岡山県総社市のJR東総社(ひがし・そうじゃ)服部(はっとり)をお送りします。

 

3記事続けて総社市の駅を今回もupしますが、これまではJR伯備線の駅をお送りしていましたが、今回はJR吉備線の駅の御紹介となります。総社市の駅紹介はこれで最後となります。

 

まずは東総社駅から。

 

-JR東総社駅
【路線】JR吉備線(岡山-総社間)
【開業】1904年11月15
【訪問】2008年11
【1日あたり平均乗車人員】 899人/日 (2017年)  
【近隣の主要駅(岡山方面) 岡山駅→8駅 
           (総社方面) 総社駅→隣駅

 

▼写真はすべて2008年11月当時のものですが、総社駅の東隣にあるので東総社駅です

 

開業は1904年という事で、日清戦争のあった年なのですね。

 

現在本家の総社駅が開業したのが1925年の事なので、それ以前から開業していた訳ですが、実はこの駅こそが初代「総社駅」でした。

 

しかも現・総社駅は1925年の開業時は「西総社」という駅名で、1959年までずっとこの駅名であったので、1904~1959年の間はずっとこの東総社駅が「総社駅」だったのでした。

 

1959年に西総社駅が「総社駅」に改称するに伴い、当駅は「東」を冠する事となり現在に至ります。総社市では総社駅、清音駅につづく第3位の利用者数のある駅です。

 

JR伯備線は山陽・山陰を結ぶ長い路線であるのに対して、この駅のある吉備線は総社駅と岡山駅を結んでいる短距離路線(約20km)です。

 

 

▼ホームは2面2線のみです。

 

市内の伯備線駅である豪渓駅や美袋駅などより断然に利用者数が多いにもかかわらず、意外にもホーム路線が少ないです。

 

これは路線が関係していると思われ、伯備線は特急追越し待ちなどがあり待避線が必要である等のためと思われます。これに対して吉備線は追越しはまずないので。

 

改札側でない島式ホームの待合室は、屋根のあるエリアはこのような感じで、待合は室内型ではありませんでしたが、後ろ壁と横壁がついた形で、前面以外風のよけられる状態で、椅子は後ろ壁に沿って取り付けられたものとなっていました。

 

このあたりは市内の豪渓・美袋等の駅よりも設備的に優等な部分かと思いました。

 

 

▼2面ホームを繋ぐのはこの跨線橋ですが、屋根なしのものとなっています。

 

前回記事の美袋駅や、その前の豪渓駅などは屋根つきの跨線橋であるので、設備的にはやや劣る事となります。

 

この形だと跨線橋が常に雨にさらされている事になるので、雨天時は足が滑る可能性も高くなる訳です。

 

 

▼ホーム壁にあったご当地伝説の案内板として「こうもり塚古墳」というものが紹介されていました。

 

前方後円墳の代表的存在である仁徳天皇の悲恋物語が、この地に伝わっているという事ですが、実在が確認し切れていない人物は、どこからどこまでが行動半径なのか?とても不思議な気持ちになる事が多々あります。

 

 

▼改札を出て、駅舎内の様子です。

 

2004年に無人化され、2007年に簡易ICOCAが設置されたといいます。

 

出札が閉ざされたまま残っていました。

 

券売機は床置きの簡易型のものでした。この機器でICカードのチャージができるとの表示が見られますが、チャージ可能と走りませんでした。

 

 

▼駅前広場を横から見た様子です。

 

左側が駅舎で、正面出口は自販機の向こうにありますが、ここで見えているようにサイドにも出入口があります。元々こういう構造だったのだと思いますが、ここに出入口があってもなくてもそんなに変わらない気がしました。

 

タクシー停車位置が区画されていますが、駅舎向かいに待機していました。

 

右に隠れているところに駅前交差点があり、線路と平行に幹線道が通っています。

 

総社駅の近くにある事もあってか、賑わいもそれなりにはあります。

 

 

▼東総社駅の駅舎です。

 

元・総社駅であった面影なのか、それなりの規模の駅舎で、平屋根のやや横に広めの建屋でした。屋根上に駅舎看板があり、この表示がやや大きめであった事も、かつての中心駅だった名残りかも、と勝手に想像していました。

 

何気に自販機が2つ置いてあるのも、それなりの駅だからではないか、とこれまた勝手に思いました。

 

 

続きまして、服部駅の御紹介です。

 

-JR服部駅
【路線】JR吉備線(岡山-総社間)
【開業】1908年4月20
【訪問】2008年11
【1日あたり平均乗車人員】 799人/日 (2017年)  
【近隣の主要駅(岡山方面) 岡山駅→7駅 
           (総社方面) 総社駅→2駅

 

▼総社市の駅紹介ラストです。

 

東総社駅同様にJR吉備線の駅です。

 

総社→東総社→服部…と続き、次の足守駅からは岡山市内の駅となり、岡山駅へと続いていく事となります。

 

開業は1908年と東総社(当時・総社)駅開業の4年後に開業する事となりますが、東総社-足守の駅間に開業した格好となります。

 

利用者数は東総社駅よりやや少ないですが、これに準じる程度の数はあります。

 

【総社市内のJR駅利用者数ランキング】

 (1日あたりの乗車人員数)≪2017年≫

 

 ① 総社駅 3,427

 ② 清音駅 1,974

 ③ 東総社駅 899

 ④ 服部駅   799

 ⑤ 美袋駅   282

 ⑥ 豪渓駅   150

 ⑦ 日羽駅    92

 

といった具合です。

 

ちなみに大阪市の阪急電車の駅に同じ『服部駅』がありましたが、この駅名と重複するためなのか、2013年に「服部天神駅」と改称しています。

 

 

▼ホームはわずか1面1線のみで、上り下りに関係なくこのホームに停まりますし、行き交う事もできません。

手前左側に見えているのはトイレです。

 

 

▼改札を出たところです。

 

やはり簡易型のICOCAが設置されていました。

 

向こう側はこんな感じですが、建物の向こうはのどかな風景が広がっていました。

 

 

▼改札を出て右側の駅舎内の様子です。

 

出札が残っていますが、かなり早期の内に無人化されており、もう50年も前の1968年に無人化されたそうです。

 

職員出入用と思われるドアも残っていました。かつての有人駅であった頃を想像できるというものですね。

 

 

▼こちらは反対に、改札を出て左側です。

 

やはり床置き式の券売機がありました。そしてその横にベンチが並ぶ形でした。

 

 

▼駅前の道路です。

 

左手前に隠れた部分に駅がある格好ですが、この駅の場合は駅前広場が皆無で、多少気持ち程度のスペースはありますが、ほぼこの道沿いに駅がある、に近い形でした。

 

 

▼服部駅の駅舎です。

 

辛うじて駅舎はある、という感じの小さな駅舎でした。屋根が波形のものを手前の庇部分でくるんと折り返した形となっていました。

 

珍しいと思ったのが、駅舎にある駅名表示の下に時刻表が載っている事です。駅舎に時刻表がくっついてるとは…、と驚きでした。

 

駅舎が狭すぎて、張れるスペースも上半分に空きがなく、下半分ばかりであったせいか、苦肉の策でここに貼ったのでしょうか?と考えさせられるものでした。

 

 

以上、東総社駅と服部駅についてお送りしました!