放射圧は、輻射圧ともいうが、radiation pressure の訳である。光を含む電磁波を、物体が吸収または反射するときに圧力を受ける。微細な物質では、それにより動いてしまう。
彗星の尾は、進行方向に関わらず太陽に遠い向きに尾を伸ばす。太陽に近づくときは後方に、太陽から遠ざかるときは前方に尾が伸びるわけだが、これは放射圧により彗星の微細な物質がその圧力を受けて動くかららしい。
大学の理科系の実験室では光ピンセットというものがあるようである。レーザー光線の光の圧力で、細胞とか細菌とかいうものをつかんで動かすことができる。これはアシュキンというアメリカの科学者が1986年に発明した。当時60歳代で、2018年に96歳の史上最年長でノーベル賞をとり、昨年亡くなったようである。
微細な物質は光を受けると、まるで波動拳(ゲーム)やかめはめ派(漫画)のように影響を受けて、吹っ飛ばされる。
夏目漱石が小説に書いている。三四郎で、主人公の従兄が、光線の圧力というものの試験(実験)をしている。漱石は寺田寅彦に聞いた話を小説に取り入れたといわれている。三四郎は熊本の高校をでて、東京の大学へ行くが、漱石(夏目金之助)が熊本で英語を教えていた頃の教え子が寺田寅彦(出身は高知で、熊本の旧制高校すなわち大学にいた)で、漱石はその後国の命を受けて英国へ行き、東京へ帰ってから作家もやるようになるが、寺田寅彦が上京してからも先生だった。
漱石が留学したのは1900年で、1901年以降を20世紀というが、それ以前からイギリスではニュートンやマクスウェルが出て、光関係の学問は先進国であった。放射圧を提唱したのは、マクスウェルである。物理学などの進歩をそれまでの学問が取り入れる動きは、当時のイギリスでもあったようである。
面白いのは、漱石の小説では文科の学生である三四郎には、光線の圧力などというものは、何の役に立つのかわからないということになっていて、実社会の学問ではなかった。文科よりも法科の方が役立つ扱いは当時からあっただろうが、今なら物理学の方が文科よりも役立つ扱いを受けているのであるから、これは時代の変化というもので、面白くもある。
ついでながら、学問の系統でいうと、形而上学という言葉はよくきくが、対になるのは形而下学という。物理学のような物質界の学問を、形而下学といい、人の精神とか、つまり神学や哲学のことを形而上学という。日本人の、手作業とか、技術的なことを軽視しない点は美点である。
ただ、学問の上下をいうと、人間を対象とする学問が、より上位になる。
光の圧力は確かに、人類の生存そのものには役立たないように思われる。しかし人類を含む生物が、なぜこの世に誕生して、そもそも生存しているのかということを考察するのに、光の圧力を動力として、われわれの遠い祖先のようなものが星から星へと移動した可能性を考えると、これには意味があるのではないか。