長いこと更新できなかった。チョクチョク覗きに来ている方に申し訳ない。



ようやく数回に及ぶ3発目の記事も終焉を迎えそうです。


それでは最終になることを願って眠くなっても右手で頬をビンタしながらつらつらと書いていきます。



僕はずーっと求めた、「答え」というのを。


人間は一体何故存在するのか?くだらないように見える方もいませんが僕は求めた。


この答えは絶対にアルのだが、誰にもその答えにたどり着くことは出来ないことを知った。


答えはナイと思っている方もいるかもしれませんが、ソレモ一つの答えですっと書いておきます。ここを重視するわけにはいかないので続けます。


人間をニワトリに例える方法をご存知の方もいるかもしれませんが、これを用いたいと思います。


ニワトリは卵から生まれます、卵はニワトリが産みます。それではこの世に一番最初に誕生した方はどちらでしょうか?


・・・・・・・・・


いくら考えても本当で絶対に正しくて一つの答えは僕にはみんなに言えません。


だって、それを口にすることは、、、、いえ、やっぱり言いません。


それでは、上の文のニワトリを人間に、卵も人間にしてみます。


・・・・・・・・・


僕の求めていたこと、それは決め付けることでしかなかったっと今では思います。


誰にも分からないことが一つぐらいあってもいいじゃないか!今はそう本気で思っています。


人はよく何かを知らなければ、知らない人達を罵ったり、馬鹿にしたり、教えてあげたり、押し付けたりすることがありますが、僕は知らない人のほうがよほど頭の良い、この世界に必要な生命だとも思えます。


何かを知る、答えを見つけるということは、過去の腐った宗教の一環でしかないようだと僕は思います。


最後にこの世に本当に一つで絶対で正しい答えなどナイという、答えもあるということをここまで読んだ人たちにはいつか経験してもらいたいです。


人は一体いつからどこから何故存在しているのか?この答えを述べる時点で腐った宗教の一部だということを僕自身に言い聞かせる。


何回自分で読んでもめちゃくちゃな内容になっていますが、このまま公開します(笑)




続きが大分遅くなりました。


ここから目を通す方もいるかもしれませんが、前から読んでもここから読んでもテーマに変わりはないのでこのまま続けます。


人は必ず、何かから生まれる。というのは僕のちっぽけな脳でもなんとなくは理解できましたが、このまま続けていけば、命も地球も宇宙という空間(場所)もずっーと存在していたことに辿り着きそうです。


生命も宇宙も宇宙の中の全ても最初から全てあったっということですかね。


では、一体何故人は存在するのか?を捉えてみる(ここに人間の価値観や道徳的答え、宗教的思考は持ちだしません。)

人が存在するのは宇宙があるように人もあるのではないだろうか、人は一体何故存在する?それは、「宇宙は何故存在する?」を解明、解読できたら簡単に見つかるのではないだろうか。


ごめんなさい。眠いです、続きはまた今度(今日中に編集できたらこのページから上書きします)


※ブログを読みに来た人にもしかしたら不快にさせることを書くかもしれません。

でも最初のほうに書いたように僕が僕の為に書くブログです。誰が見るか分からないネットだからといい何でも書いて許されるわけじゃないことをふまえたうえで書くことを誓います。僕は他人に読んでもらうためだけに書いてるわけではない、手軽に文を作れる、残すことが出来る、もしかしたら他人が読むかもしれないと思い書いている。



↑の出だしは無くてもよさそうですが、このまま続けていきます。




人はなんで存在するのか、少し深く深く覗いてみる。


人が存在する理由は、今この世に生まれてる人ならすぐに、親が生んだから存在すると、たどり着くだろう。


僕ももちろん同じだ。


少し前の復習のために、復唱してみる。


僕は親(人間)から生まれてきた、僕(人間)は親(人間)から生まれる、親(人間)もやっぱり親(人間)から生まれる、人間は人間から生まれる。


では、人間は人間からしか生まれてこないのか?


人間が人間以外から生まれてこようが、人間が人間からしか生まれてこなくても、どっちでも、イイ。

そこに、どんだけ答えを求めても確実な真実があっても、言わなくていい。僕も言わない。


続きはあとで