具やインテリアについて、
Interで新人教育をしていた時には、新人の指導チェックとそこから出た自分への見つめ直しが、
ちょっとした企てをしていた時にはそのアイデアがびっしりと。
向きは違えど 、意欲と言うかベクトルみたいなものはどこかに向かって飛んでいるんだなと思った。
これから先、僕がどこにたどり着くのかは全然分からない。
けれど、どこかに行こうとしている。もがいている。
そんな事がノートから伝わった。
僕はどこでもがいているんだろうか?
広い海の真ん中?強い流れの川?それとも単なるプール?
陸に上がるのはいつだろうかなんて、もがく間は全く検討が付かない。
海原なら確実にその先に未踏の島がある。
川辺には知らない村がある。
そこではきっと何か発見があるはずだ。
もがくのも悪くない。
そして、ここが海原あるようにと願う。
2/18 腹八分目
初めてスーツを着ての朝そうじ。
コート着てるから違和感は無いけど、これから春先どうしようかとも思う。
春はナイロンパーカでも持って行こうかなと。
そうじ後は出勤しないといけないから、朝食は不参加。
そうじした後に何も食べないのは結構な違和感。
思い返せば、いつもそうじと食事はセットになっていた。
それが無いのがこれからは普通なんだと思うと、少し切ない。
僕は「いつも」が変わる事に弱い。脳レベルでそう言われた事も有るから筋金入りだ。
でも、ちょくちょくと訪れるその変化は積み重なっていって、次第に新しい自分を形成する。
だから、それがストレスの山積になってはいけない。そしたら人生がつまんない。
まるでそれは解釈次第で筋肉にも脂肪にもなるタンパク質だ。
だったら大半を筋肉にしよう。
より良い方向に向かう為の一押しを8割、ああしたいと思う欲求を2割。それくらいのバランスで。
10割だと張り詰めていて、しまいにはプッツン。脂肪が無いのも何かと不便だろうし。
腹八分目で。
ランチにカレーのデリバリーを食べた。いくらでも大盛りにしてくれると聞いたので、調子に乗って多めを平らげる。
おかげで午後は眠気との戦うハメに。キツかった。
やはり腹八分目がちょうど良い。
2/16,17 笑顔


出勤二日目でなんとなくリズムを掴めてきた。
社内の関係も良好、と言うか少人数の部署だから上手くまとまっている印象。
真剣に働きながら、全員でたまに冗談を言い合ったり。
時折、喫煙をしに休憩をする。(自分以外みんな喫煙者)
一緒に喫煙所に移動するけど、手持ち無沙汰なので隣でストレッチをすることにした。
皆が筋トレマニア(!)なんで、ワリと乗り気に「そうしろそうしろ」と言われてやるハメに。
百均で買ったダサイゴミ箱をデコレーションをしたり、許可を貰って勤務中に片耳だけのヘッドフォンを使うのを許可させて貰ったりした。
足並みを揃えながら、自分に働き易い環境を作れていると思う。あぁ、良かった。
終業後、夕方の学生そうじに途中参加。そして飲み会に。
学生:社会人=3:7くらいだったけど、楽しく酒が飲めた。打ち解けてきた仲もあったりして、結構くだけた会話も出来たり。
楽しい会話もそうだけど、食べ物も最高。
なかなか巡り会えない味を、東京じゃあなかなか実現できない価格で食べられる。
胃袋が喜ぶと、体中が喜ぶんだと実感した。
酒を飲んだ次の日も難なく出勤。酒と良い付き合いの出来る生活が送れそうな気がする。
仕事も難なく取り組めた。
終業後に、Mさんと飲みに。
前日の飲み会の時に誘っていただいた。
色々と勉強させてもらった。
決意が固まったし、これから毎日を楽しく過ごしたい気持ちがとても高まった。
やっぱり、毎日笑顔で過ごすのが一番だ。
懐が泣くのは痛いけど....
それでも積極的に動いた方が良い。
2/15 初日
初出社の日。
実感は良くも悪くも、という具合。
とか言いながら、良い悪いは自分にとっての合う合わないなんだろう。
持っていた希望がいくつか飛んでいった。「ああ、アレは出来そうに無いな」って。
マクドナルドで霜降り肉は調理出来ないし、しまむらにルイヴィトンは陳列されない。
そんな壁が立っていた。
だったら自分はどう動くべきなのか?
素直に会社の方針に沿い続ける?
あがいて嵐を巻き起こす?
少し頭がゴチャゴチャ。こんな事の答えはすぐには見つからない。
必需品は自腹だったので、終業後に繁華街(天神)に買い物に行った。こだわった品を揃える。
持ち物、働く意識、成長しようとする姿勢etc. きちんと自分を持っていないと流されそうな気がした。
だから、出来る限りの範囲全てで自分を持とうと強く思った。
あいつらとは馴れ合わねぇ、とかは全く考えてない。むしろ良い関係を持ちたい。ただ、危機を直感した。
今会社がこういう状態なのはこれが原因か、と肌で感じた。
これから、僕は多くの事と向き合い、戦わないといけない。
決意すると少し怖くなった。焦燥感を抱えながら地下街を歩いた。
帰り着いて、ゆっくり落ち着く。今は自分のするべき事で頭が一杯だ。
外国語をマスターしよう。外国語が話せれば、海外の仕事に確実に同行出来る。トップの位置で働ける。
資格を最短で取ろう。実力の証明書として最低限必要だ。
個人でコンペに挑戦しよう。感性を磨き続けて、チャンスを掴みに行かなければならない。
もっと多くの人と会おう。内へ内へと塞がりそうな危険を感じた。その暗闇にすぽっと落ちてしまわないように。広い世界を知る為に。
もっと多くの本を読もう。知識から知恵と教養が実ると信じている。
それと、会社の進むべき道を探す努力を怠らない。
絶対に喜望峰は見つかる。
今晩から動き出そう。
2/14 プロフェッショナル
朝から読書。
読み返しも含めて何冊か読んだ。
「その道のプロ」な人の取材とか半生を書いた本が最近の傾向。求めているもの丸分かり。
読んでいて思うのが、みんな普通の人だと言う事。
いわゆる天才なんて本当に一握りだろう。その分野毎に世界中で数人いるくらいじゃないだろうか。
一線に立つかどうかは、やっぱり努力とか根性の違いなんだと思う。
しっかりと意識を持って仕事や研鑽に取り組む、惜しげも無く時間と情熱を注ぐ、みんなそうやっている。
素質の優越は確かにあるけれど、それも磨かなければ宝の持ち腐れ。きっとそうだ。
絶対に天才だろ、と思う人でも努力は決して欠かさない。
だから、凡人の自分に余裕なんかは絶対に存在しない。
ただ、死ぬほどの努力とか、死ぬ気で頑張る事とかはしたくない。死んだ心地で毎日生きるってもったいない。
一生しないとはいわないけれど、それはここぞっていう頑張りどころにすれば良い。長い人生で何年かすればと思う。
毎日の努力には気持ちの良い汗を流す様な姿をイメージして取り組もう。
そして、明日はいよいよ新しい仕事の始まる日。
頑張ろう。
2/13 ふるふると
実家から帰ると、ちょうど良いタイミングで宅配便が来た。
ヤコブセンのアントチェアが2脚。ヤフオクで安く買ったジェネリックの物。
開封してみると、組み立て式だったり造りが荒い箇所が目に留る。クオリティの低さに少し落胆してしまった。まぁ、安物だから仕様がない。
すぐ10分後くらいに引っ越し会社の方が来る。ダンボールの回収をしてもらった。
これで部屋がスッキリ。
段々と部屋が出来てきた。
残りの大きな作業はテーブルの到着を待つくらい。多分来週中には来るだろう。
早速、窓際に用意しておいたスペースにアントチェアを配置。
座ってみると、窓辺の景色がより栄えて見える。
川にはとても沢山のゆりかもめがいた。
真っ白なゆりかもめの集団はキレイに見えるけれど、鳴き声がとにかくウルサい。段々と目をそらしたく....
目をそらしてしばらくしてから、いきなりゆりかもめが一斉に飛び上がって、窓全体が真っ白な姿で覆われる。声をあげて驚いた。
夕方に「僕らのミライへ逆回転」を観る。
期待以上の面白さだった。何度も微笑ませてくれる作品。
期待していたのはミシェル・ゴンドリーの面白い映像だったけど、それがオマケに思えた。
号泣とか爆笑みたいに心をブルブルと震わせられはしない。ふつふつ、ふるふると揺さぶられた。それがとても心地いい。
それと思い出してもう一つ。
ビデオを観ているときにKさんから「英文のメール来たから和訳して」との電話。完全には無理です、とか言いながら引き受けてみた。
なんだか、つながってるなぁと感じる。頼まれ事でもこうして声を掛けてもらえるのが嬉しい。
むしろ頼んでください。
自分から連絡するのが凄い苦手なんで、こんな風についつい受け身になりがち。
これからはまめに連絡を取れる様に努力しないといけない。
2/12 祖父似
一日だけ帰省。ばあちゃんへの挨拶が遅れていたから、一度行っておきたかった。
ばあちゃんとの話の途中で、母方のじいちゃん(ばあちゃんの旦那さま)の話題になった。
なんでも、僕とじいちゃんが似ているんだそうな。姿形と言うよりも、頭のつくりで。
僕の中でのじいちゃんの印象
↓
寡黙で澄んだ雰囲気を持っていて、冬の晴れ空みたいな人。
ひょうたんやら変わった石やらを集める、変わった趣味人。
かわいらしい昔の軽自動車に乗っていて、70過ぎでスピード違反で捕まる、たまにお茶目な人。
毎日同じ人と囲碁を打ってたりして、じんわり深い人付き合いをする人。
木彫りの細工をやったりして器用な人。
毎日お経をあげたり、お寺の手伝いをする人。勤めてた会社のヨーグルトを毎日食べてた人。義理に厚くて真面目。
挙げてみたものの、自分との共通点があんまり分からない。
焦点がずれているんだろうか?
ただ一つ、じいちゃんは紳士だったって言葉は引っかかった。自分も東京を発つときに周りから結構言われたから。
でも、これがまたピンとこない。
紳士的な自覚ゼロ。
僕は田舎の変なガキンチョです。
自分が見えてないかもと少々不安になった。
あと、実家にいるとやたらとお茶をすする。
多分、これが帰省の境界線。
2/11 習慣
住む所、と言うか部屋が変わると生活習慣が変わるんだなぁと実感する毎日。
まず、照明を少し暗めのものにした。
ずっと明々としていたら無駄に夜中に目がさえるんじゃないかと思って。
(机にスタンドライトがある事だし、案外不自由もしていない)
おかげで、夜は自然にまぶたが下がる様に。
という事で、朝方に移りつつある最近。朝活(っぽい事?)を始めたりしている。
早起きは三文の得とか、朝の時間にする作業は効果が有るとか聞くわけだから、何らかの良い効果はあるのだと思う。朝に一時間くらい読書をする事が多いけれど、スムーズに読めている気がするし。
他にも、テレビをほとんど見なくなった。
気になるドラマとニュース番組をパッと見て、すぐに電源を消す感じ。今まではだらだら流したまんまが多かったのに....
何でそうなったのかは謎。良い習慣だし、気にせずそのままで良いか。
それとは逆にCDを掛ける時間が激増。
すんごい久しぶりに聴いてるものも有ったり。
そんな具合で、新習慣が付いて来る新生活。
良い暮らしになる事を期待している。
2/3~2/10 新しい生活
始まって一週間。
生活自体は概ね順調。
まず、人に恵まれていて良かった。
同級生からここ最近出会った人まで、多くの人とこの町で会えて良くしてもらっている。
おかげで寂しさはあまり湧かない。
それとは別にちょっとだけ懐かしさも浮かぶんだけど。
ネガティブな方向には行かないものの、少しもの憂い感覚。
まぁ、しょうがない。
細かい不満が無くは無い。けれども、ほうきでさっと片付けられるくらい。
重箱の隅をつつくより、先ずはこの町の魅力をドンドン見つけて体験したい気持ちの方が強い。
今の空いている時間にどんどん町中を巡った方が良い、とSさんにアドバイスを貰った。
本当にその通りだと思う。
リサーチor何度か行った場所で、行きたい所はかなり有る。
雰囲気の良い本屋、美味しいコーヒーを売っている店と紅茶を売っている店、大濠公園、海辺(に在る身内の店)。
それと特に食べたい店はかなり有るので、食べ歩きがてら回ってみようと思っている。
先ずは馴れる事。
「ならし」の期間はもうちょっと。
2/1~2/2 幸福論
引っ越しのあれこれでまとまった文書を書く暇が無かった。特に精神的に。
とか言って、理由付けは情けない。反省。
今から2/1と2/2の日記。
(荷物の集荷が8割だったので、1/31の話はナシで。)
感動と感謝
「自分は嫌われているんじゃないか?」、「他人から見た自分はどう映るんだ?」と時折考えたりしていた。
その不安が飛んだ。
2つに陰りが有れば、あの日の様な素晴らしい思い出は無かった。
朝にサプライズを受けて、沢山の餞別をもらって、多くの人に囲まれた一日。
一生の内でそう何度も無い、最高に素敵な日だった。
ろくなお礼が出来なかったし、あれだけのものを受けられる程何かを与えた覚えも無い。
だから、ただただ感謝の気持ちで一杯になる。
これから少しずつでも返していけたらと思う。先ずは返せる自分に成長する事だ。
感謝の気持ちを持って頑張る人は強いと思う。どんな時でも自分に嘘がつけない、と言うか自分に嘘をつかずに頑張れるから。
この気持ちはとても強く背中を押してくれる。素直に進む力になる。
最高の餞別を頂いた。
身に染みて
一週間経った今でも、代々木体育館での出来事を鮮明に覚えている。肌の感覚、聞いた音、見た景色等の全てが今すぐにでも思い出せる。
肌を撫でる冬の寒気、多くの手で持ち上げられた感触、轟いたトランペットの音色、ステップを踏む度に伝わる石畳の形、温かい歌声、何周もしながら見た皆の姿、どれもがしっかりと身に染み込んでいる。
あの時は嬉しさだけが胸の内に有った。だから、泣くよりも先に笑った。自然と笑顔になった。
嬉しすぎて少しトチ狂った。
体で反応して、体で覚えた出来事の数々だった。一生忘れない。
涙
人それぞれだろうけれども、僕の理想の別れは、笑顔で話して、「またね。バイバイ!」と挨拶して一旦別れる事だ。それだと次につながる。。気がする。
しみじみするのも良いけれど、それは後でひっそりとしたい。泣き合うのは死別くらいでいたい。
でも、あの日を思い返すと涙が流れる。
みんなの前では流さなかった涙が湧いて出る。
涙は最上級の感情表現。
好意でも敵意でも、感動でも失望でも、涙がその気持ちの高さを伝えてくれる。
人が流す涙で、他人は深くその気持ちを受け取れる。
自分の流す涙で、流した本人は自分の感動の大きさを知る。
引っ越しの決まり方はあまりに衝撃的だった。
その夜は自然と涙が流れた。悔しかった。
発つ日の明け方、目覚めてぼぉっと前の晩の事を思い出したら涙が流れた。
嬉しさと切なさが同時にやって来た。
どちらも昔の出来事で、はっきりと思い出す事はもうありえない。
けれども涙っていうものはありがたくて、涙を思い出せば、どんな気持ちだったかを言葉とかを超えて呼び戻してくれる。
シメ
空港に行く直前、最後に友人のOと二人で小一時間だけ会った。
偶然、上京して一番最初に出来た友達が最後に会う友達になった。なんか良い。
大半は他愛も無い会話だったけれども、楽しい時間だった。
8×10とか言うとてつもなくデカいフィルムカメラ(日藝で彼一人しか持っていないかも知れないほどの珍品)を買ったとか、前日まで四国に旅に行ってたとか、ジャズは59~62年のものが良いとか、そんな会話がメイン。
でも、時折昔を懐かしんだり、これからについて話したりもする。
シメのひと時。6年の東京生活の最初と最後をしっかりと締められた。
人の本当の評価は、その人が去る時に分かる。
マイケルから自分のじいちゃんまで、死んでから聞く言葉に周りの本音が見えた。
あの日に沢山の人から掛けられた言葉の数々が、ただただありがたい。お世辞が入っていたとしても、本当にそう思う。
今はあの日がとても懐かしい。
幸せな思い出。
とか言って、理由付けは情けない。反省。
今から2/1と2/2の日記。
(荷物の集荷が8割だったので、1/31の話はナシで。)
感動と感謝
「自分は嫌われているんじゃないか?」、「他人から見た自分はどう映るんだ?」と時折考えたりしていた。
その不安が飛んだ。
2つに陰りが有れば、あの日の様な素晴らしい思い出は無かった。
朝にサプライズを受けて、沢山の餞別をもらって、多くの人に囲まれた一日。
一生の内でそう何度も無い、最高に素敵な日だった。
ろくなお礼が出来なかったし、あれだけのものを受けられる程何かを与えた覚えも無い。
だから、ただただ感謝の気持ちで一杯になる。
これから少しずつでも返していけたらと思う。先ずは返せる自分に成長する事だ。
感謝の気持ちを持って頑張る人は強いと思う。どんな時でも自分に嘘がつけない、と言うか自分に嘘をつかずに頑張れるから。
この気持ちはとても強く背中を押してくれる。素直に進む力になる。
最高の餞別を頂いた。
身に染みて
一週間経った今でも、代々木体育館での出来事を鮮明に覚えている。肌の感覚、聞いた音、見た景色等の全てが今すぐにでも思い出せる。
肌を撫でる冬の寒気、多くの手で持ち上げられた感触、轟いたトランペットの音色、ステップを踏む度に伝わる石畳の形、温かい歌声、何周もしながら見た皆の姿、どれもがしっかりと身に染み込んでいる。
あの時は嬉しさだけが胸の内に有った。だから、泣くよりも先に笑った。自然と笑顔になった。
嬉しすぎて少しトチ狂った。
体で反応して、体で覚えた出来事の数々だった。一生忘れない。
涙
人それぞれだろうけれども、僕の理想の別れは、笑顔で話して、「またね。バイバイ!」と挨拶して一旦別れる事だ。それだと次につながる。。気がする。
しみじみするのも良いけれど、それは後でひっそりとしたい。泣き合うのは死別くらいでいたい。
でも、あの日を思い返すと涙が流れる。
みんなの前では流さなかった涙が湧いて出る。
涙は最上級の感情表現。
好意でも敵意でも、感動でも失望でも、涙がその気持ちの高さを伝えてくれる。
人が流す涙で、他人は深くその気持ちを受け取れる。
自分の流す涙で、流した本人は自分の感動の大きさを知る。
引っ越しの決まり方はあまりに衝撃的だった。
その夜は自然と涙が流れた。悔しかった。
発つ日の明け方、目覚めてぼぉっと前の晩の事を思い出したら涙が流れた。
嬉しさと切なさが同時にやって来た。
どちらも昔の出来事で、はっきりと思い出す事はもうありえない。
けれども涙っていうものはありがたくて、涙を思い出せば、どんな気持ちだったかを言葉とかを超えて呼び戻してくれる。
シメ
空港に行く直前、最後に友人のOと二人で小一時間だけ会った。
偶然、上京して一番最初に出来た友達が最後に会う友達になった。なんか良い。
大半は他愛も無い会話だったけれども、楽しい時間だった。
8×10とか言うとてつもなくデカいフィルムカメラ(日藝で彼一人しか持っていないかも知れないほどの珍品)を買ったとか、前日まで四国に旅に行ってたとか、ジャズは59~62年のものが良いとか、そんな会話がメイン。
でも、時折昔を懐かしんだり、これからについて話したりもする。
シメのひと時。6年の東京生活の最初と最後をしっかりと締められた。
人の本当の評価は、その人が去る時に分かる。
マイケルから自分のじいちゃんまで、死んでから聞く言葉に周りの本音が見えた。
あの日に沢山の人から掛けられた言葉の数々が、ただただありがたい。お世辞が入っていたとしても、本当にそう思う。
今はあの日がとても懐かしい。
幸せな思い出。








