※ブログを読みに来た人にもしかしたら不快にさせることを書くかもしれません。
でも最初のほうに書いたように僕が僕の為に書くブログです。誰が見るか分からないネットだからといい何でも書いて許されるわけじゃないことをふまえたうえで書くことを誓います。僕は他人に読んでもらうためだけに書いてるわけではない、手軽に文を作れる、残すことが出来る、もしかしたら他人が読むかもしれないと思い書いている。
僕はたまに「なにかに」憑依する。
この、なにかとはまだ言葉で伝える事ができない次元のもの。
決して嘘やネタじゃない、神秘的なものなんかでもない。
僕の言う憑依とは意識を飛ばすという行為なんかではない。
のりうつるという行為でもない。
合体するわけでもない、いつでもどこでも出来るわけでもない。
確実で絶対なやり方(方法、ルール、準備、セッティング)があるわけでもない。
只、たまに「なにかに」憑依する。
僕はこの憑依している時に、莫大な情報量(かっこいい言い方にしてみた)がうごめく中から、数少ないが現実世界に持ち還る。
この経験から得たものを僕は誰かに絶対に強要することはない。
それは、ずーっと僕の中にある「僕の答えは僕のであって、君の答えは君のだから」。
君に必要なものが僕に必ずいるわけじゃない。
僕の必要なものが君に必ずいるわけじゃない。
たまに同じ答えを必要としたり、同じ答えに辿り着くこともあるだろう。
そう、他人と自分は同じ人ではあるが、色々見た目や話し方、話す内容、向き合う出来事が違うように、答えは一つしかなくても、その答えが色々な色や形に生み出されても、なんら批判したり、区別したり無視したりすることはないのだから。
人は必ず死を迎える、どんなに頭の良い人間も回避することは難しく、延命という形で濁らすが、やっぱりどんな人もいつかは死を迎える。
殺人という物事の中にも、不可抗力、計画的、絶対的、立場、生の為と様々な理由がある以上、やっぱり自分の考えを正当化しようとする人間に僕は恐ろしいほど牙を剥く。
仕事とはするべき事だと考え直してみる、職業を仕事だと入れ替えるのも構わない。
このするべき事(仕事)だからという理由でも人を死なす、殺すのを僕は断じて許されるべき行為だとは思えない。
法律、常識、道徳、モラル、ルール、人はいっぱい生み出し作り続けた。
その結果は今の人間世界にいれば分かる。
人は人が殺せる以上、どうする事も出来ない。
法律は破れる、破れる人がいる以上、あってもなくてもその人には法律なんか只の言葉でしかない、法律を破れる以上どうする事も出来ない。
人は出来ない事も多々あるが出来る事だって数多くある。
人を殺した人を殺す。このサイクルが今現在本当に正しいのか、どんな理由があろうとも人を殺すという事を正しいなんて僕には思えない。
僕はこの世の人の命が不可解で混沌な物だと、考えさせられる。
<追記>
遅れながらの挨拶ですが、ここまで目を通してくれた皆様「あけましておめでとうございます」
あけました2週間目ですが新年はどんな感じでしょうか?
ハッキリいって皆様がどんな感じなのかなんてこれぽっちもわかりませんが、きっとイロイロ満ち満ちた日々をすごしていると思うことにします。
あまり頻繁にブログの更新はしていませんが毎日チェックしてくれている方に愛を込めて新年最初の魔法の言葉を届けたい!
でも・・次のブログの時に・・・・・・(笑)