今朝、「マイケルジャクソンが呼吸停止状態で病院に搬送された」というニュースを見ました。
そのニュースは時間が経過すると共に、「マイケルジャクソンが死亡した」という訃報に変わってしまいました。
亡くなったから言うわけではありませんが、私はマイケルジャクソンが大好きでした。そんな事もあり、訃報はとてもショックでしたから、今回はいつもの音楽ブログとは違う書き方で、自分なりにマイケルジャクソンについて書いてみようと思います。
彼は、「スリラーの頃が一番良かった」という言葉をメディアからも、知人からも良く聞きますが、私はそうは思いません。
スリラーの後のアルバム「Bad」の方が良いアルバムですし、その後のアルバム「デンジャラス」の方がより完成度が高かったと思います。
特に彼の凄いところは、毎回アルバム毎にグレードアップしていたにも関わらず、その苦労する姿、汗をかく姿を全く見せなかったという部分でしょうか。
ミュージシャンなら分かると思うのですが、彼の歌の上手さは驚異的でした。
日本の「歌が上手い」と言われる人たちの多くは、歌い出しの部分、到達したい音より下の音から歌い出し、序所に音程を合わせる「スイープ」を多様してます。
その方法は、一見、技術力の様に見えて、実際は歌い出しの音程の正確さを曖昧にする逃げの手法でもありました。
しかし、彼はガツンと高音から歌い出せる。それも微調整する様な細い声では無く、のどを全開にして最高音から歌い出せる。その部分から見ても努力の賜物であり、天才であったと言えるのではないでしょうか。
更には、それに付け加えダンスも天才的でした。あんなにキビキビ踊りながら息を切らさず歌えるのは脅威。彼のダンスって動いてる時よりも、止まってる時の「見せ方」が特徴的でしたし、よくシルエットだけで表現してました。
そもそも踊りに関してスタートストップの連続技は、ひざや腰に対しても負担が大きく、間違いなく体力と技術力が無くては表現出来ないでしょう。
その事から考えても、彼のあの独特の手足が長く見えるプロポーションは必然だったのでしょうね。筋肉質過ぎるとスタートストップには不利だったハズですから。
「歌の上手さ」と「ダンスの上手さ」両面を彼は両立させてるわけですから、やっぱり努力家ですし、天才なんだと思うのです。
晩年は純粋に音楽活動をする事も許されず、「イロもの」的私生活の話題だけが独占してましたが、あれだけの完成された音楽を表現する為には、相当な時間を使って練習していたに違いありません。そういった側面は全く見せませんでしたが・・・
人生の大半をエンターテイメントの為に費やしたのですから、我々と同じ様な生活を営む事なんて出来るわけはありません。
そりゃ、欠落する部分もありますよ。
そんな部分ばかりが取り揚げられてしまい、だんだん「変態」としての側面が先攻した結果、純粋に音楽活動をする事が難しくなってしまうわけです。
とても悲しい事です。
もっともっと彼の音楽技術の高さを楽しみたかったファンは多いはず。
私も彼の表現する音楽が大好きだったので、本当に残念ですが、この「死亡報道」を見ても、最後まで彼はエンターテナーだったんだと実感させられますし、彼らしいとも思うのです。(失礼かもしれませんが)
そして、実現しなかったロンドン公演・・・
自殺ではないのか?なんて思うのは私だけでしょうか。
私はロンドン公演の記者発表を見ていて、「どうも怪しい」と感じてました。もう動けないだろうし、歌えないだろうと思ってました。また彼の事だから、ドタキャンして大騒ぎになるのかなぁ?って思ってました。
あれだけ完成度の高いステージを見せる事に拘った彼が、お金の問題だけでみっともないライブをするんだろうか?と思ってました。
結局用意された回答は訃報ですよ。
最後の最後まで、彼の手のひらの上で踊らされてる感が否めない私は、その部分も演出だったと捉えてます。
彼の様な天才は二度と現れないでしょうね。天才って、ある側面から見ると格好悪い事が多いですから、最近のファッション重視のミュージシャンには無理。
そんな危険な路線を選ぶミュージシャンなんていないでしょう。
そういう意味でも最後の大物スターであった事には間違いないでしょう。
きっと、アメリカのバカ新聞社が「プレスリーとマイケルは生きていた!」とかいう見出しで騒がせるんでしょうね。
死して尚、威力を発揮するマイケルジャクソン。彼は天才です。
私はそんな彼が大好きでした。

