宗教には神様がいるが、共産主義は唯物論といって無神論、無宗教、もしくは反宗教、宗教にかわりもの、のようなところがある。
自分の生まれた年代では、まだ米ソ東西冷戦があったので、二つが対立する構図だった。ただ、政党としては、社会党や共産党は、選挙で勝つわけでもなく、また、例えばゲームなどの資本主義的産物の恩恵を受けて育ったし、言論の自由がある方がいいと思ったので、やがて共産主義、左派思想は下火になるだろうと思っていた。
ドイツのベルリンの壁紙崩壊による東西ドイツ統一や、ソ連崩壊によるロシアへの移行は、まさにそのとおりになったといえる。
ところで、まだ共産主義の国は北朝鮮や中国がある。金日成や毛沢東が建国した。
賛同しているわけではなく、単なる知識として、ユダヤ人カール・マルクスの考えた共産主義がマルクス・レーニン主義とか、スターリンとか、毛沢東とか、カンボジアのポルポト政権をもたらした。世の中を変えたと言えば変えたし、多くの人を死なせた。何千万人になるだろう。
これが下火になったと思いきや、なくなっているわけではない。
たとえば人間は本来は血縁や地縁で生きているのが普通だ。でも企業はそういうの関係なく遠隔地に異動させたり、主義主張で人を取り扱うように思う。
学校は公立の場合、つまり私立でない場合、宗教教育というのはない。でも、たとえば親を大事にしようというのは、どんな宗教でもあるわけだけど、企業にも宗教がないから、それとは違う理屈で動いているように思う。
日本は、それと気づかないうちに、きっと社会主義、共産主義を取り込んでいるのだろう。
個人が幸福を追求できない社会になっているともいわれる。
詳しい話はまた日をあらためるとして、共産主義は宗教の逆だから、宗教的価値観に着目すると、ここからのがれられるように思う。まあなかなか、初詣などで神社いくとか、誰かの葬式ができたとか、そういうときでないとそんなことは考えないが、親の葬式ができたら仕事よりそっちが重要になるけれども、神様と共産主義とどっちがどうか、というと、人により、出す答えは違うだろう。