本気で話せる
第六感的なものは理屈ではない。
同じ出来事が時として正解でもあり、不正解となりうる。
だからこそ、第六感的な回答には重みがあり、価値がある。
大人になり気付くのは人を第六感的に感じる能力が、日に日に衰退しているということであります。
理由もまた「これが正解!」なんてものはないんだけれど、なんとなく肌で感じている人は多いんだと思うんだ。
想像と現実は違うけれど、
気付くと人は自身の限界を感じ、
気付くと人は想像するのを忘れる。
限界はあっていいと思うんだ。
限界は感じたっていいのだけれど、想像しなくなることは違うのさ、と思うんです。
僕らは日々重力を感じながら生きていて、想像がなくなった時、常に重力を背負い込むだけの生き方へとシフトしていっちゃうんだよきっと。
そんな重力を跳ね返す力、それが想像力なのだと思うんです。
大人になってからその、跳ね返す力は他人から作ってもらえるなんて機会はそうなくて、
少なくとも勇気を出して踏み出す何かが無ければ作れないものだと筆者は感じるんです。
そういう力や空間を作ることは容易ではないのは分かってるけれど、
想像することに意味があり、
やる事に意義があり、
その先に生まれる未来の先に
光があると信じて生きるんだ。
その先に第六感で良いと感じれるものがあったら最高じゃんか!
それこそ価値のある重さなんだと思うんです。
いくつになったって、未来は諦めちゃいけない。
重力をバネに。
倍の力で。
っしゃ!