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きっしーのブログ

自己紹介系ブログ

 ドイツとベルギーの洪水は気候変動が関係しているという話のようですが、EUで温暖化対策の協議もされており、温室効果ガスである二酸化炭素を排出する車両は新車販売できなくする期限を設けるということと、以前から議論されていた国境炭素税を導入する具体的内容が議論されたようだ。

 ガソリンとディーゼル車にはハイブリッドやPHEVも含まれるようで、国境炭素税の対象には鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力がある。国境炭素税は、自国で炭素税を支払っていない場合は関税を課税するというもので、日本はこれらをEUにごくわずかしか輸出しておらず、当面はロシアやトルコや中国に影響が出るようだが、アメリカには同等の措置をとることを求めているようで、本来の趣旨は、EUの企業が厳しい規制を逃れるため海外に拠点を移転してEUへ輸出して対応することを防ぐためにある。しかし日本でも、鉄鋼やセメントやアルミニウムを製造しているから、今後の環境対策が求められているようではある。

 言いたいことは石炭や石油を燃やして二酸化炭素を排出することをなくそうということのようで、地球温暖化についてはこれは嘘であるという主張をする人もいる。コップの氷が溶けても水はあふれないから、北極の氷が溶けても海水面は上昇しない、などというが、外から氷を入れたら水はあふれる。氷河時代とは名前のとおり、氷の河だからグリーンランドや南極など氷に覆われた陸地の氷が溶けたら海水面は上昇するように思う。その日の晩ご飯や自分の取り組んでいる仕事の話の方が、地球温暖化を議論するより個人の生活のためになるという部分はあるが、産業革命以後、つまり気温が記録されるようになって以降、地球の平均気温は1°C上昇したらしいが、0.1°Cは太陽のせいで、残りの0.9°Cは温室効果ガスのせいであるといわれるようだ。21世紀末にはさらに4°C上昇するとなると、冷房をかけて家にいればいいというものではなく、例えば2019年の台風15号や台風19号のようなこれまでに経験したことのない巨大台風が現れる(自分は、誰かが気象兵器の実験をしていると真剣に考えていたが)、暖かい地域にしかいない生物が北上してきたり、農産物の生産に影響が出て収穫高が減ったり価格に影響が出たりする。極地の氷が凍っているのは実は今も氷河期の間氷期で、10万年前ぐらいから現代にかけて少しづつ暖かい方向へ向かっているから、温暖化は遅らせることができるだけで止められない。たまに普通のライオンから白いライオンが生まれるのは氷河時代の遺伝子をそのライオンが受け継いでいるからのようだ。暖かくなってしまった地球を冷ますことは今の人類にはできないのだから、温室効果ガスを減らすことができるだけになる。河川も以前よりきれいになったから次は空気だろう。

 一方で、ヨーロッパの人の言うことに利権もからんではいる。70年代にスーパーカーブームというのがあった。北海油田で財をなした人が流行らせたようなところもあり、80年代にかけて北海油田の開発が進むから、そもそも欧州車が開発販売されていたのは、ヨーロッパの石油ビジネスが背後にあったのではないかと自分は思う。だんだん石油がとれなくなって新たな油田も見つかりにくくなってきた。既存の車を走らせる燃料がまだあるうちに、新車販売を電動に切り替えようとしているようでもあり、パリの最高速度も時速30kmに規制されるなどしている。燃料がないから方針を変えたのではないかと思う。

 子供の頃に持っていたRCのカウンタックは電気で走っていた。模型用のエンジンも存在するが、モーターのが使い勝手が良いので、電気で走るのであればエンジンはいらないという考えもないわけではない。しかし既存のEVの性能はエンジン車に追いついてはいないので、富裕層の2台目以降であったりする。

 補助金については、イギリスの北海油田の産業は原油価格が安いせいで国の補助金でまかなっており、イギリスとしてはEV補助金を出して、原油が希少になって価格が上がればその方がいい。ノルウェーであれば輸出品目の原油の税金を高くして国内消費を抑えてEV補助金を出している。EUの他の国もEVを開発して新たな顧客層に販売するビジネスチャンスであると考えているように思う。

 日本として、これらの国に車を売るのは自動車会社が考えることかもしれないが、EVを開発して日本の道は走りづらいようではよくないので、課題は急速充電であると思う。20kwから90kw(車の性能でほぼ50kwどまり)を30分の上限時間で100km程度の航続距離が伸びるだけである。あとは発電方法に化石燃料を使用しては意味がないので、電力会社などを主体に太陽光のみで発電する高出力な急速充電網を整備するのがいいのではと思う。余った電気も使える。

異類婚姻譚というのが日本にはありますが、鬼や妖怪に、父親が娘を嫁にやる約束をしてしまう話がある。

今、秋篠宮殿下におかれては、眞子さまを小室圭さんに嫁に出す話があり、それをみていると、そのような昔話を思い出した。

新潟の話のようであるが、田畑を耕してくれた若者に三人娘のうちの一人を嫁にやる話になってしまっていた。若者の正体は人里離れた山奥に住む鬼であった。鬼といっても、実は人間のことであるだろうが、村人とは生活様式の違う人のことであろう。

昔は、結婚は戸主(世帯主)が許可するものであり、この国では戦前までは法律もそうなっていた。そのような違いは見落とされがちだが、戦後の憲法が制定される以前のこの国では、娘が拒んでも、父が交わした約束は果たされなければならない。そこで末娘が、父のことを考えて嫁に行くことになる。

今は戦後で憲法が変わったせいで、両性の合意のみで婚姻が成立する。昔なら、鬼は父に、交わした約束を果たすように娘を嫁にもらいにくるわけだが、今は、本人と結婚の約束を交わしてあるからそれを果たすように、という根拠で娘を嫁にもらいにくる。

秋田の話では、何らかの理由で結婚が果たされない、となっている場合もあり、新潟では、結局嫁には行くが、結末は何種類かあるようだが、迎えに行って戻ってくる、というのが本来の話のように思う。行って幸せになる、という風に改変されることも最近はある。

交わした約束は果たされなければならないことのようだ。

これを本件に見ると、眞子さまを嫁に出してそれっきり、というのではなく、戻り道を確保してやることになると思う。

つまりは女性宮家、ということになるが、一代限りの女性皇族として、配偶者及び父方に天皇皇族がいない子女は皇族ではない、という法律を作ればいいことになる。悠仁さま、にとってもその方がよい。姉の嫁ぎ先にかかわらず、姉は皇族であると。普通に嫁に出すと、相手の家全体が実質皇族のようになってしまい、親戚付き合いをしなければならなくなる。

或いは、相手が約束を果たせなければ破談という場合もある。石川県の話では、一晩に1000本の刀を仕上げた者に一人娘の婿になってもらうという刀鍛冶の話がある。姿を見られた鬼が999本の刀を持って逃げるが呼び止められて1本の名刀を置いていく、もしくは、気づいた刀鍛冶が一番鶏の足を湯で温めて早く鳴かせて、約束を果たせなかったと考えた鬼が逃げるが呼び止められて1本の名刀を置いていく、という話で、中には一旦婿入りするが、その後に気づかれて同じ展開になることもある。ということは、金銭問題が解決したら結婚を許すという条件付きならば金銭問題が解決しておらず多くの人が祝福してくれる状況にないことが理由になるが、負債があるから結婚できないということには単純にはならないかもしれない。どこかで交わした約束を相手が違えている、という場合は根拠にはなる。


平日なんで、もう仕事に戻ってきた。

 

ここだけの話、はっきり言って今が一番仕事が面白くないし、充実してもいない。

 

1年以内には、辞めてしまいたいと思って準備をしているところ。