ロシアに対する北方四島の返還要求に対し、相手方は第二次世界大戦の結果の受け入れを求めてきたようだ。交渉を有利にするために強硬策に出たという見方もあるが、むしろこれまでの四島返還では実現困難だったが、日ソ共同宣言にある二島返還を先行してとなると、実現可能性があり、これを警戒して態度を硬化させていると思われる。
第二次世界大戦の結果を無条件に容認した場合、領土問題が存在しなくなる。ロシアには返還すべき領土がない。そうすると、ただちに平和条約締結という運びになる。この場合は、領土問題交渉においては、ロシアの完全勝利になる。日本政府の当局者もただでは済まないことになる。では従来の主張どおり繰り返したとして、その方がいいだろうが、ここで両国の主張を整理したい。
まず前提事実として、北方四島にはロシア人が住んでいる。このことは双方に争いがない。第二次世界大戦の結果、事実上のロシア領となった。日本は法的には日本領であると主張しており、ロシアに主権があることは現状では認めていない。そうすると、この場合、ロシアにはただちに北方四島を日本に返還する義務が生じ、場合によっては損害賠償に応じなければならない。これは大変に強い主張である。
日本には陸続きな領土問題がないが、領土問題は外交交渉と軍事力の行使で動くもののようである。例えばアルザス・ロレーヌは、ストラスブール(シュトラスブルク)のある、ドイツとフランスとの間の地域で、時期によりドイツであったりフランスであったりするのだが、住民はアルザス人でドイツ語系、ただし文化的にはフランス系、もとは神聖ローマ帝国領で、17世紀以降、ルイ13世からナポレオンの時代にかけてはフランス領であり、つまりフランス革命とナポレオン時代を経ている。その後ドイツは普仏戦争(最後の授業が有名)により併合、ドイツの第一次世界大戦の敗戦により、一時期、アルザス・ロレーヌ共和国ができるがフランスに併合、ナチスドイツがパリを占領し、再度ドイツ領となるが、第二次世界大戦により、現在はフランス領となった。
日清戦争でも、下関条約の結果、朝鮮が独立した。日本人は国際的な条約と軍事力の行使とを分けて考える傾向があるが領土問題のための外交交渉と日ソ中立条約をとらえた場合は、和議を結んだ上でこれを占領しても、結果が勝てればよいといえなくもない。
一歩進んだ認識を示すと、北方四島は第二次世界大戦の結果、ロシアの施政下にあるといえる。世界中で日本を除く全ての国はそのような認識を有している。日本とロシアとの間でも前提事実として争いのない事実ともなりえる。日本とロシアとの間で争いがあるのは、その事実に対する評価で、日本はこれを正当でない、と考えている。ロシアはおそらく正当である、と考えているのだろう。正当であると考えるのであればその根拠を示すべきであると考えるが、独ソ不可侵条約があるのにナチスドイツが東部戦線を行ったとか、ヤルタ協定があった、などは理由にならないだろう。
軍事的に占領した上で、戦後の講和条約において相手方の了解を得た上で併合した場合、そこではじめて法的に合法となる。ロシアは軍事的には占領したが、戦後の講和条約すら日本とは締結されていないのだから、合法性がない、これは日本の従来の主張と合致する。
ロシアとしては日本からロシアが実効支配している事実を、そういう事実関係にある認識を示されれば利益にはなる。しかしロシアのいう、第二次世界大戦の結果、北方四島の帰属問題は合法的にロシア領となった、という目論見は成功しないと思っている。
一つは、1941年から1946年まで有効な日ソ中立条約はまだ有効であったので、ロシア支配を正当化すると、中立条約を破棄することに正当性を与えることになる。今は平和条約締結交渉をしているのだから、平和条約の有効性、実効性がないことを確認した上で平和条約を締結することには意味がない。日本は第二次世界大戦中、日本とロシアとは中立であった認識を有している。
もう一つは、第二次世界大戦の結果とは、ナチズムの否定であるということができる。ナチスドイツは、独ソ不可侵条約があるのに独ソ戦に踏み切ったが、当初から約束を守るつもりはなかったようにも思える。自ら起こした戦争には負けた。ソ連は日ソ中立条約があるのに北方四島を占領したが、勝ったからいいのだという論法なら、かりにナチスドイツが勝っていればナチスドイツが引いた国境線だったことになる。日本にとってはそれもロマンがある話だが、クリル諸島の一部とサハリン島は一時期ロシア領だったことがあり、国土回復ということができるが、第二次世界大戦以前に一度も自国の領土だったことがない地域を自国の領土とはできないのではないか。クリミアもエカテリーナ時代の話をしているのだから。