肉体披露宴
最近、身体を動かすことが日課。
山田弘。33歳になります。
生まれてこの方、運動などしたことがなかった。
普段は、インターネットに興じており、秋葉原へ新しいパーツを
買いに出掛けるのが、趣味だ。
またゲームや列車などにも詳しい。
ちょうど、高校に入った頃にはファミコンが全盛期になっており、
帰宅部で、自宅に帰ってはスイッチを入れていた。
そんな僕が。
33年間、心に引き摺っていることがある。
彼女が1度も出来た試しがないことだ。
正直、もうこの年齢になると、諦めムードも漂い始める。
実家に戻った時などはもう大変で、両親は、見合いを盛んに勧めてくるし、
兄弟もみな、結婚し、子供がいるので、心細ささえ感じている。
それでもコミック本で、純愛物のラブストーリーを読んでいると、
もういい大人なんだからと、耳の側から念仏のように聞こえてくるようで
何かし、片身が狭い。
そんな僕を、会社の同僚は「もう適齢期を過ぎたしなぁ」などと
からかって来る。
そういう状況下でさえ、僕は一切、好意を抱く女性がいたとしても
何のアプローチもかけたりしないのだ。
しかし、8月に入った猛暑の日。
会社の受付の女の子から、プレゼントを貰った。
僕の誕生日を誰かから聞いたらしい。
「おめでとうございます。頑張って下さいね」
僕は、彼女の元気で、活発な声に励まされた。
何と言ったらいいのだろうか。
嬉しい、というのを通り越し、涙が溢れてくるような感動さえ覚えた。
彼女は、わざわざ僕に買ってきてくれたのだ。
隣にいた部下が言った。
「おっ!いいじゃないですか!美人受付からプレゼントなんて。羨ましいなぁ。」
僕は、心の中でガッツポーズだった。
それ以来、僕は彼女を徐々に見とれるようになった。
毎朝の挨拶。
昼食時の笑顔。
来客に応対する姿。容姿。
僕は、彼女を見るたび、ドキドキして胸が張り裂けそうなほど、
興奮するのだ。
いい年をしたおじさんが。
その時だった。彼女に生まれて初めてのアプローチを
目論んだのは。
しかし、どう見ても老け顔だし、垂れ下がったお腹がだらしがない。
僕は、毎日、運動し、痩せることを決心した。
帰宅すると、すぐにランニング用のジャージに着替えた。
そして、近所の公園の外周、1キロを3周することにした。
始めた当初、息がすぐに上がってしまい、1周半で断念してしまった。
その後、本屋でトレーニングやダイエットするためのランニング法といった
本を読み漁り、最も効果的な方法を選んだ。
静的運動。
お腹についた脂肪を燃焼させるのには、ゆっくり腰を捻り、息をとめ、
5秒から10秒、その体勢を崩さないというものだ。
何度も何度も。
繰り返しているうちに、ランニングも次第に楽になり、お腹の出っ張りも
徐々にスマートになってきた。
そして、ランナーズハイという存在に気がつき、僕はその呼吸に至るまで、
夜の公園をもくもくと走り続けたのだった。
かれこれ、半年が経過した。
会社の上司から飲み会に連いて行く事になった。
なんと、受付の彼女も同行するというのだ。
僕は、この時ばかりは、走ってもいないのに、ランナーズハイと
同じような錯覚に陥った。
初めての恋。
もうすぐ成就する一目惚れ。
僕は、勢いよく返事をした。
上司は笑いながら、僕の肩を叩いた。
飲み会は、20時から会社近くの居酒屋で行われる。
僕はきっかけを掴もうと、必死に考えた。
隣の席に座ること。
その為に、居酒屋の下で早めに行き、待っていること。
全てを入念にチェックした。
そして、いよいよ彼女が来た。
3人の女子社員と一緒だ。僕は、彼女達を先に通した。
ジェントルマンを猛アピールした。
彼女は、くすっと笑った。
僕は、それを見逃さず、すかさず彼女達の背後を付いていった。
定刻に飲み会が始まる。
上司が乾杯の音頭を取る。
僕は、彼女と幸運にも隣の席に座ることが出来たのだ。
「かんぱ~い!!」
陽気にはしゃぐ僕。それを見た部下が、
「山田さぁーん。大学生じゃないんだから・・。」
と半ば、呆れた表情で僕に訴えかけてくる。
僕は、そんなことなどおかまいなしだ。
この日の為に、走りこんでダイエットして来たのだから。
誰も、僕のランナーズハイに及びはしない。
そして、会の中間に差し掛かった頃、僕は部下にずいぶんと
飲まされ、泥酔しかかっていた。
「これはいかん。彼女にアピールせねば!」
そう思い、彼女に腹筋を触らせた。
「山田さん、どうしたんですか、その腹筋!」
驚いてる、驚いてる。僕は、意気揚々とシャツを脱ぎ始めた。
肉体美をこの時こそ、彼女に目の当たりにさせるのだ。
そう思い、胸のボタンを開け、腰をくねくねさせながら動く。
彼女が、目を手で覆う。
「見てよ。これ。どうよ。」
と猛アピール。
しかし、彼女から思わぬことを耳にした。僕は、目の前の光景を疑った。
「山田さん、露骨な人なんですね。私、そういう不潔な人が1番嫌いなんです。」
彼女は。
太っていた頃のほうが、よっぽど、山田さんらしいと言ったのだ。
脱ぎそこねたワイシャツが、腕に引っかかり、宙吊りになっている。
「先輩、カッコ悪いっすねぇ!」
そう言って、部下は僕を囃した。
彼女の目には、涙が溜まっていた。
脱ぎ損ね、内側に着ていたVネックのランニングシャツからヘソだけが
のぞいている。
出べそ。
泣いている彼女。
半年のランニング。ダイエット。
僕は、全てが失われたと思った。
肉体が。心底、痙攣し、泣いていた。
翌日、受付の彼女は僕を見るや否や、無視をするように
なった。
僕は、今までのランニングをその日以来、辞めた。
それよりも、却ってランニングを恨むようになった。
肉体。披露。
初恋だと思った相手。
僕の身体は、みるみるうちに、元通りどころか、倍近くまで
体重が増えた。
何の為の。
ランニングだったのだろう。そう考えると、僕は今でも虚しい。
そして、肉体は見せびらかすものではないことを悟った。
もしかしたら。
それは、全て自分に対する行為なのかもしれない。
しかし、それに気付いた時は、時既に遅し。
結婚の2文字は、以前より遠ざかっていた。
肉体的、精神的に疲労困憊であった。
<完>