どこかの本屋で偶然見つけて衝動買い。
仕事の隙間をみつけて、ゆっくり読み終わった。
今まで読んだ短編集と重なっているものは、いわゆる名作なのだろう。
たとえば、本作にも掲載されている「首飾り」「ジュールおじ」。
短編集はどの作品を選ぶかで編者の好みがでるのが面白い。
岩波版は意外にロマンティックな筋が多く、中年おじさんには胸に響く。
普仏戦争ものが2編、「二人の友」「ソバージュばあさん」。
戦争経験のあるモーパッサンらしい後味。
思春期の頃に読んだヘミングウェイより、こと戦争に関してはモーパッサンの方がよほどハードボイルドだと思う。
怪奇ものも2編、「水の上」「山の宿」。
それ以外は沁みる話。
「シモンのパパ」はひたすら応援したくなる。
「帰郷」はちょっとハードボイルド。
「椅子直しの女」のラストはいつものモーパッサンだけど、その経緯が泣ける。
「小作人」の取り返しのつかなさもモーパッサン。だけど沁みる。
驚いたのが「旅路」でハリウッド映画のようだし、「初雪」もシャンテ・シネかシネスイッチ銀座みたいな、私と無縁なところで公開されていそうな話。
岩波版でもっとも気に入ったのは「マドモワゼル・ペルル」。
おじさんになると、こういう話が好みになるのか。
欠かさず見ている大河ドラマの道長とまひろみたいな。
しかし、語り手の行動。おじさんはどうかと思うぞ。
印象に残った文章などをメモ。
怒りが込み上げてきた。それは、気の弱い、臆病な人間にありがちな激しい怒りだった。(初雪)
心理学だなあ。
農民というものは、愛国心ゆえに敵国を憎んだりはしないものだ。こういう感情は、上流階級のものなんだね。貧しい人々は、貧しいがゆえにもっとも高い代価を払わされ、新規の負担が発生すると必ずそれに苦しめられるのだ。人口の大部分を占めるのは、こういう貧しい人々であり、大量に殺戮されるののも彼らなら、肉弾となって戦場の露を消えるのも彼らなのだ。(ソバージュばあさん)
愛国心なんてものは、お腹いっぱいな人が口にすることなのかもしれない。
夫人の言うことのすべてが、私の頭のなかでは(略)四つの角が対称的に並んでいる大きな正方形として、思い浮かべられてしまうのだ。世の中には、考え方が、輪回しの輪のように、真ん丸くて、ぐるぐる転がりやすい人がいる。(略)ものを言うと、言葉が回転し、ころがり、十や二十や五十もの真ん丸い考え、大きいのやら小さいのやらが出てきて、つぎつぎとつながり、地平線の彼方まで走ってゆくのが見えるような気がする。(マドモワゼル・ペルル)
論理的な話し方と、そうでない人の話し方のことかなと思う。面白い表現。
まれに見る美人でした。金髪で、きびきびと元気がよくて、すらりとし、今ではもう見かけなくなった古い型の、いかにも小間使いらしい娘でした。現在では、こういう娘たちはたちまち娼婦になってしまいます。(小作人)
「メヌエット」もそうだが、モーパッサンは取り返すことができない過去を愛でて、現代を嫌うような、抑うつ的な人だったのだろうなあと思う。
で、そういうところが好き。
高山鉄男訳編「モーパッサン短編選」 岩波文庫、東京、2002