ジェームス・ブラウン病死<享年73>(2006)
パワフルな歌と生き方でショウビズ界を駆け抜けた
「ファンクの帝王」ジェームス・ブラウンがこの日、
心不全で死亡した。
JBことジェームス・ブラウンは
当初はゴスペルをベースにした楽曲が多かったが、
やがて独特のシャウトを用いた歌唱法で人気を獲得、
“ミスター・ダイナマイト”とも称された。
最盛期には「1年に350日はライヴを行っていた」というほどの
精力的な活動から“ショウビズ界一の働き者”とも言われ
アメリカ音楽界に無くてはならない存在となってゆく。
そんな音楽面での成功とは裏腹に
プライベートでは度々トラブルを巻き起こし逮捕歴も数多い。。
特に1988年に警察と繰り広げたカーチェイスは
大々的に報じられ、
トラブル・メイカーとしての称号も
揺るがないものとなった。。。
一方、日本ではカップ麺のCMに出て「ミソンパ!」と歌う
“陽気なおじさん”のように思われているが。。。
JBの人生は決してファンキーで浮かれたものだけでは無く、
戦いの連続だった。。。
最初は莫大な搾取を続けるレコード会社と戦い。。。
売れて発信力が増すと、
自身の楽曲の中に社会的なメッセージを込めた。
「It's A Man's Man's World」では
男性中心の社会を批判し「Don't Be A Drop Out」では、
貧しい黒人の子供達に「落ちこぼれるな」と歌い、
自ら先頭にたって奨学金の基金を立ち上げた。
自身も貧しい家庭に育ち、幼い頃は綿花詰みの手伝いや
靴磨きなどで家計を助けていたJBは
常に弱者の立場に立って行動し、
公民権運動が盛んな時期にはキング牧師の支持を公言
更に黒人の地位向上と職場の確保の為にラジオ局も買収した。
また、キング牧師が射殺され時には
各地で起こる暴動を沈めるため
自身のラジオ局から黒人達に平静を保ち、
非暴力を貫くように語りかけた。
戦い続けた黒人アーティストの多くと同じように
ジェームス・ブラウンもアメリカ社会の中枢を牛耳る白人達との
トラブルに巻き込まれる事もしばしばあったが、
彼は決して屈せずに、こう言った。。。
「自分で夢のある生き方が出来ない奴等が、
他人の夢を笑うものさ。。。」
類い希なヴォーカルもさることながら、
そのダンスも高い評価を得るJB、そのステップに
多大な影響を受けたのがマイケル・ジャクソンだった。
James Brown - Get Up (I Feel Like Being A)Sex Machine
Mojo Walker